カミツレデート成功で、教官からの告白シーンからいきなりスタート。 だって、ネタだもの






これ以上の恋を、愛を、あたしは知らない。
初めから、失う恐怖に怯えるような、そんな恋をあたしはしたことがなかった。
誰かを本気で好きになるという恐ろしさを、あたしはこの歳になって、初めて知った。




「―――お前のことが、好きだ、笠原」

スンと澄んだ空気は冬のそれで。
冷たくて清潔で、鼻の奥までつーんと来る冬の匂いがする。
そんな中で、公園の植え込みの至る所に植えられた密度の濃い水仙の甘い香りが否応なしに入り込んできては、あたしと教官の間を抜けていく。
なんともこの情景に似つかわしくない。
さわやかで甘い香りなんて。


いつか、いつかはと思ったけれど。
思ったこともあったけれど。


だけど、それは夢物語で。そんな夢はいつかは醒める。
だってあたしは、ハッピーエンドの童話の中のお姫さまなんかじゃ、ない。

あたしは、教官のお姫様になれるような女じゃない。
そんなこと、誰よりも自分が一番分っている。


男と女の先にあるもの。
それは始まりで、そして、いつかは終わりを迎えるものだ。
そんな話をどこかで聞いた。
つまりあたしは教官とその領域に踏み込みたくはなかったということ。
何故なら入り込んだら最後、辿り着くのは終着駅でしか有り得ない。
それがいつかは分らない。明日かもしれないし、死ぬ直前かもしれない。
けれどいくら愛し合い身体を重ね、その時ばかりは口先だけの甘い言葉を囁き合ったとしても、必ず終わりは来るものだ。愛が永遠ではなく、儚いものだということを。
それが奇跡を沢山に織り込んで作られたものであることを。
そして決して美しいだけのものではないということ。
知ってしまったからこそ、あたしは教官からのそれを頑なに拒断した。



「―――ごめんなさい」


あたしの言葉に教官の身体がわずかに強張る。それにもう一度心の中で謝罪する。
ごめんなさい。ごめんなさい、教官。
こんなにも、好きになってしまって、ごめんなさい。


「―――・・・そうだよな。いきなり上官から、そんなこと言われても、困るだけだよな」
その言葉にあたしは首を振る。
誤解だけはして欲しくない、なんて我儘。


「あたしも、教官のことが、好きです。
 でも、・・・だめなんです」
「―――・・・だめって、何がだ」

だけどあたしはその愛を得て、その次にその愛を失う恐怖に怯えるくらいなら、今のこの関係が続くことを願ったのだ。
一度でもソレを手にしてしまったら、今の関係にだって戻れない。


「あたしは、教官とは上司と部下のままでいたい」
だって、それなら壊れる心配がない。
「教官のことは、好きです。でも怖いんです。
 誰よりも好き。柴崎に嫉妬してしまうくらい。
 こんな風に誰かを好きになるなんて、初めてだと思うくらい。
 ―――・・・でも、だから余計に怖いんです」


きっとあたしは、教官以上に誰かを好きになることはない。
そんな教官と別れてしまったら、あたしはどうなってしまうのだろう。
教官に一生好きでいてもらえるなんて、思えないし思わない。
いつかきっと別れの日が来る。
そうしたら、あたしは傍にいることさえ辛くなって、上司と部下の関係でさえいられなくなる。


そんなのは、嫌だ。


だったら、はじめから、何も望まない。
あたしの片想いでいい。
この思いが報われなくても、教官との全てを失くしてしまうよりずっといいから。


「お願いです。だからどうか、それ以上、あたしのことを好きだなんて言わないで」

両想いだなんて思わせないで。
一生、貴方への想いを失わないために。
一生、あたしの片想いのままでいさせて。


顔を覆って、あたしはそう、教官に懇願した。














◆◆◆



























あの日から、笠原は俺と個人的な付き合いを一切しなくなった。
食事に誘っても首を振られ、同席する飲み会ではアルコールを取らず寝落ちもしない。
そして、頭に手を乗せることさえ。
翌日、部下として出勤した笠原は、いつもと変わらない顔で俺に挨拶をした。
それにぎこちなく返したのは俺の方だ。
相変わらず、ささいなミスを起こして、落とした拳骨は大人しく受け取った。
そして、上手く行ったことを褒めれば、屈託のない笑みを返してきた。
いつも通りの部下の姿がそこにあった。
だから、俺もいつも通りに、その頭に手を伸ばした。手を乗せて、撫でようとした。
けれど、笠原は、一歩退き、頭を軽く振った。
「ダメです。教官。それは―――特別扱いです」
手塚と同じように扱って。
笠原はそう言って、俺の手を受け入れてはくれなかった。


