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「なんか、さんまた元に戻った?」 「うんうん、さっき見たけど」 「ファンデしか付けて無かったよ〜?」 その日を境に、彼女を見たものは、口々にそう噂した。 『彼女』と『彼』を結ぶ色 全くもって不愉快だ。 彼は口元をゆがめたまま、に割り当てられた部屋へと急いでいた。 だが、そこは無重力下のネェル・アーガマ。自分の足ではなく廊下に備え付けられたグリップを使わなければ移動するのも困難だ。 そのことが余計に彼──クワトロ・バジーナを苛立たせていた。 ようやく彼女の部屋の前まで来ると、余程急いでいたのだろう、一言の断りもなくドアを開ける操作をする。 部屋の奥に据えられたデスクに座って何やら作業中のの背中に向かって言い放った。 「博士!」 「クワトロ大尉?今取り込み中なんで、適当に掛けといてもらえます?」 「はか……」 「あーそれと、百式のスラスターだいぶくたびれてましたからこちらで補強しときましたよ。あとでチェックを…」 「……!」 相変わらず、そんな適当な返事しか返さないに痺れを切らし、クワトロは早足で歩み寄ると彼女の肩に手をかけた。 そして力を込め、こちらに向けてぐい、と引っ張る。 キャスター付きの椅子ごとは半回転し、二人の視線が一瞬でかち合った。 「……まだ何か?」 下から見上げてくるサングラス越しのの視線に、全てを見透かされていそうな気になりながらも、それらをぐっとこらえて、クワトロは抑えた声で問う。 「私からのプレゼントはお気に召さなかったようだな」 「何だ、そんなことですか」 「そんなこと?君にとっては『そんなこと』で済まされる様なものだったというのか?」 声を出すたびに、クワトロの表情は厳しくなっていく。 つい先日、が処分した派手なルージュ。 それに見合うものをとねだったのはそちらの方ではないか。 それを『そんなこと』だと? だが、いくらそうやってみても、当の本人は涼しい顔をして自分を見上げているばかりである。 クワトロ・バジーナという男は、他人がイメージするよりも相当女性のそういった機微に疎い。一体何を考えているのか……の含み笑いからは見て取ることが出来ないでいた。 「……そろそろ種明かし、しましょうか?」 「種明かし……?」 薄く微笑むに留めていたの顔は、いつの間にか悪戯が成功した子供のような満面の笑みに変わっていた。 そのまま手だけを動かし、引き出しを開ける。 彼女が取り出したのは、金の装飾が施された小さな筒だった。 「それは……」 「ええ、大尉に頂いたものです」 キャップを取り外し、下の部分をくるくると回すと、出てきたのは明るいローズの紅。 確かにそれは、クワトロがに贈ったものであった。 「だが、何故……」 彼女の笑顔を見るに、自分からの贈り物を喜びこそすれ、疎んじる様子は全く窺えない。 しかし、それならば何故、それを付けないのか。 クワトロの頭には未だ疑問が残ったままだ。 まさか「もったいない」と言って物を腐らせるような人間でもあるまい。 そんな彼を尻目に、はポケットから取り出した手鏡を見ながら口紅を塗っていた。それは彼女の元の表情を塗り隠してしまわない程度に、鮮やかに唇を彩っていく。 やがて綺麗に紅を塗り終え、は机を手早く片付けると再びクワトロに向き直った。 唇の色が変わっただけだが、先程とは全く違う雰囲気を纏っているのがクワトロにも感じ取れた。 「どうですか?」 「…よく似合っているよ。私の見立てだ、当然だろう」 「……ですよねぇ」 おかしそうに肩をすくめるに、やはりクワトロはまだ疑問が拭えないでいた。 「別に、無理して付ける必要は無いぞ」 「無理?何でそう思うんです?」 「私がそれを贈ったのは二日も前だ。無闇に自分を飾る必要も無いが、飾らない必要も無いだろう」 言いながら、クワトロはまたも自分が苛立った表情になってきているのが分かった。明らかに拗ねている。 だがそれは、目の前でやはりすましているにも原因があるのだ。 そう言ってやりたかったが、それをする前にクワトロは目の前に突き出されたものによってタイミングを失う。 「……まだ分かりませんか?こういうことですよ」 呆れたようなの言葉と共に、クワトロの唇に何か硬いものが触れた。 それは、つい先程までが使っていた…自分が彼女にプレゼントした、キャップを外したままの口紅であった。 「…………?」 「今まで忙しくて、会う機会が無かったですものね。やっぱり、一番最初に見て欲しいじゃないですか」 「……何を、だ…?」 「自分が綺麗になった所を」 状況がまだよく飲み込めていないクワトロに、は軽くウィンクすると、それまでクワトロの口に当たっていた紅を自分の元に引き戻し、再び自らの唇に触れさせる。 心なしか、触れた所だけが僅かに濃くなったように見えた。 「少し引いておけば、大尉がこうして痺れを切らすと思ってました」 「……全く、意地が悪いな、君は」 「そうですか?大尉ほどじゃありませんよ」 小首をかしげ、笑んでみせる。 クワトロはそれをよく見ようとサングラスを外し、の頬に手をかけた。 「そうだな……君は意地悪なのではなく、焦らすのが好き、ということか」 もう片方の手で、ルージュを持っているの手を握り、机の上にそれを置かせる。 手の中が軽くなった後、は自然に手に力を込め、静かに体重をクワトロに預けた。 胸に額をくっつけた体勢になり、彼女にしては珍しい小さな声で、ぼそりと呟く。 「大尉がそんなに拗ねるなら…人前でもこれつけることにしますね?」 しかし、声色はやはり楽しそうに、笑みが混じっている。 クワトロは頬に当てていた右手を後頭部に滑らせると、の頭をしっかりと胸に抱きかかえた。 自らの『拗ねた顔』とやらを見られないように。 「別に拗ねてなどおらんよ」 「なら、つけてもいいんですか?」 「それは……正直、いい気はしない」 「やっぱり拗ねてるじゃないですか」 「拗ねてなどいない!」 そんな子供のような討論を続けながらも、どちらからともなく二人は互いの背中に手を回し寄り添った。 明日は予定外の休暇になるかもしれない。 |
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一周年記念フリー夢〜と言うことで、またクワトロさんにお出まし願いました。 大人キャラ相手だと多少甘くても書けるかもしれない…ということに最近気が付きました(笑) 『KANAMEが書いたぞー』って表示があればサイトに飾っていただいても構いません♪ |