「あ、篤さん。
 私、今日は受け持ちの子たちとランチするから。
 ごめんね!」
と手を合わせて、小さく謝られたのは今朝のことだ。





「はーんちょ。食事中だってのに皺、寄り過ぎ。
 可愛い奥さんにフられたからって、そんな拗ねるなって」
「なっ!振られたとか言うな!大体俺は拗ねてなんていない!!」
「すっごい説得力ないよ、それ」
アハっと愉快気に小牧に眉間を指さされ、仏頂面をしかめっ面に変え、苦虫を噛んでいるかのように米を咀嚼する堂上の背後から、涼やかな声が降る。その声に堂上の眉間の皺が一本増える。
「可愛くて可愛くて仕方がない奥さんとランチできないとなれば、そりゃー心配で不機嫌にもなりますよねぇー」
これまたアハっと愉快気に笑った柴崎だ。
反射で睨む堂上の眼光に動じることなく「お邪魔しまーす」と椅子を引いた柴崎はそのままストンと堂上の隣に腰を下ろす。
それを追い返す明白な理由もなく、堂上は一つ息を吐いて食事を再開する。
体力勝負の戦闘職種用のスタミナ重視の定食が載ったトレイの隣には、可愛らしいちょこんとしたサンドウィッチとコンソメスープそして量より質のカスタードプリンが載ったトレイ。
「―――そんなので昼から持つのか」
「戦闘職種のお宅の奥さんと比べないでくださぁい」
ピシャリと言われて、堂上は押し黙る。自分の中の基準が郁になってしまっているのはもはや仕方がない。
勿論郁だって仕事を離れればお洒落なカフェランチメニューを注文するし、それが似合うくらいに可愛いオンナノコだ。
けれど、業務中は男顔負けの働きを見せる郁は、体を基本とする職種だからこそ食事を取るのも仕事の一つ、とこれまた男顔負けの食べっぷりでがっつりとした定食を平らげる。女性らしく付けるデザートのプリンも質より量のものが多い。
食堂のデザートの値段なんて嵩が知れており、それくらいケチらなくてもいいと思うし、なんなら自分が買ってやっても全然問題ないと堂上は思うのだが、「んー。でもどっちにしろココのより篤さんのが美味しいから、それなら量が多い方が嬉しいかなぁって」にこにこと特段照れたような顔をすることもなく言い放った郁の発言はなかなかの攻撃力を持って堂上の精神を揺さぶった。その後せっせとプリン作りに励むあたり堂上の行動も大概分かりやすい。



「いやー、でもお昼を別に食べるだけで心配って、どんだけ過保護なんだよ堂上」
「だから、心配なんてしとらん!!」
「いやー、だってしょうがないじゃないですか〜。だって笠原ですよ、か・さ・は・ら」
パクリと一口サイズのサンドウィッチを口に放り込んだ柴崎は、そのまま愉しげにクルリと人さし指を振る。
「食堂の安プリン一つで誰にでも可愛いらしい満面の笑みでありがとう!だいすき!(プリンが)のコンボを繰り出す子ですからねぇ」
まぁ私は更にそこに抱きつきオプションが付きますけどねぇー。
柴崎の言葉に、ガチリと堂上が固まり、小牧はブハっと吹き出す。
「食堂のプリンくらいなら、新人隊員でも簡単に手が出せますもんね。むしろプリンだからこそ気負わなくていいっていう気安さがあって、最近じゃやたら貢がれてますもんねぇー」
ガタっと椅子を倒さんばかりの勢いで堂上が立ち上がりかけるが、それを読んでいた小牧が制する。
「しっかり食事を摂るのも仕事の内、だろ?班長」
ニヤ付きながら言う小牧に「クソっ」と毒づきながら、乱暴に椅子に座りなおした堂上は掻き込むように箸を進める。
その隣で、柴崎が煽るようなことをつらつらと話す。
「最近のあの子は新人隊員の間でも人気急上昇中ですからねー」
「“鬼教官”でも?」
「そりゃー訓練中は相変わらずですけど、そうでなければ基本天然無自覚の可愛い娘ですからね。
 当初こそ戦闘経験0どころか社会経験0の世間知らずのガキどもは、その意味も分からず頭ごなしに怒鳴られてると思いがちですけど、ちゃんとこの仕事の意味が分かればそれは“愛のムチ”だってことは判りますから」
図書隊、特に防衛方は戦闘こそが本職であり、火器の使用が禁止されたとは言え、一度抗争が始まれば血が流れる場所こそが職場だ。ちょっとした油断や、指揮系統の乱れが、自分や仲間を危険にさらすこととなる。
だからこそ、徹底的に鍛え上げる。身体も心も。それこそが身を護る最もたる術だ。
研修初期には分からずとも、次第にそれは身に沁みて分かってくる。分からないものは弾かれていくだけだ。
「そうか。それもそうだよね。笠原さんの場合はどっかの誰かさんと違って不当な扱きなんてしてないからねー」
ねーと愉快気に笑う二人に思わず「五月蠅い!!」と堂上は返す。
それはもう堂上にとっては黒歴史だ。
郁一人にきつく当たっていたのは言われるまでもなく、堂上自身が自覚してる。上官としてではなく、私情で辞めさせたくて意図的にやっていたのだ。
郁本人は「あれは甘えた私の気持ちを変えさせるためだったんですね!」とキラキラとした目で見上げて(あくまでも心情的に、だが)くるが、本当は当初郁が抱いていた感想こそが大当たりなのだからバツが悪い。
バツが悪いが、悪いがそのまま勘違いしたままでいてくれというのが堂上の本音でもある。いらん見栄と言われようが、少しでもはれる見栄ははっていたいと思うのは男としては仕方がないことじゃないか、と堂上は肚裏で言い訳しておく。誰にだ。誰かにだ。
そうして勘違いしたままの郁はその姿こそが「正しい」教官の姿としてインプットされ、初っ端から地獄のような熱血指導を施し二代目「鬼教官」の名前を欲しいままにしている。
そう憎まれ口を叩かれていることに、堂上がほんの少し安堵していたことは、これまた郁には知られたくない本音だ。



