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もともといい感じに気分が昂揚していたところに、それなりにアルコールが入っていたのが、そもそもの原因だったのだと思う。誰がと言うより多分それぞれが。 「柴崎の『王子様』になるには、まず見た目良くて、背も高くて、頭も良くて。 何をするにもあの回転の速い柴崎と息ぴったりでかつ守ってくれるような奴じゃないと! それくらいの奴じゃないと柴崎はあげないんだからっ!!」 まさにその条件にピッタリの柴崎の王子様が現れた。 柴崎に負けず劣らずその仕事ぶりは優秀で、戦闘職種だから腕っ節も問題ない。見た目どころか家柄だって文句なし。性格は硬過ぎる真面目で、朴念仁なところが少々あれだが、柴崎曰く「そこが唯一可愛いところよね〜」と言うことだし。 何より柴崎のことをちゃんと分かった上で大切に思ってくれているのは本当だし、幸せにしてくれるのだろう。 だから、親友としてはそれが嬉しく、そして喜ばしいことなんだけど。 「やっぱり、手塚ってのがなんか癪〜〜〜っ」 あたしの柴崎なのにぃ〜と抱き着く郁を受け止める柴崎は柴崎で「あーんもうあんたはホントに可愛いわねぇ〜」と腕を回してよしよしとその頭を撫でる。 「癪ってお前な。お前にだけは言われたくないぞ、俺は。 俺だってな、堂上一正の相手がお前だって言うのを知った時は複雑だったんだぞ」 「ひどーい!あたしと篤さんのことは関係ないでしょ!っていうかそんなのあたしが一番思ってるもん!!」 うわーん、と泣きが入り始めた郁に堂上が腰を浮かせるが、声を掛けるより先に柴崎がギュッと抱きしめ、手塚を叱責する。 「ちょっと光!あたしの可愛い笠原をイジメないでちょうだい!笠原イジメていいのはあたしだけよ!」 「お前もするな!」 こっちがどんだけ迷惑被ってると思ってるんだ! 吠える堂上に向かって柴崎は、べっと舌を出す。 「あたしのは愛があるからいーんですぅ〜」 「だから、始末に終えなくて困ってるんだろうが!」 悪意があるのなら、堂上だって女相手であろうと容赦はしない。 それが素直になれない意地っ張りの柴崎が見せる愛情の形であることを郁がちゃんと分かっていて、困った顔をしても結局は受け入れて許しているからの許容だ。 柴崎が郁を大事にしているのは、夫である手塚が軽く嫉妬を覚えるほど疑いのないもので、郁は郁でそんな柴崎を心から信頼し大切に思っているのは長いこと郁を見てきた堂上にも分かっている。 妻に自分以外に頼りになり支えてくれる存在がいるということは、夫として喜ぶべきことだとも思うが、ちょっとこの二人は仲良過ぎだろとも思うのが夫二人の正直な感想だ。 例えばの話だ、と前置きし、堂上が郁に「俺と柴崎が崖から落ちそうになってたら、お前はどっちを助ける」と良くある陳腐な質問をすれば、郁は真顔で考えるそぶりもなく即答する。 「そんなの柴崎に決まってんじゃん。ていうか、あたしが篤さん引き揚げるとかムリだから、篤さんは自力で這い上がってよ。てか、篤さんなら余裕でしょ」 まぁ、あたしらと違って柴崎はそんなことになるような場面には出会わないだろうけどーと笑い飛ばす。 「柴崎には手塚がいるだろうが」とやんわりと反駁すれば「手塚が居て、柴崎そんな目に遭わすとかサイテー!手塚サイテー!」と例え話であっても本気で怒るあたり、郁の柴崎に対する愛情の本気度が分かるというものだ。 もっとも、そんなちょっと想像力が逞しく感情移入型なところも郁の可愛いとこだよな、と思ってしまうあたり堂上も大概末期だ。 