事務所を出る時まではクタクタに疲れていた身体も、我が家が近付くにつれその疲労感も薄れていくのを感じる。 帰るべき部屋に愛すべき人が待っているというのはなんとも贅沢なことだと堂上は緩む表情を抑えきれないまま官舎の階段を上る。 五歩。四歩。三歩。二歩。一歩。 階段を登り終えれば、すぐに自宅の玄関に辿り着く。 鞄から鍵を取り出し、玄関を開けて、いつも通り先に帰宅ているだろう妻に対しての帰宅の挨拶を口にする。 「ただい―――郁っ!!」 いつもなら、挨拶のあとパタパタと中から笑顔で駆けよってくる郁が、今日は既に玄関先で待機していた。 何故か土下座で。 意味がわからない。 「おい!郁!どうした?!」 鞄を放り投げ、屈みこんで腕を掴んで郁を立たせた堂上は、目の前に現れた妻の姿にビシリと固まった。 ―――? 目の前に居るのは、郁、のようだ。 ―――?? 郁、らしい。 いや、とようやく状況を認識し出した頭を堂上は振る。 ―――これはズバ抜けて可愛い新妻のエプロン姿だ。 目の前に現れた堂上家の新妻の本日の出で立ちは、薄いブルーのTシャツといういつもの部屋着にフリルが付いた純白のエプロンを身に着けていた。 下はショートパンツを履いているのだろうが、ひらひらしたエプロンの裾からは綺麗な生足だけが伸びる。 その美脚はもう何度と見、触れて堪能する立場にある堂上だがいつまでたってもその破壊力は抜群だ。 着こんでいるのがTシャツとなんだか一見アンバランスには思えるが、むしろだからこそ郁らしいではないかと、堂上は己の妻の姿にゴクリと唾を飲み込む。 疲れが吹っ飛ぶというレベルの話ではない。物凄い精力剤だ。アドレナリンが全力で分泌しているのが分かる。 きゅっとエプロンの裾を握りしめたまま下を向く郁の顔は真っ赤だ。 もともと郁の方が堂上よりも身長が高い上に、今は三和土に居る堂上より一段高いホールに立っていて、下から覗き込む堂上にはその表情が丸見えだ。 「―――いく」 熱が籠り、堂上の声が掠れる。 そんな堂上に、郁が消え入りそうな声で、堂上の理性を焼き切る焦土作戦を開始した。 「お、おかえり、なさ・・・“あなた”」 ドン!と焼夷弾が次から次に降り注ぐ。 ゆるゆると持ちあがった郁の瞳は羞恥からだろうか、その理由は堂上には判然としないが、うっすらと涙で潤んでいる。 その姿は新妻エプロンの元来のかわいさを際限なく解放していて、堂上の精神は燃え盛る。 きゅっと一度唇を結んだ郁が、決死の覚悟で口を開き、堂上の理性を殺しにかかる。 「あ、あのっ・・・その・・・」 そして郁は、魔女から授かった新妻エプロンの定石を口にした。しようとした。 もうこうなりゃ自棄だ! 「ご、ご飯にしますかっ?!そ、それとも!おふっお風呂にしますかっ?!それ、それとも・・・あ、あた、 ―――やっぱりむりぃいいいいい!!」 無理!無理です!ごめんなさいぃぃ!! バッと身を翻してこの狭い官舎、何処へ行こうと言うのか、逃げ出そうとした郁の腕をパシリ!と堂上が掴む。 己の反射神経の良さに堂上は内心で拍手喝采だ。 「うえ、えっ」 驚いて目をパチクリパチクリさせる可愛い奥さんを堂上はあっさりと抱き上げる。当然、いわゆるお姫様だっこだ。 そのままズカズカとホールを上がって一直線に歩みを進める。 「あ、あつ篤さん!」 ハッっとした郁がジタバタと暴れるが、そんなことでふらつくほど軟ではない。何のため鍛えていると思っている。 けっして嫁を抱き上げて運ぶためではないのだが、既に理性が焼き切れている堂上に常識的思考は通用しない。 「く、靴!靴!」 「後で脱ぐ」 「床!汚れる!」 「後で拭く」 「てゆーか、おーろーしーてぇー!!」 「却下だ」 ジタバタと暴れる、A級戦犯をいなしながら堂上の足取りは遅くなるどころか、訓練速度で動く。 狭い官舎だ。そうしている内に目的地にはすぐに辿り着く。 そして、堂上は脱衣所の引き戸を蹴り開けた。 「あ、あの!あつ、篤さん!!」 「玄関での質問の答えだ」 「ふへっ?!」 「風呂で食う」 「ちょっ!え!」 いかに鈍感な郁とは言え、この状況下において「何を?」とは聞き返さなかった。それもこれも熱心な堂上教官の指導の賜物である。代わりに自分で答えを叫んだ。 「―――っってあたしぃっ〜?!」 そうして堂上の手により、蜜とミルクまみれにされ、トロトロにとろかされ極上のデザートと化した郁は堂上に風呂場で美味しく頂かれた。 いつになく激しい情事の余韻に、ハフっと甘い吐息を零す郁はおそらく思考回路が常より緩くなっているのだろう。 とりあえず、とそれでなくともウッカリ満載な堂上の愛妻は、クタリと身体を預けながら、黙ってればいいことを迂闊にもポロリと零した。そんなとこも含めて可愛さ全開で、堂上としては大変都合がいい。 「えっと、・・・合格、したの、かな?」 「何がだ」 そして事の顛末をツラっと聞き出した堂上は内心にんまりと笑う。 「そうだな、とりあえず一次試験は合格だな」 「―――一次?って!これで終わらないの?!」 ちょっと待って!ウソでしょ!!とガバっと身を起こした郁に、堂上は傍から見れば大変胡散臭い爽やかな笑顔を浮かべて言った。 「知らないのか?次は裸エプロンで出迎え、だぞ」 「―――って、ぇえええええええええっ!!何ソレ!聞いてない!聞いてないよ!!」 ムリムリムリー!!と絶叫する郁を堂上はあっさりと笑い流した。 その後、新妻の第二の試練が実行されたかどうかは、堂上のみが知る。 |