One-way traffic
 〜side S〜


誰もいない放課後の教室で、呼び止められた。
俺の目の前には、クラスメイトの女子が一人。名前は……確か、
気の強そうな顔つきと、明るい性格とで、クラスでは一応の人気を保っている。
男子からもそこそこモテていて、俺は何故か、女子と話すのは結構苦手なのにもかかわらず、こいつにだけは普通に接することが出来ていた。

けれど、のいつもの快活そうな表情は今は微塵もなく、多少俯き加減にこちらを見ている。
ぱっと見ただけでも、その頬が赤くなっているのが分かった。


もちろん、このシチュエーションが何を意味するのか、それが分からないほど鈍くはない。


長い沈黙の後、がやっと口を開いた。


「わたし、宍戸のこと────」


その先をどうしても聞きたくなくて、俺はその瞬間だけ、ふいと視線をそらした。


「────好き」
「…………」


耳を塞いだわけじゃないから、それは嫌でも聞こえてきた。
別に、好きと言われて嬉しくないわけじゃないが、その後断ることを考えると、どうしてもいたたまれない気分になってくるのだ。
そんな風に、俺は今まで何度か、のような女子を泣かしてしまったことがある。

だから……やっぱ、苦手なんだよ。こういうの。
それに、断るにしたって、本当の理由は絶対に言えないし。


「……俺さ……」
だから断る理由はいっつもこれだ。
嘘をついていることにはならない、当たり障りの無い、曖昧な……
「悪いけど俺……」


「宍戸さん?まだ残ってたんですか?」


唐突に、場違いな声が響く。
と二人して振り向くと、そこには案の定、でっかい後輩の姿が見えた。
「ち、長太郎……」
「あれ、そちらの方は……?」
コイツ……鳳長太郎は、まあいつものことなんだがその場の空気も読まず、あっけらかんとしてずかずか近づいてくる。
どうやらも同じことを思ったようで、めちゃくちゃ気まずそうに長太郎と俺とを交互に見ていた。

「あの……何やってたんですか?」

気付けよ!!
不思議そうな顔の長太郎を、俺はひと睨みした。
長太郎は一瞬びくっとしたみたいだが、それでもやっぱりこの状況がどういうことだったのか明らかに理解してない。
やがて諦めたようにが説明していたが、それでも奴のマイペースさは変わらなかった。
「あのね、今私が宍戸に告白してたの」
「そうだったんですか」


そうだったんですかじゃねえだろうが。

こいつ──長太郎が、俺が色んな女子からの告白を断っている理由だなんて。
自分でも認めたくはないが、俺がこいつに惚れてるなんて。
お前さえいなけりゃ……お前を好きにならなきゃ、俺だって今ごろは彼女の一人くらいいたっておかしくはなかったのに。


そんなことを考えながら、俺は長太郎のことをもう一度思い切り睨んでやった。

やっぱり長太郎は動じなかった。
いやそれどころか。


「あ、もしかして俺、お邪魔しちゃいましたか?」
「う〜ん……確かにちょっとタイミングが悪かったね君は」

俺には全然悪びれるそぶりも見せなかったくせに、に向かってちょっとばかし照れくさそうに頭を掻いて見せている。
どうも俺の恋は一生実りそうにないらしい。
長太郎はにぺこりと頭を下げると、今度は(やっと)俺のほうに向き直る。


「宍戸さん、この際ですから付き合っちゃえばいいじゃないですか」
「はぁっ!?」

てっきり邪魔したことを詫びてくれるんだとばかり思っていた俺は、長太郎の言葉に思わず声が裏返ってしまっていた。
というか。
今のは、かなり堪えた。

まさか、まさか好きな奴からそういうことを言われるとは。
何が付き合っちゃえばだ、ったく。

内心盛大な溜息を吐きながら、の様子がちらりと目に入った。
彼女は、告白する寸前と同じように頬を染めながら、期待した目でこっちを見つめている。
あ……あ〜〜〜〜〜〜。
そういう迷子の犬みてえな顔すんじゃねえよどいつもこいつも。
のその目を見て、分かったことが二つある。
一つは、その眼差しが、どことなく長太郎と似通っていること。

そしてもう一つは、俺がそういう目にとことん弱いってこと。


そうか、だから俺、にだけは普通でいられたのか。
そんで、そのことをこいつは『特別扱い』されてるんだと思ってしまった、と……


俺が答えに詰まっていると、痺れを切らしたのかがせっついてきた。
「……で、どうなのよ?」
「な、何が……」
「もう!だから、付き合ってくれるのか、くれないのか!」
自分から告ってきたというのに、は何故か態度がでかい。
こういう堂々としたところも、少し長太郎と似てる。

