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タイトルわかって!隊長さん旅行記
記事No6
投稿日: 2004/07/15(Thu) 09:40
投稿者万歳山椒魚(旧BBS)
URLhttp://www8.tok2.com/home2/aramar88/
「わかって!」の隊長さんの旅行記

 投稿者:管理人転載 投稿日:2003/11/03(Mon) 14:18 No.13

この随筆はi勝手支部内・若手サイトの「わかって!」掲示板に投稿されていたものです。
内容の質・面白味ともに水準が高かったので、[うぇっぶだいありぃ]に転載し保管します。

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/Sub:144] 京都に中西先生を訪ねて
                 / 万歳山椒魚@隊長 / Date:2003/06/23 11:20

 中西輝政先生の講演会を拝聴するため京都に行った。学生の貧乏旅行だから、東京から京都へと辿りつくためには東海道本線の鈍行を乗り継いでいかねばならなかった。青春18切符が発行される季節ではまだないので普通乗車券を買っての文字どおり小さな旅。レールを踏む車輪の心地よいリズムに耳を傾けながら本を読み、久々にゆったりとした時間を満喫できたのだが、隣り合わせたご老人がおっしゃるに「昔はもっとゆったりしていた」とのこと。昔の時間はどれだけゆったり流れていたのだろう。そんなことを考えながら、何度も思い出したのは夏目漱石『三四郎』の一節だった。

……九州から山陽線に移って、だんだん京大阪へ近づいて来るうちに、女の色が次第に白くなるので……

汽車の針路は三四郎とは正反対だが、静岡を過ぎたあたりからだろうか、古都に近付くにつれ女の色が白くなっていくのは本当だと実感。京大阪を過ぎるとまた黒くなっていくのかしらん。さまざまなことを思いめぐらし、車窓から見える景色を楽しんでいるうちに、名古屋の手前あたりから暗くなってしまったものだから、せっかくの鈍行の旅はとたんに退屈なものになってしまった。目が疲れていたので本を読む気にもなれず、かといって話し相手もいない。ぼうっとしているまにも汽車は進んでいき、大垣に到着したのは夜の10時近くだった。ここまでくればひと安心と明日合流する予定の某氏に電話で連絡をいれる。京都に近付く心境を嬉々として岩田君に伝えたのもここ大垣だった。大垣から米原に向かい、そこで乗り換えれば、あとは京都に着くばかり。日付けも変わった午前零時11分、万歳山椒魚はついに上洛した。9時間と少し、かかった。

会場の商工会議所に着いたのは、その日の午後2時30分であった。午後3時、予定通りに開演した。以下は講演会の骨子である。

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歴史観という問題は日本の再生どころか生存に関わる問題です。したがって教科書の採択は、非常に大事な選択であります。

さて、21世紀は戦後の終わりであり、何より20世紀の終わりを画する世紀です。常識が全部変わってきています。今が歴史の分かれ道なのです。なのに、日本はまったく逆の方向に向かおうとしています。そこで、世界の見方、本来の歴史の見方について考えねばなりません。

歴史観とは現在と将来に関わる問題であり、一番大切なのは「真実」を見る目であります。ちなみにイラク戦争の真の問題とは、「20世紀が終わった」ということであります。今回の戦争におけるアメリカの決断が示していることは、「自衛戦争であれば国連決議の有無に関わらず正統」であるということです。大事なことは、自衛戦争であるということが正統性の根拠になりうるということです。

ところで、自衛戦争であると判断するのは一体誰なのでしょうか。歴史における政治的文脈において考えてみたいと思います。1928年にパリ不戦条約が締結されました。世にいうケロッグ・ブリアン条約であります。これは、国際紛争を解決する手段としての戦争放棄を訴えています。つまり、自衛戦争に関しては問題にされていないのです。東京裁判において、日本が訴追された根拠はこのパリ不戦条約でしたが、日本側弁護団は、日本の行動は「自衛戦争」であると反論したのです。結局受け入れられませんでしたが、しかしケロッグはこう申しておるのですよ。「自衛戦争であるかどうかの判断基準は各主権国家が決めることだ」と。これが今に至るまで国際社会の根本構造、国際社会の常識であります。多くの日本人が誤解していますが、国連は「話し合い」の場に過ぎません。国連憲章は集団自衛権について言及していますが、この自衛権の範囲についてはそれぞれの国の政治判断に任されているのです。今回のイラク戦は大東亜戦争の解釈にも大きな影響を及ぼすことになるでしょう。

イラク戦は善悪の戦争ではありません。国連が絶対的善を体現していないことを知らねばなりません。21世紀はこれまでは違う世紀になります。グローバリゼーションと言われていますが、アメリカも日本もみな一国主義、国益を優先することになるでしょう。小泉首相という方は経済政策に関してはまったく駄目で早く辞めていただきたいのですが(笑)、これまでの対アメリカ発言に関して言えば、21世紀を先取りしているという点で評価できます。

20世紀は1901年に始まったのではありません。1914年あるいは1917年に始まったのです。1914年は第一次大戦勃発の年。1917年は革命の始まった年です。つまり、20世紀は大戦争と革命の世紀だったのです。

20世紀にはふたつの世界大戦がありました。第一次大戦では2500万から3000万人もの人が、第二次大戦では6000万人が亡くなりました。ふたつの世界大戦の後には冷戦がありましたが、米ソの直接対決はなかったものの各地で代理戦争が頻発し結局4000万人が亡くなったといわれています。冷戦は一種の世界大戦であり、いわば第三次世界大戦だったのです。この第三次世界大戦に日本は無関係を決め込みました。

また20世紀はカルトを人々が信じ世界史を動かしてきた時代でもありました。世界中の実に多くの人々が共産主義に影響を受けたのです。さて、共産主義の恐ろしさは、その戦略論の卓抜さにあります。レーニン主義の戦略論には非常にしたたかなものがあるのです。これはつまり、中国や朝鮮の外交を甘く見てはいけないということです。彼らの老練さには確かに古来からの権謀術数の伝統が認められますが、それだけではないのです。そして、この社会主義というものに日本人の多くが影響を受けてきたのです。

問題は、それに対し保守がどんどん妥協したことでした。昭和21年2月、外務省の庭でのことです。ホイットニーとケージスが吉田茂らにこう語ったといいます。「(空を見上げて)太陽の暖かさは原子エネルギーの恩恵ですね」。そして丁度そのとき、B25爆撃機が皇居の真上を飛んでいったのです。彼らの言わんとしていることは馬鹿でない限り理解できるでしょう。つまり、「アメリカの作った憲法をのまなきゃ皇室の存続が危ないよ」と暗に脅しをかけているのであります。天皇制の護持が当時の日本人にとって大前提でした。ですから、1条と9条には交換取引が存在するということを知らねばなりません(※註:「戦争放棄の条文をのむから国体護持の条文を入れてくれ」という日本の要求と、「国体護持の条文を入れてやるから戦争放棄の条文を入れろよ」というアメリカの要求の交換)。したがって日本は憲法をのむことになる。

しかしこれが当時の日本国民のいつわらざる真情であったのでしょう。当時はその日暮らしが精一杯でとても憲法どころじゃなかった。憲法に関してはまったく議論がなされず、国会は皇室の存続という項目があるだけで憲法を承認したのです。しかし、大事なことは、当時の誰もが事後改正を期していたということです。ですが後になって憲法改正を妨害した人物がいます。それが吉田です。芦田や鳩山を、自分にかつて逆らったという、いわゆる永田町の論理でつぶしたのです。彼の功罪は相半ばするのでしょうね。功は経済政策に関するもので、吉田学校の池田勇人をはじめとする人間が日本の経済を成長させた。しかし、吉田茂の功の部分を呑気に論じる時代は終わったのです。経済成長の要素は「国民の総合力」であります。「国民の総合力」とはつまり、国家の完結した力、民族的意識、民族的自立のことでありましょう。日本は戦後に大きな成長を遂げたにも関わらず、かような成長の原因を考えませんでした。かくして日本人は今になって大きく出遅れることになったのです。「国民の総合力」を踏まえた上で、技術を結び付けるのが21世紀の経済の基本条件となっています。小泉内閣のしているような、単なるシステムの改革が成長につながるわけがないのです。

グローバリゼーションは終わるでしょう。近代国家は、そんな簡単に崩れるほど弱くはありません。国際会議を見れば分かるように、グローバル・スタンダードが進む世界において各国がそれぞれのスタンダードを押し付けようと必死です。19世紀半ばにヨーロッパ各国が拒否したのは、アダム・スミスの価値観にのっとり世界に進出するイギリスのグローバル・スタンダードでした。彼らはイギリスに抗して一国経済を主張します。この時期の著名な学者には、ドイツのフリードリヒ・リスト、アメリカのアレクサンダー・ハミルトンらが挙げられます。余談になりますが、一国経済を主張するハミルトンがアメリカ人であるということからも分かる通り、「アメリカくらい一国経済の国もない」という声も現に聞かれるのです。アメリカはもともと入国管理が非常に厳しく、これは何も9・11に始まったことではないのです。話を戻しましょう。イギリスの推し進めてきたグローバリゼーションは、20世紀初頭、だいたい20年代から30年代までに終わってきている。そして、それ以降の世界は「グローバリゼーション→反グローバリゼーション→再グローバリゼーション」という周期で動いていきます。そして、レーガン・サッチャー時代に再び始まったグローバリゼーションが、今終わりつつあるのです。イラク戦争がこの現状を象徴しています。

注意せねばならないのは、アメリカはおろかヨーロッパも一国主義の立場を採っているということです。主にフランスとドイツがアメリカに強く反対したのは、彼らの中にふたつの懸念があったからです。ひとつは、アメリカの強大化がEU統一を邪魔するのではないかという懸念。もうひとつは、イラク戦をてこにアメリカがEUに対する影響力を強めるのではないかという懸念です。その一方で、アメリカのイラク攻撃を支持したヨーロッパ有志連合の顔ぶれを見てみると、これが非常に面白い。イギリス、スペイン、イタリア、オランダ、スウェーデンですが、特にイタリア、オランダ、スウェーデンの参加が面白いのです。彼らはあることに悩んでいるのですが、それが実は「ドイツとフランスによるEUの独占」なのです。彼らは独仏にEUを牛耳られるのは嫌なのです。今回のイラク攻撃に支持を表明したのは、アメリカを引き入れることでEUにおける独仏の影響力を弱めようとする意図が、彼らの中にあったからなのです。

(つづく)


/Subject:145] 京都に中西先生を訪ねて その2
                  /万歳山椒魚@隊長 /Date:2003/06/24 11:26

「韓信の股くぐり(※註:韓信は劉邦の部下で漢の天下統一に貢献した人物。まだ彼が貧しかった頃、淮陰の市中で若者の侮辱に耐え、その股をくぐったという逸話にちなむ。)」という言葉が、上に述べた3ヶ国の姿勢に最もよくあてはまるのではないでしょうか。彼らは独仏の力を弱めるためにアメリカの力を借りようとしているのです。独仏がアメリカの進出に困っているのは、そのためなんですね。アメリカの勢力伸長に困る国は、独仏のみならず、これからもたくさん出てくると思われます。アメリカの予測によれば、2020年までに、中国は経済のみならず政治、安全保障における姿勢を強めるであろうとのこと、これに関してはケ小平もはっきりとその意志を発言しています。ロシアもいずれ超大国になりアメリカとの距離を置こうとしています。このような設計図を描く中国やロシアにとって、アメリカの拡大は好ましく見えるはずがありません。

東アジア情勢に話を進めていきたいと思います。中国の様子を見るに、ご承知のこととは思いますが、アメリカは中国と台湾の双方を牽制しています。すなわち、中国に対しては「武力行使するな」と言い、台湾には「下手に独立の動きを見せて不用意に中国を刺激するな」と言っているのです。昨今の北朝鮮問題にしても、これをアジアの動向の一部分として見ることが求められています。

21世紀アジアは「アメリカよさようなら、中国よこんにちは」という流れになるかもしれません。現に、韓国の主な貿易相手国はアメリカから中国へと移っています。アメリカより中国に留学する若者も増えているといいます。しかしながら、日本は、中国の覇権を認めるわけにはまいりません。日本人は聖徳太子以来、対中対等外交を行ってきたという歴史を有していますし、日本が中国圏の国でないことは、心せねばなりません。

ここで、中国人の性質について触れておきましょう。彼らは数字、事実、法よりも人間の道徳すなわち心を重んじます。これは裏を返せば、人間の道徳があれば数字、事実、法なんかどうでもいいんだと思う国が中国だということです。ひるがえって日本人は事実や法を重んじます。中国人は日本人のかような性格に文句をつけますが、これはむしろ褒め言葉と受け取ったほうが適切でしょう(笑)。日本のほうが、西欧近代に比較的近いといえるかもしれません。政治が事実に優先するという中国人の考えをなんというか。「政治主義」というのです。日中戦争で日本が中国に与えた被害は、最初のうちは死者1000万人、被害総額500億ドルとされていましたが、これは次第に上方修正されていきます。田中内閣のとき、主としてODAに対する期待からですが、死者は2200万人、被害総額は1000億ドルにまで膨れ上がりました。そして中国が高度成長を迎え、早稲田に江沢民が来たとき、彼は死者3500万人、被害総額5600億ドルと発言しました。しかし、この数字には統計がありません。歴史的証拠も存在しません。が、中国にとっては、数字、事実、法なんかどうでもいいのです。そして、かような中国の主張に異議を唱えても、返ってくるのは「(そのような意見は)日中友好の対極に傷をつける」という決まり文句ばかり。中国の古典である『春秋』の左氏伝を読むと中国人の価値観がよく分かります。この本は、ある人物が嘘をついていたということを暴いています。しかし、暴いたからといってその嘘を否定するわけではありません。堂々とその嘘を肯定しているのです。すなわち嘘は道徳であると。これが歴史の書き方なのだと。この本は中国人の価値観を道徳律として示しているのですね。ですから、中国人が約束を破るようなことがあったら、気にせず「ああ、またか」と思うことが肝要かと思います。

