シュガーブレンド


校門前で、に呼び止められて、「喫茶店に行かないか」と誘われた。
その時の俺は、特に用事もなかったし、ちょうどクリームソーダ飲みたいなーなんてぼんやり思ってたし。

、だったし。

そんなわけで、今、と差し向かいで席についている。


が言うには、ここはコーヒーの種類が豊富で、二番目のオススメ店なんだとか(一番目はどこか聞いたけど教えてくれなかった)。
といっても、俺はコーヒーなんてあんまり飲まないからそのへんはよくわからねえ。
ただ、が楽しそうにコーヒーの話するのを見てるのが、その、なんだ。

コーヒー、好きなんだな、コイツ。よし、ひとつ情報ゲット。

……と、そうこうしているうちに、注文してたものが来た。
ウェイトレスがお盆にコーヒーとクリームソーダを乗せて席の横につく。器用な手つきで、まずはコーヒーを俺の前に出した。
「あ、コーヒーこっちです」
慌ててがそう訂正する。
ウェイトレスは「失礼しました」と一礼してから、コーヒーをの方に移した。
続いてクリームソーダを俺の前に。
ごゆっくりどうぞー、と多少のんびりした感じの声が聞こえると、ウェイトレスが奥の方に去っていく。

まあ、そりゃそうだ。

高校生の男女が二人、この時間帯にここにいる。
もしかしなくても『放課後デート』というやつ……になる、んだと、思う。
そんな二人がコーヒーとクリームソーダを注文すれば、普通は女の方がクリームソーダかな、って思ったりするだろう。
いや、違う奴らもいるかもしれないけど(例えば俺たちとか)、でもやっぱり、女の方がクリームソーダ、の方が多分多い。

そんなことを考えていて俺がグラスに手をつけないのを不思議そうに見てから、はカップを持ち上げた。
「んー、いいにおい」
あんな苦そうな匂いでなぜそんな幸せそうな笑顔になれるのか。俺にはさっぱり理解できなかった。
「オリジナルブレンドはいまいち口に合わなかったけど、モカはここのが絶品だね」
うんうん、と頷く
俺は思わず口を開いていた。
「コーヒーに違いなんてあるのか?」
「え?あるよ?」
俺の疑問はあっさり一言で返されてしまった。
そこからの怒涛の反撃。実に生き生きとコーヒーの違いについて語りだす。はっきり言って、俺はついていけなかった。
「……でねー、もちろん味も違うの。モカはちょっと甘くて、チョコレートっぽいんだよ。それから……」
「あー、もういい。説明されても嗅ぎ分けらんねーから」
「そ、そっか……ゴメンね、なんかはしゃいじゃって」
うんざりと返すと、は一転、しゅんとした表情になる。
この空気はマズいぞ。俺。

「と、とりあえず飲もうぜ、ホラ!お前砂糖いくつ?」
静まりかけた場を何とかしようと、俺は声を上げた。
が。奴はその上をいっていた。
「ああ、わたし砂糖入れないヒトなの」
「……へ?」
さらりと言って、は何も入れていないコーヒーを口に含んだ。

ウソだ。
ぜってぇ有りえねぇ。

ブラックだぜ!?

あんなもんを平気で飲む女子高生が存在するなんて、俺は信じたくなかった。
苦くねぇのかよ?


いつの間にか、俺はを凝視していたらしい。

ふと気がつくと、はなにやら気まずそうな笑みを浮かべて、俺の方を上目遣いにちらちらと見ていた。
「ええっと……わたしね、コーヒーはコーヒーのまま飲むのが好きなんだけど……おかしいかな?」
どうやら俺は、知らぬ間にさっきの疑問を口に出してしまっていたらしい。
はこちらの様子をうかがうかのように肩をすくめてちょこんと座ったまま。カップにはもう手をつけていない。

コーヒー好きなのはまあ良い。俺もカフェオレくらいだったら飲めるし。
でも苦いの好きな人間がこの世にいるなんて、それがあまつさえ俺の目の前にいる、このだなんて。
俺はちょっとだけ、とうまくやっていく自信を喪失しかけた。

それが言葉となって漏れ出してしまう。
「……お前さ、甘いものって苦手だっけ?」
「そんなことないよ。甘いものは甘いもので好き」
俺の不安げな声にも動じず、はさらりと返してきた。
でもコーヒーはブラックが好きなの、変だよね。なんて笑いながら言う。

「ほら、ケーキとかと一緒だと、砂糖入れてもどうせ苦いでしょ?だったら最初から入れなくてもいいかなって思うようになって……」
「……つまり、和菓子と抹茶みたいなもんなんだな?」
「あ、そうそう!そんな感じ!」
手を叩いて、がはしゃぐように答える。

……そうか。

ケーキと一緒に、甘いジュースを飲んでも、そんなに甘いと感じないのと一緒なんだ。
確かにそうだった。

っつか、コーヒー一つでこんなにも情緒不安定になる俺がどうかしていた。
ただの嗜好の問題ってだけなのに。


照れを隠すために、俺はずっと放置していたクリームソーダのフロートを口に運んだ。
まったりした冷たいバニラの甘みが…………しなかった。
「…………?」
あれ。
甘くねぇや。クリームソーダ。
口を離し、思わず顔をしかめる。
「どうしたの、ハリー?」
「い、いや……何でも……」

何でもねぇ、と言いかけて、俺の唇はそこで表情ごと止まった。
目の前には、再びカップを手に取り、実に美味そうにコーヒーを飲んでいるの笑顔。

なるほど、甘いケーキと甘いジュースを一緒に取っても、ジュースは甘く感じない。


あの笑顔は、甘すぎる。




『クリームソーダ』云々は友好時のセリフなのですがどう見てもときめき状態です。本当にありがとうございました。

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