それはある午後の出来事。





たまには




「なぁ、郁こっち座れ」

洗濯したてのラグの上にゴロゴロと寝そべって雑誌を読んでいた郁はその声に「んー?」と緩慢な動作で顔をあげた。
堂上が示している場所は己の膝の上。

「―――えっと、何?」
「何も」

眉をひそめて尋ねる郁に堂上はあっさりとそう答える。

「何もしねぇから、こっちこいよ」
な?と甘い目で誘われては拒むことも出来ず、郁は釈然としない面持ちでおずおずと堂上の膝に座る。
膝の上に座らされることは結構な頻度あるが、自分からというのはそうあることではなくどうしたって照れる。
途端頭にずしっと重みがかかった。

「篤さん、重いよ」
苦笑しながらそういうと、
「いいじゃないか」
と堂上の声が頭に響いた。

堂上は手を郁の前にもってきてぎゅっと抱きしめる。

「柔らかいな、お前」

髪に顔を埋めながら噛み締めるように呟く。
その声がかすかな振動となって郁の頭の中で響く。
くすぐったい。
くすくす笑いながら郁は手を堂上に重ねる。

「どうしたの?今日の篤さんは甘えん坊だね」
「いいじゃないか、たまには」
たまには妻孝行としたもんだろ。

その言葉にまた郁は笑う。

「あたしに甘えるのが孝行になるの?
 普通は逆じゃない?」
「でもお前嬉しいだろ?」

ずばっと言われて一瞬言葉につまる。
にやにやと笑う気配が頭上からした。

「まぁ、それは否定しないけど」

そういうとだろ?と楽しそうな声が響いた。

「最近仕事ばっかで全然かまってやれなかったからな」
一応これでも気にはしてたんだと堂上は呟く。
そんな堂上に郁はそんなに気にしなくともいいのにと笑った。

「だってあたし篤さんが仕事してる姿見るのも好きだもん」
見てるだけでも楽しいんだよ。
嬉しいことをいってくれる妻を堂上は満面の笑みを浮かべながらぎゅっと抱きしめた。

「お前は俺を喜ばせる天才だな」
「んー、だって本当のことだし」

ちょっと苦しいよといいながら郁が答える。

「それにあたしは篤さんがそんな風に仕事する人じゃなかったら付き合ってなかったと思うし」
「なんだよそれは」

急に落ちた声のトーンに苦笑する。

「あのね、あたしにとって篤さんと図書隊はセットなの。
 一生懸命、本の為に戦ってる篤さんの後姿に私は惚れたんだよ?」

思いも寄らない熱烈な告白に真っ赤になって堂上は郁の肩に頭をのせる。

「・・・やっぱお前天才だな」
「何言ってるの」

くすくすと笑う気配。
その振動を堂上は心地よいと思った。

「だからさ仕事とあたし、どちらか選べっていわれたら、迷うことなくお仕事選んでよね?
 そこであたしを選ぶ篤さんはあたしが選んだ篤さんじゃないんだから。
 まあ、そこはお互い様っていうか、さ」
「それはそれで複雑だけどな」

ぎゅっと抱きしめてそう囁けば彼女は笑ってでも本当のことだからと告げる。


「だから、仕事してる篤さんも含めてあたしは大好きだよ?」
「お前、俺のこと甘やかしすぎ」
「ええ?甘えてきたのは篤さんの方でしょ?
 だからご希望どおり甘やかしてあげたんだけど」

それに。

「たまにはいいでしょう?」
「違いない」







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