「堂上教官、好きです」
郁の愛情表現はストレートそのものだ。混じりっ気がない。
だから、堂上はその言葉に安心し、そしてズルイと思いつつその言葉を『借りる』。

「ああ、俺もだ」
ぎゅぅっと、言葉に出来ない分思いを込めて堂上は郁を抱きしめる。
耳元で返された言葉に、郁が返す。

「大好きです。堂上教官の事が一番好きです」
「ああ、俺もだ」

同じように、堂上が返せば、郁はむぅっと小さく頬を膨らました。
「なんだ、どうした。頬が可愛いことになってるぞ」
笑って、堂上がそのふぐっ面を突けば、郁はプイっと顔をそむける。
「もう、いいですっ」
そんな拗ね顔も可愛くて、堂上は目の前に現れた可愛らしい耳朶の裏に、ちゅ、ちゅ、と唇を寄せて、音を立ててキスをする。
そうすれば、バッと手で耳を隠しながら慌てて正面を向き直った郁が顔どころか耳から首筋まで真っ赤にさせて、羞恥からわなわなと唇を震わせる。
「な、な、い、今、み、みみっ!」
「ああ。すまん。美味そうだったから、つい、な」
「ついじゃないですっ!」
もー!もー!ばか!ばか!きょーかんのばか!えっち!
がっちりホールドされているため、ジタバタというよりもモダモダともがく郁に合わせて、バフンバフンと布団が跳ねる。
そういうことをしておいてエッチもなにもないだろう、と堂上はこっそりと笑い、郁を抱き込んだままそのまま布団の上に倒れ込む。
優しく髪を梳く動きに、郁がうぅっと小さな呻きをもらす。
「―――・・・ズルイ」
胸の上でポツリと零れおちた言葉。

・・・あたしばっかが、好きなんじゃん。
その言葉を否定するように、堂上は少しだけ頭に乗せた手に力を込め、郁の顔を胸板に埋めさせた。


―――なわけあるか、バカ。



ただ、「ズルイ」と言われる理由ももちろん分かっている堂上である。
そこは許せ、と胸中で小さく郁に謝る。お前の彼氏は口下手なんだ。そこはすまんが諦めてくれ。
「好き」だとか、「大好き」だとか、―――「愛してる」だとか。
思っていても、そんなストレートな言葉は出せない堂上である。
だから、郁が「ズルイ」と言うように、堂上はいつも郁の言葉を『借りる』。


まさかそれがとんでもない誤解を生んでいるとも知らずに。






◆◆◆








ペッタリとローテーブルに頬をつけ、溜息を零す郁に柴崎が怪訝そうな顔を向ける。
「なによ、辛気臭いわねぇー」
「あたし、ワガママだぁ」
「なぁに。また惚気?」
飽きないわねぇあんたも。苦笑して、柴崎はクピリと缶ビールを呷る。このほろ苦さがちょうどいい。
「そんなんじゃないもん」
プイっと顔をそむける郁に柴崎は苦笑を禁じ得ない。あらあらホントに可愛いこと。
既に郁は自分の思考に嵌り込んでいるのか、独り言のようにブツブツと思考を零す。


「好きな気持ちだけで充分だったんだけどなぁ・・・」
「見てるだけでも・・・」
「・・・一番好きな人の、一番目になりたいとか・・・」
「・・・でも、もう二番目じゃ物足りなくなってる」
「あー・・・どうしよー・・・」


「―――二番目、って何?堂上教官のこと?」
「そーだよー」
不貞腐れた様な郁の声に、柴崎はニンマリと笑って、こっそりと携帯を開いてメールを作成する。
もちろん、送り主はこの自称ワガママなお姫様のお相手だ。







◆◆◆





震える携帯に、なんだ、と思いつつ開けば、着信は可愛い恋人の可愛くない同室者からのメールだった。
その送り主に堂上の眉間に自然に皺が寄る。こうして送られてくるメールが良い話である可能性はかなり低い。ほとんどがからかいを含んだものだ。
しかし、開かないわけにもいかない。良くも悪くも、柴崎がメールを送ってくるのは郁絡みでしかないのだ。
ふー、と、やや重い息を吐いて堂上は受信メールを開封した。


『お宅のお姫様が現在思考の海に溺れてダダもれ中です。
 一番好きな人の、一番目になりたくて
 もう、二番目じゃ我慢できないんですって。
 どうしましょうか、二番目の堂上教官?』



「――――――――――――は?」



もう一度、上から下に送られてきた文面を見返し、見詰める。
しかし、どれだけ見詰めたところで、液晶の向こうに映る文字が変わるわけもない。



「――――――――――――は?――――――――――――え?」



――――――――――――どういうことだ?!



いや、待て。いや、だから待てって。思考回路が暴走するのは郁の特権であって俺じゃないはずだ。いくら郁が昔の俺そっくりであろうとも!