韓国人についても触れておきましょう。さきごろ日本海の呼称をめぐって少しゴタゴタがありました。そもそも日本海という呼称は西洋人が付けた名称であって、日本人は何の関与もしていないのです。が、韓国はいちゃもんをつけてきました。私はこの出来事を見て「ああ、韓国の勇み足だな」と思いました。韓国は、とりあえず何か言ってみる、ということをします。とりあえず何か言ってみると、何の証拠も根拠もないはずなのに、何故だか日本は、反論してこないどころか謝ってくる。どうしてだか分からないが、とりあえず言ってみると利益があるので、とにかく文句をつけてみる。韓国人にはかような「だめもと精神」というのが存在するのです。竹島問題も似たようなものでしょう。なぜマスコミは大事な情報を伝えようとしないのでしょうか。日本のマスコミはうっすらと薄いベールに包まれています。

さて、そろそろ話を大枠に戻そうと思います。21世紀の世界情勢において、各国家は “back to the basic” すなわち基本に返ろうとしています。基本とはすなわち、西洋に端を発する「力と国益」のふたつであります。国際協調がまったくの嘘っぱちであるとは私は考えませんが、ただし、国際協調は先に述べた「力と国益」を前提とした2次的要因であって、その上にかかる外皮のようなものであると考えます。最近の出来事を見るに、どれも大規模な戦争には発展しなかったものの、各国が比較的簡単にレベルの低い軍事力を行使する時代がやってまいりました。


/Subject:146] 京都に中西先生を訪ねて その3(おわり)
                 /万歳山椒魚@隊長 /Date:2003/06/24 14:12

「(拉致されて)最初は抵抗したが、招待所で反日映画ばかり見せられるうちに、自分も北朝鮮のために協力しようという気持ちが生じた」

上の発言は蓮池薫さんによるものですが、非常に大事なことを示しています。人質が次第に犯人に同情するようになることをストックホルム症状といいますが、それよりも何よりも、歴史教育の恐ろしさを示しているからです。

いったい歴史観とは何ぞや。この問いかけに答えることは、根底に正しい国家観を持つことにも、日本の自画像を把握することにもつながってきますから大事です。蓮池薫さんのお兄さん、透さんが記者会見において次のような発言をされました。

「日本国民が拉致されたのだからメディアは北朝鮮に対し『返せ』といって当然ではなかったのか」

透さんが示されたことは、すなわち『我らは同じ船に乗る運命共同体である』と考え『同胞意識』を持つという国家観です。

米中朝の会議に日本と韓国は参加できませんでしたが、今回はそれでよかったと思います。いま米中には深い対立があります。アメリカ政府内に「北朝鮮を生かしているのは中国だ」という声があるからです。そして中国はというと、8月の小泉訪朝を示唆しています。ある北京の御用学者が『日中接近と外交革命』なる論文を先ごろものしましたが、その中に「対日接近外交こそ中国の進むべき道である」という主張があるのです。気になるのは「外交革命」という用語ですが、現代史において、それは2回ありました。1回目は英仏を孤立させた独ソ不可侵条約、2回目はソ連を孤立させたキッシンジャー米中協調です。すなわち、中国は3回目の外交革命をやろうとしているのです。日本と結んでアメリカを孤立させようという点に彼らの狙いはあるのです。小泉首相の参拝は、前倒しされましたが、とにかく参拝したという事実を残した点で、私がこれを評価しているのは以上の理由からなのです。

国民意識の「底流」が大きく動いています。しかし日本の現状は、中枢に行けば行くほど現実とかけ離れていて、幕末の日本を彷彿とさせます。(京都に住んでいる)私の目から見れば、東京に行けば行くほど「春風駘蕩」です。地方分権のための三位一体が言われていますが、それより、分解しつつある日本本体のほうが優先すべき問題ではないかと思うのです。とにかく、権力中枢に近いほど危機感の質が違ってくる。そして、指導者の危機はなにかといえば、彼らに歴史観が欠如しているということです。

根底のところで、歴史は絶えず変化してやまないものですが、人間は歴史から学ばねばなりません。そのためには歴史書を選ばなければならず、そして歴史を身に染み込ませるようにせねばならないのです。その際に考えねばならないことは、今の価値観から見れば「とうてい変わりそうにない」と思うことも突然変わることがある、ということです。ですから、現在の価値観を未来に投影するようなことは慎まねばなりません。かような歴史観を「直線史観」「進歩史観」というのです。例えば、少子高齢化が問題になっていますが、これに関しては出生率がある時期を境に劇的に変化したことがこれまで何度もありました。(歴史予測に対して)歴史が勝ったのです。ですから、少子化の長期予測は必ず外れています。なぜなら、歴史のトレンドとは常に断層的に変化するものだからです。

歴史を断層的に変化させた代表的な人物にド・ゴールが挙げられます。1950年代も終わりに近づく頃、納税拒否騒動がフランスで起きました。この事件に代表されるように、当時のフランスは義務が看過され権利ばかりが主張される世の中でした。教育も家族も解体されつつあり、殺伐とした社会だったのです。ここでド・ゴールは立ち上がり、憲法の全廃を主張します。そして全廃が達成されなければ「俺はもう政界に出ない」と発言して、憲法全廃を押し通したのです。結果として、これがフランスの現在の独自外交を可能ならしめている。これが政治家の指導力というものですが、面白いのは、同時期に国民の中からも「左傾化した国家」に対する反発が出てきたということです。中でも、保守派が「家族の価値」の復権を強調することによって、左の人間も右に動いたということでした。この流れの中でフランスは核武装し、不思議と経済も出生率も伸びたのです。繰り返しますが、歴史予測が外れるのは歴史が断層的に変化するからです。サッチャーやレーガンの改革は一見して経済改革ですが、実際に取り組んできたのは家族の復権など、価値の見直しだったのです。

悲観的になっている日本人に対して主張したいことは、「歴史は変わる」ということです。そして何より大事なことは、(自分たちで)「歴史を変える」のだという意志を持つことです。歴史は繰り返します、深い意味で。なぜなら、歴史の主人公が人間だからです。「満つれば欠くる」の大きな趨勢を読むことが大事です。歴史を動かすのは人間の「心」であって「物」ではないのです。

最後に、大事にせねばならない3つのバランスについて述べたいと思います。

1、心と物のバランス

歴史を動かすのは人間の「心」であって「物」ではないとは、先ほども申し上げましたし、ヨーロッパの政治改革がシステムではなく「家族」などの価値を扱ったことも、すでに述べたとおりです。反対に言えば、この国の活力が「物」に傾斜してしまったので、かえって何も生まれなくなってしまった。これが日本の現状ではないでしょうか。

2、進歩と伝統のバランス

伝統を堂々と主張できる価値観が今後は大切になっていきます。「古い」ことが「悪い」となってしまったのが、戦後の日本でした。

3、個人と共同体のバランス

この日本において最小の共同体は「家族」です。「家族」の価値を再確認しなければいけません。教育改革の話をしましたが、これは今の子供のためだけにあるのではなく、未来の子供のため、そして大人のためにもあるです。

世界がEnd of Globalisation した時が21世紀の始まりです。これまでの日本は、すべてモノ、制度、構造で考えてきたから間違ってきたのです。まずは価値観の転換を行わなければ改革は意味がないのです。何より、価値観の転換は、予算がかからないじゃありませんか。左の人間が右に移り始めたという先ほどのフランスの事例を踏まえて、やはり誰の体にもストンとくる言葉があるのだということを最後に協調して、お話を終わります(拍手喝采)。

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拍手は先生が会場を退出なさるまで鳴り止まなかった。僕が感銘を受けたのは、中西先生がちっとも「憂国」していないということだ。先生は、将来の日本を考えるにあたって何が大切か、明確なヴィジョンをきちんと示してくださった。何より重要なことは、国際政治史の文脈における21世紀日本の位置を示しつつ、我々が「歴史を変える」のだという、保守の主体性の在り方を提示してくださったからだ。保守の主体性に関する議論は、今までの保守論壇では、ありそうでない議論だった。保守の主体性。これは、おそらく何十年間という長きにわたって異端扱いされてきた保守論壇が、忘れてはいないにせよ、なかば諦めかけていた観念ではないか。保守論壇の、左を取り込むダイナミズムという観点は、実に新鮮であった。僕はぶるっと震えた。はるばる京都まで来たかいがあったと思った。小林よしのり氏は中西先生に「歴史を学べ」と言った。僕はこの台詞を忘れないでおこうと思う。

集まった人々は大体200人ぐらいだったろうか。もっといたかもしれない。講演会の後、総じてみんないい表情をしておられた。中には、スポーツで心地よい汗をかいた後のような、いくぶん上気した顔色の方も見受けられた。つくる会京都支部の方も、みなさんとても明るい顔で、控え室に満ちていた笑顔と元気が印象的であった。これみな中西先生の人徳である。

(おわり)


ご感想は{うぇっぶ庵}や {ふぉぅらむ}へ。

タイトル「国民の文明史」について
記事No26
投稿日: 2004/12/25(Sat) 17:19
投稿者M78 (山椒庵より転載)
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[835] 「国民の文明史」について。その一 投稿者:M78 投稿日:2004/03/09(Tue) 15:00

中西輝政氏の「国民の文明史」に対する感想。その一

「はじめに」について
文明を進歩や普遍文明として見るのではなく、西洋中心史観、唯物史観に反対する態度で書かれていることは、すばらしいことだと思う。しかし、わたしが違和感を持ったのは、日本が一国で一文明を成す世界に独特な存在という見方である。そして、皇室の存在を日本文明に不可欠な要素と考える見方である。

「第一章 文明史が示す日本の現状と危機」について
グロバリゼーションに対応するには、文明史を見る目が必要というのは、賛成。
ハンチントンらは、日本文明を大文明の一つと考えている。それを中西氏は当然と受け入れている。わたしは、欧米の学者は、宗教を目安にして分類しているのだと思う。したがって、キリスト教を西欧とロシア東方にわけ、イスラム文明、ヒンズー文明とわけている。アジアについて、日中をまとめる学者と、中華文明、日本文明とわける学者がいる。昔は、東アジア全体を、儒教文明(または儒仏文明)とわけていたが、どうも日本は違うと考える欧米の学者が増えたようだ。そこで、日本文明は独立させられ、民族派、神道派の日本人は、大喜びでそれを取り入れている。仏教徒のわたしは、仏教文明が存在しないのが、残念でたまらない。わたしとしては、日本文明は中華大文明のまわりの中文明、小文明の一つではないかと思っている。
経済オンリーの生き方=戦後文明が、バブルの崩壊とともに崩壊している。についてだが、戦後「時代」の終わりなのかもしれないと、わたしは思う。
バブル後の日本の不調は、かつての経済成長を支えた成功要因が、時代が変わると衰退要因となった。については、わたしとしては安易な考え方だと思う。以前の成功要因が、今の衰退要因というどんでん返しは、面白いが、一方的な見方だ。良い部分を残し、堕落した部分を修正すべきであり、すべてを戦前の価値観に戻すなどの、大変革を画策する者のこじつけではないか?戦後全面否定、戦後憎悪の価値観ではないか?
日本の不調は、個別経済要因だけではなく、根本原因は民間産業界自体に生じている問題であって、公的部門や金融センターの問題ではない。「民でできることは民で」というが、民間の力の衰え、技術応用力、社会の創造性につながる知的・精神的な活力の低下が問題。というのは、大賛成である。今の「反公務員」「反官僚」で、民間にやらせれば、何でもうまくいくという考えは、幻想である。
戦後日本に生じた国家観の喪失。戦後の歴史教育はまがい物。世代間の断絶。本来の歴史教育を受けてこなかったため、文明喪失の日本人は第三世代へ入ろうとしている。第一世代は1943年頃生まれ、今60才ぐらい。小学校からずっと戦後教育を受けた世代だ。その世代の教師が30才くらいで教えた生徒が、今や30才となり、小中学生を教えている。三世代の開きは、ほぼ60年にあたり、60年は重要な文明史の区切りである。という世代論については、わしも常々感じていたことであり、全面的に賛成である。
歴史的危機を示す四つの現象。1人口構造の問題(深刻な少子化)。2財政破綻。3政治の弱体化。4モラルや教育の頽廃(治安の悪化)。
青少年の意識の急激な変化。文明史とは人の心のあり方を見る営み。1歴史はくり返す。2歴史を動かす力は、人間の精神である。3国や文明のあり方には、パターンや周期があり、興隆と衰退、作用と反作用は、一つのものとして展開する。
文明が存在するためのバランス。1モノと心のバランス。2進歩と伝統。3個人と共同体。日本の危機。徹底したモノ・カネ社会で、進歩や変化ばかりもてはやされ、脱モラルの個人主義が極限まで来ている。
今の日本は、歴史の危機の入り口にあり、破局に向かっている。
歴史的危機の時代。真面目で慎重な気風から、奇妙に楽観的で、軽薄でむこうみずな方向へと変わり、楽観的な「変革の時代」となる。「改革すればするほど、他のものまで崩れてゆく。」わたしは、これこそ今の状態だと思う。保守派と言われる人までも、今までの日本のやり方はみんなだめ、構造改革で全部ひっくり返さなければ、日本は再生しないと、何の証拠もないのに思い込んでいる。
歴史的危機の特徴。1その国の強みが弱みに変わるような現象(悲観論のスパイラルが起きる)。2古い方向に逃げ込もうとする。3危機が進むと、「状況が良くなっている」というウソをくり返し流すようになる。基本的には、衰退の危機は深まっているのに、ちょっとGDPや企業の決算が良くなると、不況を脱したように報道する(インディアンサマー現象)。今の日本は、3番目のひどい危機の状態に陥っているようだ。まさに、現在の新聞記事を予言したような、至言である。中西氏は、2の古い方へ逃げ込むというのは、高度経済成長の時代に逃げ込もうとすると考えているようだが、わたしはそれだけではなく、戦前を理想化して、そこへ逃げ込もうとしている保守派も考慮すべきだと思う。
英米が先進国型一時的衰退を克服できた理由。その国の基本となる「時代の精神」が問われる。「何をどう変え、変える必要のないものはどれか」英米は、危機に際して、もっと本来の自分らしく変革した。
「縄文化」と「弥生化」。縄文化とは、安定と繁栄に眠り込んでしまう時代。現在は縄文化のまっただ中。危機が迫ると、弥生化して大変革を成し遂げて来た。わたしは、縄文と弥生の対比に反対する。確かに固定化と変革する時代が、日本史上に現れているが、それを縄文、弥生とくくると、誤解をまねくと思う。わたしにとっての弥生時代こそ、農耕文化で、固定された時代に思える。縄文時代は、狩猟社会で、ダイナミックな感じがする。中西氏は縄文化を農耕民族的と見ているが、それが新しい区分なのであろうか??中西氏は大阪生まれであることから、多分に弥生的なものに親近感を持っているのではないか。そして、縄文的なものを、関東、東北的なものと、とられているのではないか。弥生=関西的=商人的=時代を動かす変革の時代。縄文=関東、東北的=怠惰に眠り込む農耕民族的社会。という偏見があるように思う。わたしは、縄文化と弥生化を、そのように使うことに反対する。