で、その長太郎はというと、から少し離れたところにすまして突っ立っている。
俺が「付き合う」って言うのを待ってるんだ。主人の帰り待ってる犬みてえに。


「あーもう分かったよ!付き合えばいいんだろ付き合えば!」
もう一度だけ深く溜息を吐くと、俺は投げやりにこう言った。

「ホントっ!?」
弾んだ声でが答える。
やっぱり長太郎の目を気にしつつも小さく頷いて見せると、「よっしゃ」とガッツポーズをして。
「ありがと!宍戸大好きー!!」
「うおっ!?」

勢いよく突進してきたかと思うと、は俺の腰の辺りにがしっと抱きついた。
「ちょ、オイ!離せって────」
長太郎が、長太郎が生温い視線を向けてくる!
でも男の力で無理に引っぺがすとかえって危ない。
「よかったですね」
そして長太郎は、俺の気持ちなんか知らずにそんな言葉までかけてくる。
全然よくねえっつーの!
好きな奴の目の前で他の奴に抱きつかれて誰が、誰が……


だがそんなことは言えるはずもなく。
ましてや、交際を承諾してしまった今の俺では、いくらなんでもに失礼だ。

俺が焦った表情のまま黙り込んでしまったのを、どうやら二人は『照れ隠し』だと受け取ったらしい。
さすがに俺の身を案じてくれたのか、は名残惜しそうに俺から手を離した。


そして数分後。


告白劇に強引に割って入り、場をめちゃめちゃにした挙句、はからずもの手助けをしてしまった(そりゃそうだ、元々は断るつもりだったんだから)長太郎は、そんなこと全く知りませんとでも言わんばかりにぽつりと漏らした。
「あーでも、寂しくなるなー」
「何がだよ」
「だって、宍戸さん彼女持ちになっちゃったから、これからは気軽に練習誘えないじゃないですか」
「アホ、練習なら関係ねえだろ」
「だめですよ、大事にしないと」
そう言って長太郎はさっきの言葉の通り、寂しそうに笑う。


こいつはアホだ。


寂しくなる、だ?
だったら気軽に「付き合え」なんて言うなよ。
今からでも撤回しろよ。

……俺はいつでも取り消すぞ。


それから奴は、「邪魔しちゃ悪いから」とか何とか言って、一人で先に帰っていった。気付くのが遅すぎだ、アホ。
俺はそれを、長太郎の背中が見えなくなるまで見送ると、さっさと教室を後にする。
「待ってよ宍戸ー」
「あ?」
振り返ると、がこちらにパタパタと駆け寄ってくる。
今の今まで全く気にしていなかったというのに、それも全くお構い無しだ。神経が図太いのか、バカなのか……ああ、いや、ダメだ。
俺、さっきこいつの彼氏になったんだっけか。
見ればは、足を踏み出した格好のまま止まった俺に向かって、手を差し出している。
「手……」
「手?」
俺はつられて自分の手をじっと見つめてみた。
それに反応して、は俺の手に自分の手を近づける。

「つないで?」
「……ダメ」
「えー」
冗談じゃない。手なんかつないで帰れるか。
俺が手を引っ込めると、あからさまに不満を顔に出す。
「ケチ……」
そう言って、しゅんと手を引っ込めかける。
その様子は、犬が叱られて耳を垂れたように俺には見えて────


  『だめですよ、大事にしないと』


唐突に長太郎のその言葉を思い出す。

大事に……ね。

はまだ諦めきれないようで、引っ込めかけた手を中途半端にぷらぷらとさせていた。
「しょうがねえな」
「え?」
宙に浮いていたその手を、手首ごと掴む。
は驚いて目をぱちくりさせていたが、すぐにくしゃっと顔をほころばせた。


大事に、してやるよ。
他ならぬお前の言ったことだ。
もう俺の片想いなんか報われないこと決定なんだ。
だからもう……ずっと、しまっておくことにする。


「ホラ、行くぞ」
「うんっ!」

返事をして本当に嬉しそうに笑うを見た時、俺も少しだけ嬉しくなった。
でもきっと、すぐに閉じ込めておいたはずの俺のホントの気持ちが、彼女を引き離してしまうのだろうけど。

その時は、俺は敢えてからのどんな誹りでも受ける。
長太郎はきっと残念がるだろうが、お前が「付き合え」と言ったのがいけないんだ、ということにする。


長太郎が一緒じゃない帰り道、左側に────
いつもと違う光景の、そのとんでもない違和感に落ち着かないまま、俺たちは帰途についた。




宍戸さんちょっと酷い男(笑)
これ、長太郎サイドも書けそうですなー。実は両思いだったネタとかで。
そうするとヒロインの立場がないですが……

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