突然ですが、私、は今、恋をしています。
彼は一つ年下の男の子。大型犬みたいでとっても可愛らしく、端正な顔と人懐こそうな雰囲気のギャップがもうたまりません。ああ〜あんな子誘惑してみた〜い……はっ、違う違う。

彼の名は鳳長太郎といいます。
ここ、テニスの名門氷帝学園では、結構な有名人です。


……そう。
相手が有名人(しかもモテる)というのは、恋愛にはとても辛い障害となってしまうのです……

これからお話しするのは、そんな障害を乗り越えるヒロイン(私)の、愛と感動の物語なのです。


恋愛玉砕大作戦


……なお、話の内容は変更の可能性があります。


「というわけなんですよ」
「悪いことは言わんからあいつはやめとけ」
一瞬で会話が終わる。

恋愛の相談役にと私の選んだ女友達は、私の話を聞くなり一言でばっさりとそう下した。
「なーんーでーよー」
「いや、別に説明してもいいけど…後悔しない?」
「しないしない、少々のことなら愛で無問題」
ばっちりとサムズアップを決める私を見て、友人は大袈裟に溜息をついた。
「そこまで言うなら話すけど…」

そこから少々ボリュームダウンしての話が始まった。
わくわくしながら聞く私を、友人は何故か微妙な表情で見つめていた。
「で、何?」
「あのね、私の後輩が鳳君に告白したらしいのね。で、ふられた」
「えーその子可愛い?鳳君て理想高い?」
「黙って聞け。なんかすごいきっぱりふられたみたいで。何でかって思って、クラスの人とかの話を聞いてみたらね……」
「うんうん」


「鳳君て……ホモらしいよ?」
「……はい?」

ん?今何か物凄くヤバイ単語が聞こえたような気がするんですけど、気のせい?
「ホモなんだって」
「えええーーーっ!?」
「バカ、声大きい!」

口を押さえられ、深呼吸を一つ。
呼吸が少しだけ落ち着いたところで、恐る恐る疑問を口にしてみる。

「ホモって……あの、男が男を……ってやつ!?」
「そうそう、しかもさー、いるらしいんだよね…この学校に、想い人が!」
「いやっ、いやいや、まさかそんなはずが……」
「ないと思う?」
「あるわけないじゃん!」

そう、あるわけない。
まさか私の好きになった人が、私がどんなに努力しても恋愛対象に入りすらしないような、そんなところにいる人だなんて。

「私、直接聞いてくる!」
「えっ!?やめなよ!」
「いいや決めた、聞いてくる!」

善は急げだ。
私は呼び止める友人の声も聞かず教室を飛び出すと、鳳君にホントの所を聞き出すべく、早速彼を呼び出した。


体育館裏は、呼び出しのメッカ。
私の呼び出しに快く応じてくれた鳳君もご多分に漏れず、この場所独特のそわそわした雰囲気を醸し出している。
このまま告ってしまいたいところだが、ここはじっと我慢の子。焦らない焦らない。
地道なアプローチも、時として恋愛には必要なのだ。うん。

雰囲気に浸っていられる時間もそう長くない。
鳳君が申し訳なさそうな表情になって断りの返事を先に出す前に、単刀直入に切り出した。
「あのね鳳君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「はい?」
「鳳君って、ホモなの?」

しばしの沈黙。

「…………はぁ?」
と気の抜けた声がして、鳳君の顔をまじまじと見てみると。
きりりとした眉を八の字に曲げ、困惑した表情が良く見て取れた。

それがだんだんと焦りというか、憤りというか、そんな感情のこもったものに変化していく。

「違いますよ!そんなわけないじゃないですか」
からかわれた、とか思ったのだろうか。彼の声色には何か憮然としたものが感じ取れた。
「そ、そうだよね、ごめんね変なこと聞いちゃって!」
乾いた笑い声を響かせながら、私は内心ほっと胸を撫で下ろしていた。

よかったぁ〜。
あの野郎おどかしやがって、ホモだなんて真っ赤な嘘じゃん!
「うんうん、そんなことないよね!根も葉もない噂なんだよね!」
「そうです違いますよっ!そんなんじゃありません!だって俺は……」

そう言って口ごもる鳳君。
え?今何つった?『だって俺は』?
この子は今から何を説明しようとしているのだろうか。
『だって俺は』……ここから考えられる可能性は一つ。

『だって俺は、先輩のことが……』……か?そうかっ!そうなのかっ!?
何だ、だったら全然OK!カモン!バッチ来い!!さぁさぁ早く!ハリーハリーハリー!!

……なんて。
なんてそう私が一人脳内で盛り上がっていたその直後。
聞かされた言葉はといえば。


「だって俺は、好きになった人がたまたま男の人だっただけですから!」


…………何?

