黒い十字と銀の月
塗られた姉に花束を〜



二章 幼馴染で年下で、でもお姉ちゃんで……




「エストリィ・エルジェベト・カザノと申します。どうぞ皆様、宜しくお願い致します」


 そう言って彼女―――エストリィ姉さんはペコリと頭を下げた。

 2年B組のクラスメイト達が姉さんの美しさに見惚れている中、ボク、風野春樹は……。



(な、なんで姉さんが転校生!? っていうか、同級生!? いや姉さんだよ!? 年上の筈だよ!? あ、そういや姉さんっていくつだっけ……いや、そんな事考えている場合じゃなくてっ)



 たぶん唯1人、混乱していた。

「はいはいはーい、みんな見惚れない、見惚れなーい」

 担任の楠木椎子先生が手をパンパンと打って、皆を我に返す。

「んもう、美人なら毎朝見てるってのに」

 楠木先生が頬を膨らませて、子供みたいにスネてしまった……。

「えー? 美人ってだ……」

「うるさいっ!」

「あだっ!?」

 ツッコもうとした紅い髪の男子生徒―――ボクの親友、火嘉敏郎の額に、楠木先生の投げたチョークがヒットした。

 先生の必殺技『しぃちゃんアロー』だ。

「私以外に誰が居るってーのよっ! もうっ!」

 楠木先生は、やっぱり子供みたいにプンプンと怒りながら火嘉を睨みつけた。

 先生はボクと同じくらいの身長で、ちょっとふくよかな感じの女の人だ。

 火嘉に言わせれば、

「抱き枕にしたら30年は眠れそうなくらい、抱き心地良さそうな女」

 ……らしい。

「しぃちゃーん、そういうのは自分で言うもんじゃないよー」

 また別の……まだ名前を知らない男子生徒がツッコミを入れた。

「うるさい黙れっ!」

「あうっ!」

 すかさず、楠木先生が『しぃちゃんアロー』を放つ!

「しぃちゃん! オレ、何も言ってねーよっ!」

 でも、ツッコんだ生徒とは別の男子生徒に命中していた……。

 『しいちゃんアロー』は、たまに外れる時があるけど、それでも必ず誰かに当たるという、ちょっと迷惑な必殺技だった。

 しかも、

「あらやだ、ゴメンねー」

 ……これで済まそうとするのだから、とばっちりを喰った生徒はたまったものじゃない。

「くすくすっ、楽しいクラスですね」

 姉さんが右手の甲を唇に当てて、クスクスと上品に微笑んだ。

 その仕草を見て、何人かの生徒がほぅっと、溜息を漏らした。

「……………………ほぅっ」

 もちろん、ボクもその中の1人であるわけで……。

「はいはい、見惚れない、見惚れなーい。この子はアンタ達よか年上なんだけど、病気で入院してたんで、この学年に編入してきたのよ。んで、彼女はそこの風野君のお姉さんにあたる人だそうでーす」

 楠木先生がそう言ってボクに振ったその瞬間、クラス中の視線が一斉にボクに集まった。

「……え?」

 いきなり注目されて、ビックリしてしまう。

「いつもハルキ君がお世話になっています」

 姉さんが皆に向かってペコリと頭を下げた。

 ざわ、ざわ……と、クラスメイト達がざわめきだす。

「……………………」

 その中で、火嘉が面食らった目でボクに、

(聞いてねえぞ、おいっ)

