「あ、ほら教官!見てみて!かっわいぃ〜」





それはある昼下がりのこと。
関東図書基地特殊部隊のお姫様こと笠原郁三正とその王子様でもある堂上篤一正が久しぶりのデートを楽しんでいるそんなある日のこと。
ぶらぶらと街を歩いている時に通りかかったペットショップの前。
ケージの中にいるふわふわのかたまりをウィンドー越しに見つけた郁が駆け寄ってベッタリとガラスに両手をついてしゃがみ込んだ格好で後ろに立つ恋人を振り返る。
そして可愛く笑いながら窓に手をついている郁を見ながら堂上はこっそりと思う。
(郁より可愛いものなんていないんだけどな)
言ってやれば郁は顔を真っ赤に染めて、ワタワタと可愛らしく慌てふためくだろう。そんな姿も見たいとも思ったが、それよりも―――。
「教官、か?」
少しぶっきらぼうに言う堂上の声に郁が「あっ」と小さく声を上げ顔を朱色に染めて目を伏しながら言った。
「・・・あつしさん」
その答えに良く出来ましたとでも言うように、堂上は郁の髪をクシャリと撫でる。
「―――寄っていくか?」
「えっいいの?」
パッと華が咲いた様な可愛らしい笑顔を最大に見せられ、心の中では堂上は脂下がった顔を見せる。あくまで心の中だけで。ここに小牧や柴崎が居たら、それもバレバレだろうが、此処に居るのは鈍い堂上の婚約者だけだ。



「どうせ特に予定もなかいんだ。暇つぶしには丁度いいだろう」
「ありがとうございます」








「たくさんいますね」


所狭し、というような圧迫感はないけれど、広々とした奥行きのある店内にはたくさんの種類の動物たちがそれぞれのコーナーに生活環境を整えられて分けられている。
入り口の近くのコーナーには小型犬や子犬や子猫といった愛くるしい動物たち。ふわふわの毛玉に包まれて丸まっている姿はなんとも微笑ましいかぎりだ。
よっぽど嬉しそうに見ていたのだろう、郁は「どうぞ触ってみてください」と店員さんに声をかけられる。
真っ白な毛におおわれたマルチーズの子犬を最初はこわごわと抱いていた郁も、次第になれてきたのかいつもの笑顔が零れる。
子犬と戯れる郁を微笑ましく堂上は見つめる。―――・・・そう、きっと微笑ましく思いながら見ている。
なんというか、あまり清々しくはないオーラが出ているのはきっと気のせいに違いない。気のせいだと思いたい。
いくら子犬と戯れている郁の姿がそらもうべらぼうに可愛いからといってここでどうにかしようなんて、そんな変な気は起こしてはいないはず。――だって外だし!!
仮に思っていたとしても!そんなことを要求する様な人間は純粋培養乙女の婚約者としては色々失格だ。
だからきっと大丈夫!・・・なはず。だと思いたい。







あまり長い間抱いているのは可哀相だと思い、少し名残惜しく思いながら、子犬をそっと降ろす郁。
子犬を降ろした格好、つまりは必殺上目遣いで堂上に尋ねる。



「篤さんは触らなくてもいいんですか?」
かつて堂上が犬を飼っていたことを知っている。
「俺はいい。あとでたっぷり触らせてもらうから」
すごく含みのある言い方をする堂上に郁は疑問符を浮かべるが、甘い笑顔で微笑まれてしまい頬を赤らめて視線を落とす。
(まったくそういう反応が煽るってことを分かってるのか)
傍から見ればイヤラシイだろう?!と思われる笑みを浮かべる堂上に郁は気がつくはずもない。




「取り敢えず一回りしてみるか」
「そう、ですね」
まともに考える暇も与えられず郁は堂上に流される。
手を取られ立ちあがると、ただただ、嬉しそうに、幸せそうに笑う。
――逃げろ笠原!!
可愛らしく笑う郁に笑みを浮かべる堂上の姿は見る人が見れば思わずそう警告してやりたい状況だ。








「う〜ん。奥はペット用品だけみたいですね」



彩り鮮やかな熱帯魚のコーナーを過ぎると、後はペットフードをはじめとする、様々なペット用品売り場になっている。
さすがにこれより先に動物はいなさそうだ。


「でも、色々あるんですね」
キョロキョロと興味深そうに辺りを見回しながらトコトコと歩く郁の後ろ姿を眺めながら歩いていた堂上の目にある棚が目に留まる。
堂上はそこで足を止め、少し考える素振りを見せて手を伸ばし、目の前に並ぶ商品の中の一つを手に取った。




「郁」
「何です?」


後ろから呼び止められた郁は振り返り、コッチコッチというように手招きする堂上の元に戻る。
堂上のもう一方の手に握られている物には気がつかない。
郁が堂上の元に近付くと、堂上の手が郁の首元に伸び、そして手早く郁の首元に何かを装着させた。



「篤さん!!」
「郁、ここ店の中」
「あっ、ごめんなさい。・・・じゃなくて」


驚いたように大声を上げる郁に言った堂上の言葉に素直な郁は慌てて口を噤む。
が、首元にあるひんやりとした感触を思いだし、「これ!!」と声を押さえながらも抗議する。
なにせ郁の首元に着けられているのは首輪だ。
光沢もあり、手触りも良く加工された皮で作られたシンプルで品の良い首輪が郁の首元に着けられている。
「鈴なんか着いてたらもっと可愛いけどな」
〜〜〜〜っじゃなくって。
いきなりこんなものを着けられて戸惑う郁。
そんな郁に堂上はどこか満足げに微笑みながら言う。




「赤も似合うな」
「・・・篤さん、嬉しくないですよ・・・」



うなだれる郁とは反対に堂上は至極満足げな様子を見せる。
瞳が妖しく輝いているのはもはや気のせいではない。
それはそれは愉しそうに郁に尋ねる。



「苦しくないか?」
「それは大丈夫ですけど・・・」
「じゃ、それでいいな」
「え?」



郁の返事も待たずに素早く首輪を外し、堂上はレジの方へと向かう。
しばらくぼうっとしていた郁が、それを見て慌てて堂上の方へと駆け寄る。



「ちょっ、篤さん??それ・・・何に、使うんですか・・・」
聞いたら聞いたで怖い答えが返ってきそうなんですが。
「色々」
「・・・え?」
堂上の言葉に不安げな様子の郁とは正反対に口元を緩ませる堂上。
堂上は「だって今日は泊まりだろ?」と笑いかけ、それから郁の耳元でとろけるような甘い声で囁く。





「安心しろ。ちゃんと可愛がってやるから」








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