「笠原〜?どうした?」
首を傾げながら電話を片手に戻ってきた郁に同期が声をかける。
「んー、なんか今から教官が迎えに来るって」
「仕事?」
「んー、たぶん?」
詳しいことは分からないが、緊迫した様子の堂上の声にそうなのかなーと郁は頷く。職場柄緊急の連絡が入ることは決して珍しくない。そしてその相手が直属の上司である堂上であることも別に不思議はない。
「また良化隊かな」
眉をひそめる同期の隣で「いやでも防衛部には緊急連絡入ってないから違うんじゃない?」と別の同期が返す。
「もしかしたら、隊長がなんか思いついたのかも」
郁の言葉に「あーあの人なら」と何とも言えない同意が返る。玄田の破天荒っぷりは特殊部隊外でも有名な話だ。
「せっかく飲んでんのになー」
「そーそ」
「上官に振り回されて、お前も大変だよな」
「んーでも、もう慣れたし、それにちゃんと楽しいよ?」
わらわらと同期男子に囲まれながら、郁はあっけらかんと返す。
「あ、それより、酒どうする、最後に一杯飲むか」
「んーん。あたし弱いからウーロン茶にしとく」
「じゃあ飲まない分食ってけよ。デザートでも頼めば?甘いの好きだろ」
「え、でもみんな頼んでないのに、悪いよ」
「いいって、いいって」
「これなんかどうだ?とろけるマンゴープリンとか」
「あ、おいしそー」
「三種のジェラード盛りもオススメらしいぞ」
「せっかくだからさ、一緒にこのBIGパフェ挑戦しねぇ?」
横からメニュー表を差し出され、勧められて「そんなに気を遣わなくていいのに」と郁は笑う。
そんな様子に周りの女子は「ちょっと男子必死すぎー」「しかも気づかれてないしー」とケラケラと笑う。気分はできの悪い子を見守るお姉さんだ。
酒が飲めない娘っ子を多くの隊員が「あれ食えこれ食え」と構うのは、特殊部隊の飲み会ではよくある見慣れた光景で、郁としてももはや慣れた状況である。今回のそれが男性陣からのアプローチだなんて思ってもいない。


そんな風にきゃっきゃとじゃれるように郁が同期に構われている中、スパン!と部屋の襖が豪快な音とともに開いた。
一斉に視線が一方に向く。そこに居たのは己らの教官であった堂上だ。
「お疲れ様です!堂上二正!!」
ビシっと上官に挨拶を返すのはもはや染みついた習慣だ。
「お仕事ですか?大変ですね」
そんな、元教え子たちの言葉を無視するように堂上はまっすぐ、男に囲まれている郁の元に向かい、その途中荷物を拾い上げ、きょとんと見上げる郁の腕を取って立ち上がらせて言った。
「まぁある意味仕事か。無自覚な彼女の迎えというな」
「―――えっ?!」
その場にいた全員が、郁をも含めて驚きの声を上げる。
「ほら。帰るぞ、郁」
「ふへっ!!」
え?え?と疑問符だらけの様子は無視して、ズンズンと堂上は郁を引連れて歩く。一瞬後、「ええ〜?!嘘だろ?!」「マジかよ!!」なんて声が上がるがそれすら一切無視だ。



「あ、あのっ!きょ、教官?!」
「お前の分はすでにレジに渡してる」
「や!あのっ!ちがくて!!手!手!」
「手がどうかしたか?」
そう言って堂上は、指と指とを絡めた、いわゆる恋人つなぎをしている手を持ち上げる。
「嫌か」
その言葉に、郁がブンブンと勢いよく首を振る。
「ちがっ!そうじゃないですけど!」
「嫌じゃないなら、問題ないだろ」
「恥ずかしいです!」
「嫌がるならまだしも、恥ずかしいっていう理由だけなら、聞けんな」
「ひゃん!」
ぐっと引っ張られて堂上の胸に抱かれる様に身体と身体が触れ、ボン!と音を立てるように郁の顔が朱に染まる。撫でるように頭を抱き寄せられる。
「恥ずかしがってるお前も可愛いんだが、そろそろ恋人としての行動に慣れて貰わないと困る」
「―――困る?教官が?」
「ああ」
言えば、郁がキュッと背中に手を回す。
「―――じゃあ、教官のために、頑張って、なれ、ます」
胸元に恥ずかしそうに顔を埋めながら、言われた言葉に堂上は目眩を起こしそうになる。
―――早いとこ、外泊まで持ち込まないとこっちの身がもたん!
本人にその気がなく、無自覚に煽るだけ煽ってくれる純情乙女の行動は可愛くもあり、たまにとんでもない毒を孕んでいる。
その無邪気な可愛さの中毒にかかりありつつあった堂上は、それがいかんのだ、と心を鬼にすることに決めた。



以後、
「あ、あの、きょ、今日はまだ心の準備が出来てないので、手を繋ぐのは一つ前の角までということで一つ!」
「却下だ」
「ま、待ち合わせはやっぱ、もうしばらく駅で」
「却下だ」
ひーんと涙目で訴える可愛い彼女の可愛いお願いを堂上は片っ端から「とにかく慣れろ!」の一言で却下していくのだった。






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