 って感じの視線を送っていた……。

「じゃあ、せっかくだから席は弟君の隣がいいよね……剛田君、替わってあげなさい」

「え? マジで!?」

 楠木先生に言われた、隣の男子生徒の剛田君が嫌そうな声を上げた。

「勘弁してよしぃちゃん。オレ、目がワリーんだから前の方が……」

「うるさいわね。転校させられないだけありがたいと思いなさい」

「なんだよそれー」

「申し訳ありません……」

 急に教卓の脇に佇んでいた姉さんが剛田君の正面に歩み寄り、

「でも私も見知った人が隣に居ていただければ心強いので、ご迷惑でなければお願いできませんか?」

 と、丁寧に深々と頭を下げた。

「え? あ……は、はいっ、こんな席でよければいくらでもっ!」

 そのとたん、剛田君は机の中身と席の横に提げていた学生鞄を抱えて席を立った。

「ささっ、どうぞどうぞ」

 小脇に荷物を抱えたまま剛田君は、器用にハンカチで椅子をひと撫でして姉さんに座るように促した。

「くすっ、有難う御座います」

 そんな剛田君に、姉さんは満面の笑顔を返す。

「……………………ほぅっ」

 剛田君の鼻の下が、果てしなく伸びた。

 姉さんは、怒った顔、スネた顔、妖艶な顔と、いろんな表情を作り出すけど、やっぱり笑った顔が一番綺麗だ。

 その笑顔を目の当たりしてしまえば、そうなるのも無理なかった。

 ボクも、ついついその笑顔を横から見て、ぼへらーとしてしまう。

「……どうしました?」

 見惚れていたら隣の、先程までは剛田君のだった席に座った姉さんに不思議そうな表情で見つめられてしまった。

「いや、なんでもないです……」

 気恥ずかしくなって、下を向いて俯いてしまう。

 すでに、剛田君は教室の隅っこの席に引越ししていた。

「伝達事項は以上! 転校生、いじめたりしちゃダメよー。自殺者とか出たら先生、ビックリしちゃうから」

 ……………………。

 ……………………。

(……ビックリするだけ?)

「んじゃ、今日もしっかり勉学に励みなさいよー」

 そして楠木先生は、バイバーイと手を振って教室から出て行った。

 相変わらず、あんまり先生らしくない先生だった……。

「くすっ、面白い先生ですね」

「そう……だね」

 面白い、というより変な先生な気がする……。

「お姉さん、お姉さんっ!」

 先生が居なくなったとたん、クラス中の男子生徒が姉さんの周りに集まった。

 いや、男子生徒のみならず、女子生徒も幾人か混ざっていた。

「お姉さん! いつ日本に?」

「お姉様っ! 出身はどこの国なんですか!?」

「日本語、お上手ですね!」

 あれやこれやと、寄ってたかってきた生徒達が我先に、と姉さんを質問攻めにする。

「日本に来たのは一昨日ですね……出身はルーマニアのトランシルヴァニア、ってご存知ですか?」

 そんな生徒達に姉さんは少しも嫌な顔をせずに、ニッコリと微笑んでそれに応えていた。

(……って、お姉様って、女の子の声だったよ……)


 でも、いくら片田舎の学校で転校生が珍しいっていっても、みんなはしゃぎ過ぎな気がする……。

(まあ、普通の転校生じゃないけど)

「おい、春樹っ!」

「ぐえっ」

 不意に後ろからチョークスリーパーをかけられた。

「な、な、何っ!?」

「お前、こんな綺麗なお姉さんが居るなんて聞いてねぇぞっ!」

「ぐええ」

 そう怒鳴ってボクの首をグイグイ絞めるのは、友人の火嘉だった。

 身長もあり、体格もいい彼の力にかかっては女の子並みに貧弱なボクはひとたまりもない。

「うぐぐーっ! や、やめてよ火嘉っ!」

「この幸せモノめーっ!」

「うげげ……」

 ますます彼の締め付ける力が増し、ボクの空気の通り道がそれに比例して細くなる。

 苦しい、とっても苦しい。




 ―――太くて堅くて浅黒い、彼のアレがボクから自由と抵抗の意思を奪っていく……。




 …………………………。




(いやいやいやっ! それ、なんか違うっ!)





「はるくんに何するかーっ!」

 スパコーン!

 ……と、とても小気味いい音が響くのと同時にボクを締め付ける力が緩み、肺に酸素が供給される。

 その一瞬の隙を突いて、ボクは火嘉の腕から逃れることに成功した。

「ゲホゲホッ」

「は、はるくんっ! だ、大丈夫?」

 机に突っ伏して咳き込むボクの背中をポニーテールが良く似合う長身の女生徒、水無月綾香ちゃんが撫でてくれた。

「ぜーはーぜーはーぜーはーぜーはー」

「し、しっかり! はるくんっ!」

 よほど、ボクの顔色が青くなっていたのか綾香ちゃんが本気で心配そうな目をボクに向けた。

「ふぅ……もう大丈夫だよ綾香ちゃん」

「びっくりしたよ、もう」

 ボクが一息ついて視線を返すと、綾香ちゃんはホッと安堵の息を漏らした。

 彼女は生まれたときからお隣さんの、いわゆる幼馴染の女の子で何かとボクの世話を焼いてくれていた。

 ボクと彼女は同い年なんだけど、彼女は180cm近く、ボクは160cmに満たない身長のせいでボク達を知る人はそろいもそろって『姉弟』とはやし立てる。

(ホントは3ヶ月ほど、ボクの方が年上なんだけどね……)

