“帝は美を極める”



そうやって日本帝国では教育される。
意味はそのままだ。
帝は就任式の時だけに国民に姿を現す。
必ずその時の姿はカメラに収められる。
写真は一般にも公開できるようにと国で一番有名な美術館へと納められるが、
それを見るための長蛇の列は常に後を絶たない。
伊達と染谷は逃げている身のために、その写真を見る機会は全くなかった。
しかし噂には聞いていた。
『今度の帝はお美しい白髪に海のように青い瞳をお持ちだそうだ。』
確かに。
伊達はごくりと唾を飲み込んだ。
薄い布に挟まれてはいるが、それでも美しさは十分にわかる。
青い瞳はすぐにでも回りを吸い込んでしまいそうである。
帝は手にしていた扇子を軽く上げた。
「あなた達の名前を聞かせて頂けないでしょうか。」
帝の美しさに見ほれていた伊達は慌てて我に返り、頭を下げた。
染谷も会釈する。
「お目にかかれて、大悦至極です。
 自分は討伐隊・二等兵、伊達裕一であります。
 左にいる者は自分と同じ二等兵である、染谷=アルバート=一良であります。」
伊達はちらと前を見た。
帝は美しい瞳を細め、見守るように二人を見た。
まるで母の腕の中にいるようだ。
会ったこともない母を思い浮かべさせるようなお方だ、と伊達は感じた。
帝は薄い布をおつきの者に上げさせた。
今まで布で遮られていた良い香りの香が伊達の鼻腔をくすぐる。
「堅苦しい言葉使いはいいですよ。
 私はこの国を治める者、帝。
 裕一さんには初めてお目に掛かりますね。」
慌てて頭を縦に振る。
帝であるのにも関わらず、随分丁寧な言葉遣いだ。
たぶん菩薩のような心があるのであろう。
「そして一良さん。あなたは二回目ですわね。
 私が天皇になりたての年。つまり50年前ね。」
染谷は軽く頭を縦に振った。
そしてこの場に入って、初めて言葉を発した。
「お久しぶりでございます。我が君主。」
「ふふっ。裕一さんには言ってないのですね。」
染谷は少し顔を曇らせた。
染谷の口から出た“我が君主”という言葉。
伊達の耳には聞き慣れない言葉であった。
帝は微笑を顔に宿らせたまま、染谷の過去を少しだけ話した。
「一良さんは昔、私の身の回りを守ってくださっていたの。
 帝に成り立ての頃から少しだけ。
 近衛隊長の地位についていらしたんだけど、余程性に合わなかったようですね。
 一ヶ月で姿を眩ましてしまいましたわ。」
そんな所であろう。
伊達は思ったと通りの染谷の過去に苦笑した。
人の下に就くという事が苦手な染谷にとって、帝の守護は一番最悪な仕事であったのだろう。
ちらりと染谷を見る。
少し分が悪そうな顔をしながら、染谷は伊達を見た。
「隠すつもりはなかった。」
「わかってますよ。そんなところだろうと思ってました。
 それよりも・・・今は仕事の話ですよ。」
伊達は言葉を切ると、先程までとは打って変わって険しい顔で帝の方を見やった。
帝も承知したように、顔から微笑を消す。
和やかな雰囲気は消え、急に空間の温度が下がったような気がした。
おつきの者を呼ぶと、帝は伊達と染谷の前に巻物を置かせた。
巻物は随分と古びており、巻物を結んでいる紐はちぢれかけていた。
「それは古来、帝となる者が授かる秘伝の書です。
 中身は森羅万象を形作る論理、つまり五芒星について書かれています。」
「五芒星・・・。」
五芒星
五芒星とはつまり“木・火・土・金・水”といった陰陽五行という五元素の輪廻作用を表すものである。
五芒星には三つの関係がある。
まずは“五行相生”と“五行相克”だ。
五行相生とは五元素が順送りに相手を生み出していくという関係である。
つまり常に相手を無限に生かす循環をする関係だ。
木は火を生じ、燃えたものは土となり、土は固まり金(鉱物)となり、金は冷えて水を生じ、水は木を育てる。
自然の流れに沿った良い組合わせで、生じると言われている。
五行相生は五芒星の回りを回る円で表される。
それに対して、五行相克は一つおきの関係で、相手を殺すという関係である。
木は土を割って伸び、火は金を溶かし、土は水を飲み込み、金は木を傷つけ、水は火を消す。
五行相克は五芒星で表される。
最後に“比和”という関係。
木と木、火と火、というように同類項で、よく調和し、また邪魔にも助けにもならない関係のことだ。
この3つの関係を全て知りし者は鬼をも調伏させると言われる。
実際に鬼を調伏させるというのは、国の全てを円滑に統治するということである。
そしてそれを為し得る者は・・・帝。
「帝となる者はこれを授かり、この全てを知り、大成する。
 これを成し遂げて、最終的に帝となるのです。
 どうぞ中身を拝見なさってください。」
言葉通り、伊達は目の前の巻物を丁寧に開いた。
恐らく1000年以上前のものであろう。
