堂上教官はキスが上手い。
と郁は思う。


―――とはいうものの、経験の乏しい郁には比較する対象がない。
初めてのキスは軽く唇を寄せるだけの口付けだった。(郁からのぶちかましキスはこの際カウントには入れない。)
それだけでも郁は真っ赤になってしまったものだ。
しかし、郁が抵抗しないのをいいことに、堂上の行為はどんどんエスカレートしていった。
堂上はキスをするとき郁の頭を包み込むように両手で耳を覆う。それが堂上のクセらしかった。
重なる唇は柔らかい。上唇だけを吸い上げられ、今度は下唇。息を整えるために半開きになった口に堂上の舌が挿し入れられる。
郁はいやいやをするように頭を振ったが、堂上はそれを許さなかった。及び腰になっている郁の舌を無理矢理絡め捕る。
こうなるとすべては堂上の支配下だった。
堂上の舌は郁の口内を蹂躙してゆく。
上顎を舐め、歯列をなぞった。
ぴちゃぴちゃという水音が部屋に響いて、郁の羞恥心を煽る。
酸欠で意識が朦朧としてきたころ、ようやく解放された。
「ふはっ……」
体に力が入らない。甘えることを知らない郁は堂上に体を預けることはせずに、堂上の胸に手を置いて一定の距離を保った。
堂上の様子をうかがうと、小憎らしいほどに平然としていた。
(そりゃ、堂上教官のほうが年上だし、あたしは何もかも初めてだから仕方ないのかもしれないけど。でもこれ、あたし絶っ対!翻弄されてるよね・・・!)
ちょっと、悔しい。






「はあっ、はあっ、はあっ」
郁は苦しそうに肩で息をしていた。
やりすぎただろうか。最初は少しだけ、ほんのちょっと味見をするだけだと心に決めていたのにどうも制御が利かない。つい溺れてしまう。
「呼吸がヘタクソ。学習しろよ」
照れ隠しにそう指摘すると、郁はむっとした。怒った顔も可愛いと思うあたり、かなり重症だ。
「堂上教官」
「ん?」
「堂上教官ってキスするときどうしてあたしの耳、塞ぐんですか?」
不意打ちの質問だった。まさかキスしている間中、そんなことを考えていたのではあるまいな。
「はぐらかさないでくださいよ。
 堂上教官、あたしのこと子どもだと思ってるでしょう?」
郁はジト目で堂上のことを睨んだ。もっとも瞳が僅かに潤んだ上気したままの顔では怖くもなんともない。
可愛いという点においては抜群の攻撃力ではあるが。
(ガキに欲情するほど俺は変態じゃねーよ)
堂上は少々意地悪な気持ちになる。
「どうしてか?それくらい少しは自分で考えてみろよ。何のための脳みそだ」
その答えに、郁は唇を噛んで俯いた。
まずい、突き放しすぎたか?堂上は慌てた。
「―――今のは言いすぎだったな」
すまんと頭に手を伸ばし掛けたところで、ガバっと郁の顔が上がった。

「堂上教官っ!」
郁は物凄い剣幕で堂上の名を呼んだ。
「もう一回あたしとキスしてください!!!」
「――――――はぁ?」
「だってだって、どうせあたし考えてもわからないし。
 だから実験してみるんです!」
郁は当然のことのように断言した。
「堂上教官とキスしたら何か分かるかもしれません!」


―――それは堂上にとって願ってもない、挑戦だったので快く協力することにした。


堂上はゆっくりと郁に顔を接近させた。
大きな目が閉じられる。長い睫毛が影をつくった。
もっとも郁に手首を囚われているので、いつものように耳を塞いでやることはできない。
啄むようなキス。郁は「実験する」と言っていたが、機械的なキスなどするつもりはない。
やがて深く口付けた。
軟体動物の交尾のように舌と舌がねっとり絡む。
二人の唾液が混ざり合った。
郁は先刻より積極的になっている。
甘美な感覚が堂上を襲った。
求めてしまう。もっと激しく……。
郁がそっと堂上の手を握る手に力を込める。
同時に郁の舌が遠慮がちに堂上の口内へ滑り込んでくる。
堂上はそれを導くことはせず、郁の意志に任せた。
聞こえるのは二人を繋ぐ音だけ。
まだ拙いキスではあったけれど、堂上は満足だった。
二人は名残惜しく唇を離した。
銀糸が二人を繋いでいる。堂上は郁の唇を拭って、それを断ち切った。
郁は艶っぽいため息を漏らす。



「わかったか?」
堂上は悪戯っぽい表情で尋ねた。郁は小さくコクンと頷く。
「―――音が、・・・違いました」
「そっちの方が、俺に集中できるだろ。
 どうだ耳塞いで違いを確認してみるか?」
その提案に郁は目元を桜色に染めた。
堂上は弛緩した郁の体を支えた。郁の熱が伝わってくる。
いつものように郁の頭を包み込むように両手で耳を覆う。
郁は大人しく瞳を閉じ、唇は柔らかく合わさるだけだ。

そんな郁の姿に堂上は笑み、再度唇を重ね、存分に郁を味わった。






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