堂上が基地からその連絡を受けたのは、1週間の出張も明日で終わりという時のことだった。



「堂上一正、基地からお電話です」
会議中の突然の電話に何事かと思いつつ、けれどそれ以上の想像は出来ず中座を詫びながら堂上は電話を受けた。
「はい。堂上です」
電話の相手は玄田だった。どんな場面でも平然に構えている男が珍しく慌てていた。
『堂上。すぐに戻ってこい。先方にはこちらから説明をする。とにかくすぐ戻ってこい』



『―――――――――』



それを聞いた瞬間、堂上は駆け出していた。
それからどうやって、東京へ戻ったのか記憶にない。
気が付けば病院だった。
言葉も、表情もなくして、堂上は立ちつくすようにして見下ろす。




血の気を失った青白い肌。顔には痛々しい青痣が見える。




それは、突然の、誰も予想できない出来事だった。
それは、あまりにも、らしすぎて、どうしようもない出来事だった。
どうして、彼女だったのか。
何故、そこに居たのが彼女だったのか。
思ってもどうしようもないことを思い、嘆く。






―――市内哨戒中、事故に遭って郁が死んだ。






ボールを追いかけて道路に飛び出した子供がいた。
その現場に彼女がいた。
何故、それで終わらなかったのだろう。
酷いことだと思っている。
けれど、思わずにはいられない。
何故、名も知らぬ子供だけではなかったのだろう。



分かっていた。分かっている。
彼女がどんな人間だなんて。
そんなもの、分かり過ぎるくらいに分かっている。
熱血漢で、正義感で、お人好しの彼女だから、目の前の子どもを助けるなんて考えれば当然のことだ。
それが見ず知らずの子供だろうと、身体を動かすことを躊躇う理由になんて為り得ない。
そんな彼女だから魅かれた。



だけど。
そんな彼女の性格が、今はただ、無性に悼んだ。
そうでなければ、今だって―――。







堂上は無言で踵を返した。
「堂上っ!」
慌てて小牧が腕を取る。
堂上は振り返らず、呟いた。
「―――土産、買ってくるの忘れた」
「堂上?」
「ケーキ、買って帰るって約束したんだ。
 横浜にチーズケーキが有名なケーキショップがあるらしくってな、郁が食べたがってたんだ」
買って来なきゃ、そう呟く堂上の腕を小牧が強く引く。
「落ち着け、堂上。行ってどうする」
掴まれた腕を堂上は乱暴に振り払う。
「だって、ありえないだろう、こんなの!!」
ありえないだろう・・・
呟いて、項垂れる。



「昨日まで、普通だったんだ。
 笑って、そこに居たんだよ!
 チーズケーキ楽しみだって、電話の向こうで笑ってたんだ!
 俺が帰ってくるより、ケーキの方を楽しみにしてないかって言ったら。


『違うよー。篤さんと美味しいケーキ一緒に食べるのが楽しみなの!
 とびきり美味しい紅茶用意して待ってるから、早く帰ってきてね!』


 そう言って、笑ってたんだ。
 待ってる、って言ったんだ」



ポタリ、とリノリウムシートの上に雫が落ちる。
ポタリ、ポタリとこぼれる雫は止まらなかった。




「郁は、約束を破ったりしないんだ。嘘なんてつけない性格なんだ。
 だから、俺が約束のケーキを買ってきたら。
 そうしたら、郁は家で紅茶を淹れて俺の帰りを待っていてくれるはずなんだ。
 そう、約束したんだ―――っ!」



「堂上・・・」
腕を掴んでいた小牧の力が緩み、堂上は耐え切れず崩れ落ちた。
「約束、したんだ。待ってるって言ったんだ―――」
それ以上はもう、言葉にならなかった。





郁、郁。
なあ、俺はこれから、どこに向かえばいいんだ?
お前(フラグシップ)を失った俺は、もう、進む道が見えないんだ。




堂上を導いてくれる人は、もういなかった。






 

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