|
「分かりました。すみません。もう言いません。変なこと言ってすみませんでした!」 「笠原!」 「すみません。今日はもう失礼します!ちょっと頭冷やしてきます!お大事に!!」 「笠原!待てっ!!」 ―――お前絶対分かってない!! 慌てて腕を伸ばすも、その俊敏性には定評のある郁が相手だ。ガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がった郁はその勢いのまま病室を飛び出す。 堂上の呼び止めを聞く間もなく、あっという間に堂上の前から姿を消す。足音もすぐに消えていった。 追いかけることもできない堂上は、腕を伸ばしたままの恰好で固まる。 ―――嘘だろ、おい!まさかここまで来て誤解されるとか、そんなの有りか?! くそっ! 思わず頭を掻き毟る。 こんなことなら、欲を出さずさっさと自分の気持ちを伝えればよかった。 ついつい、郁からの「好き」が聞きたいがために、追い詰めたら、まさかのしっぺ返しだ。 「誰でもいいから早く来い!」 出来れば小牧。からかわれるのを承知で郁の捕獲依頼が一番スムーズな小牧の登場を願う。 ジリジリとした気持ちで堂上は再び来客を待つことになる。 脚を吊るされ、ベッドの上から自由に降りることもままならない状態ではさすがの堂上といえども郁の暴走は止められない。 ―――頼むから、頼むから!早まってくれるなよ!! もちろんそんな堂上の叫びなど思い立ったが吉日の暴走女王の郁に伝わるわけもない。 堂上の病室を飛び出した郁は、その脚力をもってそのまま関東図書基地に赴き、そして特殊部隊隊長室に飛び込んだ。 そして飛び込むと同時に叫んだ。 「隊長!!あたしをどこか遠くへ飛ばしてください」 「―――いきなりどうした。ブン投げればいいのか?」 「違います!!とにかくどこか遠くに出張に行きたいんです!」 「どこか遠くっつってもなーお前の場合―――」 「そこをなんとか!!」 まだ新米の域を出ない自分が大層な出張に出られないことは郁だって重々承知している。 それでも―――。 「北は北海道、南は沖縄まで選り取り見取りなんだが。どうする?」 「へ?―――あるんですか、そんな出張!!」 思わぬ情報提供に郁は身を乗り出す。 「そりゃな。お前さんは全国初で今なお全国唯一の女性特殊部員だからな。しかも今回の事件で一気に名前が売れたから、余計に出張依頼は舞い込んでるぞ」 どうする、とニヤっと笑われ、しかし郁はその笑みの真実に気づくことなく拳を作り高らかに宣言した。 「それでは笠原、只今より、全国津々浦々、図書隊員としての見聞を深めるため北は北海道、南は沖縄まで旅に出させていただきます!!そして今よりもっと立派な図書隊員になってみせます!!」 ―――笠原!堂上教官への思いを断ち切れるまで、旅に出ます!!そして立派な部下になって戻ってきます!! そんな上手い話あるかと思ったら、ありました!そんなわけでやってきました傷心旅行in沖縄! ―――教官の顔を見るのが辛くて、勢いで飛び出してきたけど・・・。 よく考えずとも、堂上は入院中なのだから、顔を合わせるのが気まずければ郁が病院に行かなければいいだけの話だ。 郁がそれに気づいたのは、那覇空港に着いてからだった。―――遅い! ―――いや、だって仕方ないじゃん。 思わず郁は胸中で言い訳をする。 郁の傷心旅行、別の名を「図書隊員としての見聞を深めるための全国図書基地巡り」はあっという間に手配がされた。 勢いで言ったことが即日実現してしまったのだ。 よし分かったと郁の宣言を聞いた玄田がサクっと出張伺いを会計に上げ、即行で決裁をとり(こういうことだけ仕事が早い)「よし!パック旅行手配して来い。まずは沖縄からだ」と隊長室から郁をペイっと放り出した。 「よし行け!」と言われたら、もはや条件反射の郁である。言われるがままに飛び出して、その日のうちに旅行の手配を終えた。 そして「―――は?」と呆れ顔の親友に「そういうわけで沖縄行ってくるね!じゃ!」とスチャっと片手をあげ、あっという間に雲の上の人間になった郁である。 それは小牧が堂上の病室を訪れるより先の早業だった。 「小牧!細かい事情は後で話す!頼む!