「そろそろ部屋とか借りたいなー」



そんなことを郁が思っているときに、ぽーんといいタイミングがやってきた。
11月1日付で下った辞令で、郁は三正へ昇級したのだ。
同じ昇任辞令で一正へと昇級した堂上と昇級祝いと称したデートでカモミールティを片手に祝杯を挙げたところで堂上が「昇任祝い、何が欲しい」と相変わらず甘い彼氏の顔で聞いてきた。
付き合いだしてもう1年以上経つが、いまだにこの堂上の優しくて甘い笑顔に慣れない郁は顔を真っ赤にして俯く。そしてそんな様子を慈しむような目で見られるのだからますます堪らない。
「いーく?」
業務中には絶対聞けない、そんな甘い声で名前を呼ばれ、「あーうぅー」と郁は困惑に呻いた。そんな郁を堂上はクツクツと面白そうに眺める。



「ほら、欲しいもの言ってみろ」



欲しいものと言われて、郁の脳裏に今一番欲しいものが思い浮かぶ。
というか、此処最近そればっかり考えている。
最近のマイブームは脳内ワンルームのインテリアコーディネートを考えることだ。
通販カタログなんかを捲り「あ、これいいかもー」なんてクフクフ笑っている姿を親友に見られケラケラ笑われたりして恥ずかしい思いを何度もしているが、それでも諦めるどころか夢は広がっている。
そして今、その妄想を現実に変えるチャンスが目の前に転がって来た。



そう。つまり、ここで言ってしまえばいいのだ。



「二人で近くに部屋とか借りたいなー」



―――とか言えるわけないじゃん!
脳内で郁は頭を抱える。流石にそれを本人を前に口にするにはハードルが高すぎる!
結局、最後の最後で怖気づいた郁は、赤らめた顔を隠すように俯いたまま眼下のケーキを小さく突いた。





「―――あたしは、教官と、こうして一緒に居られるだけで、充分です」
「―――これだけで、充分なのか?」
堂上の言葉に郁はコクンと小さく頷いた。だって、本当に幸せなのだ。
どこか物足りなさそうな、寂しそうな堂上の声音と表情には気づかずに―――。





「あ、堂上教官こそ何か欲しいものないですか?」
「―――俺は、」
にこりと見つめてくる郁に、堂上は僅かに口籠り、軽く頭を振って言った。
「俺は今更だから要らん」
「そうですか?でも」
「それより、本当にお前はいいのか。お前は初めてのカミツレだから、少しぐらいの我侭なら聞いてやるぞ」
「いいです。こうして堂上教官と一緒の時間過ごせたらそれで」
そう言ってはにかむ郁に堂上は「そうか」とだけ小さく返して、カモミールティを飲み干した。







「今日この後どうする?明日も仕事だからあまり遅くはなれないが」
今日は訓練日であったし、明日も朝から仕事だということもあり、外泊の予定はない。それでも付き合っている男と女がお茶して帰るだけなんていうのはあまりにも味気ない。もとから門限までは一緒に過ごす予定だった堂上の言葉に郁はパッと目を輝かせた。
「あ、じゃあサンシャイン水族館行きたいです。で、夜は―――」
此処まで言って、や、今日は訓練日だったし教官だって少しはゆっくりしたいよね。これ以上は流石に我侭言い過ぎか?と慌てて口を噤んだ郁に堂上が笑う。
「夜はそこの中華、でいいか?」
郁の言葉を引き継いで微笑む堂上の言葉に郁は「はい!」と満面の笑みで返した。















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