俺の彼女は可愛い、と堂上は常々思っている。
付き合う前からも折に触れて、「思わず抱きしめたくなるほど可愛い」という感情はあったものの、そこはただの上司と部下だとその感情に蓋をしていた堂上である。
ただ、今は違う。恋人として付き合うようになった今は、誰に憚ることもなく、そう自分を誤魔化す必要もないと割り切っている今は素直に思う。
俺の彼女は可愛い。そりゃもうメチャクチャに!



「きょーかん」
ちょん、ちょん。と繋いでいた手を軽く引かれ、堂上は軽く振り返る。
「どうした?」
「ちょっとあの靴屋さん覗いてもいいですか?」
コテン、と小首を傾げて上目遣い気味に尋ねる郁がまた可愛い。自然と堂上の頬も緩む。
「ああ、いいぞ」
「ありがとうございます。すぐ見ちゃいますね」
「気にするな、ゆっくり見ろ」
急ぎの予定もない。それに堂上は郁があれこれ悩みながら、自分に合うものを一生懸命探している姿を見るのは好きだ。その根底にあるのが、彼氏である堂上に可愛いと思われたいという思いであるなら余計にだ。
あれこれ手に取っては棚に戻す郁を微笑ましい気持ちで眺める。
そんな自分に変われば変わるものだと堂上は小さく苦笑する。
学生時代から二十代前半にかけ、それなりの男女の付き合いのある堂上は、当時付き合っていた彼女の買い物に付き合うことはあったし、また堂上家の法律を自称するような破天荒な妹の買い物に連れ回されることも多くあった。当時はどちらかと言えば、時間が経てば経つほどそういう「女の買い物」には辟易し、渋々付き合っている感が強かったが、今じゃどうだ。
堂上を待たせるのが悪いと思うのか、手短に買い物を済ませようとする遠慮がちな郁に代わって、あれはどうだこれはどうだ、と郁本人よりも熱心に見たりすることもある。
何とは無しに、郁が手にし、棚に戻しあるいは試し履きする靴を追う。
そこで気付く。
可愛いと思って手に取るのだろうが、ちょっとヒールのあるような靴は試し履きすることもなく郁はすぐに棚に戻す。


確かに、郁はあまり踵の高い靴を履かない。
業務中も、訓練時の活動靴は勿論だが、スーツの時もローヒールのパンプスだ。そしてデートの時も。
今日だってバレエシューズのようなヒールのないべちゃ靴だ。
初めてプライベートな約束をして、待ち合わせをしたあの日。まだ、もどかしい上司と部下の関係でしかなかったあの日、郁はイロイロな葛藤と可愛いさを最低限に抑えたパンツルックだった。もちろんそれだって郁に似合っていて、堂上には充分可愛く見えたが。
けれど、二人の関係が変わってからは、郁の格好は少しずつ変わってきた。ふんわりとしたワンピースやスカートなどの一見して可愛いと評される服を着てくることも増えた。
ただ、相変わらず足元はペッタンコなままだ。
郁がヒールのある華奢な靴を持っていないわけでも、履けないわけでもないことを堂上は知っている。
例えば、結婚披露宴なんかのパーティーに参加する時、囮捜査で着飾った時、―――手塚慧と会っていた時。
思い返して、堂上はモヤモヤとした気持ちになる。
そういう華奢な靴を今まで郁が堂上のために履いたことはない。
その事実に気付いて堂上はムッとする。

そんな中、ふと妹の言葉が思い返される。

―――まあー!兄貴、彼女あんたがチビだから踵の低い靴履いてくれてー!いいこじゃないのー!

自分の彼女がいいこであることは、もはや疑いようもない事実だ。
確かに、お互い身長に劣等コンプレックスを抱いている部分がある。
郁がヒールのある靴を履けば、その分堂上との身長差は開く一方だ。
ただ、もうその点に関して堂上は諦めているというか、受け止めている部分である。それが郁の欠点だとは思わないし、郁の良さが損なわれることもない。
もし、自分との身長を気にしているのであれば、そこは気にする必要はないとしっかり伝えなければいけないだろう。
そんなことで、履きたいものを我慢させたくないし、何より自分が可愛く着飾った彼女が見たい。むしろ後者の気持ちの方が強い。
それならば、と堂上は陳列棚に目を向ける。
どうせだったら自分の見立てたもので、可愛い彼女をもっと可愛く着飾らせたいと思うのは男としてよくある欲求の一つだろう。



