笠原郁という女は一般的に人好きされるタイプの人間である。少々幼すぎるきらいはあるが、その性格は真っ直ぐ素直なもので裏表がなく、誰に媚びることもないさっぱりとしたもので男女ともに分け隔てなく接し、自分から敵を作るタイプの人間ではない。
 けれど、だからといってすべての人間に好意的に受け入れられるわけではない。
 一見すると、同性間のそういったやっかみを受けやすいのは郁の親友たる柴崎であるが、柴崎に至っては自分がそういう対象になりやすいことを重々承知した上で立ち振る舞っており、そこに突撃してくる人間をあっさり返り討ちにするだけの技量をもっている。チクリチクリと毒を刺し、言うだけ以上の実力を実際に持つ柴崎の敵足りえるものはそうそういない。
 それとは逆に、悪意や害意に対する備えが薄い郁は、隙だらけで突け入れられやすい面がある。人が集まる場所において、そうした人間が攻撃対象になりやすいことは儘あることであり、良くも悪くも知名度のある郁はそうしたやっかみを受けやすい立場にあった。

『よくあれで、堂上二正と付き合おうなんて思えるよね』
『相手が柴崎さんっていうならまだ分かるけど』
『特殊部隊入りだって、たまたま女子で一番体力あったってだけでしょう』
『手塚君みたいに優秀なわけじゃないのに、恥ずかしくないのかしら』
『ほんと図々しいっていうか、空気読めてないよね』
『あんなのが彼女とか堂上二正が気の毒よね』
『もっと相応しい女が絶対居るのにね』

 悪意ある口さがない言葉は、特殊部隊に入ったときからあったが、堂上と付き合っていることが大々的に知られるようになってからはその勢いを増したように思う。ただ、郁としてはそれは仕方がないことだと受け止めている。言いたいことがあれば正面から言え、とフツフツとした怒りは込み上げてくるが、そうした彼女らの言葉を否定するだけの力はない。自分が柴崎のような見目を持っていないことも、手塚のような能力をもっていないことも重々承知だ。そして、堂上がどれほど魅力的な人間であるのかも分かっていて、釣り合いが取れていないことも、言われるまでもなく郁自身が思っていることだ。
 それでも、堂上から言われたのならまだしも、どこの誰かが言っているのか分からない言葉で離れようとは思わない。
 郁にとって堂上の隣に居られることはある種のプライドだ。どれだけ言われたって構わない。それはそれだけ堂上が魅力的であるという証だ。自慢の恋人だ。
 ただ、その一方でこんな女らしさのかけらもない可愛くもない大女で、仕事も決して優秀ではない自分と付き合うことが堂上の傷になると思うと、それはどうしても許せなかった。



「み、見た目は、もうどうしようもないけど、仕事なら、頑張れば、教官の足引っ張らないようになれるかと思って。
 そしたら、少しは、教官も恥ずかしくないかなって」
「アホウ!恥しいと思うような女と付き合ったりするか!」
「でも!あたし、こんな大女だし」
「だから、それは俺がチビなだけだろうが!」
「教官はそれで充分かっこいいからいいんです!」
「だから、その理論を自分にも当てはめろと言ってるだろうが!」
「そ、そんなこと言われてもっ・・・・」
「それに、仕事面だって、お前は俺の自慢の部下だって言ってるだろ」
「でも、それって、戦闘員としてってだけじゃないですか!
 図書館員としてはまだまだ全然・・・レファレンス能力は呆れてものが言えなくなるレベルだし」
「―――誰に言われた」
「誰って・・・だって教官何も言ってくれないじゃないですか!!」
「―――は?」
「ま、前は、レファレンスする度に、いろいろ言ってくれてたのに、最近は何も言ってくれないじゃないですか!それって、言っても無駄だってことでしょう?!
 そ、そりゃ、何時までたっても教官たちや手塚みたいに綺麗なレファレンスできなくて、一発で利用者の求める書籍を案内できないないけど。
 でもっ、でもっ・・・!あたしは、たった一つでも、教官には見捨てられたくないっ・・・!!」
 ぐしぐしと鼻をすすり、グイグイと手の甲で涙を拭う郁を前に―――ちょっと待て、と堂上は眉間を揉む。
「あのな―――。何で、お前はそこでマイナス方向に走るか」
「だって、だって・・・」
「何でそこで、問題なく出来てるから何も言われなくなったって思わない」
「でも、褒めてもくれないし!」
「だから。当たり前にできるようになったことをその度にいちいち褒めたりせんぞ、俺は。それが成長ってもんだろうが」
「でも、あたしのレファレンス・・・」
「確かに。お前のレファレンスはけっしてスマートとは言えないが」
「ほら、」
「いいからとにかく話を聞け!
 あのな、別にレファレンスはスマートじゃなければ下手ってもんじゃない。問題なのはいかに利用者の要望に応じられるか、だ。
 確かに、手塚みたいに無駄のないレファレンスを好む利用者だっている。一方で、図書館員との会話を楽しみながら自分にあった本を探したいっていう利用者だっている。そういう利用者は、お前みたいにゆっくり話を聞いて、会話を引き出してやれる方が合っている。
 だいたいな、レファレンスが下手なやつがわざわざ指名受けたりしないだろう!」
 そうした光景を思い出し、思わず最後は乱暴に言い放つ。相手に合わせた視線で話をする郁は子供や話好きの老人によく支持されている。そして、最近は若い男にも。
 笑顔でじっくり親身になって話を聞いてくれる郁はどうやら若い男連中の中でも話題らしく「今日、笠原さんはいらっしゃいますか」なんて所在を聞く人間は少なくない。そこにどういう思いがあろうと風紀を乱すような行為がない限り相手はただの利用者でしかなく差し障りのない対応しかできない。郁にその気が全くないと分かっていてもその光景を見るたびに堂上の心はざわめく。