「つぅっ、テメェ何しやがるっ!」

 火嘉が後頭部を押さえながら、綾香ちゃんをそう怒鳴って睨みつけた。

 赤い髪のせいか、見た目は不良っぽい彼がスゴむと仲の良いボクでもちょっと恐い。

「はるくんをいじめるなっつーのっ!」

 でもお綾香ちゃんはその視線を跳ね返すかのように、左手に持つ英和辞典をポンポンと叩きながら逆にギロリと不敵に睨み返した。

 どうやらあの英和辞典でぶったらしい。

 しかも綾香ちゃんの持つそれは、硬いボール紙のケースに入ったままだったりするから痛さ倍増状態だ。

「あら? 今の、ハルキ君がいじめられていたのですか?」

 クラスメイト達から質問攻めに遭っていた姉さんが、不意に声をかけてきた。

「殺気が感じられませんでしたので、てっきりじゃれていらっしゃるのかと思いました」

「さ、殺気って……」

 何気に怖い事を姉さんは平然と言った。

「そこの貴方、ひょっとして悪い人ですか?」

 そして姉さんは火嘉を、ジッと咎めるかのように見つめた。

「え? い、いや、そんな事はないですよ! いい人です、いい人!」

 そう言って火嘉はボクの腕をつかんで強引に席から立たせると、肩に腕を回した。

「オレ……いや、僕達は親友も親友、大親友ですよ! なあ、春樹君っ!」

「う、うん」

 なんか騙されてる気がしたけど、気にしないことにした。

「はるくんに触るなっ!」

「わっ!?」

 それを目の当たりにした綾香ちゃんは、ボクを火嘉から強引にひったくると、

「むぎゅっ」

 ……胸の中に抱きしめた。

 背が高くてボーイッシュな綾香ちゃんだけど、胸はかなりの大きさを誇っていた。

 とっても大きい。

 それはもう、谷間に顔を挟まれたら息が出来ないくらいに……。




(また、このパターンかっ!)




 必死になってもがくけど悲しいかな、華奢で帰宅部なボクの力では日夜バスケット部で鍛えている綾香ちゃんに押さえ込まれると、どうあがいても振りほどけない。




 生物がその生命活動を行うために必要不可欠なものが3つある。

 そのどれか1つでも欠けてしまえば生物はその生命活動を停止してしまう。

 その3つとは「食物」「水」そして、




 ―――酸素。




 特に「酸素」は他の2つと違い、ほんの十数分、供給を止められただけで死に至るほど重要な生命維持要素だ。




(……………………お花畑だぁ)




 その酸素の供給が遮断されてしまったボクの目の前に、相変わらずの光景がぼんやりと見えてきた。

 あたり一面に広がる、黄色いお花畑。

 その向こうには大きい川が流れている。

 25m泳ぐ事すら一苦労なボクなのに、あの川なら向こう岸まで軽く泳げそうな気になるのは何故だろう。

(あ〜た〜らしいあっさがきた♪ きーぼーおの、あーさーだっ♪)

 とりあえずボクは準備体操の前に、ラジオ体操の歌を歌う事にした。




「だからよ、春樹死ぬって」

「…………あっ!」

 急にボクを押さえつけていた力が緩んだ。

「ゲホッ、ゴホッ!」

 その隙を逃さず、ボクは綾香ちゃんから逃れて大きく咳き込んで肺に、さっきまで遮断されていた生命維持要素を送り込む。

「は、はるくん!」

「ぜーはーぜーはーぜーはーぜーはー」

 綾香ちゃんが慌ててボクの背中をさすりながら何度も「ゴメンねぇ」と謝った。

 また、綾香ちゃんの胸に殺されるところだった……。

「相変わらず、お前の胸は凶器だなぁ……」

 火嘉がそういうと、その場に居た他の生徒達もウンウンと頷きながら綾香ちゃんの胸元に視線を集中させる。

「うるさいっ! み、みんなして見るなーっ!」

 その視線を躱すかのように綾香ちゃんは両腕で胸を隠して、みんなを怒鳴りつけた。

 彼女はその大きな胸の事をかなり気にしていて、その事をツッコまれると本気で怒る。

「あらあら、ケンカはいけませんよ……お友達同士仲良くしないと」

 そんな折、姉さんが睨み合う火嘉と綾香ちゃんをなだめようと声をかけた。

「日本の諺にもあるでしょう? ……ええっとなんでしたっけ」

 そう言って姉さんは人差し指を唇に当てて首を傾げる。

 その可愛げのある仕草に、

「ほうっ」

 と、周りから溜息が漏れた。

「ええっと……確か……」

 と、姉さんが自分の通学カバンの中をゴソゴソと探って取り出したのは、真新しいペンケース。

「はい、ハルキ君」

 そして姉さんは、その中から1本の、まだ削ってもいない未使用の鉛筆を取り出してボクに渡した。

「?」

「ハルキ君、それを折ってみて下さい」

「は、はあ」

 言われるがまま、ボクはその鉛筆の両端を掴んで力を込めた。

 ペキッと音を立てて、その鉛筆は真っ二つに折れてしまう。

「では次はこれを折ってみて下さい」

 と、渡されたのは2本の鉛筆。

(ははぁ、なるほど)

