目が覚めたまだ暗い部屋の中。正確にはベットの中か。
まるで未だ夜の続きのようだな。直ぐ隣眠る人物にうっすらと笑みが浮かぶ。
しかしまどろみの中、枕元に置いた携帯を摘み液晶画面に浮き上がった時間に堂上は軽く苦笑いを浮かべた。

「まぁ、確かに、午前中ではあるよな・・・」
ぎりぎり、「おはよう」と「こんにちは」が混在する時間帯であったのがまだ救いか。
久々の休日にやろうと思ったことはたくさんあるのに。あったのに。
それでも勢いを止められなかったのはまだまだ若い証拠か。

時間の割りに薄暗い部屋。シャッとベットから上半身だけを起こし腕を伸ばしてベット脇のカーテンを開ける。
雨は降っていないものの、どんよりとした曇天が窓の外には広がっていた。
どちらにせよ、外へ遊びに出るという選択肢はなかったようだ。



「おい、郁。そろそろ起きろ」
朝飯じゃなくて、ブランチ。もしくはちょっと早目の昼食だな、などと考えながら堂上は隣で眠る郁に手を伸ばす。
揺すって起こそうと伸ばした手は、しかし途中で、郁の身体に触れるか触れないかの距離で止まる。
薄明かりの中で見る彼女の横顔に手が止まる。
布団から覗く半身は外で元気に活動する身体に似合わず白さを保っている。
そしてそんな白い身体に浮かぶ鬱血痕は昨夜の情事の名残。
二人してこんな時間まで寝こけた原因。


けれど、深夜の快楽をまざまざと甦らせるには聞こえてくる寝息があまりにも穏やかで。そんな不健全な思考は及ばない。
第一、穏やかに寝息を立てる様子は余りにも無防備で、あどけなく、起こすのさえ躊躇う始末。
さて、どうしたものかと暫くその寝顔を眺めていると、ふと手にした携帯の存在を思い出した。


パカリと携帯を開きカメラモードを起動させる。
それはほんの出来心。

最近の携帯の質は高い。デジカメ並の画質に思わず小さく感嘆の声を上げる。
携帯といえば殆どメールに電話。そんな機能しか使わずカメラを起動したのは何時以来か。
もしかすれば買った当初以来ではないだろうか。そんなことすら思うほど普段使うことのない機能だ。
焦点をゆっくりと合わせていけば、画面一杯に広がる健やかな寝顔。



あどけなく無垢で無防備なその寝顔。
まるで、何ものにも染まらない何ものにも囚われていないような。
彼女のココロをまるでそのまま映したかのような表情。
 




その瞬間を永遠にこの手に閉じ込めてしまいたい。
そんな想いが湧き上がる。
閉じられた眼が開けば崩れゆく儚いこの光景を。
彼女の、この一時を。

自分だけに許されたこの時間を。




永遠に―――。







誰にも邪魔されることのないように。  






自分だけのものに。













「―――なんてな」
過った思いを吐き出すかのように静かに息を吐き出して、出来るだけ音を立てないように携帯を閉じた。


それは、少し甘美な誘惑ではあったけれど。
それでも、自分は思いのほかに強欲だったらしい。
殊更彼女に関しては。
機械になど頼らずとも彼女のものは全て、表情も姿も声も色も形も匂いも雰囲気さえも、全て。
全て。全て。
自分自身に刻み付けていけばいい。




ぱちりと開いた眼。自分の目とあったその宝石を埋め込んだような煌く大きな瞳。

自分の大好きな瞳だ。




この瞳が自分に向けられなくなった時、自分はどうなってしまうのだろうか。


多分。
きっと。




生きていくことさえ難しいだろう。









じっと見つめたまま、口が動き、小さく名を紡ぐ。

「あつしさん」
「――起きた、か」
「起きてた」
普段より僅かに下がった、明らかに不機嫌を露にした声質に内心焦る。
一体何時から起きていたのか。危なかった。と小さく安堵する。
すっと手に持つ携帯に視線が動き慌てて弁解する。



「撮ってないからな!!」
「当たり前です!こんな姿撮ってたらとっくに投げてる」
「・・・何処へ」
恐る恐る聞く堂上に郁の指がスッと伸びる。
伸びた指先の向こうにあるのは重厚な曇天を映す窓ガラス。
ほんの気の迷いで辿っていたかもしれない携帯の末路を瞬時に想像し、堂上は空笑いを浮かべ、そしてしっかりと胸を撫で下ろした。  











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