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退庁時に挨拶を交わした堂上の机の上には、たっぷりと、これでもかというほどの書類が山を作っていた。 この分だと門限ギリギリになりそうだなー、そんなことを郁は思っていた。 有能な彼氏はいつもこうして自身以外の仕事を溜めこむ。 溜めこむって言うのは変か、と郁は訂正する。頼まれるというか丸投げされる。 責任感の強い堂上は文句を言いながらもそれでもきっちりと仕事をこなす。だからこその無限ループだ。 そういうとこちょっと器用貧乏。 同じように優秀な、なにせ図書大首席卒業だ、同期の小牧はそのあたりしっかりとしていて、自分の仕事とそうでないものをきっちりと線引きして、かわす術を知っている。世渡り上手だ。 でも、そんな不器用な真面目さも郁が堂上を愛おしいと思う部分で、内心でクスリと笑う。 「あまり無理しないでくださいね教官」 「ああ」 そんな言葉を堂上と交わして、郁は庁舎を後にした。 夕飯を食べる時もチラチラと横に置いた携帯を確認してたが、堂上からの連絡はなく、―――今日は外はなしかな、と郁はこっそりと息を吐いた。 まあ仕方がない。何せ仕事の量が量だ。 ギリギリまで粘ってはみたがそろそろお風呂に入らなければいけない。経費節減なのか何なのか、残念ながら寮の大浴場は24時間制ではないのだ。 今日は訓練日だったので湯船でのんびりとして筋肉をほぐしたい。 今頃仕事を頑張っている彼氏には申し訳ないが、郁が風呂絶ちをしたところで堂上の仕事が減るわけではない。心の中で手を合わせ郁は入浴の準備をし、柴崎と連れだって大浴場へ向かう。 広い湯船の中で丹念に筋肉をほぐし、カミツレのオイルを使ってマッサージをする。今までだってマッサージはしていたがここで香油の類を使うようになったのは堂上と付き合うようになってからだ。少しでも女の子らしさを見せたい郁の意地だ。 「だったらローズとかのフローラル系のシャンプーやボディーソープも使えばいいじゃない」 とは郁よりも生まれながらの女子力の高い柴崎の談だが、流石にそこはハードルが高くてシトラス系のものだ。 さっぱりとした気分で風呂場から寮室へと戻る。 ストレッチをして、「今日もお疲れ様でした」メールを堂上に送ろうとしたところで、手にした携帯が震えた。―――堂上からだ。 「もしもし!お仕事終わりましたか?お疲れさまでした」 お休みなさい、また明日。 そんなことを返そうとする郁に電話の向こうの堂上は「出てこれるか」と続けた。 「え?今から、ですか?」 「駄目か?」 そろそろ就寝時間だが、堂上からの誘いが嬉しくないわけがなく、郁は「い、行きます!」と慌てて返事を返し、パーカーを肩にひっかける。ニタニタ笑う柴崎は無視だ。構っている暇などない。 「教官!」 玄関口に立つ堂上は今まさに帰って来たばかりなのだろう。仕事着のままで靴も履いたままだ。 駆け寄った郁は共用スリッパに足を突っ込み、堂上の隣に立つ。 「遅くまでお仕事お疲れ様でした!」 「悪いな」 「いえ。寝る前に教官に会えてあたしも嬉しいですし」 差し出された手を取り、いつものように官舎裏に移動する。 堂上に軽く肩を押される様にして郁はトンと軽く背中を官舎の壁に預ける。 僅かな月明かりも星明かりも堂上の影に隠れる。 郁はそっと目を閉じた。それに合わせるように堂上の唇が重なる。 堂上の鼻腔を爽やかな柑橘系の匂いがくすぐる。 その中に微かに甘酸っぱい爽やかな匂いが混じる。 ―――カミツレか。 その匂いは堂上にももう馴染み深くなったものだ。 そして郁自身から放たれる、誘うような甘い匂い。 「―――いい匂いがするな」 ハァと甘い吐息を零す郁が堂上の言葉に、恥ずかしげに顔を俯かせる。 「―――お風呂、入ったばっかりだから」 「美味そうな郁の匂いだ」 「ひゃぁっ・・・!」 ペロリと耳を食まれ郁の身体がビクリと跳ねる。いつの間にか堂上の膝が脚の間に割って入っていて、壁に阻まれビッチリと堂上の身体と密着する。 「ぁっ・・・」 フルリと、身体の芯を駆け巡る熱に郁は身体を震わせる。 「きょう、かん・・・」 甘く熟れた郁の呼び声に、堂上はその甘い唇にむしゃぶりつく。 「ふあっ・・・んっ・・・んっ、あっ・・・!」 鼻にかかる郁の声が益々甘さを増す。 堂上の膝頭が郁の敏感な部分を擦る。ビクビクと郁の身体が震える。 ぎゅっと堂上の背中に回した郁の腕に力が入る。 口づけが一層深くなる。 いつの間にか堂上の手がTシャツの裾の中に入り込み、脇腹を撫でまわす。 「んん〜っ・・・!んっ!」 ガクガクと郁の膝が震え、しばらくするとクタリと堂上に凭れかかる。 堂上の耳にハァハァと荒く甘く呼吸を乱す郁の呼吸が掛る。 「きょう、かん・・・」 縋る様に郁が堂上の名を呼ぶ。 郁の言いたいことは分かる。 ―――物足りない。 それは堂上にも言えることだ。 しくった、と堂上は内心で苦る。 場所と時間を考えずについ本気になってしまった。 お互いに灯った身体を鎮めるには都合が悪すぎる。 「すまん、郁」 涙目で見詰める郁に堂上は本気で謝罪する。 そういう自身もかなりマズイ。 「きょ、かの、ばかぁっ。ど、すんですかぁ・・・!」 女の顔をした郁を寮に返すのはかなり痛い失態だ。誰にも見られなければいいのだが。 「―――なんとか納めろ」 「む、むりですぅっ・・・!」 そもそもにしてこの手のことはまだまだ初心者の郁だ。そう都合よくコントロールできるわけがない。 ふぇっと泣きそうになる郁すら可愛い上に色香が混じっていてどこまでも凶悪だ。 なのでとりあえず、堂上は横暴に返すことにした。 「いい匂いさせてるお前が悪い!!」 |