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[836] 国民の文明史」について。その二 投稿者:M78 投稿日:2004/03/09(Tue) 17:21

中西輝政氏の「国民の文明史」に対する感想。その二

第二章 文明史とは何か
<ハンチントンの「文明の衝突」、二十世紀の終わりに、グローバル文明論を信奉して来たアメリカにおいて、普遍文明の可能性を放棄した。
マクロな歴史を動かしているのは、国でもなければ、世界でもない。文明という単位なのである。
二十世紀は「社会科学」の世紀だったが、二十一世紀は「文明史」の世紀になるのではないか。
アルフレッド・ウェーバーは、歴史を動かすものを、三つの次元で見ることを提唱した。1「社会過程」政治、経済に関する歴史。2「文化運動」思想や文学、芸術、宗教、哲学などの文化の歴史。3「文明過程」この二つをつなぐ相互作用のチャンネル。
ブルクハルトは、歴史を動かす力とは、「国家」「宗教」そして「文化」の三つだとして、その相互作用と連関こそ歴史の鍵。>

日本人は、宗教が歴史に大きな影響をもたらすことを、あまり認識していないのではないかと、わたしは嘆息する。

<トインビーの文明衰退論。トインビーは文明が衰退するには、それだけの理由がある。すべての文明が必ず衰退するとは限らない。文明の運命を決する要因は、内なる原因に存在する。
二十一世紀は、脱社会学の時代だが、ポスト・モダン的な思考に陥ってはいけない。ポスト・モダンは近代を全否定する。社会科学的な思考に見られた近視眼的な呪縛を逃れ、なおかつポスト・モダン的な「自己喪失」の風潮に染まることなく、目の前の小さな現実への取り組みだけを論じる「改革論」の限界を認識しなければならない。「文明史的な感性」の大切さに気づくべきだ。>

現在の改革熱が、目先の効率論、すなわち公共機関非効率論や、役人悪人説に立つルサンチマン的な心情から出ているのではないか、というのがわたしの感想である。わたしにとっては、モダンもポスト・モダンも、なんだか怪しい思想体系のように見える。

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[840] 国民の文明史について、その三 投稿者:M78 投稿日:2004/03/13(Sat) 00:27

中西輝政氏の「国民の文明史」に対する感想。その三

第九章 文明としての米・中との対峙
<事実軽視は中国の文化伝統。政治意図が正しければ事実などどうでもいいという例は、中国の歴史にいくらでも見ることができる。社会主義路線が破綻して、改革開放路線になった結果、古い中国が大きく浮上し、賄賂や人身売買など、理念を欠いた拝金主義となってしまった。
中国は二、三百年で王朝が潰れ諸国分立となる。中国が今後、その一体制を保つことは、困難な事態に陥るだろう。中国の政治体制の民主化が何をもたらすか。広東省などが独立を目指すであろう。その時、台湾が引き合いに出される。したがって、中国は早期に台湾を併合したいのである。このままでは、中国の統一を保てなくなる。歴史上何度も、中華大陸が武断的で国力充実した大勢力のもとに統一されたときは、日本は台湾海峡と朝鮮半島から挟撃される(江戸初期、日清戦争、朝鮮戦争など)。
アジアの特殊性。1「海洋のアジア」と「大陸のアジア」の二つがある。分断線上で紛争が起こりやすい。韓国は海洋のアジアにとどまるのか、それとも中国の影響下で、大陸のアジアになるのか。2文化、文明が一国主義の地である。アジアの国同士がEUのように統合することは、考えにくい。文字、言語という文明のハードコアが著しく違うからである。3地政学的、文明史的な歴史地図を考えねばならない。つねにくり返し同じような構図になるという「文明史的パターン」。>

2の文字言語が、各国で異なっているので、アジア版EUはない、という指摘は、わたしとしても直感していたのだが、きちんと説明してもらうと、よく理解できる。もう一つ、わたしが大事だと思うのは、アジアではまだ、冷戦は終わっていないことである。北朝鮮と中共があるかぎり、アジアでは冷戦中である。
ここで疑問。中西氏は、東アジアでは、隣の国とは言語、文字が違い、話が通じない。一国一国の独立性が高いと言っている。そうすると、中華大文明のまわりに、日本、韓国、蒙古、ベトナムなどの中小文明が、独立性を保ちながら、並列に存在するということにならないか?日本文明だけを、大文明の括りに入れ、他のベトナム、蒙古、韓国を大文明としないことが理解できない。

<チャイナ・リスクの時代。中国における経済発展の天井は、多くの人が考えているよりも、ずいぶん低いところにある。水不足によって中国経済は近い将来、間違いなく停滞の局面に入ることが予測される。中国民衆の反体制感情が高まっている。中国農民の巨大な流れが体制危機をもたらす可能性。経済面でも、政治、社会面でも、中国の二十一世紀は矛盾と脆弱さをはらんだ危険な状態にある。>

わたしも、中国の経済破綻、共産党の崩壊、中国帝国の分裂は、近づいていると思う。

<深まる米中対立の構図。アメリカの本音。2002年の報告書。「中国はアメリカの軍事的ライバルであり」、「中国のこれ以上の経済発展はアメリカの安全保障を損なう。」中国経済の影響がアジア全体に及ぶようになれば、中国は必ず「アジアの覇者」となろうとして、アメリカに力で挑戦する道を歩む。中国による日米離間策にのってはいけない。>

大東亜共栄圏の再来、東アジア新秩序(金完ソプ氏)、アジア版EUなどを声高に話す奴らは、中国の犬として排除しなければならないと、わたしは考える。

<「中国とアメリカ(欧米)を同時に敵にしてはならない。」という日本にとっての一大原則。それにもかかわらず、「反米こそ日本人の精神の基軸」と言い出す人がいるが、国際政治の当事者能力のなさを示すものである。米中どっちを選ぶかということになる。>

わたしは、どう考えてもアメリカを選ぶのだが、反米で目がくらんでいる民族派は、中国を選びそうである。口では、米中恐るるに足らず、両方やっつけると言っているが、それではWW2の二の舞だと、わたしはそら恐ろしくなる。

<中国がこのまま膨張を続ければ、2010年代には間違いなく日本に対する明白な脅威となる。必ず米中はぶつかる。中国が民主的な中国になる確率は非常に低いし、必ずいくつもの中国に分裂し、長期の動乱が予想される。脅威の中国か動乱の中国か、どちらにしろ日本文明への脅威である。>

わたしは、こういう中国へのまなざしを、すべての日本人が共有すべきだと思う。

<アメリカとどう対するか。保守にとって一番大切なことは、まずは国の存続であり、次に国の繁栄である。三つめに、この二つを支えるのが、価値観や歴史観、アイデンティティーという「日本の精神」である。>

小林よしのり氏やその支持者は、大和魂のためなら、亡国もやむなし。日本精神が傷つけられるなら、日本の存続、繁栄など意味がないという考え方だ。中西氏こそ、本当の保守であり、小林氏らは似非保守、「揺り戻しサヨク」、復古主義「革命家」である。

<アメリカの民主党は日本に仇なす存在>

米民主党にも中道がいて、それほど左寄りではないと思う。在米中の感じとしては、米民主党のスタンスは、ほぼ自民党くらいかなと思った。日本が全体として、左寄りの国家に見えた。中西氏の終戦直後のGHQに対する怨念が、米民主党に向けられているだけのような気がする。

<二十一世紀の日本にとって最も大切な目標は、「国家としての自立」であり、「日本人のアイデンティティーの回復」である。防衛や外交における対米自立も今後の日本が目指すべき大きな目標であり、長期の対外的目標として、それ以外にありえないだろう。日米の同盟関係が、この目標に資するかどうか。「ハードな自立」、即時の対米自立論が保守評論家の一部にあるが、重要なのは理念ではなく、戦略の問題である。なぜ「自立のための日米同盟路線」が必要なのか。>

ハードな自立は、日米冷戦への道。非現実的だ。当面は、日米同盟を強化し、その後、徐々に自立するという道しかない。わたしは、これから50年くらいかかるのではないかと思う。中西氏は米共和党を理想化しすぎている。共和党こそ、真の日本の脅威を恐れ、それがないか常にチェックしていると、わたしは思う。

<日本を包囲する四つの勢力。1国内左派平和主義の勢力。マスコミを中心に、政治家、官僚、学者、市民団体に盤踞しており、新しい世代にも拡大再生産されている。2北朝鮮、中国という強大な軍事国家。3国際テロの脅威。4ハードな自立の動きを見せれば、中国と結んで日本を押し潰そうとする、アメリカ国内の「反日勢力」。>

ここでも中西氏は、反日勢力が米民主党や、リベラルマスコミなどと考えているが、わたしは、日本がハードな自立をすれば、愛国者である米共和党が敵になると思う。共和党は反日勢力ではないが、アメリカの国益が脅かされれば、強硬に日本に対抗してくる。日米が仲良くやれる、米共和党と融和できるのは、はっきり言って、日本が共和党の手の上で踊っている間だけである。一番日本に足りない外交とは、アメリカの連邦議会に対するロビー活動だ。表向きではなく、こっそりと日本に有利なように買収するのだ。中共なんか、ずっと昔からしている。今すぐ日本も、情報局を作り、予算を与えて、ロビー活動を始めるべきである。

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[841] 残念ながら、賛同できない 投稿者:M78 投稿日:2004/03/15(Mon) 22:09

>国家基本政策 //////////////////

1 憲法改正はまず9条2項の削除を
2 歴史認識の見直しは「村山首相談話」の撤廃から
3 8月15日の首相靖国神社参拝を慣例化せよ
4 国産技術の防衛と育成に国家戦略を
5 政府審議会から左翼リベラル勢力を一掃せよ

5は大賛成。公務員をレッドパージしてほしい。右パージされている公務員としては。
3は、宗教上の理由から反対します。

> 3ヒステリカルな政教分離要求にまどわされぬ伝統・慣習の擁護政策を

ヒステリカルな左翼、学会の反対は、いやですが。
神道強制や、神仏習合には反対します。

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[842] 国民の文明史、その四 投稿者:M78 投稿日:2004/03/15(Mon) 22:11

中西輝政氏の「国民の文明史」に対する感想。その四

第十章 文明史から見たあるべき日本の改革
<最近の日本の官僚は、日本の国益や文明のアイデンティティーを壊してしまうようなことを平気でやる。1995年頃より、霞ヶ関エリートたちは、「国益より省益」になっていた(国家観をなくした官僚)。ピーター・ドラッカーは、日本は官僚が非常に公正に仕事をやってきた国であり、日本の官僚制を潰すことは、アメリカにとって利益にならないと、日本の官僚を擁護した(1998年)。しかし、日本のマスコミは完全に無視した。戦後の日本の官僚は、GHQの占領期以来、過度なアメリカ化やニューディール的民主化を抑え、「日本の文明力」を維持してきた。80年代半ば以降、「グローバリズム」の波を日本型に馴化し飼いならす、という官僚の最大の役割を、突如として放棄するようになった。>

現在の反官僚、反公務員思想は、異常である。わたしは、アメリカ人と話をした時、日本人は政府、官庁を信用していないと言ったら、そんな政府はひっくり返して、民意に沿った政府をつくるべきだ。なぜそうしないのか?日本は民主主義ではないのか?と言い込められ、返答に窮してしまった。アメリカ人のように、政府、官庁を信じるか、信じられないなら、行動を起こして、信じられる政府をつくるかする。それが、民主主義だと思う。わたしは、まず限定的に信じようと思う。
もう一つの問題は、体制内サヨクが政府、官庁を牛耳っていることだ。団塊サヨク世代が、トップに立ってから、日本がおかしくなった。

<世代的に見ると、1980年前後に退官した官僚層は、最初は天皇の官僚として中央官庁に入った世代であった。戦前の教育の中で人格を形成した人々であった。この世代は、明瞭な国家意識を持っていた。80年代はじめ、その世代が退場したと同時に、官僚のモラルが一斉に崩れ出し、国として日本も同じく崩れ始めた。結局、いまの日本の官僚が問題なのは、「口出しをする」からではない。官僚に「志がなくなった」ことが問題なのである。清新で活力に溢れ、使命感を持っていて、柔軟で、恐ろしいほど有能な、日本を支えてきた官僚を、いかにして取り戻すかが、最大の問題なのである。日本全体についても、いまの日本の問題は、モラルであって、システムではない。日本は、官民一体でなければならない(日本の文明論的事実)。>

