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輝明学園天文部へようこそ! その声は、廃部寸前の天文部にもたらされた天からの祝福だった。 「すいませーん、入部したいんですけどー」 「はわっ!?」 あまりの嬉しさに、部長赤羽くれはは、そう叫んで後ろに倒れたとか、なんとか。 「……はい、じゃあこの入部届けにサインして」 ぶっきらぼうに新入部員に一枚の紙を渡す少年。 幼馴染でもあるくれはによって、無理やり入部させられたのだから、そうなるのも仕方がない、かもしれない。 少年の名は柊蓮司といった。 柊は何とはなしに、目の前の少女が入部届けに書き込んでいる様子を見ていた。 一年三組、。 「……一年、三組か…………」 「はい?」 その呟きが聞こえたのか、少女──は柊を仰ぎ見る。 「う、いや。何でもねえ」 「…………はあ」 そう言うと柊は、何か恐ろしいものでも見るような顔つきで、から……というよりは、一年三組と書かれたその紙切れから、そっと目をそらした。 無理もない。 柊にとって、そのクラスは思い出したくない過去の一つでもあったのだ。 しかし、そんな思いを遮るように、は明るく言い放った。 「そういえばうちのクラス、確かついこの間まで編入生がいて……たしか、ひい……」 「うおおおおおおおおっ!?」 柊はの持っていた入部届けを奪い取ると、それを物凄い勢いでびりびりと破り捨てた。 そして、ゴミ箱に綺麗に入れられた入部届けの成れの果てを見ると、ぜえぜえと息をしながらほっと胸を撫で下ろす。 「……ふう……危ないところだったぜ……」 額の汗を拭い、そう呟いた……ところで、彼の背後に、並々ならぬ殺気が湧き起こった。 振り向いたそこには、こめかみをひくつかせ、頭から角を生やしたように錯覚させられる、くれはの姿。 「ひーいーらーぎー。なーにをやってくれたのかしらあー?んー?」 「うわっ、ま、待てくれはっ!これには色々と深いわけが……」 まるで浮気がばれた夫のようにあたふたと目の前で腕を交差させ、じりじりと後ずさる。 くれははくれはで、指を鳴らしながら一歩ずつ柊を追い詰めていく。 「せっかく入部してくれるってのに、無駄なことしてるんじゃ……」 「あ、あのー……」 くれはの手が柊を捕まえんとしたその時。 彼女の巫女服をはっしと取る手が一つ。 「とりあえず、入部届け、もう一枚くれませんか……?」 そこには困り果てた表情のが立っていた。 「ありがとう、君は命の恩人だ」 あらためて入部届けを渡すと、柊はの両肩に手を置き、そう言った。 それは何とも真に迫った言葉だった。 「よく分からないけど、柊先輩って苦労してるんですね」 「ああ、苦労してる。無茶苦茶苦労しまくってる……」 柊はの肩に置いた手にぐっと力を込める。その目尻には、何故だかうっすらと涙がにじんでいた。 「…………ほ、ほんとーに、苦労してるんです、ね……?」 はその表情に、心底同情せずにいられなかった。 その言葉を聞くと、柊の目尻に溜まった涙がひとすじの線を描いて流れ落ちる。 「こ、こんなに俺のことを哀れんでくれる奴は初めてだ……ううっ」 それは柊の心を打ち砕くに十分な言葉だった。 「ひ、柊先輩?あの……」 「…………はっ、あ……わ、悪ぃ……」 「……いえ……」 強く肩を掴まれたためか、は苦しそうに眉を寄せた。それに気付き、柊は慌てて手を離し一歩後ずさる。 下がった柊の背に、とんっ……と何かが触れる音がした。 恐る恐る振り向いてみると。 「へーえ……柊がそんなに苦労してるとは思わなかったわー……」 トーンの低い呟きと共に、腕を組んだ姿勢でくれはが立っていた。 状況を知らぬものが見ればただの笑顔でしかなかったが、柊の目にはそれは般若の形相に見えた。 しかし、柊は今回は引かなかった。 「……そうだな、とある幼馴染にもんのすごく恥ずかしい秘密を握られてたりな」 「へーえそうなんだー。ずいぶん酷い幼馴染もいたものねー?」 「テメェのことだろうがよぉぉっ!?」 引きつりながらも皮肉で返していた柊だったが、ここへ来て我慢の限界を超えた。 彼はツッコミを入れずには生きていけない性質なのだ。 「な、なによ!そんなこと言ったら柊の秘密バラしちゃうんだから!」 「ま、待てっ!それだけはぁぁ────っ!?」 そんな彼らにとっては日常茶飯事の言い争いが渦巻く部室の中。 だけが静かに、入部届けに必要事項をせっせと記入していた。 「だいたいなぁ!守って欲しいならもーちょっと守りたくなるよーな性格になれってんだよ!!」 「部長、書けました」 言い争いの最中、書き終わった入部届けがからくれはの手に差し出された。 が。 「は、はわ────っ!?」 やっと書き直せたそれは、柊との壮絶な舌戦により興奮したくれはによってあっという間に引きちぎられ、いくつもの紙片へと成り下がる。 「……あ」 「あーあ」 「はわっ……」 「……また、書き直しですか……」 軽く溜息をついて、はびりびりに破られた入部届けその2を半眼で見つめた。 「ごっごめんねさん!柊が変なこと言うからっ!」 「そりゃどーいう言いがかりだコラぁっ!?」 「あ、いえ……いいんですよ!このくらい!」 笑顔で答えたが、のこめかみには僅かに血管が浮き出ていた。 今更ながらに少しだけ後悔の念が押し寄せてきた。 すったもんだの末、なんとかは入部届けを提出し終え、ここに天文部部員、が誕生した。 そろそろ帰途につこうかというその時、柊はにそっと尋ねた。 「なあ、どうしてこんな廃部寸前のとこなんかに入部したんだ?」 「それは、クラスメイトが……」 そこまで言うと、は急に口ごもった。 「……クラスメイトが?」 「いえ、確か、クラスメイトに天文部部員がいたような気がしたんですけど……あれ?おかしいな……多分、私の気のせいです」 疑問を振り払うように、は笑ってみせる。 しかし柊の方は、表情がすっと消えていった。 一年三組の天文部部員。 確かに、彼らは存在した。 昨日の夜までは。 「マサトに……篝、か…………」 「え?」 誰かの名を呟いた柊に、は聞き返すように視線を向けた。 なんとなく、だが。その名を聞いたことがあるような気がして。 「……いや、何でもない。別に理由なんか無くたっていいさ、俺もくれはに誘われてなんとなくいるだけだしなっ!」 大きく伸びをして、柊は部室のドアを開けた。窓の外から差す夕日が、二人を紅く染める。 くれはを追って歩き去る柊の後を、は小走りに駆け出した。 「────柊先輩っ!」 「ん……?うおおおおっ!?」 後ろから柊の腕を取り、そのままのスピードで廊下を走っていく。 そして、慌てて体勢を立て直そうとする柊の耳元で、何事かをそっと呟いた。 「本当の理由は……柊先輩の、力になりたくて」 「……へ?え?」 廊下に響く足音にかき消され、その言葉は柊には聞こえなかった。 しかし、それはいつか、彼にはっきりと伝える時が来るだろう。 なにはともあれ。 天文部再建まで、あと、二人。 |
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ナイトウィザードとは名ばかりの日常ドリーム。ってか、星継ぐ読んでないと分からないネタだ… 次はちゃんと柊と二人っきりにしてあげたいですね。 ちなみにはわはわ言ってるのはくれはであってヒロインではありませんよ? |