―――おい、こら!そんな笑顔を簡単に見せるな!
―――あたしも好きですって何だ!その本が好きってちゃんと言え!
―――なんで、そこで握手するか!必要ないだろ!気づけ!!


 
「―――お前、さ」
「はい?」
「男性利用者にあんま笑顔で接するな」
「―――はい?」
 プイっとそっぽ向く堂上に、郁は「え?え?」と疑問符を浮かべ、しばらくして真っ赤にした顔を俯かせながらツンと堂上の裾を引っ張る。
「あ、あの。教官、そ、それって・・・」
「だから!お前は自分が思う以上に周りは女だって見てるって言ってるだろ!じゃなきゃ餌になんてなるわけないだろ!」
「あ、あれは特殊というか、普通じゃない人が相手だし」
「そんなお前を可愛いと思う俺が異常ということか」
「やっちが!そ、そいうことじゃ、ない・・・のかな?」
「そこは否定しろ!」
「はい!すみませんっ!」
「だいたいな、業績に関してもお前の歳でお前以上の業績ある人間なんて早々いないぞ」
「でも、当麻先生のやつはたまたまというか」
「遣り遂せたのはお前の判断によるものだ。そこは否定するな。
 それにそれ以外にも通常業務において痴漢や窃盗犯の確保数はお前が断トツだ」
「足ぐらいしかあたしの取り得はないですし。痴漢は、まぁ、特殊部隊にはあたししかいないですし」
「つまり、そういうことだ」
 うん?と首を傾げる郁に、だからな、と堂上は苦笑交じりに説明する。
「現在のところ、特殊部隊に入れる女はお前しかいないってことだ。
 お前がそれしかできないって言ってることすらできん奴らの方が多いんだ。
 謙虚なのは美徳というが、卑屈すぎるのは問題だな」
「でも、他の人はもっといろんなこと、出来るし」
「たとえば?」
「たとえば―――」
 郁が挙げるよりも先に堂上が口を開く。
「子供向けのイベントの起案力は、本務の業務部のやつらよりお前の方が上だ。
 幼稚園や保育所から視察が来るレベルの企画を作ったのはお前が初めてだ。
 お前が心配してるレファレンスだって、児童書やスポーツ関連は俺たちよりもずっと細かな案内ができるだろ」
「―――そこできなかったら、あたしにできるレファレンスないですし」
「だから、そうやって、それぞれの特性を活かして回していけばいいんだ。
 ある程度のことは出来てもらわないと困るが、一人で全部完璧にできる必要はない」
 配属された頃のお前なら別だがな、という堂上の言葉は耳に痛く思わず俯く。そんな郁の様子に堂上は笑い、ポンと頭を叩く。
「今のお前はちゃんと努力して、出来ないところを克服してる。俺はちゃんとそれを認めてる。
 それとも、お前は俺の評価を信用していないのか?」
「それだけはあり得ません!」
 顔をあげ、きっぱりと否定する郁に「それはそれで複雑だな」と堂上は苦笑する。
「上官」としての信が篤いことは喜ばしいことではあるが、「私」の言葉より「公」の言葉の方がすんなり聞き入れられるのも心情的に淋しいものがあるなと思う。そしてだからこそ公私混同はできないのだとも思う。それをしないのは堂上の性格ということもあるし、そうすることで郁を外聞から守るという意図もある。けれど、それ以上に郁の「理想の上官」としてそれはしてはならないと律している部分も大きい。
 公私ともに郁の一番でないと嫌だとかどこの餓鬼かと思うが、それこそが本音なのだから仕方がない。
















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