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開いた口がふさがらない。目を白黒させる。 そんな状況とは一体どんなものかと思っていたが、なるほど。 目の前の光景に堂上は、あぁこれか、と人知れず納得した。 ホテルのレストランの禁煙席。道路側とは反対の窓際で、明るくそれでいて外からの視線を感じることのないテーブルで、堂上とその恋人である郁は少し早目の昼食をとっていた。 そして、そこで堂上は目の前のテーブルに積み重ねられていく皿数に思わず言葉を失っていた。 別に勘定が気になったわけではない。場所は有名ホテルのレストランだが、内容はランチバイキングだ。どれだけ食べても料金は変わらない。 気になったのは、その皿に載っていた料理の数々が一体どこへ消えたのかということだ。現在テーブルの上に載っているだけでも、相当数だというのに、空恐ろしいことに折を見てウェイターが数度皿を回収していてこの量なのだから総量は一体どれだけであろうか。 堂上とて体力勝負の戦闘職種であり、一般に比して食べる方ではあるが、それにしたって、と目の前でヒョイパクヒョイパクと食べるペースが一向に落ちない彼女の動きを思わず追う。 郁が一般女性に比べて食べるということは、付き合う前から知っていたが、正直まさかここまでとは思っていなかった。 相変わらずピンと伸びた背筋は美しく、しっかりと躾をされたのだろう箸運びも綺麗なもので、食べ物を詰め込むわけでもなく、きちんと咀嚼して飲み込むし、その一瞬一瞬だけを見れば手本のような食事風景だ。 ただ、食べるスピードと、その量が尋常ではない。 まぁ元は取っただろうと思われる程度にはしっかり食べ、早々に手を休めた堂上に目の前に座る郁がちょこんと小首を傾げる。 「どうしました?」 「いや、よく食べるなと」 「そうですか?あ、この海老の生春巻き美味しいですよ。教官もどうです?」 一口サイズに切り分けられ、レタスの緑と海老の赤の断面が美しいそれも、すでに一定量の食事を胃に収め、表情変わらず次から次へと料理を吸引していく郁の姿に、すでに実際以上の満腹感を感じていた堂上はやんわりと断る。 「いや、俺はもう十分食ったから」 食後のコーヒーを啜りながらそう返答したものの、お前の胃袋は宇宙か、と堂上は眼前に積まれた食器類を睨んで心中で呟く。 (この細い身体は四次元へと繋がってるに違いない) 決して大柄とは言えない、モデル体形の彼女のどこに、あんな量の料理が納まっているのか。 思いつく限りで、豆腐のサラダ、春雨と春野菜のサラダ、温野菜と蒸し鶏のゴマソースがけ、サーモンと新玉葱のカルパッチョ、生湯葉の刺身、などの前菜類に始まり、蒸籠で蒸されていた粽、小龍包、エビ蒸し餃子、焼売を始めとする点心を制覇し、海老のチリソース、麻婆豆腐に酸辣湯麺、五目焼きそばといった中華類もほぼ制覇していた。それから蟹の甲羅入りグラタン、ビーフシチューに栗かぼちゃのポタージュ、煮込みハンバーグ、浅利の炊き込みご飯と菜の花のおひたし、きのこおろしの和風パスタ、アスパラとツナの冷製パスタ・・・。 思い返してみて、堂上は頭をふる。これ以上思い出していたら食べた以上に満腹感を感じている胃に更なる負担をかけてしまいそうだ。 しかし、それでも。 目の前でにこにこと変わらぬ笑みを浮かべながら美味しそうに箸を進める郁を見ていると、何となくじんわりとした気持ちになり、自分の表情が緩んでいることも分かっている。 これを親友とも言える同期に見られたら隠すこともせず一笑、どころか上戸に入られることだろう。 (仕方ないだろう、) 直接笑われた訳でもあるまいに脳内に弁明の言葉を浮かべ、堂上はカップをソーサーに戻した。 カチャリと堂上がカップを下ろすのと同時に、郁も運んできた料理をすべて胃に収めきり、ジャスミンティーを飲んで一息ついた。 「なんだ、デザートはいいのか」 「えっと・・・でも」 おそらく終了モードに入っている堂上に遠慮しているのだろう。 「別に急ぐ用事もない。時間一杯ここでゆっくり過ごすのもいいだろう」 「そうですね。じゃあちょっと行ってきます。教官はどうします。何か持ってきましょうか?」 「いや、俺はいい」 首を振る堂上に分りました、と言い郁は軽やかに席を立った。 マンゴープリンに杏仁豆腐、焦がしキャラメルを載せたパンナコッタ、ベリータルトにバナナのクレープ包み、クリームブリュレに苺のミルフィーユ。果実のゼリーにクランベリーケーキ、ベイクドチーズケーキ、抹茶ムースの黒蜜添え、コーヒーゼリーにわらび餅。デザート台に乗せられた全品数を制覇して郁は満足そうに手を合わせた。 「御馳走様でした!」 「・・・最後までよく食ったなぁ」 「駄目ですよ、教官。せっかくのバイキングなんですから2時間という時間をフル活用しないと勿体無いですよ」 (そういう意味で言った訳ではないんだけどな) それでも、満足そうな笑みを浮かべる郁の様子に、堂上もまた満足げに笑みを浮かべた。 |