「え?」
それがその日の朝、伊達が一番最初に呟いた言葉だった。
目を見張るほど華やかな赤い浴衣に身を通し、すらっと立つ姿。
普通に見れば、ただの若者だ。
誰も目の前にいる男が半機械人とは思わないだろう。
少し目を凝らすと、体の様々な箇所からコードがのびている。
その内の一本のコードをたどっていくと、小さなノート型パソコンにつながっている。
パソコンのキーはカタカタとしきりなく打たれ、凹んだままのように見える。
キーを打っているのは年の頃45歳だろうか。
黒めのGパンに黒い半袖のシャツ、それに黒い眼帯に黒い髪。
まさしく真っ黒黒すけと言うに相応しい男が画面を無心に見つめていた。
「あの・・・本当ですか、染谷さん?」
「あぁ、近々またここを去らなければならないだろう。」
それだけ言うと、染谷は再びパソコンのほうに注意を戻した。
伊達は目に見えてわかるようにしんどそうな顔をした。
染谷の話はあまりにも簡潔すぎるので、伊達にしか理解できない。
ので、かなり補足して説明しよう。
現在、伊達染谷らが住んでいる所は日本帝国の東京・日本橋の住宅街である。
が、5ヶ月前は京都のほうに住んでいた。
そしてその前は北海道の方にいる。
何故ここまで二人が各地を転々しているのか。
二人は逃げているのだ、国の依頼から。
一応、これでも二人は国が抱える討伐隊のメンツである。
勿論、本来ならばこの依頼もとい命令を受けなければならない。
しかし勝手に討伐隊に入れられた二人は超仕事嫌いなのだ。
伊達はどうしてもと言われればやるが、染谷は『はい』の前に『面倒くさい』の一言だ。
こうなれば道は一つ。
“戦うならば逃げろ ”
そのために二人はずっと各地を転々として逃げ回っていた。
しかしついに昨日、とうとう居場所がばれてしまったのだ。
「この前はいつ依頼を受けましたっけ?」
「2年前だ。メンテナンスが終わったら、すぐに用意をしろ。」
またか。
伊達は既にメンテナンスが終了した部分のコードを次々の自分の体から抜いていった。
穴はコードが抜かれると勝手に閉じる。
最後に足のメンテナンスが終わった。
染谷はさっさとパソコンを閉めると、荷物をまとめに一階に下りていった。
伊達もコードを抜き、さっさと浴衣を脱ぐ。
さすがに真っ赤な浴衣で逃げるには目立ちすぎる。
タンスの中から、綺麗に折り畳まれた藍色の浴衣を取り出し、手慣れた手つきで素早く身につけた。
引き出しには、その他にもあと5、6着は浴衣が入っている。
残りは舶来製の茶色く四角い鞄に入れられた。
下の引き出しに入れられていた帯や下駄などの様々小物もどんどん入れてゆく。
と、それを全て入れ終わると伊達は鞄を閉めた。
「よしっと・・・。
 灯台下暗しと思ったけど・・・、あまりにも近すぎたかな。」
必要な物だけ持っていって、他の物は残してゆく。
いつものことだったが、今回はそれが少し寂しかった。
最後に愛用していた椅子に名残惜しげに座る。
もうここに戻ることはない。
ここもすぐに国の観察下に置かれることだろう。
伊達が椅子に座りぼんやりとしていると、伊達のより一回り大きい鞄を持った染谷が一階から手招きをした。
染谷も支度が済んだらしい。
「行くぞ、裕一。」
「はい。」
伊達は二階の手すりから荷物を抱えたまま、ひょいっと飛び降りた。
染谷の目の前に上手く着地する。
ほとんど二階ばっかり使っていたせいか、一階の床には薄く埃がかっていた。
着地したと同時に土煙ならぬ、埃煙が軽く舞い上がったのが証拠だ。
こんなに掃除していなかったのかと思わず苦笑してしまった。
一階は染谷だから、当たり前か。
埃が被った床を蹴りつつ、伊達は玄関を出た。
二人が住んでいた家は日本橋の住宅街にある少々さびれたアパートであった。
アメリカの方のやつだろうか、コンクリートと鉄骨で造られていた。
普通、外国のものは人気が高いが、これは駄目だったようだ。
住み手も見つからず、ずっと放置されていたらしい。
そこを5ヶ月前に京都から逃げてきた二人が借りたのだ。
