「うーぅ。今日は冷えるねー」
フリースの上着のファスナーを一番上まで上げ、郁はふるっと小さく身体を震わせた。
「寒波で今年一番の冷え込みになるそうよ」
ジンジャーティの入ったマグカップを両手で包む柴崎の言葉に郁はうへぇと顔をしかめる。
「部屋に個別の空調付けてくれればいーのに」
「貧乏部隊にそんな余裕ないわよ」
独身寮にある空調は全館空調で、各部屋で調整ができるタイプではない。空調が入るのも12月から、設定温度も28度となかなか厳しい財政事情が伺える。そのため各部屋では小型のハロゲンヒーターや電気カーペット等を用意することになるが、あまり消費電力が大きいとブレーカーが落ちるというちょっと残念なことになる。安定の防寒の主力選手は衣服やブランケットという超原始的な方法だ。ビンボーって辛い。


「でもあんたはこの冬乗り切れば、あとはあっつあつの新婚生活が待ってるでしょうが。少しぐらい我慢しなさーい」
「あ、アツアツって・・・!」
ニヤニヤ顔で指摘され、郁は顔を真っ赤にする。その顔を隠すように両手で覆う。その左薬指にはシンプルな婚約指環が光る。



「そんな婚約ほやほやの笠原郁さんに、特別に温かくなる方法を教えましょう」
「な、なによ、急に」
ニタリと笑う親友から訝しげに距離を取る。
単純な郁とは違って柴崎は一筋縄でいくような性格ではなく、言葉を額面通り受け取ると精神的に痛い目に合うことは今までの経験上明らかだ。明らかに警戒する郁に柴崎は「なによぅ」と軽く拗ねた顔をする。その顔が「何よ」だが、そこでうっかり絆されるのが郁である。
「婚約祝いに人がいい情報教えてあげようとしてるのに、なぁに、その態度。失礼しちゃうわ〜」
「あ、えっと・・・ごめん。何?」
「寒いんでしょ?暖かくなりたいんでしょ?」
「う、うん」
「あんたにピッタリの方法があるわ」
警戒していたくせにそれを忘れて、クスリと魔女が笑っているのに気づかないのが郁だ。



「はい、じゃあまず堂上教官の姿を思い浮かべてー」
「え?え?」
「いいから、早く!あ、因みに彼氏モードだとなお効果的よー」
戸惑いながら、郁は目を閉じて先日婚約者になったばかりの恋人の姿を思い浮かべる。
―――何これ、恥ずかしいんだけどっ!
それでもすんなりその姿を思い浮かべられるあたり、恋する純情乙女である。


「妄想できた?」
「も、妄想って!想像って言ってそこは!」
「想像も妄想も同じようなもんでしょ。で、出来た?」
妄想と想像じゃ、なんか違う気がするけど・・・。そう思いつつも「う、うん」と素直に頷き返す。
「はい。じゃあ、その堂上教官に向かって、そうね、五回くらい『篤さん』って呼び掛けてごらんなさい」
「――――――なんで?」
「いいから。このあたしを信じなさぁ〜い」
―――それが、怖いんだけど。
そう思いながらも、真っ正面から噛み付くのもまた怖いので、揺らぎ始めた姿をもう一度形作り、郁はそっと名前を呼んだ。


「あ、あつし、さん、あつしさん…あつ、あつしさ…あつ…」



ポッポーーーっ!


「ひゃあぁぁぁっっっ!!」





◆◆◆






「―――と、顔を真っ赤にして恥ずかしがって床ローリングする純情乙女の一部始終を収めた動画がここに」
「――――――――――――で」
それがどうしたとなんとか搾り出された堂上の声に柴崎はニッコリと笑う。
「可愛い笠原のことがだぁいすきな堂上教官は欲しがるかなぁ〜って思ったんですけど?」
見たくないですか?と柴崎が携帯を振る。



見たいか見たくないかと聞かれれば、勿論見たい。
欲しいか欲しくないかと聞かれれば、勿論欲しい。
当たり前だ。
顔を真っ赤にして恥ずかしがる郁の姿の可愛さなんて、百パーセント品質保証がされた優良商品だ。堅物で有名な“あの"堂上一正認証マークを付けてもいい。
掲げられた携帯の画面に映る静止画ですら、既に可愛い。それが喋り、動くなんて強烈な可愛さに違いない。
そんな可愛い郁の姿を手に入れたいと思うことは間違っちゃいないはずた。
そうは思うも、堂上にもプライドというものがある。


