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くるり。 気が付けばそう世界が反転した。 そう思った瞬間に郁の目には白い天井が映った。 強かに打った背中がズキズキと痛む。衝撃からか脳も揺れている気がした。 一瞬の痛みに瞑っていた目を開けるとそこには郁を見下ろしている堂上がいた。 無表情に見える顔の中で光る瞳。その目はぎらりと鋭い光を放っていてまるで捕食者のそれだ。 つまり、その堂上の前に居る自分は被食者というわけか。 一体何が原因でこんな状況に陥ったのかを郁は思いのほか冷静に思考して、さっきまでの平穏な時間を遡った。 ・・・果たしてそれまで平穏だったか。 遡って郁は僅かに眉を顰めた。 堂上はいきなり郁のことなどお構い無しに喰らい付いた。 郁の唇に噛みつくように呼吸を奪った。 そしてそれから呼吸ができない郁に伸し掛かる。手加減の欠片も見えやしない。 夫の神経を逆撫でするような、若しくは劣情を煽るようなことは一つも言わなかったはずだ、と郁は記憶を辿る。 しかしそこで、ある一つのキーワードに思い至る。 そういえば訓練生の話をしている時にココ最近懐くようになった新隊員の名前を出したことを思い出し、ああ、と投げやりに合点した。 ああもう、どうしてそんなに解りやすい行動回路を、あなたは。 郁は脱力して、ちょうど自分の顔の真上にまできた堂上の顔をまっすぐに見上げた。 堂上は唇をいやらしくまげて、情欲を満たした目で郁を見ている。 自分が被食者にならざるを得ないこの状況を理解して、郁は白旗を振った。 こんな理不尽な体制はいつものことだと郁は諦めの息を吐く。 こうなってしまったら、どんな言葉も彼には効きはしない。普段が自分を押さえ込んでいるから余計に。 郁の首に噛みついた堂上の首に腕をまきつけて、郁は静かに目をつぶった。 いつの間にか空は闇を纏い、見上げた顔の向こうには満月が輝いているのが見えた。 月には人を惑わす力があるという。 満月がきっと彼を狂わせてしまったのだ。 そして自分も。 彼に狂う。 |