「あとー年下に対して面倒見がいいのもポイントですよね。
 女性だから見える部分もありますし、元トップアスリートですから訓練中の怪我の応急処置も的確で、ケアも完璧。
 直情的なところはありますが、若造たちの上官としては上等ですよね。
 で、いいところが見えてくると次から次にいいところが目に付くんですよねー。
 風を切って走るスラリとしたしなやかな躰は綺麗で、スッと伸びた背中は凛としてカッコいいですし。
 武骨な訓練服でも分かる細くくびれた腰なんてのはTHEモデル体型のいい見本ですし。
 訓練中の厳しい顔と打って変わって、休憩時間や教官と一緒に居る時に見せるべらぼうに可愛い笑顔とか、まさにギャップ萌え!って感じじゃないですかねー」
「確かに、普段の笠原さんは時々抱きしめたくなるほど可愛いもんね」
「ですよねー」
「だからって!」
トレイに叩き付けるように茶碗を置く。食堂の茶碗がプラスチック製ではなく陶器であれば粉々に割れていただろう。
「あれは、俺のだぞ!!」
その言葉に、柴崎はプリンをスプーンで一掬いし、ふふんと笑う。
「分かってないですねー教官」



「だから「イイ」んじゃないですか」
「あ?」
殺気だった眼光でギロリと睨まれても、痛くも痒くもない。
「訓練から離れた普段のあの子がどーんだけ可愛いか、それはそれは純粋培養純情乙女・茨城県産をお買い上げなされた堂上教官がよぉっくご存じでしょう?」
「変な表現をするな!!」
「つまりですね。あの純粋無垢な天然娘が、ああ見えて実は「人妻」だっていうのが、それはそれはおいしいオプションになってるってことですよ」
人妻物って人気のジャンルですもんねー、と堂々笑って言ってのける芸当は郁には到底できないものだ。
というか、そんな話は純情乙女の前では聞かせられない。
男所帯だった特殊部隊ではその手の話は日常茶飯事だったが、というか事務所でAVの貸し借りが行われたりしていたくらいの無法地帯だったが、郁が入ってからはその手の露骨な話は暗黙の了解で厳禁となっている。
郁の前で「どの女優のどのシリーズがヌける」なんて言おうものなら、そいつは特殊部隊全員で速攻で袋叩きだ。現物を持ってこようもんなら即行で射撃の的だ。
堂上の愛する妻は、特殊部隊内での愛すべき娘っ子だ。
可愛い可愛い娘っ子を構いたくて構いたくて仕方がない大人達による日ごろ行われるからかいで顔を真っ赤にさせている郁には、それがどれだけ可愛らしいからかいなのか分からないだろう。
そんな無垢で可愛らしい妻を邪まな目で見られていると知って、黙っていられる堂上ではない。




最後の一口を口に入れると同時に、堂上はトレイを片手に走り出した。
その後ろ姿に柴崎と小牧は同じように笑う。



「いやー、今日の堂上も駄々漏れだねー」
「ほんとですよねー」
そうして柴崎は笑って言う。



「今日のは女子会なんですけどねー」



その言葉に、小牧は本日最大の上戸を発動してテーブルに突っ伏した。










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