末期だからこそ、我慢の限界も近い。 「柴崎。いい加減、郁を放してくれないか」 「やぁーです〜。いーじゃないですか、教官はー家に帰れば触りたい放題ですしー」 「麻子―――」 柴崎の夫として、また堂上の部下として手塚も諌めるように柴崎の名を呼ぶが、結局のところ嫁の立場が強いのはここも同じだ。 「何よ、光。いくら笠原が可愛いからって、アンタが抱き着けばセクハラだからね。訴えてやる」 「誰が抱き着くか! ほら、いい加減笠原放せ」 そう言って手塚が身を乗り出して手を伸ばせば、 「やーん」 頬を擦り寄せる柴崎を今度は郁がよしよしと撫でる。 「大丈夫ですよ、篤さん。手塚も。柴崎に抱き着かれるのは慣れてるから」 ニコニコと言われても、見てるこっちはそんな穏やかなものじゃない。 「あーん、もう!笠原はほんとかーわいいわぁー。堂上教官にやったのが今でも本気で惜しいわぁー」 「お前に譲られた覚えはない!」 そんな声もガン無視だ。 「あんたが男だったらねー」 「いや、でもあたし手塚みたいに頭良くないし」 「いいのよーあんたはそのままで。こう見えてあたし結構尽くすタイプだし?そーいうおバカなとこ含めて内助の功で支えたげるわぁ」 「あーもー分かったから、全身でのしかかってくんなぁ」 「幸せにするわよ?」 「いや、逆でしょ、そこは」 「逆にあたしが男だったら、堂上教官がモタモタしてる間にさっさと既成事実作ってたわね」 「きゃーもう!あんたはさらっとなんてこと言うのよ」 「よかったですね〜教官。あたしが女で」 「五月蝿い!それよりとっとと放れろ!」 「まあ、笠原となら女同士でも問題ないかぁ」 「「「あるわ!」」」 そこは流石に郁も揃って否定する。 「なによぉぅ、あたしが相手じゃご不満てか?笠原のくせに生意気なあ〜」 「だああ!あからさまに胸押し付けてくんな。嫌味か!」 「なによ、嫌なの?」 「―――本気で嫌じゃないから困ってるんじゃない」 うぅっと困り顔で唸る郁に、柴崎がガバッと覆いかぶさる。 「ほんとかーいーわぁ〜。堂上教官に嫌気がさしたら、いつでもあたしんとこいらっしゃい。幸せにするから」 「あーじゃ、柴崎も手塚に嫌気がさしたら、あたしんとこおいでね?」 「幸せにしてね?」 「努力はするよ?」 「だからあたしはあんたのことが好きよ、笠原」 「もう!だからなんであんたはいきなり百合になるかな」 チューと郁の頬にキスを浴びせる柴崎に、男二人がガタッと無言で立ち上がり、双方からテーブルを迂回し、それぞれの嫁を引きはがす。 そのまま郁を担ぎあげた堂上は荷物を引っつかみ立ち上がる。 「あーん、あたしの笠原が〜」 「お前のでもなければ、“笠原”でもないわ!」 「ちょっと光!離しなさいよ!」 「手塚!柴崎に乱暴しないで!」 「助けて、笠原!」 「揃いも揃って誤解を招く言い方するなっ!」 「ああ!もう!お前は黙れ!」 「黙れって、篤さんひどっ――――んっんーぅっ」 焼酎のロックグラスを煽った堂上はそのまま口移しで郁の口に流し込む。 既にチューハイ一杯を飲んでいた郁のアルコール蓄積量は十分で、度数の強い焼酎一口は止めだった。すぐにカクンと首が落ちる。 「支払いは済ませておく。後は頼んだぞ、手塚!」 「了解しました!」 「ちょっとー、あたしの笠原どこ連れてくんですかー人攫いぃ〜」 「やかましいわっ!」 バシンっと乱暴に襖を閉めて、堂上はさっさとレジに向かう。 料理も酒も旨いせっかくの店も、もう来れんな、と溜息を吐いた。 親友同士仲がいいのは結構だが。 良すぎるのも考えものだと堂上と手塚は時を同じくして頭を抱えた。 |