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たとえば、そこに不確かな未来があって。 それを『約束』ということで確かなものへと変えることが出来るのだと思うのなら。 それはただの幻想に過ぎない。 明日から続く未来は、それがどんな日なのか、どんな出会いがあるのか、全くもって想像も出来ない。 明日は良い日だといいな、と希望を抱くに過ぎないのだ。 自分の描いた未来予想図が実際の『未来』で完成されるかどうかなんて、結局は現実にその未来になるまで分からないのだ。 だから、どんなに『約束』をしたところで、その未来が来る保障などどこにもないのだ。 『約束』など所詮は夢や希望を乗せて、煌びやかに見せかけた泥船だ。 そんな不安定で完璧ではない理想の船で果てしない『未来』になど、誰が漕ぎ出せるというのだろうか。 堂上教官は『約束』と言う言葉をよく使う。 いや、「約束」という言葉そのものというよりも、それに似た将来にわたっての取り決めを表す言葉というか。 そういった総じて『約束』と称されるような言葉を、よく使う。 例えば、帰り際に郁が「では」と言って会釈と共に離れる時に、堂上は「ああ。また明日」、明日も会おうと暗に言葉に含ませる。 ちょっとしたことにでも『約束』と言う言葉を使ってそれを深く刻ませる。 指切りをしないだけまだいいのかもしれないけれど自分の性格上『約束』と言われたら、些細なことであろうと破ることは出来ない。 それを知ってか知らずか、ある日、堂上教官は私にこう言った。 「好きだ」 私は冗談だとて笑い飛ばしたかったが、それが出来ないほど堂上教官の目は真剣で真っ直ぐだった。 そんな目で見られて、私は答えに詰まって俯いた。 それを見て堂上教官は、困らせるつもりはないのだと小さく笑った。 ただ覚えていて欲しいのだと。 「俺が、お前のことを好きだということを、知っておいて欲しい」 ただ、伝えたかったのだと。 そうして。 「返事が欲しいわけじゃないんだ」 とも。 何時までに返事をしろ、という『約束』はなかった。 気がつけば堂上教官といつも一緒にいた。 付き合っていると噂されるだろうほどにそばにいた。 意識的なのかそうでないのか、あの激白(ああ、そうだ。激白以外の何物であったのだろうか)以後、堂上教官は積極的に私を誘うようになった。 堂上教官に誘われる内に少しずつ私の予定は埋まっていく。 今日も明日も明々後日も。 まだ見ぬ『未来』の予定が現実に埋まっていく。 連休ともなれば、遠出をし、―――そのまま泊まったりもした。 布団から漂う自分とは違う香りに胸を打つことはなかったが、恐ろしいほどに互いの体温が愛しいと感じる時がある。 目が覚めたときに目の前に堂上教官がいることで安心だとも感じることもあった。 ――――― でも、それだけだった。 安心したのは、それが『現実』だったからだ。 あるかどうかも分からない『未来』に安心などしない。 堂上教官がどんなに私のことを好きでていることを知っていても。 堂上教官と過ごす時間がどんなに増えていっても。 堂上教官が隣に居てその温もりに安堵を覚えても。 それ以上の感情など感じたことはなかった。 いや、そもそもそれ以上の感情と言うのがなんだかわからないと言うのもあったけれど。 私は堂上教官が大切だった。 堂上教官もそう言うだろうと思っていた。 けれど、堂上教官は確かにこう言ったのだ。 「好きだ」と。 今ここで、私が堂上教官と同じように「好きだ」という言葉を発したとして、それは堂上教官の想いと重なるのだろうか。 答えはNOだ。 私がどんなに堂上教官を大切に思っていようとも、一緒にいることで安心を感じても、多分私たちの『好き』が重なることはないのだろう。 もしかしたら、いつの日かその『好き』が重なる日がくるのかもしれないが、今、現在ではそんな日が来るのかどうかは分かりようもない。 来るかどうかも分からない想いを『約束』出来るほど、私は『未来』というものを信用していない。 一体、私たちはどこからすれ違いが生じてしまったのだろうか。 心の迷いを現したかのような、晴れるでもない、雨が降るでもないどっちつかずの曇空を見上げた。 堂上教官はあの時の言葉に返事はいらないと言った。それに甘える訳ではなかったけど、私は返事を返す気にはなれない。 多分、堂上教官はそれと分かって『約束』をしなかったのだろう。 堂上教官が私に抱いている感情は、今は信じられるものだと思う。 でも、今は、だと思う。 明日から続く未来は、それがどんな日なのか、どんな出会いがあるのか、全くもって想像も出来ない。 明日は良い日だといいな、と希望を抱くに過ぎないのだ。 明日がどんな日になるのか『明日』になるまで分かりようがないのだ。 神の前で『永遠』を誓った二人すらその『永遠』を見ることがない世の中だ。 そんな不安定な世界の未来の関係など誰が信用などするのだろうか。 そんな関係が良いと言う人もいるだろうが、明日崩れるのかもしれない関係ならば、ただ親しいだけの上司と部下のままがいいと思った。 私にとって彼の存在は、ただ、それだけだった。 多分、きっと。 彼が特別だと気付いてしまった瞬間から特別な存在にはしないと決めたのだ。 不確かで不安定な泥船のような世界に、どうして特別な人を連れて漕ぎ出せるというのだろうか。 |