ある夏の日の帰り道。
はるひに誘われて、喫茶店でお茶を飲みながら学校でのあることないこと話しまくる。
よくある日常のひとコマだった。


はるひのポーチに入っていた、ハリーの写真を見るまでは。


VERSUS MODE


「違うって、何が?」

にっこり。
こんな風に緩く笑うから、私は周囲から『天然』だの『ボンヤリ』だの言われているのであろう。
だけど今回は勝手が違う。

はるひは私のその言葉に、まごまごしながら口ごもる。


  「ちゃうねん……そんなんちゃうから……!」


私がハリーの写真を偶然見つけてしまって、まだ何も──『勝手に見ちゃってごめん』すら言ってないうちからのこの弁明。
可愛いはるひ。大好きな友達のはるひ。
すごくお喋りなくせに、恋愛にはとことん奥手で照れ屋さんなはるひ。
もしポーチに入っていた写真がハリーじゃなかったら、いつものようにふざけながらはるひを応援しているところだ。
だけど、何度も言うように今回は勝手が違う。

「だから、何が違うの、はるひ?」
「何がって、それは、その……とにかくちゃうねん!あんたが思てるようなことないから……!」
真っ赤になって「違う」と言うはるひに、ちょっぴり意地悪してみたくなった。
じっくり考え込むようなそぶりを見せて、呟く。
「つまり……そのハリーの写真はたまたま入ってただけで、別にハリーのことが好きなわけじゃない……ってこと?」
「えっと……せやからそれは……」
首をかしげて、ストローをくわえる。
かなり時間が経過していた。いくらクーラーの効いた喫茶店とはいえ、グラスの中は氷が溶けてしまっていて、オレンジ風味のすっぱい水の味がした。

はるひはいまだ否定も肯定もせず、うんうんと唸っていた。

煮え切らない態度だ。
どうせなら、正々堂々ライバルとして戦いたい。
そんな可愛い態度に騙されて、「そんなことないよ、お似合いだよ」なんて、誰が言ってやるものか。


「そうなんだ、良かったぁ」
「……え?」
満面の笑みを浮かべてみる。
案の定、はるひはきょとんとこちらを見つめていた。
「だって、私はハリーのこと好きだから」
「えっ……」
「だからもしはるひがハリーのこと好きなんだったらどうしようって、不安だったんだ」
「…………」

みるみるうちにはるひの表情がかげっていく。
私が何かを言うたびに、はるひの眉が一度ずつ下がっているような、そんな気がした。
けれど、そんなことでは許してやらない。

更に続ける。

「ホントに良かった!だって私、はるひのことも好きだから、ライバルなんて嫌だもん」
「………………」
「それに、はるひ可愛いし、おしゃれだし。私なんか勝ち目無いって感じ……」
「……な、なぁ!!」
「……?何?」
「あ、あんな……あたしな……」

なんだか周りの席もざわついてきていた。
そりゃそうだ。ただの女子高生のお喋りかと思ったら、水面下での恋の鞘当てだ。
ぶっちゃけ、修羅場だ。
恥ずかしがりのはるひにとっては、冷や汗モノだろう。

……ちょっと、やりずぎたかもしれない。

でももう一押し。


ギャラリーをものともせず、私は『友達の恋に疎い天然』を演じ続けた。
猫を被るなんていつものことだ。

「ねえ、はるひ、応援してね?」
「……!!」

とどめ。
はるひは何か言いたそうにしていたけど、結局何も聞けなかった。
そのまま、何かに衝き動かされるようにして喫茶店を出て行くはるひの姿を、私はしばらく見ていた。


かなり嫌われただろうなぁ。
実質ライバル宣言な上、天然ぶっこいたとはいえ相当無神経なこと言っちゃったし。
周りの人たちもしばらくざわざわと言っていたけど、一度周囲を見渡して『きょとん』と首を傾げてやると、みんな慌てて視線をそらした。

向こうの席から、ひそひそと声が聞こえてきた。チラッと見てみると、同じはね学の生徒らしき格好をしていた。


  「ねえねえ、あれB組のさんだよね?」
  「あの子、ホント鈍いよねえ……」
  「でも、男子ウケ結構いいんだよね……『そこがいい』とかって」
  「っていうか俺は針谷が羨ましいぜ……」


