「な、なんか緊張しますね」
「今更緊張することないだろ」
あーうぅー、と顔を紅潮させる郁に堂上は笑い、ほら行くぞと頭を押し、二人揃って事務室のドアを開ける。
それと同時に大量のクラッカー音とともに出迎えられる。

―――デジャヴ。

正面には横断幕。

『祝!ロイヤル婚!!王子様&お姫様結婚おめでとう!!』

華々しく、周りは赤や黄色のペーパーフラワーで縁取られている。


「あんたたちは!またですか!!」
あーもう!と、抗体が出来たらしい堂上は、今日は副隊長の机に飛び乗ることはなく、「小牧、手塚、外しとけ!!」と完全に楽しんでいる同期と申し訳なさげに立つ部下に指示を飛ばす。
「前回、館内でクラッカーは使うなって、総務部に怒られたのを忘れましたか!!」
非戦闘時における図書館敷地内では火気厳禁。微量とは言え火薬を含んでいるクラッカーも消防法では火気に当たる。
そのため前回の堂上の復帰の際のどんちゃん騒ぎが部隊外にバレた際に、総務部から説明を求められた。始末書を作成したのはもちろん堂上だ。意味が分からない。
「大丈夫だ!その辺の反省を踏まえ、今回はエアクラッカーだ!」
「くだらんことに頭使う前に、一つでも多く仕事をさばいてください!!」
つか、なんですかあの机の書類!!
結婚休暇に入る前に、綺麗に仕事を片付けていた堂上の机の上は、ごっちゃりとした書類の山が出来ていた。
「祝いの品だ。返品は不可だ」
「可愛い嫁さんの前で出来る男っぷりをアピールできるよう先輩たちからの気遣いだ」
「出来ればその気遣いはもっと別の方向で見たかったですね!」
休暇明け早々、残業ペースになりそうな量に思わず溜息をこぼす。
玄田の言ったように、どうせ何を言ったところで「返品不可」だ。だったら、さっさと片付けるに限ると堂上は席に向かう。
その際、「出来るだけ早く終わらせる」と郁の頭に手を置くのは、夫婦だから出来る仕種だ。そんな小さな特別扱いに郁は小さく笑う。
「あの、出来ることあったら言って下さいね?」
「だったら、今日一日何の問題もおこさんよう大人しくしててくれ」
「何それヒドイ」
堂上の言葉に、ぷぅと小さくむくれるのはある意味お約束だ。




「堂上」
「なんですか。流石にこれ以上の仕事は受け付けませんよ」
いささか面倒くさそうに見上げれば、お馴染みのトム笑いを顔に乗せた進藤が、「違う違う」と大判の祝儀袋を差し出す。
「何ですか、これ」
御祝儀は披露宴に参加出来なかった隊員分も含め式当日に貰っている。祝い事とは言え、それ以上貰う理由はない。
「ただの祝いの品だ。開けてみろよ」
促され、渋い表情のまま受け取り、開けて見れば、見たことのある臙脂色で枠取られた紙の束が出てきた。
ご丁寧に証人欄には各班の班長と副班長の署名がしてある。



