パートタイム マネージャー 〜後編〜


が主人公の恋愛漫画だと。
そうは言われても、この逆ハー状態はどうにかならぬものか。
許斐の手によりこっちの世界に来てしまい、氷帝テニス部のマネージャーという役を割り当てられて数分も経たないうちに、はそう痛感した。

ちゃーん、柔軟で組む人いないから手伝ってくんない?」
「え、いいけど……」
ドリンクやタオルなどを用意してコートに出てみると、すかさず声をかけられる。
どうやらあぶれてしまったのは本当らしく、は彼──芥川慈郎の背中を押した。
まあ、これくらいならいい。きっと寝ている間にペアが決まってしまったとか、そんな所だろう。
だが話はそれだけでは済まなかった。
「先輩ずるい!俺も先輩に柔軟してほしいです!」
背後からやけに真摯な、それでいてやたらとヘタレ臭を感じさせる声が聞こえた。
振り向くと、そこには銀髪の大型犬。
二年の鳳長太郎が、目をうるうるさせてたちの方を見ているのだ。握った拳は胸の前で震えさせ、何かを期待するような眼差しが突き刺さる。
そして、(困ったことに)後方に先程まで組んで柔軟をやっていた宍戸を置いて。

「ダメ。宍戸とやりなさい」
「えー…じゃあジロー先輩、替わってください!」
「やだー」
鳳の必死の懇願も、ジローの一言であえなく却下される。が、彼は諦めない。
何度も何度も、しつこくお願いしますと腰を折るのだ。
いい加減辟易してきたところで、さらにその後ろから怒声が響いた。
「おいコラ長太郎!何油売ってんだテメェは」
「あっ、宍戸さん……だってジロー先輩が替わってくれないから……」
明らかに子供のわがままを振りかざし、鳳はジローを指差した。が、もちろんそんなものが宍戸に通じるわけはない。
眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように言う。
「そーか。そんなに俺と組みたくねえんならテメェとジローで組みやがれ」
「あーっ!宍戸さんそうやって自分が先輩と組みたいだけなんじゃないですか!」
「バッ…んなワケあるかよ!」
「やかましい!黙ってやれ黙って!」

我慢しきれずは叫んだ。
二人は渋々と元の位置に戻り、再び柔軟体操を始めたが、の心の中にはなんだか釈然としないものが残った。


そう、これは逆ハーなのである。
逆ハーということは、当然彼らも……宍戸と鳳も、をちやほやする要員に含まれているわけで。


「……!ジロー君、寝るってことは柔軟はもういいのね!?」
「うん……おやすみー……」
「はい、おやすみっ!」
舟を漕ぎ出したジローを横たえ、弾かれたようには駆け出した。
一路、鳳と宍戸のいる場所へ。

確かめなければいけないことがあるのだ。


「二人とも、ちょっといい?」
「んあ?何だよ」
ちょうど準備が終わり、ランニングに出向こうとしていた二人をつかまえると、は部室前まで引っ張っていた。
途中顔色を伺ってみる。鳳はなんだかとても嬉しそうだ。純粋に自分に用事があるのが嬉しいのだろう。
宍戸は普段と変わらないように見えるが、やはり頬が緩んでいるのは隠し通せていない。

そして二人に共通して言えることは、「何故自分一人の呼び出しではないのか」という少々残る不満と、隣に立つパートナーへの探るような視線である。
ドアの前で立ち止まると、は二人を振り返った。
「さて、単刀直入に言うと……二人とも、私のこと好き……だったりする?」
ごちゃごちゃ話し込んでいる暇さえ惜しい。ずばりと要点を突いて問うと、二人の顔色が見る間に変わっていった。
「はっ、はい!好きですっ!」
「バッ……な、なんでんなこと聞くんだっ!?」
全く正反対の答えが返ってきたが、表情はほとんど同じである。
つまり、やはりこの二人は自分のことが好きなのだ。……いや、ヒロインたる自分が好きという設定付けをなされているのだ。
は溜息を漏らした。

「あ、あの…先輩……」
にわかに沈黙の間が続いたが、それを破って鳳が口を開いた。意を決する。そう思わせる言い方で。
「それであの……どうして、俺達二人だけを呼び出したんですか?はっきり言って、先輩のこと好きなの俺達だけじゃありません」
「……そういや、そうだな。俺らだけ、ってことは……もしかして、俺と長太郎の間で迷ってるとか……そういうヤツなのか?」
続けて宍戸も口を挟む。
いや違う、自分が言いたいのはそんなことではないのだ。そうが答える前に、またしても彼女を無視した論争ムードが出来上がる。

「なるほど。これで実質ライバルは宍戸さん一人に絞られたってわけですね」
「そういうこったな……言っとくが負けるつもりはねえぞ」
「あの……ちょっと…………」
「おい、今の気持ちとしては、その……どっち寄りなんだ?俺かっ?」
「先輩!俺…絶対先輩のこと幸せにしますから!だから俺を選んでくださいっ!」

