|
気になるのは、歌の中にある、あなたの思い出。 「はじめてのキス、か……」 プレーヤーのスイッチを切り、呟く。 懐かしがるかのように低く響くそのフレーズを、自分は幾度聴いたろうか。 無意識に、は自らの唇を指でなぞっていた。 まだここに触れさせた男は一人もいない。 触れさせてもいい、と思う人物は、いるにはいるのだけれど。 再びディスクを再生させる。先ほどと同じメロディーが流れ出した。 夕方を少し過ぎて、シティ7の空は薄紫色へと変わっていた。 REMEMBER 16 部屋の主が帰ってきてからも、その音楽は流れていた。 それを聴きながら、はぽつりと訊ねた。 「やっぱり、これって実体験?」 「何が」 「『はじめてのキス』……」 詞は書いた人の人間性が如実に表れる。 だとしたら、この不遜極まりない熱気バサラにも、あの歌のようなピュアで甘酸っぱいファーストキスの思い出があるということではないのか──? だが、当のバサラはつっけんどんに「何が」と聞き返しただけで、に答えることはなかった。 ただ黙って、録音された自分の歌声を聴いているだけである。 それがを不機嫌たらしめた。 これはヤキモチなのである。 が自分ですら自覚していなかったモヤモヤした気持ち。バサラは過去のことを語らない。彼と知り合ったのはわりと最近になってからだから、は昔の彼を、ほとんど知らない。 彼が16の時に体験した、のかもしれない、歌われている素敵な恋のことも、もちろん知らない。 「……ちょっと来い」 わざとらしく肩をすくめ、溜息を漏らしてバサラが手招きする。 は「何?」と首を傾げつつもそれに従って、膝立ちの体勢のままバサラの座る横まで行った。 肩越しにちらりとこちらを見遣るバサラをじっと見つめ返す。 唇が塞がれたのは、まさにその瞬間だった。 「今のがファーストキスだ」 「嘘」 「嘘じゃねえよ」 「絶対嘘。私はそうだけどバサラは違う」 「違わねえよ。お前とするのは、初めてだろ?」 バサラはまっすぐにを見つめている。 それはそうだけど、と言いかけて、は言葉を詰まらせた。 恥ずかしさと、悔しさと、それから嬉しさとで、何か口にすれば涙が出てきそうになったから。 ぐ、としばらく我慢して、ようやく一言だけ、口に出す。 「……ずるい」 「何が」 一度口に出してしまえば、後に続く言葉は意外なほど滑らかだ。 「そんなこと言うの、反則」 「だから何が」 「そんな風に言われたら、言い返せないじゃない……」 「言い返してるじゃねえか」 「…………」 「……何だよ?」 黙りこくったの頭を、ぽんぽんと叩く。 「…………」 「しょうがねえな」 いまだ物言わぬの目を覗いて、バサラはにやりと笑った。 「お前が望むなら、好きなだけしてやるよ」 「そ……そういうんじゃなくってー!!」 の叫びも、バサラは笑って受け流す。 頬を染めながらも、彼の言う通りになるのであろうことを、は予感していた。 |
|
まーたキスネタで書いてしまった。どんだけ好きなのさと(笑)今回短いですが。 REMEMBER16はFire Bomberで一番好きな歌だったりします。 バサラに似合わず甘酸っぱい歌ですよねぇ。 |