二人だけのコンサート


かちぃん。


グラスのあわさる音が軽快に響き、皆それぞれにグラスの中身を飲み干していく。


「お疲れさまー!」
「お疲れ様でした!」
そんな挨拶や、他愛もない会話などを交わしながら。


今夜は、Fire Bomberの行っていたライブツアーが無事終了したことの打ち上げだ。
主役たるバンドメンバーの四人は、会場(といっても、バサラの住むアクショの一階部分なのだが)の中央に立ち、立食パーティー形式の中でスタッフ達に労いの言葉を掛けられたりしていた。
みんなライブをやり遂げた充実感と、美味しそうな料理を目の前にして思わず笑みがこぼれている。

────ひとりを除いては。


「バサラ、今回は大成功だったな。まあ、お前も飲め」
「……ああ」
熱気バサラという男は、普段もそうなのだがこういう場があまり得意ではない。
それを知ってか、レイはフォローするかのようにバサラの持つグラスに新たにビールを注ぐ。
一応、それなりには飲んでいたらしく、とぽとぽと注がれた液体は途端に泡となって溢れ出しそうになる。
それを一口啜うと、バサラは再び仏頂面を晒しレイから視線を外した。


これはいつもより機嫌が良くないな。
レイがそう思ったのも仕方がない。
確かにこういう場があまり得意でないといっても、限度がある。
打ち上げだというのにこんなにつまらなさそうにしているところを、レイはいまだ見たことは無かった。
「うーむ……」
さてどうしたものかと首をひねったが、バサラの気まぐれは今更自分が何かしたところでどうなるものでもない。
とりあえずは、自分で楽しもう。
そう考え、レイはそっとバサラのもとを離れた。


「は〜いバサラ〜、飲んでる〜?」

レイが去ってからしばらくした後、バサラの耳にそんな声が入ってきた。
最年少メンバーの、ミレーヌ・ジーナス。
まだ未成年のはずなのに、手には空のカクテルグラスを持ち、すこぶる気持ち良さそうにふらふらとバサラに向かって歩いてくる。
バサラは「しまった」というような表情になり、額を押さえた。心なしか、声も低い。
「ミレーヌ……お前酔っ払ってんな?」
「うふふふ、このくらい平気だもんね〜」
「ったく、ガキがカパカパ飲んでんじゃねえよ……」
「なーによその態度?あ、もしかして……」
「……何だよ?」

半眼で呻く。
イライラする。ミレーヌの訳知り顔な態度。
そして、おそらくは見透かされているであろう自分の心情。

「さてはさんがいないからって、いじけてんでしょー!?」
「…………っ」
「あはははっ、当たりぃ〜!」
桜色の顔をほころばせるミレーヌとは対照的に、バサラはますます眉間の皺を深くした。


図星だったからだ。

黙ったままバサラは、ドリンクの置いてある所からオレンジジュースを一つ、持ってくると、ミレーヌに押し付けた。
「……?なぁに?くれるの?」
「ガキはガキらしくそれでも飲んでろ」
全く妙なことにばっかり勘が鋭い。
そう独りごちながら、バサラはグラスを窓のさんに置くと、ポケットに手を入れて歩き出す。
背後でミレーヌが何事かを叫んでいたが、聞かなかったことにした。


バサラは一人、アクショの二階にある自室に上ってきていた。おもむろにベッドに仰向けに倒れ、天井を仰ぎ見る。
下ではまだ打ち上げという名のどんちゃん騒ぎが行われている。
その様子を見ても聞いても、全く面白くない。
それもこれも、アイツのせいだ。アイツがいないせいだ……


思考がループし始めた。
このままぐずぐずと同じことを考えても、何も変わらない。

ならば、と。
バサラは思い直した。

は今日は仕事が入っていて打ち上げには参加できなかった。
自分と会えないのもそのせいだ。
だったら、こちらから会いに行けば良い。


「…………よし」
そう考えると、いても立ってもいられなかった。
勢いをつけて反動で跳ね起きると、足早に元いた一階へと下りようとする。
しかし、彼のその勢いを邪魔するものが現れた。