「い……嫌ぁー!絶対嫌ぁーっ!!」
氷帝学園の空に響く絶叫。
はその瞬間、耳を塞ぎその場にうずくまっていた。

「お、おい……?どうした!?」
「やっぱり具合悪いんじゃ……俺が運んでいきますっ!」
「ちったあ遠慮しろよ長太郎!俺が運ぶからいいっつの!」
「力なら俺の方が上です!俺に任せといてください!」
「二人ともやめて!!」
うずくまったまま再び叫ぶ。
声のボリュームは言い争っている二人とさほど変わらなかったが、それでも一応はぴたっとやんだ。


もうだめだ。
その思いが、に再び叫び声をあげさせる。
「先生!許斐先生ぇ〜っ!!私、この二人に求愛されたくな〜いっ!!」


その時だった。


突然目の前に閃光が走り、風景が急速に色を失っていく。
気が付いた時には、の目に映る全てのものが、その動きを止めていた。
「……あれ?どういうこと?これ……」
なにやらSFでも見るような気持ちで、は止まったままのモノクロの鳳と宍戸を見上げていた。


『どうしたんだい、君?もしかしてその二人は君の好みじゃなかったとか?』
「いいえ違うんです!宍戸も鳳も大好きなキャラです!でも…でもっ……」
は目尻に涙をにじませながら訴え始めた。
『でも……なんだい?』
「うっ…………」
しかし、そこで言葉は詰まってしまう。
にはどうしても、その先を言うことができない。なぜならば。

『う〜ん……ちゃんと言ってくれないと他に描きようがないんだけど……どうすれば君の思うとおりのストーリーになるのかな?鳳と宍戸を恋愛に興味がないキャラにすればいいのかい?』
「いえっ!そうじゃないんです!そうじゃなくて…………」
許斐の声に困惑の色が浮かんできた。ここでがはっきりと言わなければ、このまま二人に恋愛感情を持たせたままになってしまう。


それだけは絶対嫌だ。


その思いが、に言葉を発させた。
「先生ごめんなさい!私、実は……実は腐女子なんです!腐ってるんです!鳳と宍戸はホモカップルでくっついてるのが好きなんです!彼らが女に恋愛してるの見るの駄目なんですう〜!!」
一気に吐き出すと、慌てて口を押さえる。が、一度出てしまった言葉は取り返しがつかない。
「……ああ、言っちゃった……原作者にヤオイ妄想ぶっちゃけるなんて、サイテーの行為だわ……」


『なるほど、ボーイズラブか。確かに今までにないな……』
「……え?」
てっきり首すら覚悟していたのだが、聞こえてきた原作者の声からは意外にも怒りは感じ取れなかった。
『うん、よしそれで行こう!少年漫画にボーイズラブ、これは斬新だ!みんな驚くぞ〜』
「あ、あの……先生……?怒ったりとか……しないんですか?だって自分のキャラを勝手にホモにしちゃってるんですよ!?」
『ああ、同人だったら、そういうのもあるでしょ。それじゃ訂正して再開させるから、もう少しだけよろしく!』
「なんてお方だ…………」


はただただ、許斐の度量の大きさと、そしていい加減さに呆然とするより他はなかった。

そして世界が色を取り戻す。


彼らは先ほどと同じく口喧嘩の真っ最中だった。
「だから先輩は俺が運んでいきますって!宍戸さんに色目とか使われたらどうするんですか!」
「んなアホなことがあるか!テメェの方がよっぽど女にモテんだから心配なんだよ!」
ただし、その内容は『愛しい相方をの毒牙から遠ざけようとする』に変わっていたのだが。

手のひらを軽く叩き、それを止めるきっかけを作ってやる。
「ほらほら二人とも、喧嘩しない喧嘩しない」
「あ……なんだ、大丈夫そうじゃねえか」
「ホントだ、良かったですね、宍戸さん」
「おう。んじゃ俺ら、部活戻るから」

は手を振って二人を見送った。


とりあえず、これで自らの精神の安泰は守られた。
しかし、これを本当に『あの』日本で知らぬもののない超有名な少年漫画誌に載せるのだろうか。
本当にそれでいいのか、許斐剛。
自分と同じ嗜好を持つ特殊な人間ならともかく、普通に恋愛模様が読みたい乙女や、別カプ逆カプ嗜好の人、それになによりメイン読者である少年達のハートがこの漫画で掴めるとは到底思えない。

でも、まあ。
これも経験かと思い、少なくとも楽しめる間は楽しもう、と決意するであった。
「さあ、部活見に行きますかねー!」
気を新たにそう叫んだ時、再び変化は訪れた。


こっちの世界に入ってきた時のように、またしても視界がブラックアウトする。
『これで時間切れだね。また今度頼むよ!』
そんな神(=原作者)の声が、聞こえたような気がした。




前代未聞のトリップ+逆ハー+BL+原作者登場な後編。
さすがに続けちゃうとマズイかなー…

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