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月匣デート そろそろ夏に入ろうかという季節。 柊蓮司は、夕焼けに染まる神田川を見下ろして、一人たたずんでいた。 (俺が……ここに浮かんでから、どれくらいが経ったのだろうか) 新学期に入ってからのことだから、そう日は経ってはいまい。だが、なんだかひどく昔のことのように思える。 「柊さーん!」 と、そこで後ろから自分を呼ぶ声が聞こえて、柊は思考を止め振り返った。 「よお、」 彼女が自分のことを『柊先輩』から『柊さん』と呼ぶようになったのはいつだったか。 そして、自分もまた彼女のことを『』ではなく『』と呼ぶようになったのも。 そんな些細なところにも時間の経つのを実感し、柊は溜息をついた。 「……柊、さん?」 何かあったんですか、と目をしぱたかせて柊を覗き込むようにが問うた。 「ああ……何でもない。ただ……ちょっと前のことなのにずいぶん昔のことのように思えるなって」 「そういうもんですか」 よく分からない、そんな表情をして、は柊の隣に立った。彼女の顔が夕陽に照らされ、紅くなる。 まるで恥ずかしがる顔のように見えて、柊は思わず視線をそらす。 (そうだ、俺は) この何も知らない少女を守りたい、と思った。 自分のウィザードとしての力は、そのためにあるような錯覚すらおぼえた。 いつの間にか太陽は沈み、の顔に落ちた紅い色も薄暗がりの中に消え入りそうになる。 「でも……時間なんてあっという間に過ぎていきますよね……」 ぽつりとが漏らした言葉。柊としてはそれに応えたいところではあったが、今は全くその通りだと答えることしか出来ない。 「そうだな……」 そう言ったきり、柊は口をつぐんだ。彼女の言葉が実感としてある。 出会ってからこちら、トラブルの連続で会いに行ってやれない期間が長かったことも、彼を沈ませている理由の一環だ。 むくれたように、は続ける。 「そうですよ。大体柊さん……家に行ってもいないし、学校にも来ないし」 「そ、それは……」 柊はますます返答に困った。 彼がある時期とろくにコンタクトを取れなかったのには理由がある。 なにしろ、彼は異世界の滅亡の危機を救いに行っていたのだから。 ラース=フェリア、40億年後の地球、そしてミッドガルド── そんな突拍子も無い話を、普通の人間であるが信じるわけもない。 なにより、一般人であるがそれを……常識外とされる柊の力や外の世界について知ってしまえば、この地球を包む『世界結界』が彼女を消してしまうかもしれない。 それだけは、なんとしてもさせるわけにはいかない。 「……」 「何ですか?」 「俺は何があっても……お前のとこに戻ってくるから……だから、心配すんな」 「柊さん…………」 しばしの沈黙。 「……それって、死にゼリフですよ?」 「よけーなこと言うなああああああっ!?人がせっかくかっこよく決めてんのにっ!!」 どうしても最後までかっこよく決められない柊を見て、は半ば吹き出すようにして微笑んだ。 心なしか、頬が紅い。 でもこれはきっと、夕陽のせいだ、夕陽の。 顔をそらすように、柊は太陽の沈む方向を見た。 見た、ところで。 「……待てよ…太陽はさっき確かに沈んだ……」 「ひい、らぎ……さん……?」 背後からが不安げに話しかけてきたが、それも振り切って柊は空を仰ぎ見た。 彼女の顔を照らしていたもの、それは──…… 「紅き、月……!」 それは敵が現れる、しるし。 柊が『紅き月』を認識するとほぼ同時に、空中に影が浮かんだ。 「ひ、柊さんっ!?」 「ここで待ってろ!」 の制止も聞かず柊は走り出す。ここで戦えば、を巻き込んでしまう。 周りの景色が急速に色を失っていく中、ただ一つだけ紅い月が妖しく輝く。 『クククッ、お前があの柊蓮司か……久々に楽しめそうだ』 「ノコノコ俺の前に出てきたのが運の尽きだったな!