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サクッ、キュッ。サクッ、キュッ。 「そんな歩き方してるとコケるぞ」 真っ白に積もった雪が嬉しいのか、飛び跳ねるように雪を踏み鳴らして歩く郁の姿に堂上は苦笑気味に声をかける。 その声に振り返った郁はにこりと笑いながら言う。 「だーいじょーぶですよ―――っ!!」 クルリ、と爪先立ちで振り返った郁だったが、その瞬間ズルッと雪に足を取られてバランスを崩す。 「郁っ!」 ステン、と思い切り尻餅を着いた郁に、堂上は急いで近付き、手を差し延べる。 「大丈夫か?!だから、はしゃぐなと言ったんだ。言わんこっちゃない」 「それより、大丈夫でしたかっ?!」 「―――いや、この場合、大丈夫じゃないのはお前の方だろ」 ほら、と差し延べた手を取ることなく、あわてふためく郁に堂上は僅かに眉根を寄せる。 ―――頭は打ってないはずだが。 やや本気で心配する堂上だったが、顔を真っ赤にさせて、必死でスカートの裾を両手で抑える郁の姿に、ああ、成る程。と合点し、笑う。 「―――大丈夫だぞ」 その言葉に、ホッと安堵の笑みを見せる郁に、今度は少し意地悪げな笑みを浮かべて言ってやる。 「ちゃんと可愛い、ピンクのレースだった」 「なっ!違います!今日のは青です!!」 「――――――」 「―――!〜〜〜〜〜〜〜っ!」 耳から首筋まで、羞恥心から全身真っ赤に染め上がっていく姿に、堂上は堪らず笑みをこぼす。 「お前はほっんとに、バ可愛いな」 「〜〜〜〜もーやだぁー!お嫁に行けないぃ〜っ!!」 両手で顔を覆って、ジタバタと全力で恥ずかしがる郁にまた笑う。 「そこは心配すんな。すぐに俺が貰ってやることになってるだろ。準備は出来てるし、なんなら今から出しに行くか?」 笑いを噛み殺しながらそんなことを言う堂上に、郁はキュッと顔を真っ赤にしたまま睨む。 「ほら。いつまでそうしてるつもりだ。いい加減立て。服が濡れるし、身体が冷えるだろう」 ほら、と伸ばされた手に郁は渋々と言った表情で掴まり、立ち上がる。堂上の手から手を離し、両手でやや乱暴にスカートの後ろ叩く。 そして、プイっと堂上から顔をそむける。 「もーいいです。イジメっこの篤さんのとこなんかにお嫁には行きません!」 「え?は?ちょっ、郁っ!」 フン!と顎を尖らせて歩き出す郁を堂上は慌てて追い掛ける。 「郁!ごめん!悪かった!お前があんまり可愛い反応見せるから、つい調子乗った!すまん!!」 追いかけ、前に回り込む堂上から、またプイっと郁は顔をそむけて歩く。完全にへそを曲げてしまったようにそっぽを向く郁に堂上は焦る。 「なあ、郁。すまん、悪かった!なあ、頼む。機嫌治してくれないか?なあ、何でもするから、許してくれないか?悪かった!だから」 「―――何でも?」 哀願する堂上の声に、ピタリと郁が足を止める。それに畳み掛けるように堂上は言葉を重ねる。 「ああ、何でも言うこときく!何かしたいこととか、欲しいものあるか?何をすれば許してくれる?」 「―――じゃあ」 くるっと振り向いた郁が、バッと堂上の眼前に剥き出しの左手を突き出す。 「手が寒いです。どうにかしてください!」 プックリとわざとらしく頬を膨らませ、一生懸命拗ね顔を造る郁の姿に、ホッと堂上の肩から力が抜ける。 「―――そんなもの、お安い御用だ」 笑ってその手を取り、そのまま自分のコートに入れ込む。 「これで満足いただけましたでしょーか?」 「うふふ。仕方ないから許してあげます」 「そりゃ良かった」 どちらともなく暖かなポケットの中で指を絡める。 「―――一つ、言い忘れてたんだがな」 「何です?」 「俺の手は掴んだものを自分のものと認識するように出来ているんだ」 「―――だから?」 「だから、もうこの手は俺のもん、ってことだ」 「えーなにその設定」 「離れようとしてもどこまでも追いかけて捕まえるから、逃げようとしても無駄だぞ」 「言っときますけど、あたし、逃げ脚、めっちゃ!はやいですからね!」 フフンと笑う郁に堂上もニヤリと笑う。 「知ってる。だが、持久力は俺の方が上だからな。 どこまでも追いかけ続けるから、覚悟しておけよ。 ―――まぁ、逃がさねぇけどな」 「じゃあ、あたしが逃げ出さないよう、しっかりこの手を捉まえててくださいね」 「まぁ任せとけ」 一層強く手を握り合い、顔を見合わせて笑う。 「―――あ、篤さん。梅!梅が咲いてますよ!」 「ん?どこだ」 「ほら、あそこ」 「―――ああ。ほんとだ」 肩を寄せて郁が指さした先を辿れば、白く小さな花が寒空の中で、凛とした姿を見せていた。 吐く息はまだ白く、風は身を切る様に冷たく襲いかかるけれど。 ―――春はもう、すぐそこまで来ている。 |