混乱をきたす頭で、堂上は素早く新規メールを作成し、送信する。






◆◆◆







部屋に鳴り響く着信音に柴崎がニヤニヤと郁を見遣る。
「ほらほら。あんたのダーリンから夜のお誘いじゃない?」
「なっ!!」
違う!と言いつつも、相手は堂上で、メールの内容も『外出られるか』というお誘いだった。
恥ずかしさに、キッと柴崎を見る郁だったが、当の柴崎はそんなものどこ吹く風で、ポイっとパーカーを放り投げた。
「ほらほら。彼氏がお待ちかねよ。いってらっしゃーい」
顔を真っ赤にさせながら、それでも郁は投げられたパーカーを引っ掴み、袖を通しながら慌てて部屋を出ていった。
その後ろ姿に柴崎はクスクスと可笑しそうに笑みを零す。





「なんだって、あの二人は、アレで微妙な行き違いがあるのかしらね〜」





◆◆◆



出てきた郁の手首を掴んで、堂上は有無も言わせずいつもの場所へと移動する。






「あ、あの、教官?」
いつもの場所で、けれど何も言わない堂上。抱きしめてくれるわけでも、キスしてくれるわけでもない。
沈黙に耐えかねた郁が、おずおずと口を開く。
「堂上教官?」



「―――一番目、って誰だ」
「―――は、はいっ?」
唐突に投げられた疑問に、郁は思わず素っ頓狂な声を上げる。いきなりなんだ。
「―――さっき、柴崎からメールが来てな」
「は?え?柴崎?」
いや、だから何なんだ。柴崎からのメールがどうした。っていうかその質問、あたしに聞かれても分かんないし。
怪訝そうな顔で首を傾げる郁から、僅かに視線を逸らした堂上が続ける。
「―――俺は、二番目、だそうだな」




「――――――――――――はい?」




たっぷり間を開けた後、郁は間の抜けた声を出した。


「え?なんですか、それ」
「だから!お前にとって俺は二番目で、もう俺じゃ満足できないだろ!!
郁の肩に両手を置き、顔をそむかせ、クソっと苛立たしげに吐き捨てる堂上に、郁はポカンと口を開ける。


「―――え、なんですか、それ?え?なんで柴崎がそんなこと言うんですか?」
「知るか!そんなん俺が聞きたいわ!!」
ムッスリと吐き捨てるように言う不機嫌全開の堂上に郁は首を捻る。


「えっと、それ、何かの間違いじゃ?」
「二番目じゃ我慢できないって言ったんだろ、お前」
「は?―――あ」
そう言えば、さっき部屋で、そんなことを思ったような、っていうか言った?気がしないでもない。
郁の言葉に、堂上の郁の肩に掛る指先に力が入る。迫られて郁は僅かに仰け反る。
「―――誰だ。どこのどいつだ」
そこまで言って堂上は、いや、と首を振る。
「どこのどいつだって関係ない。嫌だって言ったって、俺は別れる気なんてないぞ。別れてなんて、やるもんかっ」
「は?え?ちょっ!ちょっと待って下さいよ、堂上教官!」
「だから嫌だって言ってるだろうが!」
「だからちょっと待てって言ってんですよ!!」
フシャー!と威嚇する猫のような郁の姿に堂上の動きが止まる。
それに郁も、ふぅっと息を吐く。

「教官、ってか柴崎がなに誤解してるか知りませんけど。
 あたし、一番は堂上教官だって言ってるじゃないですか」
「―――だが。じゃあ二番目って、なんのことだ。一番好きな人の、一番目になりたいんだろ」
「だから!それは教官の一番になりたいってことですよ!!」

「――――――――――――は?」

今度は堂上が間の抜けた声を出す番だった。


「分ってます。分ってます。教官の一番になれないことぐらい。
 そうなりたいって思うのがワガママだっていうのも充分―――」
「待て。ちょっと待て。
 ―――お前、何言ってんだ?」
堂上にとっての一番は郁だ。というか二番目すらない。それがなんだって、そんなことになってんだ。
片手で郁に制止を求めながら、理解不能な状況に思わず額を抑える堂上である。


「だって」
拗ねたように郁が呟く。


「教官は、堂上教官の事が一番好きじゃないですか」
「――――――――――――は?」
いきなり、何言い出すんだこいつは。
マジマジと見詰めてくる堂上から郁はプイっと顔をそむける。
「―――分かってますよ。そーいう人も世の中にはいるんだってことも」
「いやいや、待て待て。なんでお前の中で俺はそんなナルシストな人間になってんだ!」
むしろどちらかと言うと堂上は自身については、陶酔するより劣等コンプレックスを抱くことの方が多いというのに、だ。もう少し背が高ければとか、もう少し愛想が良ければとか、もう少し口が上手ければとか、自身を振り返り思わず溜息を零すことはそう珍しいことではない。
それがなんだって。


「だって、あたしが、教官の事好きだって言うと、教官、俺もだって言うじゃないですか!!」
「―――――――――――――――」




「―――教官?」
急に押し黙った堂上に、心配になった郁が顔を覗き込もうとすると―――

「―――ったぁあああああっ!!

ゴチン!と容赦ない拳骨が降ってきた。


「まずお前が一番とんでもない誤解してるわ、アホウ!!」







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