わたしは、団塊世代がトップでいる間は、官僚の再生は無理だと思う。もう数年は我慢しなければならない。また、今や左翼の巣窟となった「東大」のレッドパージをしない限り、「赤い」官僚がどんどん産み出されてしまう。東大解体が必須だ。官僚に敵対するだけでは解決しない。有能な保守的官僚をつくることが、必要不可欠である。

<軽武装と日本の経済繁栄は無関係。韓国や台湾は重武装国家であるが、高度経済成長を実現した。90年代のアメリカも、国防予算を増やしながら、「未曾有の繁栄」を実現した。軽武装と経済成長の間には、一義的な因果関係はなく、戦後民主主義が国民を欺いてきたのだ。>

この問題は、考えたこともなかったが、大事な問題である。目から鱗である。

<安倍晋三は長州人である。「参議院のドン」は出雲人、青木幹雄である。戦後日本を支配した精神には、「出雲的なもの」、「ムラの論理」がある。いまこそ「大和的な」安倍晋三が必要なのである。>

安倍晋三氏に期待するのは、わたしもそうであるのだが、ムラ=出雲的(おそらく、=縄文化)というのには、再び反対する。安倍晋三氏=長州=大和的(おそらく、=弥生的)というも、関西、大阪出身の中西氏の偏見ではないか。

<経済構造改革が進まない理由。「日本文明観に基づく改革」を論議しなくてはならない。明治の開国が成功したのは、日本のエリートたちが「和魂洋才」という構造改革を実行したからである。現在の構造改革が進まないのは、「和魂」にあたるものを「アメリカ人の脳」に置き換えようとしているからだ。「文明の論理」に反している。>

竹中大臣の構造改革は、「グローバル化」という名の「アメリカ化」であり、軍事、政治だけではなく、経済まで完全にアメリカの軍門に下るものである。

不況の長期化の真因は愚かな個人主義
<銀行が危ないということで、自分の預金をおろすくらいで、小心翼々として私的なことに終始している姿は、政治も含めた日本全体の現状といえる。問題は日本人の精神なのである。みんなが今あるおカネを防衛しようとするから、消費需要が伸びず、景気が悪くなる。それは、戦後文明そのものに根因がある。「自分だけ難を免れればよい」という、まったく愚かな種類の個人主義が日本を動かしているのである。>

日本国民はお国のため、景気を良くするため、ばんばん金を使えという案である。J.F.K.の演説のように、国が何をしてくれるかではなく、国民が国に何をしてあげられるかを問え、ということであろうか。

<現在の日本の窮状を打開するには、教育に力を入れるべきである。その教育も、子どもの教育であるとともに、「大人たちの再教育」でもなければならない。小泉内閣の唱えた構造改革論は、まさに「心」という「改革の芯棒」を欠いた、積み木崩しの改革論のように見える。今や日本人の年間労働時間は、先進国でも最低の水準となりつつあり、子どもの家庭学習の時間も同様だという。「世界一治安のよい日本」は過去のものになった。勤勉、治安という国民性の中心となる指標が、なぜこれほど急激に崩れの局面に入ってしまったのか。>

日本の問題は、戦前の「システム」に戻すことではなく、精神、教育、道徳、宗教の問題である。

<心だに 誠の道にかないなば 祈らずとても 神や守らん、という菅原道真の歌は、日本文明の宗教的特質の核心、「日本精神」の全てが収められている。「神」というのは、「心」だ。大正以後の知性の欧化は、「日本宗教」を西欧的自我の見地から内実の空虚なもの、として放棄した。思想史家の相良亨は、「誠実と日本人」という本で、日本の「誠」には、「真の他者性が自覚されていない」ことを理由に、「誠実の克服」が求められていると唱えている。自分自身のうちに、神も仏もある。それが厳然たる「日本の宗教」の信仰箇条なのである。>

わたしは、宗教観については、完全に反対の立場だ。神仏習合、葬式仏教に、衆生を救う力はない。神のレベルまで、仏を低下させる考え方に、大反対である。宗教のような、伝統のような、曖昧模糊とした「神道」では、人も救えないし、世界の宗教、文明と対抗していけはしない。観念的に弱すぎる。また、初期の自然崇拝的神道と、神社神道、戦前の国家神道とは、それぞれ大きく異なっているのに、「神道」という名に誤魔化されて、太古の昔よりずっと、絶え間なく、同じ神への信仰が続いてきたように、日本人に錯覚させている。

<あとがき。文明の自然な活力の維持、再生ということがカギなのである。そのために今日の日本は改革を迫られているのであり、それは単なる「構造改革」などではない。日本の文明に関わる活力や豊かさは、三つの条件にかかわる。1「天皇の位置」。2外来文明への対処ということも含めた「対外環境」。3「国民の精神(こころの)状況」>

日本の再生には、伝統文化の良いところを復活させるとともに、現在の日本の利点も活かしながら、腐ったところを捨て、良いところを残すことが必要だと思う。決して、社会主義的「システム」や戦前の「システム」に、総入れ替えすることではない。それでは、革命になってしまう。何度も言うが、日本の問題は、精神、教育、道徳、宗教の問題である。また、天皇の位置は、現在の象徴でよいと考えるし、立憲君主制がよいと思っている。


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[845] 国民の文明史、その五 投稿者:M78 投稿日:2004/03/20(Sat) 00:30

第七章 世界の中の日本文明

<重層文明と更地文明。日本には北の海を越え、大陸や半島から、黒潮に乗って外からさまざまなものがやってきて、日本はそれを上手に、独特の方法で受け入れていた。そのため、文明の体系が全体としてさまざまな層が重なる「重層文明」となった。しかし、いつも文化がやってくるだけで、一緒に征服者が上陸してくることはなかった。過度なほどの受容性の高さー「換骨奪胎」の文明機能が、深く身に付いた。>

日本が重層文明であることは、間違いないでしょう。しかし、過剰に万世一系的文化を誇りに思うことには反対します。古事記、日本書紀には書いてない、秘密の天皇家の血統断絶、変更があった可能性もあるし、天皇家、大和王朝自体が征服王朝、騎馬民族という可能性もある。縄文から弥生、そして古墳時代と、かなりの文明の断絶、「日本人」の遺伝的変化(他民族の流入)などの可能性も考えなければいけません。記紀に書いていないから、その後の歴史書に書いていないからといって、万世一系を盲信することは、歴史家としておかしいのではないか。

<スペイン人が行って、南アメリカ大陸のインディオを大量虐殺し、「更地化」した。北米大陸には、アングロサクソンが入ったが、南米ほどの大量虐殺は行なわれなかった。移動させ一カ所に押し込めた。>

アングロサクソンも、かなり殺しているし、アメリカ大陸になかった伝染病患者が使った毛布を、貢ぎ物として渡し、伝染病で部族ごと抹殺した話もきく。要は、ラテン系の派手な殺しと、イギリス的な陰鬱な殺しの差ではないか。そして、スペイン人とイギリス人が違ったのは、かたや多くの混血を生んだのに対し、居留地に押し込んで、混血はほとんどなく、徐々にネイティブの血統、文化を根絶やしにしようとしたことである。陰険さがイギリス人の身上ではないか。

<イギリスと日本に共通する「表裏のない正直さ」。日本が開国した当時、イギリス人たちは、日本人はほかのアジア人と違う。日本人は海洋民族なので、嘘が少なく、信用できるとした。>

大陸文明の中国、韓国より、海洋文明のイギリス、アメリカ、アングロサクソンと結ぶべきだろう。(アメリカは、ユダヤ化しているが)

第八章 日本はアジアではない

<世界史の地図帳で、ここ一千年の歴史地図を見ると、インドより西の地域では国境はしょっちゅう大きく変わっている。東アジアでは、国境は変わらない。アジアの国の多くは、「自然国家」であり、国境はあまり変わらない。ビルマ文字、タイ文字、クメール文字、ハングルというように、国ごとにまったく文字が異なり、何の関係もない。アジアでは、一つの国で一つの文明圏を形成している国がいくつもある。>

それでは、なぜ日本だけが中華文明と並ぶ大文明なのだろうか?やはり納得いかない。蒙古文明、朝鮮文明、ベトナム文明が、大文明にならないのは、経済大国ではないからか?日本を世界にも類を見ない最低の国とする自虐派も問題だが、中華文明と並ぶ大文明と考えるのは、少し我田引水ではないか?


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タイトルRe: 「国民の文明史」について
記事No27
投稿日: 2004/12/25(Sat) 17:22
投稿者キルドンム (山椒庵)
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[849] >M78様へ 投稿者:キルドンム 投稿日:2004/03/22(Mon) 17:55

 『国民の文明史』評、拝読申し上げております。今後、主力を「応援板」等に移そうと思っておりますが、こちらの方も決して見捨てるつもりはありませんから、何卒御安心を。
 小生は、学生時代(学部・院)一応「哲学」専攻ということになっていましたが、確かに(狭義の)これについて論じるのは、非常にやりにくさを感じます(というより、さっぱりわからない)。仕方がないので、「哲学」という言葉を「思想史」と読み替えて、「思想史も歴史のうち」と開き直っておりました/おりますが、その意味では貴殿のなされているのも決して哲学とは無縁ではないと拝察致しますが、いかがでしょうか?
 貴稿への感想は、後でまとめて申し上げますが、取り敢えずひとつだけ。「日本文明がはたして中華文明と並ぶ大文明かどうか」といったことについては貴殿と同意見ですが、「蒙古文明、朝鮮文明、ベトナム文明」という呼称自体にやや違和感を覚えます。文明と文化という言葉の使い分けが論者によっては曖昧な傾向があるようですが、その点どうお思いですか(『国民の歴史』では、はっきりとした言い方はしていないものの、事実上の区別はなされているようです)。
 すぐに御返事を頂かなくても結構です。「〈文明史〉評」の完成、頑張って下さい。

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[850] 日本文明=「神道文明」か? 投稿者:M78 投稿日:2004/03/23(Tue) 15:34

キルドンムさんへ。

中西輝政氏は、「国民の文明史」の第二章で述べていますね。
<文明は歴史を著述する単位。三つの歴史への見方。一、人間の精神、その集合体が歴史を動かす主要な契機である。二、文明に着目して歴史を論じることの意義は、進歩や発展が見られるべきものである。文明論とは、歴史の進歩の趨勢を明らかにする点にあるという進歩主義的な見方。三、文明の進歩には、普遍的な流れがありうる。>とした上で、中西氏は普遍文明はないという最近に考え方に、同意している。
<文明とは、歴史を動かす単位。ヨーロッパという地域が、文明でもあり、筋の通った歴史が書ける最大の単位である。文明体の内的構造について。政治と経済、社会の動き、それらを下から支えている文化、芸術、宗教、思想、哲学。そのさらに底に精神とか文明の魂の次元がある。>

わたしは、第一章でハンチントンの主要文明。「西欧キリスト教文明、ロシア正教、イスラム、ヒンズー、中華、日本、中南米ラテンアメリカ」を見た時、中南米が唐突な感じがした。また、アフリカ大陸について、独自の文明がない、あるいは抹殺されたのが気になった。そして、これは結局、宗教的分類だと思った。ローマ帝国が東西に分裂し、西からは西欧キリスト教文明が興り、東からはギリシア正教、ロシア正教が興った。そして、中東からアフリカ北岸、中央アジア、インドネシアまで、イスラム教が広がり、インドはイスラム教に対抗してヒンズー教を特徴とする。中国は、オリジナルなものとして儒教、そして道教を持ち、インドから仏教を取り入れ、中国化した。日本については、中国の影響を受け、儒、道、仏が伝来したのだが、日本風に換骨奪胎され、おおもとに「神道」なるわけのわからないものがある。特に、WW2の日米戦争では、国家神道なるイデオロギーで、国民を集約した。そう考えると、日本文明が独立したように考えられる。わたしは、それならユダヤ教を信仰するイスラエルも、一国で一文明なのではないかと申請したい。また、仏教徒のわたしにとっては、中学生の時、世界の三大宗教、キリスト教、イスラム教、仏教と習ったので、チベット、スリランカ、タイなどを仏教文明と呼べないか?という不満もある。一つ付け加えれば、西欧キリスト文明をカトリックとプロテスタントにわけるべきではないかという気もする。

中西氏は、本の中で、ヨーロッパとアジアの違いについて、アジア各国の国境線は、中国北部を除いて、ずっと固定されており、東南アジアでも、隣国と言葉が大きく違うし、独自の文字が使われていて、互いに交流できない。西欧は、同じアルファベットを使い、言語的にも非常に近いと述べている。そうとすれば、言語、文字の共通性が大事とも考えられる。すると、日本の仮名は、もとは漢字だとしても、表音文字であるから、漢字とはまったく異なるものになっている。韓国には、ハングル文字がある。蒙古、女真、契丹などにも独自の文字があったのではなかったかと、記憶しているのだが。また、ベトナムなどにも独自の文字があるようだし。そう考えると、中華文明の周辺文明である中、小文明として、日本、朝鮮、蒙古、ベトナムなどを一国、一小文明として考えられのではないかと思ったのである。日本については、中文明くらいかなと考えている。
日本がスリランカ等とともに、仏教文明をなすようになるのが、わたしの理想、妄想なのだが。わたしが、日本文明を、一つの大文明と位置づけたくないという、その心理は、日本文明=神の国、日本が「神道文明」であるという論理をそこに感じとってしまうからである。わたしとしては、日本=仏教国、仏教文明の一員であって欲しいという、はかなき望みを持っているのである。

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[851] 日本文明=習合文明? 投稿者:マイケランジェロ 投稿日:2004/03/23(Tue) 16:38

>M78さま。以前お話ししましたけど私の家系は神道です。「神道」って「お祭り」を行うんですよ。そして江戸時代は「朱子学」が官学でした。これは時代時代によって違うと思いますが,仏教の時代があったことは間違いないと思います。そして「神仏習合」時代。

私は日本文明は「習合文明」だと思います。この中には「神道」「仏教」「儒教」場合によっては「キリスト教」。問題は他国から入った宗教を「十分に自分たちのものにしているかどうか」だと思います。

ところで話は変わりますが,「i日録感想房」で西尾先生の言葉じりを捉えて「経済学の教科書を読んで下さい。」という投稿がありました。度胸のある人ですよね。半分ジョーク混じりに投稿しておきましたが,M78さまも「経済論」を投稿してはいかがですか?