一瞬、思考が止まる。


「今何と仰いましたか?」
「え?だから好きになった人がたまたま男の人だったってだけで、俺ホモじゃないっす!」
拳をぐっと握り締め、何やら私と言う理解者を得たのだと勘違いしたようなキラキラ光る目でこちらを見つめる鳳長太郎(13歳)。
そして反論も許さず、捲くし立て続ける。

「でも良かった、先輩みたいな人がいて…えと俺、他の人に色々言われてて……でもちゃんと『たまたまなんだ』って分かってくれる人が居て、こんなに心強いことって……」
「…………れを……」
「……はい?何か言いまし……」


「それをホモって言うんじゃー!!!」


もう勘弁ならん。女の敵め。
ずっと我慢していた言葉が爆発する。
ちょうどそこを通りかかった生徒が、あまりのことに恐れをなして逃げ出していった。

が、しかし。分からず屋がここにいた。
きゅっと握っていた拳にさらに力をこめ、寄っていた眉間はますます縦皺を深くして。
鳳君は半分泣きそうな顔で叫んでいた。

「ち、違います!俺は男が好きなんじゃなくて、宍戸さんが好きなんです!!」
「関係あるかアホーーー!!」
それに負けじと、私も無意識のうちに叫んでいた。
泣きたいのはこっちだよ!
しかも宍戸かよ!!


ああ、いかんいかん。
こんなノリツッコミに付き合っていたら、私の女としての、否!人としての尊厳が失われかねない!
ここはひとつ、女の子らしい…そう!女の子らしく、ふられて悲しい悲劇のヒロインを演出してこの場をやり過ごせ!

「うっ…鳳君……ひどい……っ」
「あ、先輩?」
ちょっとばかり『しな』をつくって、一気に駆け出す。
追いかけてきてくれるかも…と期待するだけ私が馬鹿だった。鳳君は急にぽかんと口を開け、その場に残って見送るばかり。


「うーわー、わざとらしー」
「鳳にストレート突撃!ある意味男らしいぜ、!」

聞こえない、聞こえない。
私は何も聞かなかった。

聞かなかったことにして走れ!走るんだ!!

走……────


「うわっ!?」
「ぎゃ!!」

しまった、また失敗。
いくらなんでも『ぎゃ』はないだろう『ぎゃ』は。
そして暢気にそんなことを考えているのは、先程私とぶつかって尻餅をついてしまったらしい前の人にも失礼というもの。
とりあえず、気を取り直せ。話はそれからだ。
「だ、大丈夫?」
スカートの埃をパンパンと払い、私は正面にしゃがみこんだ状態の人物に手を差し伸べた。
「おう、悪ィ……」
「……ん?し、宍戸ぉっ!?」
「は?」
差し伸べた手が握られた時、既に遅し。
私は、鳳君の想い人である尻餅をついていた人物──宍戸亮と、握手をした格好のまま固まっていた。

「何であんたがそんなとこにいんのよ!」
「いや何でって言われても…」
「うっさい!あんたのせいで私の恋心…はっ!待てよ!?」

手を握ったままいっこうに引き上げようとしない私に呆れたか、宍戸は自力で立ち上がりそのまま頬をぽりぽりかいていた。
そして私はといえば…ある恐ろしいことを思いついてしまったのだった。


あの時級友は何と言ったか?
鳳君には『想い人』がいると!そう、想い人!

決して『恋人』ではない……つまりはそう!鳳君もコイツに片想い!


……

…………

……ばらしてしまえ。


「おい?いつも変だが今日は特に変だぞ」
「そう!そうよ!すっごいこと聞いちゃったから私!」
「だから何なんだよ…」
「あのね?」

小さくおいでおいでをして、宍戸にそっと耳打ちする。
私の言葉で、宍戸の目が見開かれたのは言うまでもない。
「……そういうわけでね、鳳君ってばだから自分はホモじゃないんだって主張するわけよ」
「そ、そう、か……長太郎が……」
「ねー私も最初聞いた時はびっくりしちゃったけどさー」
「…………」
「正直どうよ?鳳君の印象変わったとか、そんなことない?ん?」
「………………」
「……おーい、宍戸くーん?」

おかしい。
宍戸がここまで黙り込むなんて、前代未聞の出来事だ。
まさかショックで声が出ないなんてことはないよなぁ〜なんて思いつつ、ちらりと宍戸の顔に目を向けてみる。

直後。

宍戸の頬を、熱いものがひとすじ、流れ落ちた。


「……長太郎…あのアホ……俺に何も言わねえで……」
「あのー……」
いや、そりゃあね?確かに後輩がホモだったっつーショックは分かるよ?
でも何その泣き顔。ちょっと可愛いんですけど。

などと思っていたのも束の間。宍戸は更なる爆弾を投下する。
「アイツ、そこまで俺のことを……」
「……は……?」

涙が流れるだけではおさまらず、宍戸の頬は今度はほのかに赤みが差していた。
え?これって?ちょっと!?
「やべ、すげー嬉しい、どうしよ」
「知るか!!!」


駄目だぁぁーっ!コイツも駄目だぁぁーーっ!!
お前もかよ!実は両想いだったのか!!ええいまどろっこしい!!


私の心の絶叫は、しかし宍戸には全くもって届かないのであった。



かくして────

片想いの彼のホンネを聞いちゃおうという作戦は、予想の斜め下をムーンサルトでかっ飛んで行く結果をもって、終わりを告げたのであった────
はからずもキューピッドになってしまった私、の、明日はどっちだ。




ヤバイ、書いててこんなに楽しかったのは初めてだ。
ヒロインも長太郎も宍戸さんもみんな変!
そして変な人を書くのは楽しい。

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