…………うん。
ちょっと、猫の被り方、間違ったかもしれない。
今度、佐伯くんにそれとなく御教授願おう。

カバンと伝票を持って立ち上がる。
椅子を直して、改めて気付いた。
はるひのジュース代を、私が出さなきゃいけないってことに。


一つ、貸しだ。



その日の夕方、遊くんに早速はるひの様子がおかしかったと聞いた。
なんでもケーキをヤケ食いしていたそうで……あの後、別のお店に行ったのかな。
まあ、それは置いておくとして。
これで奥手なはるひももう少し積極的になるだろう。
そしてそれは、私の恋路がそれだけ困難になるということでもあるのだけれど。
それでへこたれているさんではない。

このライバル関係には、もう一つ重要な点があるのだ。
それ即ち────

『鈍感少女であるところのこの私は、はるひがハリーを好きであるとはっきり聞いたわけではないのでまだ気付いてはいない』

────ということ。
いや、気付いてるよ?本当は。というか、気付かないわけがない。
だけど、はるひの口から直接聞いてない。私はちゃんと言ったのに。
なんだかんだ言って、あの時言ったことは本当のことだ。ただ、私がいまだハリーに対して本当の自分をさらけ出せないでいるから、告白には至っていない、というだけのことで……

そんなことを考えながら寝たせいか、その日の寝覚めはあまりよろしくなかった。



予鈴をバックに、私は校門をダッシュでくぐり抜けようとしていた。
昨日考え事をしていたせいで、あまりよく眠れなかったのだ。
ちょうど反対側から、私と同じように校門に向かって走っている赤い髪を発見。
片手を上げるとすぐ反応があった。
「オッス、!ハハ、オマエも遅刻か?」
「オッス、ハリー。そっちこそ!でもこのまま走ったら授業には間に合うかも!」
「だな。よしっ、競争だ!!」
「あ。待ってよハリー!」
ぽんぽんと飛び交うレスポンスと共に、二人して風紀委員の網をかいくぐって校舎内へと走る。
遅刻はいただけないが、ちょっとラッキーだった。


下駄箱まで駆け込み、階段を上る。
教室のある棟までくると、そこでしばしのお別れだ。
残念なことに、私とハリーはクラスが違う。……ハリーははるひのクラスなのだ。
「じゃあ、また!」
「おう!」
短く会話を交わして、教室になだれ込む。
思ったとおり、若王子先生はまだ来ていなかった。

「おはようーっ!」
明るく可愛く。手を振って挨拶。
クラスメイト達はみなそれぞれに答えてくれた。
そしてこの人も────
「おはよう。今日は遅かったね?」
「あ、佐伯くんおはよう。うん、ちょっとね……」
「……だからってバタバタすんなよ、埃が舞うだろ」
「う……」
朝からイヤミな奴だ。
爽やかに挨拶したその口で、すぐに私にだけ聞こえる声でぶつくさと文句を言う佐伯瑛。
さすがに教室のど真ん中でチョップはしないけど。

その佐伯くんの隣の席に腰を下ろして手早く一現目の準備を済ます。
横では佐伯くんがこちらを見ながらニヤニヤしている。嫌がらせか?
……お前さ、噂になってたぞ?」
「噂って……もしかして」
「ああ。昨日喫茶店で……」
「やっぱり……みんな情報早いなぁ……」
机にべったりと覆い被さるのを、佐伯くんは肩をすくめて見ていた。
「ウチ以外の店なんかに行くからだ、バカ」
「……はるひ連れて珊瑚礁なんか行ったら、佐伯くんの化けの皮がはがれるよ」
「コイツ……言うようになったじゃないか。つーか、誰も西本連れて来いとは言ってないだろ」
「一人で行ったって面白くないでしょ?どうせ手伝わされるだけだし……」

佐伯くんをちらりと見て、すぐに視線をそらす。
今までの統計からいうと、そろそろ先生が来る頃だ。
だれていた背筋を伸ばす。
「お前なー…………」
彼が更に何か言おうと口を開いた瞬間、教室の前の扉が開いた。
佐伯くんは、慌てて口を塞いだ。


……うん。
悔しいけど、実は佐伯くんと喋ってる時が一番楽なんだよな。
気ぃ遣わなくていいし。
好き……とは、違うような気がするけど。
だって、私が一緒にいてドキドキするのは……

ホームルーム中、多分私は百面相をしていた。


とりあえず、本日は宣戦布告までに。




はるひのライバルイベントが煮え切らなかったので捏造しちゃいました。
あんな風に言われたらこういう意地悪したくなってしまうんですよ。「正直に言わんかい!」と(性格悪ぅ…)
そしてハリースキーとして、佐伯といる時の主人公がすごく自然なのが非常に羨ましい!
もしかしてハリーの前では猫被ってるんじゃないの?というわけで、被らせてみました(笑)

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