きょーかん、きょーかん、どーじょーきょーかん


どこか舌足らずな、けれど業務中にはない甘さを含んだ彼女が俺を呼ぶ声にはもう慣れたつもりだった。
けど、近頃彼女は普段は言ってもなかなか治らないくせに、たまに一層の甘さを含ませた声で「あつしさん」と不意打ちで呼ぶものだから、その都度心臓が飛び上がることはきっと彼女は知らないのだろう。知ってやっているのならどんな悪魔だ。


「どうした?」
「もうすぐ今年が終わっちゃいますね」


彼女は些かそう嬉しそうに言うと、右手でカーテンを少しだけめくって左手を窓につけながら外の景色を眺めた。
あちこちでカウントダウンイベントが行われているため、ホテルの窓の外は様々なイルミネーションに彩られている。
きっと彼女の「わあ、」なんて感嘆の声が漏れるのはそれを見たためだろう。
まさか、こいつとこんな風に新しい年を迎えられるようになるとは、再会した当初には思いもよらなかった。
別に正月とか、そういうのに執着もしていなかった。
けど。
―――「来年からもずっと『今年もよろしく』って言えたらいいな」
新年早々、そんな可愛らしいことを電話口で言ってのけた彼女と過ごした一年。
そして迎える、新年。年を越し、季節を一つ過ぎれば、それこそ毎年当たり前のようにその瞬間隣に彼女は居る生活になっている。




「郁、こっち来い」


突然に名前を呼ばれる気持ちがわかったのか、少し肩を揺らしてびっくりしただろう後、彼女はゆっくりとソファへ近寄ってきた。ちら、とテレビを確認してちょうどカウントダウンがはじまったのに目を輝かせている。
窓から離れた彼女の左手の薬指にはキラリと小さいながらも最上の輝きを放つ婚約指環。
年を越え、一月もすればそこに納まるのは揃いの結婚指環になる。
手を取って隣に座らせると、彼女はふわりとした笑みを浮かべる。


「きょーかんと、来年も、そのさきも、こんな風にずっといっしょにいれるといいな」
「いいな、じゃなくているんだよ」

あほう、と笑えば、彼女が笑みを零す。
重ねていた手を、指を絡めて握りこめば、彼女の長い睫がふわりと揺れるのがわかった。
テレビから流れる除夜の鐘を耳の端に留め、唇を重ねる。
ゆっくりと唇が離れていく中で、彼女が甘く溶けた顔と声で俺を呼ぶ。



「・・・あつしさん、・・・」


こんな場面で彼女はいとも簡単にその名を呼んでみせた。言い馴れているはずの呼び名ではなく。
しかもどこか色艶のある、さっきイルミネーションに彩られた夜景を見て無邪気に微笑んでいた少女のような姿とはまるで別人のような大人の女の顔で。
それはいとも簡単に俺の箍を外す。



こんなに、こんなにもつかまれるとは思わなかった。
お前はいとも簡単に俺の心臓をこわしてゆく。
でも恨めない、そう、そうなんだよ、おれは、お前を愛してしまっているから、





「ずっと一緒に、いてくださいね?」





そんなこと言われなくたって、離すつもりは無いけどな。






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