字が今のようなものではなく、昔の中国文字でまとめられている。
余程の博識でなければ、この文字は読めないだろう。
「読めますか、染谷さん。」
「・・・いや、脳内に無いのか。」
「この知識は俺の中には入ってないようです。」
「内容的にはあなた方の持っている五行の知識だけで十分ですよ。
 ただかなり深いところまであるので、これを大成するのに丸々4年はかかります。」
伊達は巻物を再び丁寧に閉じた。
紐を最後まで結び終えると、手の中から巻物が消えた。
「!」
前を振り向くと、巻物は帝の手の中に収まっていた。
今まで握っていた感覚がまだありありと残っている。
帝は巻物を懐に閉まった。
伊達は目を開いたまま固まっていた。
今の出来事はなんであろうか。
確かに今まで手の中にあったのに。
「それが五芒星を大成したものの成し得る技だ。」
「技・・・ですか。」
伊達は帝を見た。
やはり相も変わらない笑みで見つめている。
「そうですね。
 五芒星を大成することは要するに鬼を調伏すること。
 一般的には鬼を調伏するということは、国を統治することと言われています。
 しかしそれはあくまでも表沙汰に出さないため。
 鬼とは元来、何かを支配するという意味で使われます。
 そこまで尖ってはいませんが、本来の意味は・・・」
“自らを極限の状態にし、自然との融合を果たし、自然の力を駆使すること”
大気が振動した。
と、でも言おうか。
まるで空気が刻まれるように震えた。
これも調伏の成し得る技か。
「代々、帝はこの技を駆使して日本帝國を治めてきました。
 今回、あなた方への勅令は、この五芒星をどちらかが大成することです。」
聞き間違いに違いない。
そのことの重大さに染谷の額にまで汗が流れた。
五芒星を大成するということは、つまり帝になるということ。
そうとってもおかしくない。
「つまりどちらかが帝になるということですか。」
「いえ、帝は大体200年は生きる術を持っていますから、結構です。」
安堵が二人の心に流れる。
しかしそれもつかの間、ある疑問が浮かんだ。
つまり今回の勅令は五芒星を大成するほど重大な事なのだ。
それをわざわざ無名の二人に頼む。
裏にとんでもないことがあってもおかしくない。
再び冷や汗が流れた。
「今、日本帝国はとても危険な状態にあります。
 国は明かせませんが、とある国が日本を狙っています。
 しかも表沙汰に戦争をしようとはせず、裏から徐々に浸食しようと。
 その浸食しようとする力が五芒星の力なのです。
 ある国ではその力を使える者が精鋭部隊としているようです。
 そのためにあなたにこの力を大成し、対抗してほしいのです。」
日本帝國は機械の点で他国に劣ることは決して無い。
その証拠に伊達がいる。
つまりその国は日本の機械技術を狙っているそうなのだ。
帝の話を聞き終えた伊達は先程とはうって変わって、妙な気分に襲われた。
自分が見られているような気がしたのだ。
それにこの話の中でどうしてもわからない点がある。
国の名前が明かされないことでもない。
五芒星の謎でも無い。
それはつまり・・・
「我が君主・・・あなたは伊達が半機械だということを知っているのですね。」
染谷は片方の目をぎらりと光らせた。
伊達が機械だということを知っているのは、伊達を生み出した両親と染谷のみ。
ということは、帝は伊達の両親を知っているということなのだろうか。
伊達は唾をごくりと飲み込んだ。
帝はしばらく目を瞑っていた。
まるで何かを念じているように。
しばらくして帝は観念したように笑った。
「ごめんなさい。少しあなたの心の中を覗かせてもらいました。
 そして、あなたのご両親は知りません。
 そうですね・・・。
 お察しの通り、私は裕一さんが半機械であると知っていて、今回の勅令を頼みました。
 そして一良さんが裕一さんに五芒星を大成させることもわかりました。
 五芒星を治めるのに丸々4年かかると言いましたね。
 その4年間の間で帝となる者は融合に耐えられる精神と体力と技術を鍛えます。
 確かに一良さん程の方なら、4年もかからないでしょう。
 しかし今は事を急します。
 そのためには無理矢理にでも裕一さんを五芒星のための体にしなければなりません。
 そして脳内プログラムに五芒星に関する知識を入れなければなりません。
 既に五芒星の全てをまとめたプログラムは私が作りました。
 あとはそれを裕一さんの脳内に入れ、そしてそれに耐えうる精神を作るのみ。」
伊達はあまりの急な展開に頭がパンクしそうだった。
それほど重要なことを自分は背負わなければならないのか。
ただ体が機械なだけなのに・・・。
次の瞬間、伊達の頭は真っ白になった。


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