 ここで、姉さんが何を言いたいのか分かった。

「んっ」

 言われたとおりに、ボクはその鉛筆を2本まとめて折る。

 いくらボクが華奢で背が低くて女の子みたいな顔立ちだと言っても、中身はれっきとした男の子。

 このくらいは軽い。

「では、今度は3本」

 と、また真新しい鉛筆を渡される。

(って、何本入れてるんだろう……)

 ちょっと疑問だったけど、気にしないことにした。

「ん……っ」

 流石に3本まとめてはキツかった。

 それでも、もう少し頑張れば折れそうな感じだ。

「うーん、無理みたい」

 でもボクはすぐに鉛筆折りをあきらめた。

 なぜなら折ってしまっては、折角の姉さんのうんちくが無駄になってしまうからだ。

「でしょう? 人間だって1人1人の力は弱くても皆で仲良く力を合わせればどんな困難だって……」

「相変わらずへなちょこだなあ、春樹。ちょっと貸してみろ」

「あ」

 言うが早いか、火嘉がボクの手から鉛筆をひったくると、

「ふんっ」

 バキッ!

 軽々と折ってしまった。

「あ……」

 その刹那、姉さんの表情が固まってしまった。

「どうですお姉さん! このくらいこの火嘉敏郎にかかればお安い御用ってやつですよ!」

 折った鉛筆を姉さんの机の上に置いて胸を張る火嘉。

「…………………………」

「……あれ?」

 でも姉さんは得意気の火嘉をよそに、その折れた鉛筆を悲しそうに見つめるだけ。

 そして周りからは、やれやれと呆れた声が漏れる。

「え? え? なんだこの反応は!?」

「全く……これだからバカは」

 綾香ちゃんがここぞとばかりに火嘉をバカにした。

「な、なにおう」

 周りから冷たい溜息が聞こえるせいか、火嘉にいつもの覇気がなかった。

「折れちゃいましたね……3本でも」

 どんよりと、姉さんの表情に雨雲がかかる。

 それはもう、今にも雨が降りそうな程に。

「ふむ、『三本の矢』かね」

 その声に、その場にいた皆が固まった。

「外国人でその逸話を知っているとは、なかなかよく勉強しておるなあ」

 いつの間にか国語の担当である初老の教師、林田先生が生徒達の輪の中に入っていた。
 この白髪で小柄な先生の授業は、たまに脱線する話が面白くボクの好きな授業の1つだ。

 ただこの先生、気配を消すのが得意なのか、ただ存在感が薄いだけなのか、いつの間にか後ろに居たりするので心臓に悪い。

 心無い生徒の何人かは、そんな林田先生を『妖怪昼行灯』と呼んでたりする……。

「しかし……日本人の火嘉が知らないというのは、感心せんなぁ」

「は、はぁ」

『三本の矢』は戦国時代の武将、毛利元就が病床に居る時に3人の息子、毛利隆元・小早川隆景・吉川元春らに1本や2本では簡単に折れてしまう矢でも、3本束ねるとなかなか折る事が出来ない事を教え、3人の兄弟が心を同じくして相親しめばいかなる困難にも立ち向かえると諭した逸話じゃよ」

「それなのにアンタはバカだから、あっさり3本とも折って台無しにしちゃったってわけよ」

 綾香ちゃんが薄ら笑いを浮かべて火嘉をいびる。

「う、うるせーよっ」

 天敵の綾香ちゃんに怒鳴る火嘉だったけど、その怒鳴り声にいつもの覇気がない。

 ボクよりもはるかに背の高い彼だったけど、今はなんだか小さく見えた。

「もっともこの逸話は後世の創作と言われておる……なにしろ長男の隆元は元就が没する8年も前に死去しておるからのう。もっとも、新たに得た領地の分配を巡って揉める3人の息子を戒める書状『三子教訓状』が今でも残っておるから、似たような事は言っておったわけじゃが」