たった5ヶ月であったけれども、住み心地の良い家だった。
染谷は静かに扉を閉めると、鍵をかけた。
それを近くにいた鳩の足に紐でくくりつけ、大家の元に届けるように指示を出した。
鳩はすぐさま空に舞い、見えなくなった。
「さて・・・、行きますか。」
伊達は裏路地から表通りに出ようと、階段を降り始めた。
藍色の浴衣が薄暗い通りに妙に映える。
一方、染谷は黒には変わりないが、春には暑苦しいGパンにハイネックのセーターを着ている。
暗い裏路地と同化していて、目を離すと次に染谷を捜すのが一苦労のようだ。
伊達はが階段を一段一段踏みしめて降りようとした。
しかしやっと一段降りたところで伊達の肩は染谷に捕まれた。
伊達も違和感を感じたようで、肩に乗せられた手に自分の手を合わせるように乗せた。
しばらくの間、沈黙が流れる。
電線に乗っていた鴉が鳴きながら飛んでいった。
次の瞬間、隣接する家の屋根から2,3人の人間が飛び降りてきた。
「染谷さん!」
「あぁ・・・。」
染谷は尻のポケットに差し込んでいた長さ15pほどの短剣を取り出した。
辺りを見回すが、人影は見えない。
慌てて後ろを振り向くと、先程降ってきた人影はいつの間にか背後に回っていた。
染谷はとっさに体勢を下げ、相手の顎に拳を打ち込む。
「ぐがっ!」
まともに喰らった相手はすぐさま下の裏路地へと落下していった。
一方、伊達は短剣を構えながら落下してきた2人の間をすり抜け、先程まで鴉のいた電線に飛び乗った。
そして解けかけていた帯をきつく締め直す。
それをスキとでも思ったのか。
二人は隠し持っていたもう一つのナイフを伊達に向けて放った。
しかしその頃にはもう伊達の姿は電線の上には無かった。
代わりに二人の腹に強烈なボディーブロウが収まっていた。
「な゛・・・!!」
状況を理解する前に2人の意識は吹っ飛び、階段の下に転がっていった。
「すいません! 手加減はしてますから!」
伊達は申し訳なさそうに、フォローらしき言葉を二人に向けて放つ。
それでも相手は身動きもせずに、階段下でのびていた。
染谷は乱れた服装を直し、結局使わずじまいであった短剣を元の定位置に戻した。
突然の襲撃は終わった。
と、思いきやどうもそうでは無いらしい。
未だに染谷の目に暗い光が宿っている。
伊達も階段の下に目を向けた。
そこには先程までのびていた2人は消え、代わりに50歳くらいの紳士が立っていた。
ご大層に口ひげを蓄え、パイプを吹かしている。
男はパイプを口から離すと、満足そうに微笑んだ。
「お見事。2年前とはちっとも戦闘能力は変わっておりませんな。
 むしろ前よりも上がったくらいだ。
 先程の者は討伐隊でも有数の者であったのに。いやはやさすが・・・。」
「何か用があるから来たんじゃないのか。
 俺たちはお前らのように暇ではない。さっさと用件を言え。」
普段から据わっている染谷の目が更に据わっている。
焦るように伊達は染谷を見た。
まるで『なんてこと言うんですか?! 相手は年上ですよ?!』と言わんばかりの目だ。
目上と身分が上の者には滅法弱い伊達はすぐさま男に謝った。
「す、すいません。染谷さんに悪気があったわけじゃないんで。すいません!」
「いや、私の方も名乗らずにすまない。
 君たちは忘れてしまったかな。
 討伐隊、第2部隊隊長兼近衛副隊長、山上猛だが。」
一気に伊達の焦りの汗が引いてゆく。
代わりに冷たい脂汗がにじみ出てきた。
討伐隊の第2部隊隊長と言えば、伊達や染谷らに比べたら雲の上の存在。
その人がわざわざここまで来るということは・・・。
「今回は私たちも譲れなくてな。
 君たちには悪いが依頼および勅令を受けてもらう。」
伊達は無礼をしてしまったという嫌悪感よりも、捕まってしまったという失望感で地面にへたり込んだ。
染谷も観念したように両手をあげる。
伊達と染谷はとうとう捕まってしまった。
“依頼”という名の勅令に。

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