『少年と医者』


病気が巣食ったこの体をもう3年はもてあましている。
滅多に外に出ないために蒼白くなった顔色。
まるで病院の薄汚れた壁のようだ。
あながち病気のせいで色が落ちた髪は壁の隅の汚れだろうか。
運良く綺麗に色素が落ち、見苦しくはない。
少年は細くなった膝を細くなった腕で抱えこみ、体育座りをしていた。
病気は不明だった。
最初は白血病かと言われていたがそれは違い、成人病とも言われたりした。
しかしどれも少年の持つ病気ではなかった。
少年の持つ病気は得たいの知れない病気である。
これからだんだん植物状態になってゆくそうだ。
それは自然にゆっくりと。
だんだんと気づかないうちに動きが鈍り。
気づかないうちに思考が止まってゆく。
考えただけでも泣きたくなる。
だが、少年はこの3年間で何も感じなくなっていた。
最初は恐怖のあまり、何度も自殺行為を繰り返した。
意識が無くなる前に死にたい。
廃人になんかなりたくない。
自殺は毎回未遂に終わり、その度に少年は何も感じなくなっていった。
少年にはそれ以降、ただ無を待つことしかしなかった。
植物状態になるということはそれまでの良い思い出も思い出さない。
だから悲しくない。
それだけのことだ。
と、少年は解釈した。
だから悲しむことはない。
どうせ自分を心配してくれる母親は精神病になってしまった。
父親はとうの昔に死んでしまった。
だから誰も自分の無を悲しむことはない。
少年は抗菌された白い個室を出て、窓から花壇が見える廊下にへと向かった。
何も感じないというのは自分の無に対することであって、他の感覚はまだ残されている。
この季節は花壇からチューリップの花が見える。
ただし見ることは出来るが見に行くことは出来ない。
少年は3年前からずっと病棟内で生活しているのだ。
どれくらいで植物状態になるかは定かではない。
3年か10年か。
時間はただ1秒1秒刻まれている。
そして体は1秒1秒植物状態へとなってゆく。
微かに目が熱くなったが、気持ちは冷めたままだった。
少年は窓に強く手を押しつけた。
少年の隣りを一人の医者が通り過ぎた。
急いでいるのだろうか。
白衣の前を全開にしながら、廊下の突き当たりの診察室へと入っていった。
年は23,5くらいだろうか。
ウェーブのかかった黒い髪の毛が寝癖でぼさぼさになっている。
医者は部屋に入り電気をつけなかった。
暗いことさえも気づかないのだ。
目を細めて、片手にしていたカルテに目を通した。
カルテには先程の少年の写真が貼られている。
写真の下には少年の病状が少し書かれているだけだった。
どの医者も少年の病気を見捨てている証拠だ。
どの医者もお手上げで、たらい回しにされた結果、行き着いた先がこの医者だったのだ。
この医者は東大・理Vを現役で合格した実力者だ。
その後、奨学金でハーバードに入学。主席で卒業。
それが彼の経歴だ。
家がこれでもかというくらいに貧乏でそれから脱するために医者になった。
一見はエリート社員のようだが、中身は苦笑するほどに貧乏臭かった。
彼は少年を押しつけられたのだ。
ちゃんとした医者になってまだ1年しか経っていないのに。
医者はため息を1つついた。
自分には重すぎる責任に押しつぶされそうで仕方がないのだ。
ほとんど手術経験もしたこともないような若造になんでこんな大病を任せるのか。
現在の医者の役立たずさにも、医学の進んでなさにも吐き気がした。
カルテを小脇にし、窓を大きく開けた。
春の温かくも冷たい風が部屋を駆け抜ける。
部屋の空気は完璧に変わったが、医者の心は全く変わらない。
ただどんよりとした雲が覆っていた。
「とりあえず・・・この子に会ってみますか。悩むのはそれからっしょ。」
医者の顔は幾分憂鬱そうに見えた。
おそらく見間違いではないだろう。


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