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[853] 国民の文明史、その六 投稿者:M78 投稿日:2004/03/24(Wed) 00:30

第三章 日本文明史に見る「超システム」現象

<山本の日本「周辺文明」論
山本の論。「ロシア文明と日本文明は、それぞれビザンツと隋唐以後の中国文明の周辺文明として出発した。完全な脱却をとげたならば、大文明になったのだが、そうとも言いきれない。その後、ロシア、日本とも、西洋文明の周辺文明に転落した。」
バグビーの論。「日本文明は、中国の基礎的制度の多くを欠いていたのだから、中国文明の一部ではない。中国から書法や芸術様式や仏教の中国的形態を借用してきたのだから、中国文明の周辺文明をなしている。前世紀には、西欧からの広範囲な借用も行なわれた。それにもかかわらず、日本文明は、大文明に似ている。」
日本には、「宗教としての儒教」はなかった。男系の相続社会をつくらなかったことは、朝鮮・ベトナムと比べ、日本文明と中国文明の本質的な距離の遠さを示すもの。>

日本では確かに、宗教としての儒教ではなく、為政者、武士の規範としての儒学として、換骨奪胎されたのかもしれない。神道は、仏教、道教、儒教、キリスト教などを、換骨奪胎のやり方で受け入れた。神仏習合などで、一柱の神として仏教を消化しようとしたのかもしれない。儒教は、哲学、あるいは道徳として、道教は占い、陰陽道として、受け入れたのかもしれない。一神教であるキリスト教の排他性は、換骨奪胎と激しく矛盾するので、日本の社会は拒絶しているのかもしれない。韓国でキリスト教が、非常に広く受け入れられているのと対照的であるが、おそらくその違いは、神道の存在だろう。

<「菊と刀」は占領政策の産物。文明史的観点を欠いた日本特殊論。西洋文化は普遍的であり、日本文化は非常に特異な文化であるかを言い立てる。>

わたしにも、どうしても西洋文化を普遍的にとらえがちな欠点がある。しかし、宗教、道徳、日本精神については、神道に絶対者がいない事に関連する、西洋にも、東洋にも見られない特殊な精神上の問題が、日本には存在すると思う。それは、世界でも類を見ない特殊性だと思う。

<日本文明の二つの契機。
日本人は、現状に満足すると、行動力を失い、イモビリズムに陥るという特質がある。世の中が平和で満ち足りた縄文的な時代においては、日本人は和の文化を重んじ、共生を志向し、集団制が高まる。対決的ではない、母系的な「女性的な」価値というものが、社会の主流になる。しかし、日本文明にはもう一つの大きな要素がある。日本文明史には、歴史が一変して、大きく再生してゆく時がある。これこそが、弥生化の契機である。>

日本史の停滞期を、縄文化と言い、変革期を弥生化というのは、誤解を生じやすい表現だと思うので、わたしは反対したい。縄文都市からも、いさかい、戦闘を示唆する遺構が出てきており、必ずしも平和な時代一辺倒ではなかったということが、わかり始めている。まだ、母性的な日本と、父性的な日本の方が、ましなように思う。

<一万年近くも縄文時代が続く。その後、わずか数百年の間に、水田稲作を中心とする弥生文化が、一気に広まった。そのことから、一万年近くもじっと同じ事をしている「縄文的なるもの」と、わずかな期間に物事を激変させる「弥生的なるもの」という、二つの本質が交錯している。>

わたしは、縄文時代として、あまりにも長い期間が考えられているが、それは単に、研究が進んでいないために、石器人、狩猟生活の縄文人が、弥生時代直前まで、ほぼ変化なしに続いていたという偏見をもたらしただけで、おそらく縄文時代の終わりまでには、栽培を中心とする「農業」が始まり、狩猟から定住に変化し、縄文都市を建設していったと思う。なにしろ、紀元前の中国では、秦が統一帝国をつくったり、日本と思われる島へ、仙人を求めて探検隊を出したりしているのだから、そのころの日本に、石器人、狩猟民族だけがいたとは、到底思えない。また、弥生時代の大変革は、弥生人の大移動、流入である。縄文人はいわば、中南米のインディオであり、弥生人は侵入してきたスペイン人であるか、縄文人と侵入者の混血人種である。先住民=縄文人はおそらく南方系のモンゴロイドであり、侵入した弥生人は北方系のモンゴロイドであったので、混血しても中南米の混血民族ほどの大きな外観上の変化はなかったのかもしれない。したがって、縄文的なものとは、南方モンゴロイド的なもの、アイヌ、琉球的なものであり、弥生的なものとは、北方モンゴロイド的なもの、北部九州、関西的なものだと思う。

<「爛熟と停滞」から「瞬発的な適応」へ
平安期や江戸中期以降の停滞。たおやめぶり、やさしさの日本は縄文的。危機が到来すると、「天皇」が表に出てきて、ますらおぶり、弥生的なものへ転機がくる。>

天皇家は、元々は「弥生的な」ものであったろう。江戸の停滞を破ったのは、外圧と薩摩(縄文的)、長州(弥生的)の下級武士であり、明治天皇は、ある意味「神輿」だった。平安期の停滞を破ったのは、関東武士(縄文的)であったのではないか?わたしの「弥生、縄文」と中西氏のそれとは、まったく異なる使われ方をされている。日本の特徴として、振り子を振り切るという事があると思う。振り子がある方向へ振れ始めると、極限まで振れて、そこで停滞する。たいてい、外圧がかかり、突然逆方向へ振れ始める。そうすると、真ん中の中庸をあっという間に通り過ぎ、反対の極限まで振れて、そこで停滞する。これが、停滞と瞬発的適応ではないだろうか?明治維新での和から洋への振れ方、敗戦後の愛国から反体制への振れ方などに、日本の特徴を感じる。

<日本の文明力の源ー「換骨奪胎のシステム」
日本文明は、外来の文化や文明要素に対して、他の文明のような、強い「対峙性」を示さない。その代わり、外のものを入れるときに、日本の文化構造にあった形で変換してしまう。古代には、中国から律令制を入れたが、科挙、宦官などは、取り入れなかった。>

これも日本の特徴であり、非常に日本独特のものであろう。わたしは、そこに神仏習合などで、他宗教を変換して取り込む、「神道」的方式が、日本人には染み付いている(いた?)のかもしれない。

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[854] 長江文明人=弥生人 投稿者:M78 投稿日:2004/03/24(Wed) 00:43

マイケランジェロさんへ。
習合文明=神道だと、私は思います。神仏習合の仏教は、真の仏教ではなく、一柱の神として「仏」を参拝する「神道」だと思います。本来の意味での「日本的な」仏教とは、鎌倉仏教の諸派だと思います。

尊野ジョーイさんへ。
高市さんには、またがんばってもらって、ぜひとも次回は当選してほしいですね。そのためには、カルト宗教を母体とする政党と、袂をわかつしかないでしょう。

韓国には、自らの古代史をねつ造して、素晴らしいものにしようという陰謀があるようだ。また、韓国は昔、日本へ中国からの文物を伝えてやったなどの歴史認識を広めようとしている。そこで、ふと気づいたのだが、現在の韓国人のルーツは、古代にはどこにあったのかという事である。現イラク国民は、北部にトルコ系、東部などにペルシア系(イラン系)がいるようだが、今イラクに住んでいる人たちの祖先が、チグリス・ユーフラテス古代文明が勃興した時、今と同じところに住んでいて、その文明を担ったとは、とうてい思えない。民族、文明の交差点である中東では、民族が完全に入れ替わっていると思われる。朝鮮半島は、日本への通り道、渡り廊下であり、次から次へと北方からの民族、中国大陸からの民族がやって来ては、民族の入れ替わりが起きている可能性が高い。つまり、古代日本が文物を教わった、古代「半島人」と、今朝鮮半島に住んでいる民族が、同じであるという証拠はないのではないか?わたしは、現朝鮮民族は、北方の遊牧民が南下して来て、先住民を殺すか、南へ、日本へ追い出し、居座ったものではないかと思っている。日本の縄文遺跡が、原日本人、先住民の遺跡であるように、南部朝鮮の遺跡は、日本に渡来して来た、今の朝鮮民族から追い出された人たちがつくったものではないのか?青春出版社、安田喜憲著「古代日本のルーツ、長江文明の謎」などを読むと、弥生人と古代中国の長江人(漢民族ではなく、苗族などの少数民族)の文化、食物、高床式の建物などがよく似ており、中国から長江人が直接、日本、九州へやって来て、弥生文化を広めたのではないかと考えられる。また、朝鮮半島南部にも長江人が、同様に移住しており、北部九州と半島南部は、一つの弥生文化圏であった可能性が高い。すると、その後のいろいろな文物の渡来も、中国から半島南部の長江人(いわゆる倭人)へ、そして日本列島に住んでいる弥生人(長江人)=倭人へと、長江人ネットワークによって、伝来して来たとは考えられないであろうか。そして、半島南部の長江人は、半島北部からの進攻により、殺されたり、日本へ大挙して逃げ込んだりした。大和朝廷が、任那を重要視したのも、同じ倭人、長江人だったからではないか?その仮説に立てば、現韓国人=北方の遊牧民、現日本人=長江人(弥生人)を主とする混血民族であり、前者は古代において、後者を半島から駆逐する事で、今の半島に住み着く事ができた。日本人と韓国人は、古代よりの因縁浅からぬ敵同士ということになる。

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[855] 習合文明=神道,やっぱりそうかなあ。 投稿者:マイケランジェロ 投稿日:2004/03/25(Thu) 03:11

>M78さま。こんばんは。

そうですね。よくよく考えてみると「神道」自体が神道中心の習合体と考える方が普通かな。仏教に関して私は知識不足なんですが,現在を考えると生前は「神道(お祭り)」
,死・死後は「仏教(供養)」の構図が一般的ではないでしょうか?

一般の家庭でも「神棚」があって「仏壇」があるのは珍しくないでしょう。

>本来の意味での「日本的な」仏教とは、鎌倉仏教の諸派だと思います。
このことに関してはお時間を下さい。調べておきます。

さて韓国・日本のルーツに関する考察は興味深いですね。なんせ「文明史」研究をされていますからね。縄文人は関東以北,長江人は九州以北ということですね。そして騎馬民族が朝鮮半島を支配。もし苗族が現存していたら,DNA鑑定で証明できますね。

私にはまだよく分からないのですが,「シルクロード」が東ローマ帝国と中央アジア・中華文明・朝鮮半島・日本あるいは西洋文明をつなぐ鍵だと認識しております。

ところで今「i日録感想房」にケイジアン軍団(2人)ですれど,よく言えば「純粋」悪く言えば「自己陶酔型」で,おそらく大学生だと思うんですけど,「テキストのケインズ理論を長々書いてくる人がいるんですよ。」それでタイトルは「みんな経済学の教科書を読んでいるんですか?」ですって。私もM78さまもたこのすさまも,「まず現状の日本経済に何が必要か」という共通の視点がありましたが,この人達は「そのような目的意識なし」に「近代経済学」をダラダラ書くんですよね。分かる人にはこの人達何が言いたいんだろう?分からない人には混乱をもたらしているんですよね。

さすがに管理人さんも再三の注意をして最後には「出入り禁止」になりました。

しかし「山椒庵」は表の「うえっぶ庵」のとなりにおいてほしいなあ。(個人的希望)。

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[856] インフレ実験はネバダでやれ 投稿者:M78 投稿日:2004/03/26(Fri) 23:52

>死・死後は「仏教(供養)」の構図が一般的ではないでしょうか?