笠原をここに連れてきてくれ!!」 「それなんだけどね、堂上―――」 沈痛な面持ちを見せる小牧を堂上は凝視する。 一言一句漏らさないよう堂上の周りの空気が張り詰める。 「笠原さん今―――沖縄にいるんだ」 「―――は?・・・は?はあああああ?!!ど、どういうことだそれ!!」 「俺もさ、今日出勤して聞かされたんだけど。 なんでも図書隊員としての見聞を深めるためだとか、笠原さんが隊長に直談判して、即決したらしいよ」 「それって、いつ出た話だ。お前今までそんなこと言ってなかっただろ」 「仕方ないだろ―――昨日決まった話なんだから」 「早すぎだろう!!」 特殊部隊の決裁権者の顔を思い出し、堂上は頭を抱える。 ―――あのおっさんは・・・!! これはもう、完全に面白がられている。そうに違いない! 「いつ!笠原はいつこっちに戻ってくるんだ?!」 「いや、それがね。 満足するまで思う存分好きな所へ行って来いって隊長が許可しちゃったみたいで、出張期間は未定なんだ」 「――――――」 小牧の言葉に堂上は絶句し、項垂れた。 ―――なんで、あそこで無駄な欲出した俺・・・!! 後悔先立たずとは、昔の人は本当によく言ったものだ。 沖縄基地の見学も終わり、さてお土産でも買って帰るかと郁は市街地を見て歩く。 ふと目に付いたのは二日酔い対策サプリメント、その名も「酒豪伝説」。 一瞬手に取り「柴崎に」と思い郁は慌てて首を振り商品を戻す。 ―――「へぇー。ふーん。そう。あんたのあたしのイメージってそうなの。へー」 言われるだろう台詞や表情を思い浮かべ郁は「なしなし!」とそれまでの思考を打ち消す。 柴崎にはもっとおしゃれで可愛いの!! 琉球雑貨の土産物屋に入り、琉球ガラスの小物などを見て回る。 ウチの班には琉球ガラスのジョッキとか? そこまで思い、 ―――ああ。こんなとこ教官に見られたら「出張は遊びじゃないんだぞ!」って怒られちゃうかな。 と、「教官」の姿を思い出し少しだけ気分が沈む。 ―――ああ。あたしはこんなトコで何やってるんだろう・・・。 背を向けて、逃げ出して。 この脚はどこに向かっているのだろう・・・。 迷い始めた足取りは重い。 お土産を見て楽しむ気分でもなくなった郁は、トボトボとホテルに向かって歩く。 その時だった。 ―――良化隊? 反対側車線を窓に偏光フィルターの貼られたバンが走っていく。 郁は慌てて振り返り、駆けだした。 脳裏に残る映像に、バンの進行方向に本屋があったのを思い出したからだ。 本屋に駆け込めば、まさに検閲が始まろうとしていたところだった。 「やだっ!返して!」 子供の悲鳴交じりの声に振り返る。 どうする。 見計らい権限は使えない。 そこまで、バカじゃない。 同じ失敗は繰り返さない。 ない頭で考える。 「ちょっと!市民を守る側の公務員がこんな小さい子を乱暴に扱っていいと思ってるの?! 行政窓口に訴えるよ!それともネットに今の映像流されたいの?!」 携帯を開きながら郁は声を上げる。 公務執行妨害でしょっ引かれるか? 少しだけ身構える。チリリとした緊張が郁に走る。 けれど、国民の関心の低さを背景に成立している良化隊。 しかも今は先の当麻事件で、市民への安全対策が講じられていない場所での発砲もあり、世間の目は厳しくなっている。 勿論郁はそれを計算したわけではないが―――。 しばらく睨みあった後、チッっと舌打ちをして撤収の合図を出したのは良化隊の方だった。 良化隊員が全員引き、ブロロロっというエンジン音が聞こえなくなるまで郁はキっと入口を睨みつけていた。 そうして、ようやくホっと息を吐く。 ツン、と手を引かれ振り返る。 小さな女の子が大切そうに本を抱えてにこりと笑った。 「ありがとうお姉ちゃん」 図書隊は正義の味方じゃないことをあたしは知った。 武器を持ったことで、図書隊は良化隊と同じ舞台に上がったのだ。 そして、全ての本を護れるわけじゃないことも。 でも――― ―――「ありがとうお姉ちゃん」 それでも、全ての本を護りたいという思いがなくなったわけじゃない。 たとえ正義の味方でなくても、あたしは――― 店の人や女の子のお母さんなんかにもお礼を言われ、面映ゆい。 ―――教官も、同じ気持ちだったのかな。 思わず笑みかこぼれる。 憧れた背中がある。 そして見つけた追いかけたい背中。 そして見つけた望む世界がある。 そのためにあたしができることは、ただ、突き進むことだけだ。 立ち止っている暇なんてない。 こんなことで、脚を止めている場合じゃない! あたしは、確かに堂上教官が好きだ。 でも、それ以上に―――この仕事が好きだ! あたしが図書隊に入ったのはあの人に恋をしたかったからじゃない。 あの人と同じように本を護りたいと思ったからだ。 「―――ぅっし!吹っ切れた!」 人通りの多い道路を笑みを浮かべて郁は疾走する。 道は見えた。 後はただ只管前を見据えて直走るだけだ!! 「笠原士長、入ります」 ノックの後、そんな宣言の元、郁は堂上の病室に足を踏み入れた。 「沖縄出張の帰庁報告に参りました」 そう言った郁の顔に甘やかな女の顔はなく、すっきりとした何の曇りもない部下の顔でしかなく、堂上は思わず目を瞠った。 「先日は、浮ついたことを言ってすみませんでした! 心機一転、これからは今まで以上に日々研鑽を重ねて業務に邁進していく所存ですので、今後とも何卒ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします!」 見事な敬礼付きで宣言された言葉に堂上は思わず絶句する。 「―――ちょっと、待て。それは俺に“好き”だと言ったのを撤回しているようにしか聞こえないんだが」 「はい!」 にっこりと郁は笑った。 「もう大丈夫です!これからは堂上教官のことを恋愛感情で好きだなんて言いませんので安心してください!」 力強い郁の宣言に堂上は頭を抱える。 たかだか三日やそこらでふっ切られてしまった・・・! 「―――俺が、お前のことを好きだというのは、今更か?」 「いえ、ありがとうございます。嬉しいです」 郁はふわりと笑う。 「もっともっと堂上教官の信に値する部下になれるよう頑張ります!」 「そうじゃない!そうじゃない!」 頭を振る堂上に郁は首を傾げる。 「教官?」 堂上は郁の腕を掴み覗きこむ。 「部下としてじゃない。俺は、お前のことが好きだ」 堂上の言葉に郁はまた「ありがとうございます」と笑う。 「あたしも、教官のこと一人の人間として、大好きです。尊敬してます!」 「だからそうじゃなくって!」 きょとんとする郁に頭を掻き毟る。 ―――どう言えば伝わる! 「お前は俺のことを、異性として好きだと言ってくれただろ」 「だからそれはもういいんですって! これからは上司としてちゃんと見るから安心して下さいって言ったじゃないですか!」 「よくない!もう、それじゃ困るんだ、俺が」 「―――今更か?」 「教官?」 「俺が、お前のことを、一人の女として好きだというのは、今更か?」 その言葉に郁は考えるように眉根を寄せ、小首を傾げた。 「教官?あの・・・ ―――仰っている意味がよくわかりません」 ―――まさかの振り出しに戻る!! 「だから!俺はお前の事が一人の女として好きだと言ってるだろう!」 「あーもうだから、分かりましたって言ってるじゃないですかー!誰も教官があたしのこと男だと思ってるなんて言ってないじゃないですか!」 「だから!お前が分かっていないから言ってるんだろう!! 俺はお前の事女として見てるから、お前も俺の事男として見ろ!」 「見てますよ!てかどっからどう見ても教官は男です!」 「だから、男としての俺を好きになれって言ってるだろうが!」 「だーかーら!あたしはちゃんと教官の事男だって思ってて、そんな教官の事好きだって言ってるじゃないですか!何回言えば満足なんですか!!」 「だから、それは「教官」としてだろ!」 「当たり前じゃないですか!それ以外どんな好きがあるって言うんですか!」 「あるだろう!恋愛感情ってものが!」 「だーかーら!それはちゃんとふっきれたって言ったじゃないですかー!」 「だから勝手にふっきるなって言ってんだろうがあ!!」 堂上の退院後、堂上が郁を追いかけ回しそんなやり取りが繰り返されることになろうとはこの時の郁は思いもしていなかった。 「ああもう!教官、いい加減鬱陶しいです!!」 |