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子供が生まれる替わりにお前が死んでしまったら、俺はその子を恨んで、愛せないかもしれない。 言えば郁は可笑しそうに笑った。 何を言い出すかと思えば。 ―――大丈夫ですよ。 ふわりと優しい笑みを浮かべて言う。 例えそうなってしまっても。 自分が死んでしまうことさえ恐れていないかのように穏やかな変わらぬ笑みを浮かべて。 聞き分けのない子供を諭すかのように柔らかく包み込むような暖かな声で。 大丈夫。篤さんはこの子を愛せますよ。 優しく腹を撫でながら幸せそうに目を細める。確信と自信に満ち溢れる声が響く。 何を根拠に。 そんなこと。俺は彼女が大切で。彼女以上に大切なモノなど存在しなくて。彼女さえ居てくれたらそれ以上何も望みはしない。彼女との子供が欲しくないと言えばそれは嘘になるが、それは彼女が居ることが前提の話だ。彼女の命と引換えに欲しいとまでは思わない。 だってこの子は。 ニッコリと惚れ惚れするほど美しい笑顔で。それはまるで聖母のように清らかな笑顔で。全てを超越する完璧な笑顔で。 あっさりと。いっそ残酷だと思える言葉を吐いた。 あたしの子供ですよ? 嗚呼。 「あたしの子供を見捨てられるの?篤さんが?」と。 彼女の目は確信に満ちている。 この子の命はこの子のもの。それを奪う権利は誰にもない。篤さんにも。 だからあたしは産むよ。 嗚呼。何時だって俺は彼女には勝てないのだ。 もぅ。なんて顔をしてるんです。あたしが絶対死ぬみたいじゃないですか。 大丈夫ですって。 柔らかく彼女は微笑む。 あたしは死んだりなんてしません。母は強し、って言うでしょう。 彼女は何時だって俺を安心させるかのように微笑みかけてくれるのだ。何時だって、何時までも、彼女は、笑って。 穏やかな笑みを浮かべて。 彼女は。 彼女は、俺にたった一人の男の子を残してこの世を去った。 |