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UNSWEET 久しぶりにバサラが家に遊びに来た。 勝手知ったる人の家、バサラは迷うことなくまっすぐとリビング兼ダイニングへと足を運ぶ。 時刻はちょうどお昼時。 私もまた、その時間にもれず昼食の準備をしていた。 「暑い」 「そりゃ夏だもの」 短い会話をいくつか交わしながら、手に持ったざるを流水にさらす。 このなかに、今日のお昼ご飯がある。 「バサラ、お昼食べた?」 「いや、まだだけど」 当然の如き返答。またたかるつもりだったわけか。 売れっ子なんだから、お金に余裕が無いわけでもないのにねえ? まあいい。 今日のは自信作。 熱の取れたざるの中身を、大きなガラスの器に盛る。 あとは、上に氷を乗せて、飾り切りの野菜を並べれば完せ──…… 「今日は何だ?」 「ひゃぁッ!?」 いきなり背後から囁かれた声と腰に回された手に驚き、思わずざるを取り落としてしまう。 シンクに落ちた木製のざる……思ったより派手な音を立てて流し台の中に落ちる。 その様子を、彼……熱気バサラが私の肩越しに覗き込んでいた。 「へへ……」 「……もう……」 振り向くとバサラは悪びれも無く口端を上げる。 到底怒る気にもなれなくて(というか、いちいち怒ってたらキリが無い)私はそのまま盛り付けを終わらせた。 「はい、お待たせー……今日はそうめんだよ」 「ソウメン?このなまっちろい麺みたいなのがそうか?」 「そうだよ。私の故郷では、夏の風物詩」 出来上がった昼食をリビングダイニングまで持っていく。 会心の出来の『そうめん』を、バサラは「ふーん」などと言いながらまじまじと見つめている。 「お茶入れてくるから、先に食べてていいよ」 エプロンを脱いで片付けながら、私はもう一度キッチンへと戻って行った。 冷蔵庫からお茶の入ったガラス製の容器を取り出す。 同じお盆の上には、氷を入れたグラスが二つ。 やっぱりそうめんには、冷たい麦茶だ。 私はお盆を取りいそいそとバサラの待つ部屋へ戻ったが、そこで彼を見た瞬間、悲鳴を上げた。 「よう、。こうするとなかなかいけるぜ」 「な、な、な、何してんのーっ!?」 あまりのことにお盆を取り落としそうになるのをぐっとこらえた。 バサラは平然と、器に盛り付けられた『そうめん』を食べている。 しかし。 しかし彼の左手には、蓋を開けたままの小さな赤いビン。 彼の持つ箸の先は、うっすらと赤く染まり。 涼しげに夏野菜を並べた自慢のそうめんには、なにやら赤いものがどばっと振りかけられている──…… これは…… タ バ ス コ … ちなみに、用意していたそうめんつゆは、これまた用意していた碗に注いで、そのまま飲んでしまったらしく一滴も残っていない。 「いや何、普通に食ったら味がしねえんで、コイツをかけてみたんだが……おい、?」 ぐらり。 視界が揺らぐ。 そして次第に暗くなっていく意識の奥で、そういえばこの人、激辛好きだったなーと思い出した。 「────はっ!?」 身体をこわばらせる。 まさか夢?夢オチ!? 「どうした……大丈夫か?」 眉を寄せたまま、バサラがこちらを見ていた。 リビングだ。 さっきと同じ所に立ち尽くしている私がいた。 どうやら、少しだけめまいがしただけ、らしい。 そういえば、タバスコのたっぷりかかっていた見るも無惨なそうめんは跡形も無い。 片付けて、くれたのだろうか。 「」 「……何?」 「悪いな、あんまり美味かったから、全部食っちまった」 そういって謝るバサラの表情は、やっぱりどこか反省の色が見えない。 だいたい、謝って欲しいの、そこじゃないし。 「いいよ、もう。私ラーメンでもするから」 「ラーメンか……それもいいな」 溜息と共にそう言うと、バサラは顔を輝かせる。まだ食うつもりか? まあ、いいけど。 「じゃあ、二人分ね」 「ああ」 気を取り直し再びキッチンへ。 確かこの辺に……あ、あった。時間がない時などに重宝する非常食料。 程なく、二人分のラーメンが出来上がる。 乾麺使用のインスタントだから、簡単なものだ。 バサラはそれに、たっぷりの豆板醤を振りかけて食べていた。 まったく、味覚障害になるぞ。 「ごちそーさまー!」 「さすがに腹いっぱいになったな……」 「バサラは食べすぎだよ」 そんな風に食後の談笑を楽しむが、ふとバサラは顔を寄せる。 「なあ、」 「ん、何?」 「デザートねえのか?」 「まだ食べる気?」 「別腹だよ、別バラ」 「女子高生かあんたは!」 一通りのツッコミが終わった後、バサラはそっと私の頬に触れる。 ……ああ。 デザートって、そういうことか。 確かに、食べ物じゃないけどさ。 それは心の中にとどめておいて、私とバサラは『デザート』をとった。 酷く辛いデザートだった。 |
| そうめんにタバスコをかけて食べてはいけません。 |