笠原は頑なに、俺との距離をただの上司と部下のものに押しとどめようとした。
だけどそれは逆に俺を異性だと認識していることの表れで、そんな笠原を前に、俺はこの想いを諦められるわけもなかった。


だって、俺は、笠原のことが好きで。
笠原も、俺のことを好きでいてくれている。


そんな事実を前に、諦められるわけもなかった。
 

















◆◆◆













「笠原、今度の休み、暇か?」
「・・・・・・なんでですか?」
今までの郁ならそんな探るようなことは尋ね返さなかっただろう。
必死に自分と距離を置こうとする郁の姿に堂上の胸が詰まる。
それでも、軋む胸の痛みを堪えながら、堂上はその距離を戻そうとする。
「遊園地の、優待券を折口さんから貰ったんだ。
 もし、予定がないんだったら、どうかと思って」
「・・・あ、えっと・・・」
どれだけ懸命に堂上との距離を取ろうとしても、嘘がつけない性格はそうそう治るものではない。
逃げ口を探す郁を堂上は言葉を重ねて、道を塞ぐ。
「何も二人で行こうってわけじゃない。小牧や手塚も、女一人ってのが気になるんだったら柴崎も誘えばいい。 一枚で5人まで有効だからな。
 呑みばかりじゃなく、たまにはこういうところで班の親睦を深めるのもいいだろう」
班の、あくまでも班長として、仕事の延長として誘えば、郁が断らないことを堂上はすでに覚えた。
視線を彷徨わせ、しばらく迷った挙句「・・・みんなが行くなら」と郁は、ゆっくりと頷いた。






そんな経緯を経て、堂上班の4人と柴崎は平日の公休日に遊園地に居た。
小牧と柴崎は、当然に堂上と郁との行き詰まりを知ってのことだ。







「な、なんだってこんなとこ入ろうと思うのよ!!」
「えー、せっかくなんだから、全アトラクション制覇しないと勿体ないでしょー」
「だ、だからってぇっ!!」
一つのアトラクション、見るからにオドロオドロシイ洋館モチーフの建物の前で郁は半泣きで訴えた。どっからどう見てもお化け屋敷だ。しかもかなり本格的な。
ホラー系と併せて暗いところが苦手な郁にはそんなところに嬉々として入って行こうとする神経が理解できない。
そんな郁に柴崎はウフフと愉しげに笑った。
「しかも此処、出るって噂のスポットなのよねー」
「やめてよーそういうこと言うのぉっーーー!!」
いやーと郁は耳を覆って後ずさる。
「やめよ!ねぇ!ほんと!その分違うの乗ったりすればいいでしょう!!」
「ばかねー。こういうのは全アトラクション制覇に意味があるんでしょ。
 そんなに嫌なら、あんたは外で待ってなさい」
聞く耳持たない柴崎に郁はうぅっと小さく唸る。
こういうところでは団体行動が基本だと思っている。だけど、怖いものは怖い。嫌いなものは嫌いだ。
「―――俺が笠原と一緒に待ってるから、お前たちは気にせず入って来い」
そんな苦笑交じりの堂上の声に、郁は弾かれたように顔を上げ、慌てて柴崎の腕を取った。
「や、やっぱり、あたしも一緒に行くっ!」
「行ってもいいけど、あたしの腕は握らないでよ。冗談抜きで握りつぶされそうだし」
「鬼!悪魔!柴崎!」
「おほほ。何とでもおっしゃい」
「手塚っ!」
「お前と腕組むとか絶対いやだ」
「こ、小牧教官っ!」
「ごめんね。俺には毬江ちゃんがいるから」
あえなくそっけなくすげなく断られ、郁はガクリと肩を落とす。
「はいはい、あんたはそこで堂上教官と大人しく待ってなさーい」






「―――どうする?所要時間20分くらいらしいが、その間どこか違うとこ回っておくか?」
堂上の誘いに郁は緩く首を振る。
「いえ・・・。前で、待ってます」
力なく答え、近くのベンチに腰を下ろす。






周りに人がいるときはいい。
けれど、二人きりになると、途端に郁の堂上への態度は硬化する。
それなりの覚悟を持っていても、刺さるものは刺さる。
それでも堂上はぐっと息を詰め、少しの距離をあけて郁の隣に座る。
びくり、と郁の身体が小さく硬直し、距離を置くように少しだけ脚が堂上と逆サイドに倒される。
それを眼の端に捉えながら、堂上は小さく嘆息する。


「―――・・・どうしても、だめか?」
それだけで、郁には堂上の言わんとすることが分かった。
それほどまでに、お互いの感情を知ってしまった。
「―――・・・ごめんなさい」
俯き、膝の上でぎゅっと拳を握った郁が、弱弱しく震える声で答えた。


