―――あたしが可愛くなったというのなら、それは堂上教官のおかげです。



恋人からそんな意味の可愛らしいメールを貰った堂上は堪らず相好を崩した。



「―――俺の呪いもようやく効き始めた、か?」


―――『あんまりかわいいこと書いてくるな、バカ。』


距離にすれば数メートル。けれど近いのに会いたい時に会えない距離と言うのはなかなかにもどかしい。
焦れた気持ちを抱えながら、それでも堂上は満足げな微笑を浮かべて携帯を畳んだ。
そして飲みかけのビール缶に手を伸ばして、固まった。
目の前には面白いものを見たとニヤニヤとした笑みを浮かべ、片肘を付いてこちらを見つめている友人の姿があった。
郁が絡むと途端に周りが見えなくなるこの悪癖はなんとかせんとな。堂上は思わず溜息を付く。




「最近の王子様はお姫様に呪いなんてかけちゃんだね」
「―――小牧」
「まーよかったじゃない。可愛い彼女が可愛い事を自覚して」
「―――・・・まぁ、な」
何もかも駄々漏れな状態が居た堪れなくなり、堂上はグイっと缶を呷る。
子供っぽいとは思うが、それでも譲れないものがあるのだ。




堂上の恋人であるところの笠原郁という女性はとんでもなく可愛らしい女だ。堂上にとって世界一と言ってもいい。
堂上の中の「可愛い」という言葉を具現化させたら、きっと「笠原郁」になるはずだ。それくらい堂上は郁の事を可愛いと思っている。
女性が可愛いとはしゃぐファンシーグッズの類の可愛さについては今なおいまいち理解しきれていない堂上ではあるが、そこに郁が加わればその評価はたちまちに一転する。
ファンシーカラーのふわふわのぬいぐるみやリボンやレースがあしらわれた服飾を郁が持ち、あるいは着飾るのであれば、なるほど確かに「可愛い」と思う。
デートで訪れる水族館や動物園のショップの一角でぬいぐるみに囲まれている郁の姿は目の保養だ。店内が撮影禁止でなければすぐさまシャッターを切っていると思える可愛さだ。連写だ連写。
妹の嫌がらせまがいのお使いとなればとんでもないが、それが郁が欲しがるのならどんな恥も忍んで、というか恥とも思わず買い求めるだろう。
郁本人そのものがズバリ可愛いのだから、世に言う可愛いものが似合わないはずがない、というのが堂上の持論だ。
けれど、その持論を一向に聞きいれようとしなかったのが笠原郁と言う女である。
上官でもある堂上の言うことは基本的に何でも聞きいれる郁ではあるが、「可愛い」という言葉だけはどうしても素直に受け入れてくれない。
多少はテレも含んでいるのだろうが、それ以前に「自分は可愛くない」と心底信じているのが原因だ。
どれだけ堂上が「俺の言うことが信じられないのか」と言ったところで、郁は戸惑い「でも・・・」と自分の評価を変えない。
その原因を堂上は知っている。
だから「好き」だとか「愛してる」だとか言えば喜ぶと分かっている「愛の告白」はなかなか口に出せないくせに、「可愛い」と言う言葉は何度も繰り返して言う。
元々言いたくても言えなかった分も含め、「可愛いもんを可愛いと言って何が悪い!」というのも本心ではあるが、それだけではなく嫉妬の念もあったのも事実だ。





―――「あいつの可愛いものコンプレックスの原因、知ってるか?」



それはかつて

「堂上って笠原さんに『可愛い』って言葉は割と素直に言えるよね」

そんな小牧の台詞に返したものだ。


「原因?母親への反発心じゃなく?」
「違う」
初めは堂上も「そう」だと思っていた。
「女の子らしくしなさい」というのは言いかえれば「女らしくない」と言われているということだ。
そう言われていたから「ええええ、どうせあたしは女の子らしくないですよ!」と跳ねかえっていた部分も確かにあるだろう。
だが、郁が可愛いものを可愛いと、好きだと言えなくなった直接の原因はそこではない。


「―――あの母親ならむしろ子供のころからピンクやフリルといったものを郁に買い与えてただろな。女の子だから可愛い、似合うと言ってたんじゃないか」
「あー。確かに。かなりの少女趣味っぽいみたいだしね」
おそらく、ではあるが。「それまで」郁は可愛いものを持つこと自体にそれほどの拒否反応はなかったのではないかと堂上は思っている。





「―――中学時代、ピンクのイルカのストラップを付けていたのをクラスの男子にからかわれてから、可愛い系の小物は持たなくなったと言っていた」
「あーそれは、なんというか。―――分かりやすい構ってクンだね」
苦笑する小牧に、堂上もまた嘆息する。


男なんて言う生き物はいつまでたってもガキで、まんまガキであるところの青臭い中高生の時分なんて、女子と仲良く話すなんてカッコ悪いと言いながら、いっちょ前に恋愛には興味があって、結果として「好きな子ほどいじめたい」なんて幼稚な典型的パターンが生まれるのだ。
だからもしかしたら、そいつもそういう一人だったのかもしれないと堂上も思った。
けれどそれはこの際関係はない。
誰が郁を好きであったのであろうと、―――全く気にならないわけではないのだが、―――それはそいつの勝手である。今更素直になってノコノコ出てきたところで、譲ってやるつもりも、容赦するつもりもない。丁重におもてなし―――迎撃し、完膚無きままに撃破してやるつもりの堂上だ。
癪なのは、ソレがかつて郁が好きだった男ということであり、更に郁がそいつから与えられた傷も今なお後生大事に抱え込んでいることだ。
堂上が「可愛い」と言う郁を否定する郁を作っているのがそいつだというのが気に食わない。
我ながらガキ臭い感情だとは思う。
自分以外の男が、彼女の根幹を為す部分に影響を与えていることが気に入らないだなんて。
そうは思っても自分が「可愛い」と言う度に「可愛くない」と否定されるのは、自分の言葉よりも、そんな昔に言われた男の言葉が優先されているようで、腹立たしく思っていた。

―――いい加減俺の言葉を認めろ!

だから、自分が可愛いと思う郁を郁自身が認めるのは、過去の呪縛に打ち勝ったようで、ちょっとした達成感があるのだ。








「―――すっきりした?」
「まぁ、な」
お前のところはいいよな、と思わず小牧の前で愚痴を零したのは一度や二度ではない。
全てを判れとは言わないし、判るとも思っていない。そういう男の機微に疎いところも郁を初々しく可愛いと思うところの一つだ。
それでも、同じ尺度で見れる物事が一つずつ増えていけば、それだけで嬉しく思う。
過去の存在に嫉妬していたなんて、そんなことこっぱずかしくて郁には到底言えないけれど。
こっそりと祝杯を上げるくらいは許されるはずだ。




そうは思っても、それで終わらせてくれないのが堂上の愛しの彼女である。










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