―――だから、どうしろと。



式こそ先日終えたばかりだが、堂上と郁は年明けすぐに婚姻届を提出している。新年度の異動時期に合わせて官舎に移るためにはそれがギリギリの期間だったのだ。
堂上家の場合、立場上官舎の入居申請をすれば優先的に入居が認められるが、あくまで空きがある場合である。施設の古さに目を瞑れば、立地条件は文句なしだし、なにより家賃は住宅手当てを受けて民間を借りるよりもずっと安くつく官舎は常に満員状態であり、異動の入れ替え時期を外すと入居が難しい。
通常内示は辞令交付日の一ヶ月前には発表されることが定められており、転居を伴う広域異動の場合にはその半月ほど早く内々示が出る。そのことを考えると、4月の異動に合わせるには2月には必要書類を揃え、手続きを終えなければならなかったのだ。
入籍だけは必要書類を揃え役所へ届けたその日にできるとは言え、だからと言って周りに何の伺いもなく提出できるほど走れるわけでもない。婚約時期を考えれば、慌ただしいスケジュールだったがこの期を逃すと、最悪次の大型異動のある10月まで待機状態となる。
郁としては、婚約し今後一緒に生活できるという確約があるだけで、十分満足できていたのだが伴侶となる堂上が「これ以上待てるか!」と強行スケジュールを敢行したのだった。
おかげで、婚約から式まで無駄のない堂上の手配によりあっという間にとんとん拍子で来てしまい、今に至る。その間郁がしたことと言えば、指輪のデザイン選びと、ドレスの試着、それから披露宴の食事について意見を出すくらいだった。式についても、人並みに憧れはあったものの、手間や費用を考えると別に無理して挙げることはないかなーと思っていたくらいだ。ドレスを着て、チャペルで記念撮影をしてそれで終えるようなプランもあり、それなら値段も手頃だしそれでもいいんじゃないかと提案したら、「このドアホ!結婚式は女の一生に一度の晴れの大舞台だろうが!惚れた女にそんな花の一つも持たせられんほど甲斐性のない男じゃないぞ、俺は。つーか、毎回毎回金についてお前はいらん気を回すな!!」と何回目とも分からない言い回しの説教を受けて、郁は「すみません!」と小さくなって謝るしかなかった。
柴崎に言わせれば「男側が非協力的だったり、女が我が儘言って式前に嫌な雰囲気になるより全然いいじゃない」ということだったが、堂上のあれは超協力的というよりも独壇場に近いものがあったと思う。
大体主役のドレス選びも、最終的な決定権は堂上にあったようなものだ。半分は堂上の為に着るようなものだがら、そこに特段の不満があるわけではないが、ちょっとしたテンションの落差があったのは事実だ。
自分のセンスにいまいち自信の持てない郁は、もともと一人で決めるつもりはなくセンス抜群の親友を助っ人に二人で決めるつもりだったのが、当然にその場に堂上も同席した。そして自分の衣装合わせもそこそこに柴崎の見立てたドレスを片っぱしから、やれ脚が出過ぎだ、胸元が見え過ぎだ、背中が開きすぎだ、と嵐のように却下していった。そんな堂上に柴崎がうっすら青筋を浮かべているのを郁は確かに見た。
だからと言って一切の妥協は許さず、後は柴崎と堂上の本気と本気のぶつかり合いで、そんな中に郁が口を挟み込む余地はなく、大人しく着せ替え人形に徹した。二人の気迫がちょっぴり怖かったというのは内緒だ。
そうして最終的に柴崎のセンスと堂上の好みが合致したウェストラインからアシンメトリーにデザインされたオーガンジーとレースフリルが華やかなマーメイドラインのドレスだ。それは郁のスタイルを最大限に引き立てるデザインで、郁本人としても自分の身長が気にならないほど気に入るもので、その美しいシルエットは多くの参列者の感嘆を引き出し、式場スタッフには「是非ウチのパンフレットに!」と言われるほどの見栄えだった。勿論パンフレットの件は「郁のこんな姿を不特定多数の目に触れさすか!」と堂上が光の速さで断った。
そんな式の披露宴でこっ恥ずかしい思いをするのは、堂上としては完全に計算外のことであったが、特殊部隊が絡んだ席であれだけの騒ぎですんだことや、何より郁と母親の間に長年横たわっていた確執に氷解の兆しが見えたことを思えば、概ね良しとすべき内容だった。
そんなこんなで、入籍、挙式、そして二泊三日と短いながらも新婚旅行を終え、本日の出勤と相成った堂上と郁は夫婦となる二人が行うとされるイベントは一通りこなした後であり、進藤が代表して贈呈した祝いの品は全く持って無用の長物だ。というか、入籍した時点で、当然の礼儀として隊には報告しているので、今更知らなかったいうこともあるまい。






「保険だ保険。次いつ必要になるか分かんねぇだろ?」
「次とか無いです、次とか!!」
縁起でもないこと言うな!!