郁に堂上の気持ちを受け入れられる余裕はどうしてもなかった。



自分独りの、ひっそりとした片想いでよかったはずなのに。

どうして、こんなに苦しいのだろう―――。


膝の上で固くなった手の甲にじっと視線を落としながら、郁はどうにもならない事実に泣きそうになるのを懸命にこらえた。















◆◆◆



















「堂上教官」
階上から声を掛けられ、振り返る。
「どうした、柴崎」
「実は先日笠原が同期の男に告白されました」
「な、に」
柴崎の言葉に堂上の動きがギクリと固まる。
「しばらく考えさせて。そう言ったみたいですけど・・・。
 この昼休みに返事をするって言ってたんですけど―――多分、あいつその告白受けるつもりです」
その言葉に目を瞠る。
それから弾ける様に階段を駆け降りる。
図書基地内での告白スポットなんて限られている。








「―――笠原っ!」
男と向かい合う郁の姿に堂上が吼える。
「え?」
振り返り、驚愕に目を瞠る郁に近づき、堂上はその腕を取る。
「きょ、教官っ!?」
「悪い。こいつは貰っていく」
「ちょっ!」
「教官っ!」
問答無用で、堂上は郁の腕を引っ張って行く。
 



「教官っ!堂上教官っ!腕・・・離して。・・・痛い」
その言葉に、少しだけ郁の腕に掛っていた圧力が小さくなる。
けれど、拘束が解けたわけではない。
不意に、ドンと近くの大木に押し付けられ、郁は思わず息を飲んだ。
そして、そのまま眇められた堂上の視線に射抜かれ、動きを止めた。




「どういうつもりだ」
「――――――」
「どういうつもりだと聞いているっ!」
正面からの咆哮に、郁はそっと視線を落とした。
「―――誰かと付き合うのに、教官の、上官の許可が、必要ですか?」
「お前、俺の事が好きじゃなかったのか?!」
「―――好きですよ」
「だったら、何で!!」
「―――好きだから。教官には、幸せになってもらいたいから」
「それがどうしてお前が他の男と付き合う話になる!」
「だって・・・そうすれば、教官はあたしのこと、諦めてくれるでしょう?
 あたしのことなんて、早く忘れて、それで新しい恋をして、」
「ふざけるなっ!!」
バン!と顔すれすれに両手を突かれ、郁はびくりと見を竦ませる。
「そんなんで、そんな理由で、他の男のものなんかになろうとするな!
 そんなことで、俺が、お前を諦めると思ったのか?ふざけるな!!
 俺の幸せをお前が勝手に決め付けるな!
 俺の気持ちを無視するな!!
 俺はお前が好きだと言っただろう!」
「嫌!言わないでっ!聞きたくないっ!」
耳を覆って拒絶しようとする郁の手首を堂上は掴み、そのまま樹の幹に縫い留める。
「逃げるな!俺から逃げるな!」
「だって!だって!あたしはいつか教官に捨てられるもんっ!」
「勝手な未来を決めつけるな!なんで、俺がお前を捨てると決めつける!!」
「あたしは、可愛くもなければ賢くもない。
 そんなあたしがいつまでも教官の愛を与えてもらえるなんて信じない。
 教官には、もっと、綺麗で、可愛くて、賢くて、そんなすごいお姫様がいつか絶対現れる。それはあたしじゃない!
 そうしたら、あたしは捨てられるの。
 だったら、あたしは、今のままでいい。傍に居られるだけで幸せだからっ!だからっだからっ!!」
「なんで!どうして!
 俺がお前の事が好きで、お前も俺の事が好きで。
 なんで、それじゃいけない!どうして終わることしか考えない!」
「あたしのことはあたしが一番分かってます!
 そして、自分がどれだけ教官の事が好きなのかも!
 でも、夢はいつか醒めちゃうから。あたしはそんな現実にきっと耐えられない!
 だったら、ずっとこのままがいい。そうしたら、あたしは一生醒めない夢を見ていられるから!
 教官の事が、好きです。大好きです。誰よりも。一番。
 でも、だから!あたしはその一番を無くしたくないっ!!」
「だったら、今すぐ俺を二番目に落としてくれ!
 それで、お前が俺の言葉を受け止めてくれるのなら、それでもいいから!」

きつく、背骨が軋むほど抱きしめられながら

―――それが、できたら、こんなにも苦しんでいませんよ、教官。

その背中に腕を回すことも出来ず、堂上に抱きしめられるがまま、ただ、郁は諦めにも似た哀しげな笑みを浮かべた。












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