パワーをくれるひと


憂鬱だ。


どさり、と机の上に恐ろしい厚さの紙束を下ろす。
一気に肩が軽くなって、多少力が抜けたものの、このどんよりした気分まではなくなってはくれない。

「冗談じゃないよ…何この量は!レポートの域を超えてるね!」
思わず指差して叫んでみたものの、虚しくなって私は机に背を向けて座り込んだ。
「あーあー、ムリムリ、無理だってばこんなに。どう頑張っても二週間はかかるよ」
頭をかきむしり、とりあえず愚痴ってみる。

そう、これは学校が出した課題で…期限はもう何日もない。
いや、今までサボってた私が悪いんだけども、それにしたってこの大量の紙切れをどうこうする気は、どうしたって起きてこない。
せっかく今日はあの人のライブの日だっていうのに、チケットだってちゃんと貰ったのに、行けそうもない。

「楽しみにしてたのに……」
知らずと溜息が漏れる。
ライブの日というのは、普段忙しいあの人……熱気バサラの姿を拝むことのできる貴重な日なのだ。楽しみにするなという方が不可能だ。


しかしこの積み重なった課題の山を切り崩していかないことには、私の今後の自由にも関わる……いや、マジで。
もし提出できなかったとなると、この後にはいつ休憩するんだと言わんばかりの補習授業に、山のような追加のレポートが待っていることは明白だ。
「それだけはダメだ……今日どころか次のライブも、下手したらその次のライブにも行けなくなる!」
それどころか、貴重なバサラさんのオフの日にデートに付き合わせることもできなくなる!
私は再度、机の上の紙束をちらりと視界に入れ、ごくりと喉を鳴らした。


何としても間に合わせねば。


こうしてどうにかこうにかやる気を奮い立たせた私の耳に入ってきたのは、そのへんに転がしっぱなしの電話から鳴るFire Bomberのメロディだった。


『よぉ、
「こんにちはバサラさんそしてさようなら」
『さよならの後にはまた新しい出会いがあるんだぜ』
「何言ってんですかこの人」

やっぱりというか、何というか。電話の主はこの人……熱気バサラだった。
即刻切ろうとしたけど、また何か分けわからないことを仰っておられるようなので、ついつい電話を切るタイミングを逃してしまう。
『なあ、これから森林区域に来いよ。どうせ暇だろ?』
「暇じゃないです全然忙しいです」
『いいから来い、待ってるから。な?』
バサラさんは赤子をあやすように優しく話す。受話器越しの『な?』というたった一文字の、何と絶大な破壊力よ。


そんな彼に私は────


「…………はい……」


全く逆らうことができなかった。



指定された森林区域を進むと、少し開けた原っぱが見えてきた。
シティの中にこんな広い所があるなんて、市街地にいると考えられない。
あ、本で読んだ限りだと、地球ではヨーロッパとかは街にも緑がたくさんあったとか……まあ、そのへんはいいや。
とにかく、芝を踏みしめて歩いていくと、ほぼ中央に大の字に寝転がる人が一人。


それこそが、シティ7内での人気ナンバー1バンド、Fire Bomberの熱気バサラであった。


「で、こんな所に呼び出して何の用ですか?」
「ん?ああ、何だ、来たのか」
「何だはないんじゃないですか?」
「ぐえっ!?」

仰向けに寝転がるバサラさんのどてっぱらに拳がめり込む。
「……で?なーんーのーよーうーでーすーかー?」
よく聞こえるように、私はバサラさんの耳を引っ張って大声を出した。
バサラさんは慌てて起き上がり、耳を押さえる。

そして、何事もなかったかのように一言、
「別に、用はない」
「なっ……!」


途端にこめかみがひくつくのを感じる。
でも、それと同時になぜだか安心感のようなものも私は感じていた。

それはきっと、バサラさんがいつも通りのバサラさんで、この人の前だと私はいつも自然体でいられるから。
私はさっきまで焦っていたレポートのことなどを一旦忘れて、再び横になったバサラさんの隣に寝転んだ。
「そういえば、今日ライブどうするんですか?」
「ん?ああ…まだ時間あるだろ。それまでここで寝てる」
「……何のために呼び出したんですか……?」
「別に。ただ、気持ちいいだろ?外で昼寝するのって」


熱気バサラ、趣味:昼寝。

そこには、普段ブラウン管の向こうに見える、ライブ中のバサラさんの面影はなく、草原に寝転ぶただ一人の人間がいるだけだった。
確かに、寝転ぶと芝生のちくちくした感じが微妙に気持ちいいのか悪いのか…それはよく分からないけど、何となくバサラさんにそう言われればそんな感じがしてくるから不思議だ。
彼の口から出てくるのは、わけの分からないたわ言とパワーあふれる歌だけじゃないんだ。
この人の言葉の一つ一つにパワーがあるのかもしれない。

もしかしたら、それは本来人間が持っている力だったりするのかも……


そんなことを考えつつ、私の体は疲れた頭を癒すべく、ゆっくりと眠りに落ちていった──



どれくらい、こうしていただろう。
まどろみの中、私は何かあったかいものに包まれているような気がして、はっと目を開ける。
あたりは既に夕方、そして目の前には……
「バサラさん、バサラさーん」
あわてて超至近距離で眠る人の目の前で手をひらひらと振り、起こそうと試みる。
そんなに深い眠りではなかったのか、その人はすぐに目を開けた。

「……ん…何だ、もうこんな時間か……?」
目をしぱたかせながら空をちらりと見上げる。どうやら、空の色で時間を確認することはできたらしい。
「もうすぐライブ始まっちゃうよ?行かなくていいんですか?」
「そうだな……」
それだけ言うと、バサラさんは大きく伸びをしてからゆっくりと立ち上がる。
そして、座ったままだった私に手を差し伸べ言った。
「へへ…いつもより、寝心地良かったぜ」
「ばッ…バサラさんのセクハラー!!」
口では文句を言いながらも、私の手はしっかりとバサラさんの手を取っていた。
大きくて、ギターだこのできた、暖かい手だ。


「お前も来るだろ?ライブ」
「え…でも……」
体をライブ会場のある方へ向け、私には背中を見せたままバサラさんは問うた。
しかし、私は今日のチケットを持っていない。ここに来る前にライブに行くのを諦めたから。
そんなことはお構い無しに、バサラさんは続けた。
「いいから来いよ、特別に特等席で見せてやる。枕の礼だ!」
ちらりと後ろを振り向き、私とバサラさんの目線が合う。
そのまま私の腕を取り、バサラさんはライブ会場まで一直線に駆けて行った。


……まあ、いいか。

少しだけど、眠ったおかげで頭がすっきりしている。
それだけじゃなくて、今私の腕を掴んでいるバサラさんの手のぬくもりが、どうしようもなく心を落ち着かせてくれる。

やっぱり、この人は私のパワーの源なのだ。



ちなみに。

その後、ちゃんとレポートを提出できたかどうかは……秘密にしておく。




Rin様、リクエストありがとうございました。ちゃんとほのぼのになってるでしょうか……?
Rin様の小説を見習って(?)傍若無人系なヒロインさん目指してみましたが…
ちなみにバサラは枕が欲しくてヒロインを呼びました(笑)ご期待に添えていたら嬉しいです。

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