「―――――――――必要ない」
「本当に?」
「――――――ああ。俺はいつでも見れるからな」
「そうですかぁ。そーですよねー」
にこりと柴崎は笑う。
「本物の可愛い笠原を手に入れた堂上教官には不要でしたねー」
「―――あ、ああ」
多少なりと惜しい気がしないでもないが、ここで素直に欲望を述べたりしたら、柴崎の思う壷だ。




「ところで、堂上教官はものの価値ってどのようにして決まるかご存知ですよね?」
「―――は?」
いきなりの質問に、思わず間の抜けた声を漏らす堂上に構わず柴崎は続ける。
「需要と供給。っていうのは勿論ご存知ですよね」
「―――柴崎?」
「まあ?本物を手に入れた堂上教官には関係ないかもしれないですけど。
 例えば、笠原に思いの差はあれ好意を寄せてるアツシという名前の男性隊員にしてみれば、すっんごいお宝映像だと思うんですよねー、これ。
 だって自分の名前を愛おしげに呼んで恥ずかしがる姿なんてそうそう拝めませんもんね」
「おい!」
「で、あたしはそーいう隊員を三人ばかり知ってるわけで―――」
「分かった!言い値で買おう!!」
「まいどあり〜。いつもお買い上げありがとーございまぁす」
キャハと笑う柴崎を前に堂上は思わず額に手をやる。
―――やってしまった。
こうして柴崎の口車に再三乗せられて、次こそはと思うのに結局最後は同じ結末だ。
郁のことを可愛がっている柴崎が、他の人間に流したりそんなことはしないとは思いつつも、絶対ないと言い切れないところが辛いところだ。
郁が弱みだと知られてる以上、堂上も柴崎には勝てないのだ。


「―――そのデータ他にぜったい!渡すなよ!」
「とーぜんです。数量限定はものの価値を高める付加価値ですから。一名様限定でぇす」
「あと、――――誰と誰と誰だって?」
「はぁい。特典としてそれもお付けしまぁす」


そうして堂上の郁には言えないコレクションが増えていく。
そしてそのどれも捨てられないところが堂上の弱みでもあり、それを当然に知っている柴崎はニッコリと魔女の微笑みを浮かべて折を見て近付くのだ。



「堂上教官、ちょっとお話が―――」







◆◆◆







「うわぁ〜!これカシウェアのブランケットじゃない!すっごーいフワフワあったかぁい!」
買い物してきたの、とホクホク顔で帰ってきた柴崎が郁に見せたのは手触りと保温が最高のブランケットだ。そしてお値段も最高品質だ。―――ブルジョアめ!
とてもじゃないが、郁がやすやすと購入できる品ではない。
「―――いいなぁ」
「それ、あんた用よ」
「は?」
―――なんの罠だ!
「あたしはあたしで買ってきたし」
「や、柴崎?あの、なんで?なんか変なもんでも食べた?」
「ふーん。いらないのね」
「いる!いります!ごめんなさい!」
取り上げようと手を伸ばす柴崎から遠ざけるように身を引き護るようにギュッと抱きしめる。
「あの、でも、いいの?っていうかあたしは何を請求されるの?」
「されたいのね?」
「うそ!ごめんなさい!」
アワアワとあわてふためく郁に、柴崎はクスリと笑う。
「いいのよ。それに関してはもう充分貰ったから。んー配当金みたいな?」
「―――なにそれ」
「ま、あんたのことを存分に愛してくれちゃってる婚約者にお礼でも言っときなさい」
「―――堂上教官?」
―――なんで?
からくりを知らない郁はわけがわからずハテナと首を傾げた。








◆◆◆






「―――そんなことがあって。
 よく分かんないんですけど、ありがとうございます、堂上きょ…じゃなかった!…篤さん」
おかげで寒い冬もヌクヌクです。ほわりと笑う郁は相変わらず可愛いかったが、どこか釈然としない思いを堂上が抱えたのはある意味当然と言えた。
自分の金がめぐりめぐって郁に行き着くのはある意味いいっちゃいいのだが、何故柴崎経由か。だったら直接自分が買ってやるわ!むしろ買わせろ!というか自分には恐縮しまくりなのに、柴崎からだとなんでそんなあっさり受け取るのか。とかイロイロと複雑な胸中で、とりあえずこれだけはと思うことだけ伝える。


「お前、柴崎の前で油断して可愛い顔見せんな」











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