そうです。それが葬式仏教に堕落した姿です。しかし、インドで生まれたときの仏教は、先祖供養などまったくしなかった。中国を経由し、日本に伝来して、死後や先祖供養の役目だけに、「封印」されてしまった。
わたしの思想には、亡くなった祖父の影響が強いのですが、祖父は織田信長を最大の仏敵だと決めつけていました。子どもの頃のわたしには、わからなかったのですが、今はわかります。織田信長は、天下布武のために、イエズス会を利用しようとして、キリスト教の布教を認めていたのですが、結局仲違いした。自分以上の権威をなくすために、一向一揆の残滅、比叡山の焼き討ちを行ない、日本に栄えた仏教文明を滅ぼそうとした。もし本能寺の変がなければ、信長は将軍以上のものを望み、決して自分以上の最高権威者、天皇をそのままにせずに、天皇を廃位して、自らが天皇に代わって、新たな帝位に即いたと想像する。そして、日本の帝王として、朝鮮、中国に侵攻しただろう。
信長によって、たたき殺された仏教は、徳川幕府により剥製にされた。キリシタン追放、キリスト教禁止のため、そして日本の農民を把握するために、人別帳をつくり、寺などが管理するようにした。そして、葬式は檀那寺であげるようにして、宗派の固定とともに、布教が事実上無効になるという非宗教団体的な状況に固定した。
明治以降は、国威高揚のために天皇を中心とする神道が用いられ、国家神道が「新たに」作り上げられた。廃仏毀釈により、仏教は迫害された。近世の日本は、封建時代と反対の方向、脱仏教化の流れがずっと続いていると見るべきだろう。

>一般の家庭でも「神棚」があって「仏壇」があるのは珍しくないでしょう。

そうです。それが日本の常識であり、世界の非常識です。海外では、キリスト教の十字架と、イスラム教の祭壇が、同居する事は考えられません。また、多神教の国では、いろんな神様をいろんな場所、時に祭ります。したがって、日本人も八百万の神の一柱として、仏をとらえています。しかも、仏壇とは、いわばご先祖様を祭る祭壇であり、深く考えれば仏像はなくてもよく、ご先祖様がいればいいのです。日本人は、仏壇の仏像を拝んでいるのではなく、自分のご先祖様を拝んでいるのです。しかし、仏教の教えは、そういう考え方とはもともと異なるのですから、その行為は仏教を信仰しているものとは言えません。わたしの祖父は、「神棚」と「仏壇」の両方がある家は、神道も仏教も、本当には信じていない家だと言っていました。わたしの実家には、神棚は存在しません。将来、自宅を建てても、神棚を祭る気はありません。

>苗族が現存していたら,DNA鑑定で証明できますね。

苗族は、現存します。混血している可能性は高いのですが。DNA鑑定については、聞いた事がありません。是非すべきですね。

>「シルクロード」が東ローマ帝国と中央アジア・中華文明・朝鮮半島・日本あるいは西洋文明をつなぐ鍵だと認識しております。

シルクロードの北方にある「ステップ・ロード」も重要です。モンゴル人がヨーロッパまで進攻した道です。ローマや中国がシルクロードしか通れなかったのは、ステップロードは遊牧民、騎馬民族に占拠されていたからだと思います。

>「i日録感想房」にケイジアン軍団(2人)

わたしも、スティグリッツを読んだ後は、インフレターゲットを支持していましたが、クー理論では、バランスシート不況下では、金融政策は無効。ヘリコプターマネーで、インフレは起こらない。インフレ期待は、実際にインフレにならないと、だれも本当に期待しない。そして、インフレ期待が出なければ、インフレは起こらない。という矛盾する状況になるとのことです。クー氏は、インフレターゲット論者を、マネタリストと呼んで、批判しています。馬鹿馬鹿しく、危険な「実験」は、日本ではなく、ネバダの砂漠でやれと。

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[857] 国民の文明史、その七 投稿者:M78 投稿日:2004/03/27(Sat) 15:47

第四章 縄文と弥生の日本文明史
<日本列島では、約一万年にわたって縄文時代が続いた後、稲作を始め、「鏡、剣、霊」に霊的なものを感得し、古神道と呼ばれる、今日に続く日本の神信仰ができあがってゆく。>

山や巨石などの自然を信仰したのは、「縄文的」な信仰なのか?それとも、「弥生的」なものなのか?この文から言うと、自然そのものを神としたのは、縄文的で、鏡、剣、玉などを信仰するのは、弥生的となるのだろう。神社を建てるようになった「神社神道」では、鏡などを祭るので、弥生的な神から直接出て来た可能性が高い。私が想像するに、大きな岩、樹木などを祭る神社の由来を調べると、国つ神の系列が多いのではないだろうか。天津神の系統は、鏡などが主で、大きな自然物信仰の歴史がないのではないだろうか?
神道派、民族派は、簡単に太古の昔から神道が続いているように話すが、神の信仰の断絶、意味が変わってしまったなどで、実際には続いていないと、わたしは思う。天皇崇拝の国家神道と、山や岩などの自然物をあがめる自然神道が、どうつながるのか、わたしにはよくわからない。時代時代の信仰対象をすべて「神」と名付けてしまうので、「神」への信仰が連綿と続いているように見えるのだが、神の対象、神の意味がまったく変わってしまっているのではないか。(キリスト教の「主」も神と訳してしまう)

<弥生時代については、戦後の日本では、大陸から一挙に大量の異民族が、列島に侵入してきたとか、騎馬民族征服説などがあった。それらは、日本古代日本史に関わる正統派の史観に対する「アンチの情念」だけに発するものだった。>

戦後の歴史学者は、左翼に占領され、反皇国史観が前提である事は認めるが、科学的な考古学の進歩まで否定するのは、いかがなものか。縄文人骨と弥生人骨の特徴の違いをどう説明するのか?縄文人とアイヌ、琉球人の共通性、弥生人と関西、北部九州の現代日本人との特徴の一致は、どう説明するのか?遺伝子を用いた研究で、日本人内でも遺伝子の多様性があり、それには地域性ある。南北に遠く離れたアイヌと琉球人が近く、関西、北部九州を中心とした同心円上に、徐々に遺伝子の特徴が変化してくるという研究結果は、縄文人が広く住んでいたところへ、弥生人が九州北部から入ってきて、関西まで勢力を伸ばしたため、縄文系の人たちは、南北へ追いやられた。と考えるのが一番素直である。それに反論するのであれば、やはり科学的に行なうべきであり、左翼の言う事は信用できないというのでは、何の説明にもならない。弥生時代にどこからか、九州北部に大量に流入した異民族こそが、先住民であるアイヌや琉球人を日本の端っこに追いやった、われわれ自身の先祖である。特に大阪生まれの中西氏は、弥生人の系統を強く受け継いでいると思われる。

<中国大陸が強大な王朝権力によって統一され、膨張的な趨勢を見せるとき、日本文明史は覚醒的な画期を迎え、中国大陸の秩序が崩壊ないし停滞期には、日本も停滞する。>

この考え方は、事実かどうかはわからないが、非常に面白い説である。しかし、この仮説から言えば、日本は政治的には、中国の辺縁で、大きな影響を受けていたという事を意味し、日本文明の独立性には、あまりつながらないのではないか。

<聖徳太子の諸改革の中で、「仏教立国」の選択と、中華帝国に対する「対等外交の国是」の確立が、画期的なものである。強大な隋帝国に、リスクをはらんだ「対等外交」の宣言をする背景に、「仏教立国」という中華文明を越えた東アジア世界の「グローバルスタンダード」を掲げることで、対中対等という立場が可能になった。>

仏教立国は、外交のためだけではない重要なことだが、少なくとも聖徳太子の仏教受け入れには、著者はあまり批判的ではないようだ。

<東アジアでただ一国、中華帝国と政治的に対等であることを近代に至るまで国是としたことは、日本文明史においても大きなファクターとなるとともに、日本人の世界観・アジア観に大きな影響を及ばした。>

これは不思議なことだが、日本にとって非常に大事なことだろう。しかし、中国側はそんなことを認めたとは、思っていないにちがいない。

<天皇が、国家(政治)、宗教、文化という「三つの歴史を動かす力」のすべての結節になっている。やはり宗教的権威が保たれているからこそ、文化的存在としての活力が不断に発揮され、政治権力の再生につながる。>

あくまでも、日本の宗教的中心を天皇にしないと気がすまないのか??民族派は古代の天皇の復活を目指しているのだろう。わたしが希望するのは、宗教では政教分離により、信教の自由を守ること、政治では、天皇は立憲君主として、権威を代表することで、実務には影響を及ぼさないこと、文化的には親しまれ続ける存在であることである。

<江戸文明が、健全な日本文明の特徴を具備していたかは、儒学を見れば明らかである。江戸時代に日本独自の発展を見た儒学は、武士を形づくってゆく原理となったのだが、中国の儒教を、日本人が「換骨奪胎」してつくりあげたものであった。武士道の成立こそ、江戸文明史の本当に重要な貢献だった。>

中西氏は、結局武士道を賛美して、日本人の根本精神としているのではないか。したがって、平安時代のような、女性的、貴族的な時代は、だめだと決めつけ、男性的で、武士的な時代を良い時代だと、判定しているように思う。

<武士という変革を担う主体が準備され、国学や水戸学などの文明力のチャンネルも用意された。>

大阪生まれの中西氏が、武家政権として、関東の鎌倉幕府、江戸幕府を褒め、関西の平家や室町幕府をくさすのは、どういうわけだろうと不思議に思った。わたしの想像だが、中西史観とは、すなわち江戸時代の「国学」、「水戸学」の史観そのものではなかろうか。江戸期の国学、水戸藩での水戸学では、江戸幕府、徳川家を悪く言うはずはない。そして、江戸の一つ前の室町幕府は悪く、家康が手本とした鎌倉幕府は良く、鎌倉の前の平家は悪く言う。徳川家自体が、信長と同様、源氏の末裔と僭称していることも、江戸時代に源氏を理想化し、平家を悪く言う原因だったのかもしれない(秀吉は平家と僭称)。

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[869] 国民の文明史、その八 投稿者:M78 投稿日:2004/04/04(Sun) 01:15

第五章 日本文明が揺らぐとき
<明治日本は天皇中心国家体制に再び転換して世界と向き合った。世界観の激変と列強の力への恐れから、日本人の文明的アイデンティティに関わる部分を少しずつ揺らしはじめてゆく。維新直後の極端な欧化主義や「文明開化」のイデオロギー化の傾向。明治の指導者層は、「文明の平衡感覚」に心を砕いた。文明開化に向けて一直線に突っ走ろうとした政府・文部省は、近代主義、啓蒙主義の「欧化」路線を進めようとした。その教育には、二つの必須のものが欠けていた。一つは、道徳すなわち「徳育の大切さ」であり、もう一つは「社会や国家」にまったく言及していない点である。伝統の破壊と新技芸の導入のみに走りすぎている現状に、天皇自ら警鐘を鳴らした。日本の魂を失うことをよしとせず、「和魂洋才」でやっていこうという状況への対応は、日本文明の本質をつかんだものだった。明治の精神はこうして生まれた。>

現在のアメリカの経済、社会制度を盲目的に取り入れようという現状に、よく似ている。巷間言われているように、現在は明治の開国、WW2の敗戦に続く、第三の開国なのかもしれない。わたしの主張は、日本の経済システムをアメリカ式にしたり、逆に政治システムを戦前に戻したりすることではなく、日本人の精神の崩壊が、一番の危機、問題点であり、そのためには教育こそ本当に立て直す必要があるものだということだ。なかでも、学校での道徳教育と家庭、私学での宗教教育が、もっとも足りないものだと思う。

<日露戦争後の「時代の閉塞感の現状」。目標喪失による一種の虚脱状態=精神の空白感。「明治」という文明的平衡感覚の支えが終焉を迎え、そうした重しのない大正という時代へと変わり、「魂の漂流」は、その喪失意識を、抑制のない欧化によって振り捨てようとした。明治の元老たちが、国家経営の根幹のノウ・ハウを、次の世代に受け渡さなかった。二代目世代の「坊ちゃん世代」は、明治期の日本に対して、きわめて批判的である。文明論的視野から具体的な対案を示すことなく、ただ現状を批判する、「大正タイプ」の知識人。>

わたしは、以前より「戦後教育世代」亡国論を、皆に嫌われながら、あちこちに書き込んでいるが、明治維新を主導した江戸時代生まれの「サムライ」と、その次の世代の「大正インテリ」の関係は、戦前教育を受けた昭和ヒトケタ世代と、戦後教育の申し子、「団塊世代」の関係に似ている。やはり、平成に入ってから、戦前教育世代が日本のトップから去り、戦後教育世代がそれにとって代わり、日本を動かすという状態になった。それと同時に、日本がおかしくなってしまった。

<大正から昭和にかけて日本の知識人青年の間に絶大な影響を及ぼした阿部次郎の、西欧的な理想主義と教養主義のバイブルとなる「人格主義」が、平成の青年たちにとって、まったく見向きもされない書物となった事実を、我々はどう評価すればいいのか。>

わたしは、現代の若者の日本的な精神がきわめて弱まり、日本的教養が失われれば、和と洋の葛藤は起きないと思う。「和魂洋才」を目指すから、葛藤が起きるのであって、「洋魂洋才」が完成すれば、何の摩擦も感じない。欧米を憧れることもなければ、日本を卑下することもない。そういう人間は、「バナナ」と言う。表面はイエローだが、中身は「白」である。

<亀井勝一郎は、近代の日本史は知性の悲劇の歴史であるとして、その原因を伝統(神道、仏教、儒学、国学)の喪失のあと、空白を埋めるのに、まったく土壌を異にする思想を、次々と取捨選択してきた事に見いだしている。「明治のプロテスタンティズム、大正のヒューマニズム、昭和のコミュニズム」>

日本人は、西欧文明の根幹、キリスト教を結局受け入れなかった。今の若者の「洋魂」は、その面で見れば、まがい物、偽物である。真の「和魂」を捨て、得たものがまがい物の「洋魂」なのである。

<日本はつねに天皇を中心とした神の国だった
少なくとも平安時代以後、日本が天皇を中心とした神の国であるという日本人の意識は文明の平衡感覚の支えでありつづけ、まったく揺るぎなかった。もちろんそれは狭義の国家としての日本の政治システムや、仏教伝来後の日本人の宗教活動において、つねに全てを貫徹する支配的なものでありつづけたわけではない。ただ武家の幕府政治が始まり、神仏習合が進んだ中世そして近世を通じ、制度や部分的文化の存在理由を定義づける「究極の文明史的要因」でありつづけた。文明史的には、日本は終始「神の国」以外の存在ではなかった。個人の内面の救済という宗教上の役割を別にすれば、日本の国土は明らかに神秘的な王土のなであり、仏はつねに「神の客」として礼を尽くすべき存在であった。日本は、欧米やイスラム諸国とは異なる多神的観念において、より優れた文明の特質を持っている。天皇を中心とした神の国、「帝を戴く神仏そしてゼウスあるいはアラーの国」、この天皇の中心性を基本として持っていれば、日本人はそれぞれの個人の信仰においていっそうよき求道者足り得るのである。>