「そうかい。そうかい。それならいいんだ」
そう言うと進藤は、今度は郁に向かい包みを差し出す。
「笠原にはコレな」
「何ですか、コレ?」
「お守りにもっとけ。旦那の浮気防止のためにな」
中身を知ってるのだろう他の隊員達もワラワラと郁を囲み、やいのやいのと声をかける。
「そうそう御利益バッチリだぜ、もう間違いなし!」
「もしくは、願いが叶う魔法の紙だな」
「だな!欲しい物あったら、ソレ旦那にチラツかせたら一発でなんでも買って貰えるぜ」
ほれほれ、開けてみ開けてみと八方から促され、郁は恐る恐る封を開ける。
そして手にしたのは、堂上のものとは違う、緑色で枠取られた―――



「―――り、こん、とどけ?」



―――離婚届の束だ。



しかもご丁寧に、本人の署名欄以外記入済みという代物だ。
それを現認した瞬間、堂上は一足飛びに机を飛び越え、いまいち状況を把握し切れていない郁の手からソレを毟り取り、部屋の片隅に設置されているシュレッダーに突っ込んだ。
何もここで見せなくても、と思うほどの反射神経と運動神経の良さを発揮させての行動だ。



「〜〜〜っあんた達は俺の心臓をそんなに停めたいかっ!!」
「アハハハ!そうだよね!ソレ出されちゃ、少なくとも笠原さんとは向こう半年は再婚できないもんね。
 そりゃ確かに堂上にとっちゃ死活問題だ!!」
「とりあえず小牧、お前は黙れ!!つーか俺がんなもんにサインなんてするわきゃねーだろうがっ!!」
「いやいや、分かんねぇぞ。堂上のことだ。資料の間に紛れこませときゃ、いつもの仕事感覚でうっかりサインしちまうかもだろ」
「そんな恐ろしいうっかりしてたまるか!!」
思わず上官である進藤にも素で返す。



旦那の周りでドンドンと繰り広げられる展開に、脳が追いつかない郁は、ただただポカンとその光景を見つめるだけだ。
半ば脳が思考することを放棄し始めたところに、鋭い声が掛かりビクンと肩が跳ねる。


「―――郁っ!!」
「はいぃ!!」
余程テンパっているのだろう、堂上の呼びかけはプライヴェートのそれだったが、その声があまりにも緊迫したものだったので、思わず郁は敬礼付きで返答した。
堂上から出るオーラは完全に検閲抗争時のそれと同じだ。
発せられる言葉はあまりにもそのオーラとかけ離れているが。



「俺は誓って、浮気はしないし、お前が望むもんは可能な限り叶えてやる。
 だから、おっさんらの言い分を真に受けて、いや、冗談でもあんなもんは二度と手にすんな!分かったか!!」
「えと」
「―――返事っ!!」
「笠原、確かに了解いたしました!!」



瞬間、事務室が爆笑に包まれる。



「あーあ。せぇっかく一枚一枚丁寧に書き込んだっつーのに、勿体ないことすんなよなー堂上」
「いらんことせんといてください!!」
「何言ってんだよ、夫婦には適度な緊張感が必要って言うだろ?」
「そーそー。だから、やぁさぁしー先輩が、かぁいい後輩夫婦の夫婦生活がマンネリ化しないようにってちょっとしたスパイスをプレゼントしてやったんだろ?」
親切心でやってやったのになぁーと、ケラケラと笑う先輩隊員を堂上は本気で睨み上げる。



「―――だったら!!」



握りしめ、力の入りすぎた拳はブルブルと震えている。



「スパイスが必要だって思えるようになるまで俺たちのことは放っておいてください!!」






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