そうして郁の姿を視界の端に収めつつ、いくつかの商品を見比べて絞っていく。
そうして最後に手にしたのは、普段郁が履いているものよりややヒールの高い、シルクのような光沢のある柔らかな布地で出来た黒の細紐のレースアップデザインのサンダルだ。派手さはないが、足首でリボンを結ぶタイプのもので、色が白く、しなやかさがある細く華奢な郁の足首にリボンが掛かる様を思い浮かべ、なかなかイイんじゃないか、と堂上は一人頷く。
プロのモデル並の脚線美を持つ郁の脚は下手な装飾を加えるよりも、余計な手を加えないほうがその良さが際立つというものだ。シンプルイズベスト、だ。


「郁」
「あ、はい。なんです?」
堂上の呼びかけにトテトテとやって来た郁に選んだ靴を掲げて見せる。
「これなんかいいんじゃないか」
受け取った郁は、少し困ったような顔を向ける。
「なんだ、あまり好みじゃないか?」
「いえ。あたし好みのシンプルで可愛い靴ではあるんですが・・・」
「サイズも問題ないだろう?」
「ないですけど」
これは付き合ってからの実績というより、職場の中で得た情報だ。頭の先から爪先まで、制帽から活動靴まで一式貸与される図書隊である。班長である堂上は班員の貸与確認を行う立場であるから、郁がどのサイズの隊服を貸与されているのか知ることができる。もっとも、他二名の隊員のサイズをどれだけ覚えているのかと言えば、それはまた別の話なのだが。一度見聞きした郁のパーソナルデータはがっつり覚えているあたり堂上も大概素直だ。

「何が気に入らない?値段は気にするなよ、買ってやるから」
「なっ!また、すぐそんな」
ていうか、いくらよ!と慌てて値札を確認する郁が、唖然とする。
「―――無駄遣いしすぎです、教官」
「彼女に似合う靴買うのの何が無駄遣いだ。いいから履いてみろ」
「いや、明らかに高いですから、これ」
「だから値段は気にするなって!」
「じゃなくて、ヒールが」
「それこそ気にする必要ないだろ」
「いや、気にします。履くのあたしですよ」
「だから、別に今更お前の身長が数センチ伸びたところで俺は気にしたりしないぞ」
「え?」
「は?」
キョトンと見詰める郁に、堂上の動きも止まる。


「だから、俺は別に身長で彼女を選ぶわけじゃない。俺との身長差を気にして郁がいいと思うものを諦める必要はないんだぞ」
「え?あ、ああ。えっと、まあそうですね。それもあるんですけどね。
 だって、出来るだけ同じ視線の方が同じ光景見えると思うし」
エヘヘと照れて笑う郁はやはりメチャクチャに可愛かったが、けれど堂上は僅かに渋い顔をしたままだ。
「―――じゃあ、他に何を遠慮する理由があるんだ」
「や、別に遠慮とかじゃなくてですね。単にあたしがヒールの高い靴が苦手なだけです」
「だが、そういう靴を履けないわけじゃないだろ。正装時なんかは履いてたじゃないか」
「まぁあれはある意味マナーですし、そう長い時間履くわけでも、歩くわけでもないですから」
今なお渋い表情の堂上に、郁は苦笑する。
「えっと、ホント教官が気にすることじゃないんですよ。確かにただでさえ高い背を余計に高くしたくないって気持ちが全くないわけじゃないですけど。やっぱり一番は単純にあたしがヒールの高い靴は苦手ってことなんです。
 ほら、あたし陸上してたんで、一番馴染みのある靴はランシューなんかの競技用の運動靴で、私服もジーンズとかジャージ系が多かったから、ランシューとかのスニカーを普段使いしてたんですよね。
 あと、ヒールが高い靴は重心が安定させづらくて、足首の捻挫を起こしやすくなるって言われてたんで敬遠してる部分もあるんです。
 だから今でも踵の高い靴はちょっと苦手で」
それに、と続けられた言葉を堂上は黙って聞いた。
「それに、ヒールがあると足元がぐらつくっていうか、体幹ブレて上手くバランス取れなくて投げ技なんかも上手にできないし」
「――――――」
「それになにより、こんなヒールのある靴じゃバランス悪過ぎて、トップスピードに乗れないじゃないですか!」
ぐっ!と力を込めて言う郁に、堂上は「そうか」と頷く。
「―――わかった」
そう理解を示す堂上の言葉に郁はホッと息を吐くように表情を緩めた。

―――が。


「お前はもうヒールがめちゃ細くてめちゃ高い靴を履け!」
「え?は?ちょ、教官人の話聞いてました?」
「聞いてた!だから、もうあれだ。
 お前は俺とデートする時はヒール10センチくらいの靴履け!」
「は?ちょ、意味分んないですよ!」


―――デートしてる時に全力疾走とかさせるかよ!!








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