こういう考えを聞くのは、もううんざりである。これは歴史家として、資料を駆使した上での結論であろうか?国学と記紀に毒されているのではないか。わたしには、この文章は自分の宗教的立場を述べたに過ぎないように見える。歴史観というよりは、宗教的告白であろう。わたしも宗教的告白をするが、天皇を他の宗教の「絶対者」の上に君臨する絶対者とみなすのは、どうみても国家神道的であり、神道以外のすべての宗教を侮辱するものである。わたしは、日本に仏教国であった時期があったと信じるし、今後再び仏教国になるのが、わたしの願いである。そして、それが今の日本の精神的崩壊を、食い止めることになるのではないかと期待している。

<大正と平成の近似。改革の時代と「歴史の危機」
大正の前には、明治という大きな時代があり、平成の前にも昭和というたいへん大きな時代があった。明治の終わりには、日本の海軍力は太平洋随一を誇っていた。昭和には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代があった。大正時代と平成の今は、日本人の多くが日本文明を見失い、さまざまな形で「文明の衰退」を経験している点での共通性ではないのか。平成型の改革論議を聞くたびに、ブルクハルトが「歴史の危機」と呼んだ普遍的現象を想起する。ブルクハルトは、人類の歴史に「愚かで危うい改革論の時代」がくり返し訪れることを示唆している。国の存立の基盤が、国民自身によって、自覚のないまま切り崩され、歴史のバランスが破壊されてゆく。そして、事態が最終的な破局に至る直前には、共通したある一連の徴候が現れる「歴史の危機」。日本が破局に至る過程の出発点には、大正時代に始まる誤った改革論の高揚があるが、誤った改革論が巻き起こす「大衆の熱狂」、その前段に位置する「大衆のフラストレーション」こそ、「歴史の危機」の徴候にほかならないからである。ブルクハルトが描出した「歴史の危機」の根底にあるものは、ある時代と世代に特有の愚かさ、軽薄さではなかろうか。是が非でもやり抜くと言う不退転の意志、覚悟を持たぬ、付和雷同型の「改革熱」が、いかに悲惨な結果をもたらすか。大正の改革熱が、昭和の大規模対外戦争をもたらした。>

大正が平成と似ているかについては、よくわからないが、日本人全体が、無意味な改革熱に浮かされていることを、的確に述べている。もともと更地型の改革を好む左翼だけでなく、本来の保守派にも、戦後社会をなかったことにして、戦前をやり直そうとする「復古革命」を目指し、明治憲法を復活させようと、明治時代をあたかもユートピア、王道楽土のように詐称する「民族派」の勢力が台頭している。日本は、極左と極右に二分されて、とにかく今の日本を変えなくては、という盲目的な熱狂に満ち満ちている。それは、真の保守的政治姿勢とは異なるものであることを、強調していかねばならない。

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タイトルRe^2: 「国民の文明史」について
記事No28
投稿日: 2004/12/25(Sat) 17:23
投稿者マイケランジェロ (山椒庵)
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[870] 神道である私も『天皇原理主義者』には辟易。 投稿者:マイケランジェロ 投稿日:2004/04/04(Sun) 02:14

>M78さま。こんばんは

『国民の文明史、その八』拝読させていただきました。ちょうど「天皇陛下」に関する記述がありました。なんで一部の保守は「天皇陛下崇拝」を他者に押しつけるようなことを言うんでしょうね?

神道である私の実感は「天皇陛下」ご自身は「他の宗教を信仰している人に,その宗教をやめて,私に従いなさい。」なんて一言も仰っていないし,お考えにもなられていないと思うんです。

ですから「『天皇陛下に対する敬意』は受け止める方の問題だ」と指摘したら,早速バッシング。ほとんどの人は「天皇陛下」に対して敬意なり,愛着を持っていると思うんですが,『天皇原理主義者』はこれさえ認めようとしません。おいおいそれは「国家神道」ですよ,と指摘しておきましたがどんな反応が返ってくるか?

まさか中西先生まで「押しつけ理論」を展開するとは。現状で「反天皇」のデモをしている人なんか見たことないのに。

厳密に言うと「天皇制」は一部は宗教であり,一部は伝統・慣習なんです。宗教的要素は「神社本庁」を中心とする「各神社」とのネットワーク。あと一般の人が神社にお参りに行くのは慣習でしょう。では失礼いたします。

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[872] 親友?マイケランジェロさんへ。 投稿者:M78 投稿日:2004/04/05(Mon) 00:27

公務員を辞め、自由になったM78でございます。

<『国民の文明史、その八』拝読させていただきました。ちょうど「天皇陛下」に関する記述がありました。なんで一部の保守は「天皇陛下崇拝」を他者に押しつけるようなことを言うんでしょうね?>

世代ですよ。年寄り世代も、民族派に洗脳された、にわか右翼の若者も、信教の自由の大切さがよくわからないのです。「信教の自由を認めれば、日本は立ち行かない」?
日本は、そんなにケツの穴の小さい原理主義の国ですか??

<神道である私の実感は「天皇陛下」ご自身は「他の宗教を信仰している人に,その宗教をやめて,私に従いなさい。」なんて一言も仰っていないし,お考えにもなられていないと思うんです。>

その通りです。虎の威を借る狐の勢力は、天皇陛下を神輿として祭り上げます。それは、陛下の本意ではありません。皇后陛下はクリスチャンではありませんか。

<ですから「『天皇陛下に対する敬意』は受け止める方の問題だ」と指摘したら,早速バッシング。ほとんどの人は「天皇陛下」に対して敬意なり,愛着を持っていると思うんですが,『天皇原理主義者』はこれさえ認めようとしません。おいおいそれは「国家神道」ですよ,と指摘しておきましたがどんな反応が返ってくるか?>

よほど左がかった人や、親の教育がなってない人以外は、皇室に敬意を払う。尊重するのは、日本の常識です。わたしは、皇室を日本一の高貴な家系として、尊重し、親しみを持っています。あくまで、人間としてです。神としてではありません。

<厳密に言うと「天皇制」は一部は宗教であり,一部は伝統・慣習なんです。宗教的要素は「神社本庁」を中心とする「各神社」とのネットワーク。あと一般の人が神社にお参りに行くのは慣習でしょう。>

宗教と伝統の入り交じった部分です。宗教部分を押し付けることは、原理主義です。神社に行くのは慣習ですが、熱心な他宗教の宗教者であれば、行くべきではありません。わたしは、初詣に行ったこともなければ、七五三に行ったこともありません。

やはり、同年代の人には、理解していただける人がいるので、うれしいのです。
M78、無職、41才。妻、子二人より、マイケランジェロさんへ、感謝の辞を捧げます。

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[873] M78さんへ 投稿者:森英樹 投稿日:2004/04/05(Mon) 09:57

以前も同様の趣旨を書きましたが『国民の文明史』は正確には『中西輝政の文明史』として読むべきなんですよ(笑)。しかし感想掲示板の閑人さんの投稿といい紋切り型の尊皇節が出てきましたね!マイケランジェロさんの投稿された文章で反論は充分だと思います。でも閑人さんの投稿は久し振りに開いた口が塞がりませんでした(笑)。

西洋は日本を誤解する程度にしか理解しようと思っていないし、日本もまた誤解する程度にしか異文化を理解しようとはしないものです。閑人さんは日本が西洋化する際に初めて処女膜を破られ強姦されたと思い込んでいるのでしょう。

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[877] 国民の文明史、その九。最終 投稿者:M78 投稿日:2004/04/05(Mon) 22:28

中西輝政氏の「国民の文明史」批評

第六章 昭和の大戦の文明史的意味
<大正期の過ちが昭和の敗戦につながった
大正期の日本の指導者や知識層は、マスコミは三つの大正の大改革を行なおうとした。一、金解禁(金融とデフレによるグローバル対応)二、普通選挙実施(大正デモクラシーといわれた議会政治の改革)三、国際協調外交。この三つが、結果的に日本に最悪の結果をもたらした。
日本は金解禁後、未曾有の大不況、昭和恐慌へと突入し、日本の生存は軍事経済以外にあり得ないと思われた。普選運動の中で広がった社会主義政党が、どっと議会に進出し、治安が非常に悪化した。国際協調を基本とする幣原外交。中国大陸に対する三つの戦略ミス。一、1923年、ソ連がアジアに革命の輸出を企てた。その時日本は関東大震災後で、大正天皇の病気が重くなり、ソ連の工作による中国大陸の革命運動を見逃してしまった。二、1927年の南京事件。中国国民軍が共同租界を武力で接収した。日本は共同出兵を拒んだ。英米日はバラバラとなり、中国革命の矛先は日本へと向けられた。三、松岡洋右は、格好良く国際連盟を脱退したが、そこには「戦略論」はなかった。>

坂上の雲ではないが、日清日露までは良い戦争、昭和に入ってからは悪い戦争というような感情論が、かなりの人の心をとらえているが、戦争の良い悪いは、国益から見てどうかという風に見るべきであり、大義とか、植民地解放などに囚われてはいけない。WW2の悲惨な戦争は、大正期の指導者達が、「和魂」を失い、西欧直輸入の「洋魂洋才」でやろうとしたからだという中西氏の説に、妥当性はある。わたしは、その「洋魂」自体が、西欧の表面的な猿まねで、本家の洋魂に比べ、はるかに劣ったものだったというふうに考える。したがって、キリスト教も含め、本当に欧米の精神を、隠された汚い本音の部分まで、理解した外交官が、現実的な日本の精神を用いて、外交すれば、最悪の事態は避けれたのではないかと想像している。真の洋魂を理解した現実主義的な「和魂」の持ち主は、なかなかいなかった。明治の元勲の中には、いたのかもしれない。それが、明治の戦争と昭和の戦争(教条主義的で意固地な「和魂」)の違いなのかもしれない。(日露戦争について、Web正論談話室で、「ラストサムライが指揮した戦争」を書きました。もう一つの見方として、日露戦争を有利にするために、日本軍諜報部はパンドラの箱を開けてしまい、そのせいでWW2の日中戦争、日米戦争を経験しなければいけなくなった。日露を勝つための謀略が、WW2の原因となり、日本の敗戦を呼び、WW2後の冷戦をつくった。それは、日本軍防諜活動による、ロシアの赤化である。これがなければ、20世紀の戦争、紛争の多くは、防げたのではないか。日本のエゴ、国益のために、マルクス主義というパンドラの箱を開け、ソ連共産党が全世界に影響を及ぼすきっかけをつくった、日露戦前後の日本軍スパイという視点です。)

<敗戦による「軍事占領・更地化・一神教」の試練
日本は大東亜戦争後に、約七年間にわたって連合軍に軍事占領された。そのため、日本の文化、価値観、歴史観、アイデンティティなど、ことごとく深刻な「文明史的な傷」をこうむった。アメリカ人は、アメリカ民主主義の根幹を日本人に教えれば、日本人は必ず再軍備することになり、またもや英米に歯向かいかねない。そこで、この部分は換骨奪胎して、さらに日本国憲法の中に、民主主義とはっきり矛盾する第九条を入れて、くれぐれも軍事力を持たないようにと、念を押した。国家の生存を否定されれば、「文明としての日本」は致命傷を負い、この致命傷が二世代を経てはっきりと浮上し、日本人の精神と価値観、モラルの面で崩れの回路が極まろうとしている。GHQが日本に「撒いた塩」とは、「象徴天皇制」(人間宣言)と家族の否認、そして「神道指令」や教育理念の改変、歴史観の改造という根本文化要因への攻撃。「戦後文化」は、はじめから「まがいもの」だった。戦後も日本はついに一神教(キリスト教の文化と西欧個人主義のセット)は入りきれなかった。「軍事占領・更地化・一神教」は、元来三点セットなのである。この三つを同時に行なうことによって、被占領国の文明の根を、完全に断つことができる。憲法改正こそ「文明回復のカギ」>

アメリカは日本が再び、英米と戦う国にならないように、民族改造を行なった。わたしは、万世一系の皇室は、敗戦とともに一度断絶したと思う。本来なら、昭和は20年でやめ、7年間の占領下での日本「地域」を経験した後は、別の年号をつけるべきであった。一天皇一年号というしばりだろうが、戦前の昭和天皇と、戦後の昭和天皇は、まったく別の社会「機関」となったのだから、わたしは年号を変更すべきだったと思う。大日本帝国は永久に失われ、アメリカに保護された国、日本ができあがったのだ。宗主国アメリカも、少しは自主性を持てと言っている。このチャンスに、憲法9条を改正できるかどうかが、確かにカギだろう。わたしは、しかし、実現に非常に懐疑的である。たとえ国会議員が通しても、おそらく国民投票で否決されるだろうと思う。

<日本文明衰退の徴候
六つの文明衰退の徴候。一、ある文明が著しく精神性、宗教性を失い、精神的なものの価値に対し冷笑的な態度が広がり、無宗教の人が激増してゆく。二、断片的で実際的なものにしか人々の関心が向かわなくなり、無機質で機械的、マニュアル的でシステム化された知性がもてはやされ、すべてにわたって外的な価値にしか関心がもたれなくなる。三、人々は自らの属する土地、本来の居場所から切り離され、根無し草的な存在となって激しく移動するようになる。四、農業が嫌われ、非生産的な生き方が好まれるようになる。五、大都市・巨大都市にまさに一局集中的に人間が群がり、そこでのストレスの強い生活から離れることができなくなる。六、富の使い方がわからず、自らの文化に背を向けて、衰弱しきった異文明の遺産を訳もわからず有難がり、大挙してその遺品や遺跡を見て回ったり手に入れたがったりする。>

まさに、現在の日本を見て書いたかのような六つの徴候。特に、無宗教を当然と思っている日本人は、すでに滅んでいると言っていいだろう。

<この国の本当の歴史の転換は、大陸や海外の勢力とつながる集団ではなく、「固有の日本」を旗印に戦う側に、そして中央に拠る人々ではなく地方に根を生やした土着の勢力によって、固い団結と日常的利害の一致がもたらす保守的な世界観を奉じる集団が、結局この国ではいつも勝者となり「新時代」を切り拓いてきた。>

「大陸や海外の勢力とつながる集団ではな」いというのは、最終的には反米となり、自主独立するということか?「固有の日本」とは、神道、天皇であり、仏儒基ではないということか?「中央に拠る人々ではなく」とは、反東京で、大阪・京都が日本を切り拓くということ?(中西氏は大阪出身)「土着の勢力」とは、武士道を守る志士が、保守的な田舎の農民に支持されてということ?「保守」が「新時代」をというのも、何だか変な感じだが....これは、真の保守、民族派は、戦前の日本に戻すという「新時代」をもたらす大革命をするということか?