 周りからへぇーへぇーへぇーと声がした。

「ええと、確か君はエストリィ……君じゃったかな?」

 林田先生が姉さんに目を向ける。

「はい」

 その視線を受けた姉さんが席を立ち、

「エストリィ・エルジェベト・カザノと申します。どうぞご指導ご鞭撻の程を宜しくお願い致します」

 と、礼儀正しくお辞儀した。

「……ほうっ」

 また、周りから感嘆の溜息が漏れた。

「ふむ、若い身で感心な事だ……ワシは現代文と古文を担当している林田じゃ」

「宜しくお願い致します、林田教諭」

「うむ。しかしまた、懐かしい制服を着ておるのう」

 林田先生がまじまじと、姉さんの姿を懐かしそうに見つめた。

 姉さんの制服はボク達が着ているブレザーとは違い、縁に白いラインが3本引かれたセーラーカラーと紅いスカーフのシンプルなデザインの黒いセーラー服。

 スカートも他の女子生徒が着けている短めの青いチェックのものとは違って、膝まで隠れるちょっと長めの黒いスカート。

 ひどく古めかしい雰囲気だけど、それが姉さんの神秘的な美しさが際立ち、黒地に金色の髪が鮮やかに映えていた。

「その制服は10年ほど前まで、この学校で採用されていたものだったんじゃよ……よく残っておったのう」

「申し訳ありません、急な編入で制服が間に合わなかったものですから」

「なに、誰も文句など言わんよ。なにしろ我が校には生徒の制服を着てくる教師が居るぐらいだからのう」

 カッカッカと、どこかのご隠居みたいに林田先生が笑う。

 ちなみに生徒の制服を着てくる教師というのは、他でもないこのクラスの担任だったり。

「さて授業に入ろうかのう、みんな。席に着きなさい」

「ふぇーい」

 林田先生に促されて、みんながバラバラと自分の席に戻る。

「きりーッ!」

 みんなが席に戻ったのを見計らって、クラス委員長の土屋京子さんが、よく通る凛とした声で号令をかけた。

 それを受けてクラス全員が起立し、

「礼ッ!」

 ペコリと、教卓の林田先生に礼をする。

「着席ッ」

「では、今日は15ページから……っと、そういえば君は教科書は用意できとるのかね?」

 と、先生が開いた教科書を片手に持ちつつ、姉さんに目を向けた。

「いいえ」

「ふむ。では風野君。見せてあげなさい」

「あ、はい」

 先生に促されて、ボクは自分の机を姉さんの机にくっつける。

「ではみんな、15ページを開きなさい」

 言われた通りボクは現代文の教科書を開き、2人で見られるようにくっつけた机の境目に置いた。

「有難うございます、ハルキ君」

 丁寧にお礼を言って、姉さんがボクの方に椅子を寄せる。

 肩が触れ合う程の距離。

 姉さんの息遣いが聞こえてきそうなくらいの距離。

 昨夜の事を思い出してしまい、身体がカーッと熱くなってしまう。




 姉さんは人間じゃない。

 人間の血や精を糧にして永遠の時を刻む吸血鬼。

 ……そしてボクは姉さんの糧にされてしまったわけだ。

 昨夜ボクは姉さんに、血と精を吸われた。

 でも別に恐怖感とか嫌悪感なんてネガティブな感じはない。

 血を吸われると言っても、よく吸血鬼をモチーフにした物語にあるようにゾンビになったり、ミイラになるまで吸われてしまうわけでもない。

 強いて言えばいつもよりちょっと気だるいくらいで、献血とでも思えばどうってことはない。

 そして精。

 精とは言わずと知れた、生命の元素である精子の事。

 それを吸う行為と言えば……。

 ……いくらボクが華奢で背が低くて去年の文化祭の劇で『白雪姫』をやらされたと言っても、中身はれっきとした男の子。

 しかも姉さんは絶世、と言っても過言でない程の美人。

 いくつもの国を傾けてそうな雰囲気だ。

 そんな美人に優しく手ほどきされてしまったわけだから、



(……ぼへらー)



 ボクの意識がどこか遠くの妄想の世界に飛んでいってしまうのは、当然といえば当然だろう。

「今日はこの列に読んでもらおうか」

 先生が廊下側から2つ目の列に目を向けると、そこの生徒の何人かが嫌そうな声を上げた。

「では前田君から」

「はい」

 促されて起立したのは、その列、最前列の女生徒の前田さん。

 林田先生は、女の子にも君をつけて呼ぶ先生だった。

「……………………」

 前田さんが音読を始めると、姉さんが真剣な表情で教科書の文字を目で追っていた。

 そのキリッとした表情にボクは、

(……………………ほぅっ)

 と、見惚れてしまう……。




 ―――結局、今日の授業もさっぱり身が入らなかった。







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