桜の中を舞ふ者を見る。
それはある意味、幻影を見ているのと重なるものがある。
俺は知り合いに一人の舞子がいた。
たいそう美しく、よく共に酒を飲み交わしたものだった。
ある春の夜。
俺は彼女と俺の家で一緒に酒を飲んでいた。
彼女は仕事帰りだったために既にほろ酔いをしていた。
頬はほんのり主に染まっており、ただの友人である俺までも頬を染めた。
俺の
庭は桜が満開に咲いており、月と重なって彼女と同じくらいに美しかった。
俺た
ちはずっと酒を飲んでいたが、しばらくして彼女はすくっと立ち上がった。
そして腰に差し込んである扇子を取り出し、桜の下で舞ってみせようと言った。
桜の下に凛と立つ彼女はまるで天女か鬼かというくらいに美しかった。
ひとたび踊りだせば、幻を見ているような気分であった。
気づいた時には彼女の姿はなかった。
彼女が座っていた所には彼女の桜の扇子が置かれていた。
しかしそれ以降、彼女を見ていない。
そういえば彼女の名前も知らない。

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