が到着する前に、ここで倒す!」 『〜?ああ、お前と一緒にいたあの女のことか……さぞ美味いプラーナを持ってるんだろうなぁぁ…』 「っ!テメェっ!?」 柊が目の前の何も無い空間に手を伸ばす。 空間がひずみ、そこから彼の武器……魔剣が姿を見せた。 紅い月光に浮かび上がる、二つの影。 「うおおおおおおおっ!!」 柊と、敵──“エミュレイター”は、ほぼ同時に動いた。 刹那── 柊の魔剣はエミュレイターの身体を浅く薙ぎ。 『ク…クククカカカッ!!』 「……っ…ぐっ……!」 敵の刃は確実に、柊の胴を抉った。 柊から流れ出る血を恍惚とした表情で一瞥すると、エミュレイターは今度は柊の背後に目を向けた。 「柊さんっ!」 「っ!?馬鹿、来るなっ!!」 柊は首だけで振り返る。エミュレイターの刃が彼の身体を捉えたまま。 どうやら追い着いて来たらしいの足が止まり、小さく悲鳴が上がった。 「ば…かやろ……待ってろって……言っ……」 自分が倒れてしまえば、次に狙われるのはこの制止した世界の中でなぜか動けているの方だ。 動ける? 薄れ行く意識の中、必死に目を見開き、を見る。 モノトーンの風景の中に、紫色の輝明学園の制服が浮かび上がっている。 「……まさか、おま……え…………」 ずるり、嫌な音が響き、柊の胴から刃が引き抜かれる。 一寸遅れて、柊は膝をついた姿勢から前に倒れこんだ。 「……許せないっ……!」 の目の前の何も無い空間から、大振りの剣が引き抜かれるのを最後に、そこで柊の意識は途絶えた。 「…ぎ…ひーらぎ!」 少女の声に、柊は重い目を僅かに開く。 視界に飛び込んできたのは、見慣れた紫色の制服ではなく、それより更に見慣れた白い巫女装束だった。 「……くれは……?」 自分を覗き込んでいる幼馴染を確認すると、柊はがばっと跳ね起きた。 周りを見渡してみる──そこは神田川の流れる千代田区の街並みではなく、古風な屋敷の一部屋だということが分かった。 赤羽くれはは、それまで張り詰めていた雰囲気を解くように肩をすくませる。 「もう、あんまり心配かけさせんじゃないわよ。さんがいなかったらどーなってたことか」 「えっ……が…」 言われて柊は、くれはの視線を辿る。 自分が寝かされている布団の脇に、安堵の表情を浮かべたが座っていた。 「話には聞いてました。柊さん、ほんとーによく死にかけるんですね」 「よけいなお世話だっ!?っつーか、どこで聞いたんだそんな話を!」 「あ、はい。私の知り合いにナイトメアという夢使いがいまして」 「ドリームマンかよっ!?」 のほほんとと答えを返す。柊も傷をくれはに治してもらっていつもの調子が戻ってきたらしく、冴え渡るツッコミを披露している。 「……あ?てことは何だ?」 そこまで言って、柊はふと、言葉を止める。 「ってもしかして……?」 「お察しの通り、私も『ウィザード』です」 柊の顔がさっと青ざめる。 が、それとは対照的に、の表情は落ち着き払った普段どおりのものだった。 「そうだよな……なんかおかしいとは思ってたんだ……死にゼリフとか、学年が下がるだとか……!くそう、何故俺は気付かなかったんだ!?」 頭を抱えて唸る柊。 とある作戦のおりに、留年どころか学年が下がったことなど、誰も話題に出してはいないのに、ぶつぶつと喋り続けている。 そんな彼を二人の少女が日常茶飯事とでも言わんばかりににこにこと見つめていた。 |
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やっぱり戦闘シーンはバトルもの(?)の醍醐味ですね! 柊が弱い?彼の特技は『重症状態』『生死判定』ですよ(炎砦参照) もうちょっとドリ的にフォローしたかったんですが、オチが綺麗についちゃったのでドリームマンで許してください、ということで! |