それは、曲を作る時に使用する楽譜台の近くから聞こえてきた。
「……誰だよこんな時に……!」
急いでいるはずのバサラは、一層不機嫌さをあらわす表情になり、足を止めてしまう。
電話をとる時間さえも惜しいのに、何故か彼の体は床に放り出されている携帯電話に向かっていた。
自分でも何故だか分からない。でも、この電話はもしかして……


携帯に映る着信名を見て、バサラが納得したのは、ある意味当然のことだった。


『もしもし?』
!遅ぇぞ!」
『え?遅いって、何が?』
「お前がいないせいで打ち上げがつまんねえんだよ」
『……は?』

ぶっきらぼうに告げるバサラの声に戸惑ったのは、何よりもの方。
彼女にしてみれば、おそらく打ち上げを楽しんでいるであろう恋人に連絡を入れてみただけのことなのに。
ややためらいがちには訊ねた。

『えっと、私がいないとつまらないって、何かゲームでもやってるの?』
「さあ」
『さあじゃ分かんないよ』
「知らねえよ。上あがってきたし」
『何それ?パーティー参加してないの?』
「ああ」
『何で?』
「お前がいねえと何してもつまんねえよ」
『……何自分の歌みたいなこと言ってるの?』
「いいだろ、何でも。お前んち行くから、待ってろ」
『いいよ、来なくて。っていうか、来ても会えないよ?』
「何だよまだ仕事終わんねえのか?」
『ううん、仕事自体はもうとっくに終わった』
「だったらなんで……」


バサラの言葉を遮り、は急かすように告げた。
『ねえ、窓の外見てみて』
「え?」
『いいから、早く見て』
どういうつもりだか全く分からないバサラ。とりあえずに言われた通りに窓を開けて外の様子を見てみる。
こんなことしてる暇があったら、一刻でも早くに会いたいのに。

だが、次の瞬間バサラのその願いは唐突に叶った。


窓の外には、片手に携帯を持ち、もう片方の手でアクショの二階に向かって笑顔で手を振るの姿があった。

っ!?」
「やほーバサラ!ね、だから家に行っても会えないって言ったでしょ!」
驚きの声を上げるバサラとは正反対に、は得意げに首を傾げてみせた。
が。
彼女の笑顔はすぐに崩壊する。

ーっ!!」
「え?ちょ、ちょっとバサラっ!?」
叫び声が聞こえたと思った次の瞬間には、窓際にバサラの姿は無かった。
続いて轟音と砂煙が周囲に起こり、は思わず目を閉じる。


が目を開けた時、すぐ隣にバサラがいた。
「ちょ、バサラっ……大丈夫なの!?」
「へっ、足がしびれたくらい、何ともないぜ!」
「そういう問題じゃ……」
右手には、窓際に立て掛けてあったアコースティックギターを持ち、左手は着地した効き足をさすっている。バサラはあの一瞬のうちにギターを引っつかみ、窓の外へとダイブしたのだ。
だがが心配そうに近づいてくると、『全然平気』という顔をして見せ、立ち上がる。
どうやら本当に何ともないようだ。はバサラの頑健さに驚嘆した。

止まった空気を動かすかのように、バサラがギターを爪弾いた。
に向かい、ふっと笑いかける。
「二人だけのコンサートの始まりだぜ」
「……うん!」

電話が来る前とは打って変わってのびやかなバサラの歌声に、は耳を傾ける。


その贅沢なコンサートは、バサラの歌を聞きつけた打ち上げ中のスタッフに発見されるまで続いた。




一万HIT記念夢、今回はアンケートで多かったバサラさんです。
途中出てくる「何自分の歌みたいなこと言ってるの?」は、ご存知Fire Bomberの
『1・2・3・4・5・6・7NIGHTS』です。でもJASRACさんが怖いので(笑)歌詞は違います。

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