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付き合いだしてから、堂上と郁は公休日を一緒に過ごすのはほとんどデフォルトとなっていた。お互い他の付き合いが皆無というわけではないが、シフト勤務の身の上では暦通りの休みになることは難しく、周りの人間と休みが重なることは珍しい。そのため、外せない用事がある場合は、その日の勤務を早上がりに調整したり、年休を使って対応するため公休が他の約束で潰れることは滅多にない。 今まで公休日に二人がデートできなかったのは、主に隊長の仕事の尻拭いという対外的な原因により堂上が職場に召喚されたときくらいで、郁側の都合で流れたことはなかった。もっとも、そこはシフトを作成する上で事前に予定を把握している堂上が、「年休は余らせてももったいない。使えるときに使っておけ」と軽い職権乱用を繰り出しているということも理由の一つではあるのだが。副班長である小牧は当然そのことに気づいてはいるが、特に指摘はしない。権利として与えられている年次有給休暇をどこでどんな風に使うのかは個人の自由であるし、そうして班長自ら年休を使うことを推奨しているのならそれにこしたことはない。暦通りの休みの彼女を持つ身からしてみれば、年休を取りやすい雰囲気は大歓迎だ。 そんな風であったから、次の休みも当然に一緒に過ごすものと思い誘いをかけたところ、思わぬお断りを受け堂上は肩すかしを食らった気分になった。 「郁、次の休みどこか行きたいところがあるか」 「あ、今度の休みは、その」 言いづらそうに口ごもる郁に、堂上は内心のショックをなんとか抑え俯く頭に手を載せる。 休みを一緒に過ごせないのは確かに残念ではあるが、郁の時間全てを手に入れることができないということは堂上にも分かっている。全てを束縛したいという思いもないわけでもないが、そうすれば彼女の良さも奪うことになることも分かっている。飼いならされた籠の鳥より、自由に大空には羽ばたく野鳥を美しいと感じることがあるように、郁には自然であることで引き出される魅力が多くあるのだ。 「いつも俺を優先する必要なんてないからな。郁は郁で自分の時間を大切にしろ」 「―――あたしの一番はいつだって教官ですよ?」 飾ることのないストレートな言葉に、思わず「じゃあ俺を優先しろ」と言いたくなるのをなんとか耐える。 「―――教官?」 「―――あー、いや。そう思ってくれてるなら、それだけで十分だ」 「はい!あの、あたし、もっと頑張ります!だから、見ててくださいね!」 ―――何を?と思わないでもなかったが、自分の恋人が何事に対しても全力でぶつかっていくことは堂上がもっともよく知るところであるので、特に追求することはなく「まあほどほどに励めよ」と苦笑を洩らすにとどめる。そういうところも堂上が郁を可愛くて愛しいと思う部分なので世話はない。 「お前はほっんと、可愛いな」 「なー!なー!」 ほんと堪らんよな、と思いっきり掻き抱いてキスの嵐を降らせる堂上に、郁は恥ずかしさにジタバタもがくが、またそれが可愛くて堪らんと堂上の抱擁が強くなるのはある意味当然の流れだった。 そんなわけで、珍しく郁と堂上が別々の休みを過ごすこととなった今日―――。 「おはよーございます、堂上教官」 ザワつく空気の中声を掛けてきたのは、当然というかその空気を気にしたそぶりもない柴崎だった。緩やかに首を傾げ、口角を上げる姿はどこまでも計算しつくされた造形美をもっている。相変わらずそつがないなと感心とも呆れともいえない感想を堂上は抱くが、それだけだ。柴崎ファンから見れば垂涎ものの微笑も堂上には興味範囲外だ。 「ああ。おはよう。―――郁はどうした」 「笠原ならもう出ましたよ」 「出たって―――出かける相手はお前じゃないのか?」 堂上の言葉に柴崎はくすりとした笑みを零す。 「いいえ。あたしは今から仕事ですので。今日は短縮勤務なんで遅出なだけです」 繰り越しも含め年に最大40日与えられる年次有給休暇ではあるが、捨てることなく消化するには月2日ほど取得する必要があるのだがそうそう休める職場ではないため、人員に余裕がある時間帯に持ち回りで時間休を取る形で年休消化をしているのが現状となっている。特殊部隊である堂上たちも同じような形で利用していて、それを用いて業務後のデートに充てたりしているが、今はそれは関係ない。 ―――じゃあ、今郁は誰と一緒にいる? 思わぬ懐疑が頭をもたげる。そんな堂上の胸中を読んだのか柴崎はどこか楽しげに言う。 「いつも同じ人間相手だと飽きるかと思って、今日はあたしおススメの優良物件を紹介しておきました」 「なっ―――!何だその優良物件ってのは!!」 「え?吉祥寺で話題のイケメン、津田三正ですけど?」 それが何か?と笑う柴崎に思わず掴みかかりそうになる。 「―――なんで、そんなこと」 「なんでって。あの子が「他に誰かいい人いない?」っていうから、それじゃあと紹介しただけですけど?何か問題でも」 「何かもなにも問題しかないだろうが!なんで俺に言わない!」 「教官には内緒にしときたいっていうあの子の気持ちも汲んであげてください」 「汲めるか!お前も何浮気を推奨してる!」 「浮気?」 その言葉に柴崎はおかしそうに笑う。 「やだ、教官。笠原がそんな器用なまねできるわけないじゃないですか。あの子はいつだって本気ですよ?」 「―――っ!お前じゃ話にならん!あいつは何所にいる!!」 「そんなの、第二に決まってるじゃないですか」 聞くや否や堂上は駆け出す。 その姿を見送りながら、 「今日は外泊かしらね〜」 と魔女は一人楽しげに笑った。 |