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[878] 大作完成,おめでとうございます。 投稿者:マイケランジェロ 投稿日:2004/04/06(Tue) 13:01

>M78さま。こんにちは。

大作の完成おめでとうございます。M78さまは「自然科学」専攻でしたよね。その人が「経済,政治,歴史,文明史」と「社会科学」をどんどん吸収していっています。

私には「数学,物理、化学」と「自然科学」をいまから吸収しろと言われても無理というものです。正直申し上げて「差を付けられちゃったな。」という感想です。

今後とも宜しくお願いします。(あまり私の論考を論破して私をバカにしないで下さいね。親友なんだから。)

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[879] 素浪人 投稿者:M78 投稿日:2004/04/06(Tue) 17:25

公務員って、なんだか言いたいことも言えず、ネットで言うしかない。回りは労組でわーわー言っているような立派な公務員ばかりですからね。労組に入りたくない、労働運動に批判的な態度など、許していただける職場ではなかった。でも、今だから言えます。国から金もらっといて、政府の悪口ばかり言って、それで偉そうな労組の幹部、何様のつもりだ。そんなに政府が嫌いなら、公務員辞めろ!日本が嫌いなら、海外へ行け。海外に行けば、人種差別は当たり前だ。観光客が気づかないのは、お客だからだ。一生海外に住むとしたら、人種差別は避けて通れない。
わたしは、常に今住んでいるところや、今勤めているところに不満を持ち、けんかしてしまうのです。アメリカに行く前は、こんな日本を早く出たいと思って、渡米しましたが、行ってみると一年間ほとんど毎日、アメリカの「常識」に文化摩擦を起こして、アメリカはひどい、日本ではこんなことはないと、毎日妻に愚痴ってたら、「お前が行きたいって言ったから来たんだろ。ボケ〜」と突っ込まれるし....二年目でアメリカに慣れてくると、今度はネットで日本のニュースを見ては、日本は特殊、国際社会の常識ではこんなことしないと思って、Web毎日のディベートに書き込んだりしてました。帰国後二年経つと、だいぶん英語も忘れてしゃべれなくなるし、回りの人がいやがるアメリカでの体験談(自慢話)も尽きてくるし....
公務員辞めて、また、アメリカに職ないかなあ〜という気分です。今度は、イギリスでもいいや。

>大作の完成おめでとうございます。

ありがとうございます。実は今度、読んでなかった西尾先生の「国民の歴史」を読もうと思っています。これの批判は、タブー?、あるいはコテンパンにされるのでしょうか?

>今後とも宜しくお願いします。(あまり私の論考を論破して私をバカにしないで下さいね。親友なんだから。)

こちらこそよろしくお願いいたします。マイケランジェロさんがおられたので、ここにこんなに長く居着いたのだと思います。論破なんてしてないし、馬鹿になんてしてません。ここはレベルが高くて、自ら恥じ入ることが多いのですが、どうしても言いたくなることが多くて....出入り禁止覚悟で、感想板に乱入しました。どうなることやら。


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[880] 隣の味噌汁 投稿者:森英樹 投稿日:2004/04/07(Wed) 11:34

自分の家の味噌汁が一番美味い。これは隣の味噌汁を飲んで実感した事である。隣の食卓を覗くと往々にしてビックリするものである。環境も味覚も各家庭の伝統があり、それを食べて育った人間には自分の家の味噌汁が一番美味いと感じるのである。

天皇も味噌汁ようなものであり確かに日本人には「美味い!」と感じたり安堵感を覚えるものである。しかし自分の家の味噌汁を隣の家に無理矢理飲ませようとは思わない。ましてや味噌汁の危機を、はたまた隣の家の味噌汁の味の危機を自分の家の味噌汁で直そうとは毛頭思わない。

天皇に対する敬意とは何か?そういう態度に「説明」がいるのか?キリスト教のミサに行くとお布施(って言うのかな?)を集めに回ってくるが「入れるお金が無くても入れる振りをして下さい!」と言われる。これが「儀礼」というものである。何故に入れる振りをするのか、この際とくと考えて欲しい。

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[883] お布施 投稿者:M78 投稿日:2004/04/08(Thu) 09:05

教会には、息子が幼稚園の時に、何かのイベントがあり(おそらく父の日)、その時に入ったことしかありません。(息子、娘ともに、アメリカでも、日本でも、ずっとミッション幼稚園と小学校です)

あのお布施は入れなくても良いのですか?在米時、白人も、黒人も、正装して教会に出かけ、そのたびにお金をとられるのであれば、貧乏な人はどうしているのだろうと思っていました。同じアパートに住んでいた日本人仲間が、ボスに連れられて、教会に行き、カゴが回ってきたので、目一杯入れたとか言ってました。お布施は志なので、貧乏な人は入れるまねだけすればいいのですか。うーん。日本は何でも世間並みということで、まわりが入れていれば、つい入れちゃいますよね。欧米では、貧乏な人は気持ちだけ、金持ちがその分多く入れる。それぞれの収入に見合った額を寄付していこうという精神が、伝統的にあるのでしょうね。(息子がスカパーで見ている「シンプソンズ」では、主人公の息子の悪ガキバートが、カゴが回ってきたら、お布施を皆盗んでしまいという話があったように記憶しています)

天皇陛下についてですが、他の国の元首、国王を尊重するように、自国の君主に対してはそれ以上に敬意を表すべきです。わたしは大の差別論者で、この世のどこに自由平等があるのか、人間は全て生まれつき、不自由で、不平等ですから、かたや王様、かたや乞食がいても、それが自然だと思います。欧米は、それを建前で否定した社会を作ってきたのですが、日本人の自由平等論者は、自由平等が「建前」に過ぎないということを、理解できていないのではないかと思います。

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[884] 極右と極左の争いに巻き込まれるな 投稿者:M78 投稿日:2004/04/08(Thu) 14:28

サヨクがまたぞろ、違憲攻撃。中国の靖国批判と呼応するように、サヨク判事の判決。民族派は激怒して、伝統>政教分離と色めき立ち、神道擁護、他宗教攻撃を始める。何度もくり返されるこの図式は飽き飽きだ。ますます、極左(マルクス教)と極右(天皇崇拝神道)が活気づき、中道が廃れてしまう。わたしは、サヨク板に行くと、右翼反動と言われる。右翼板に行くと、サヨクリベラルと言われる。よくマルクス教信者と民族派は、わたしにどっちの味方なのだ、態度を明らかにしろと迫ってくる。わたしはどちらの味方でもない。中道を目指す。極左も極右も敵だ(極左と極右は、天皇に対する態度以外はそっくりだ)。どちらもお国のためにならぬ。
靖国参拝は違憲かどうかについて、わたしは何度も言うように、小泉さんが行きたがっているのだから、合憲だと思う。嫌がる他宗教信者を無理やり参拝させるのではないのだから。法律論から言うと、私人で行くべきかもしれない。しかし、内閣総理大臣と書いても、公用車を使っても、公人と決めつけることはできない。玉串料等を、ポケットマネーから出せば、充分私人だと思う。
最も分離しないといけないのは、「聖教」分離だ。左翼は判事などに、ソウカも判事はもとより警察にも勢力を伸ばしている。神道系も法律関係、警察関係にもっと食い込めばよいと思うのだが。

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[887] アメリカ人は、鬼畜じゃないよ 投稿者:M78 投稿日:2004/04/09(Fri) 13:22

マイケランジェロさんへ。

>彼はアメリカに研究で2年間滞在して少なくとも私より「なまのアメリカ文化」に直接接した経験を持っています。そして彼は常に「親米派,日本のIntelligenceの必要性」と「仏教徒(現在の堕落した仏教には批判的)」ということを主張し続けていました。

ご弁護ありがとうございます。民族派は、日本は今すぐにでも独り立ちできると思っているようですが、現実はそんなに甘くはありません。世界に覇を唱えている国は、ほんの数えるほどで、他の多くの国は、覇権国のうちの一つ、あるいはいくつかと密接なつながりを持つことで、なんとか存在している国です。日本は、現時点ではアメリカに保護されている国です。また、今アメリカに反抗すれば、下手をすると潰されます。わたしはアメリカと敵対する必要もまったく感じません。反米派の言う独立は、反米、日米冷戦の同義語です。アメリカに戦争で負け、現在も強い影響力で、指図されるのが悔しくてたまらないのです。それをはね返すには、アメリカの強力な外交、軍事、国内政治の姿勢のうち、有効な部分を取り入れ、日本も覇権国を目指すことです(どれが有効かということで、わたしと民族派の意見は真っ向から対立するのだが)。その時には、ますます親米的態度をとり続けないと、アメリカは日本が再び、アメリカの覇権と厳しく対立する強国になるのでは、という懸念を必ず持ちます。このことは、アメリカの立場になって考えれば、理解できると思います(日本がWW2に勝って、アメリカを保護国化しているが、再び力をつけてきた時、どう思うか考えて下さい)。
わたしが、アメリカと同盟を今後も続けるべきだと思うのは、ある程度、信義がアメリカ政府とは通じるということです。人治国家の中国や、社会主義を引きずるロシアには、日本人の信義は通じない。アメリカは、自国の国益に反しないかぎりであれば、日本などの同盟国と信義を結んで、同盟していけると思います(アメリカ政府は、自国の国益重視ですから、それに反してまでは、信義を守らない。しかし、それは世界の常識であり、何があっても守るという道徳は、日本独自のものなので、通用しない)。
仏教については、池田教のような新興宗教は別にしても、大教団には、左翼的、あるいは、空想平和主義的な信者、指導者が必ずといっていい程います。そういう人たちの活動は目立ちますが、それを否定しないまでも、政治活動を行なうことを良しとせず、地道に宗教活動を続けている多くの宗教者が、その裏に存在しているのです。わたしは、そういう宗教者に共感します。わたしの祖父は、宗教が必要以上に(宗教弾圧された時には立ち上がるが)政治にかかわると、必ず混乱をもたらす。政教分離をきちんとすべきであると、生前語っていました。その例としては、道鏡が天皇位を望んだことなどを挙げていました。

>私なりに勝手に普遍すると「現在,世界中の各国は利害関係・宗教問題・人種問題等をめぐり,凌ぎを削る競い合いの時代である。日本とアメリカも例外ではない。」「その時々においてアメリカに疑いを持ちながらも,自分の判断の結果,『親米派』を選択した。その理由は現状の日本では単独では行動できない。ならばどこと組むかであるが諸問題はあれどもアメリカと組まざるを得ない。」ということだと思います。

アメリカに人種差別がないなどというものは、アメリカのどこを見たのかというふうにわたしには思えます。都会のリベラルアメリカ人の建前のみを、信用しているだけです。日本は、アメリカのパワーをうまく利用して、国益につなげるべきですし、また、give & takeでつきあうべきです。現状では、アメリカに利用されるばかりです。アメリカを利用するために、連邦議会の議員にロビー活動をするなど、予算をつくって実行すべきです。中国はロビー活動や、中国系アメリカ人を利用したアメリカ懐柔策など、とっくにやってますよ。日本も遅れてはいけません。

>(わたしには、反米心はありません。日米ともそれぞれ、良いところも悪いところもあります)
『親米派』を選択するに当たって,上記は彼の経験論から来るものだと想像します。これは全く私見です。おそらく彼は2年間のアメリカ滞在の期間中,気の合う仲間とのつき合いもあったでしょう。同時に「差別主義者」に嫌なことをされたこともあったでしょう。

直接の上司は中国系アメリカ人で、まわりは中国人、インド人、南米人、ロシア人、東欧人などの留学生が多い。WASP、黒人、ユダヤ人もいました。まさに、人種のるつぼ。米白人は、おせっかいなくらい親切な人が多い。田舎だったせいもあるが、日本よりも親切な人が多かった。ただ、田舎だから人種差別もきつかった(ここでは、中国人に間違われて、男子高校生数人からつばをひっかけられた話をしましたっけ?)。これは両立するものです。親切にしていても、白人あつかいしているわけではないのです。アメリカ政府は、かなりひどいことを国外でしていますが、米白人は能天気に、それは世界の平和のため、自由を守るためと信じ込んでいます。そのひどい実態を教えても、信用せずに、逆にこちらを反米外国人とみなすので、それ以上話せません。たとえ信じたとしても、それはその軍人自体の逸脱、犯罪であり、国家ぐるみのものではないと言い張ります(思考法は日本の民族派に近い)。実際に、日本の保守を見ていると、アメリカの一般人の保守ぶりと良く似ています。わたしには、よく似た同士の日本保守とアメリカ一般人なのに、日本の保守の反米意識の横行は、どうしてだかわかりません。おそらく、日本の伝統を固守しようという意識に、囚われすぎているのだと思います(アメリカの一般人も、伝統を大事にするが)。

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