いつまで経っても、追いつかないものがある。
それは例えば年の差であったり、経験であったり、・・・手の、大きさであったり。
背伸びをする年齢はとうに過ぎたけれど、仕方がないと思えるほど大人になるつもりはなかったものだから。
だから、結局は悔しいのだ。
静かに書類を調える手をじっと見つめる。手の主は言わずもがな、上官であり夫でもある堂上だ。
見つめる、というより睨みつけるといった方が適切なその瞳に、流石は戦闘職種といったところか。落としていた視線を郁に向けわずかに首を傾げた。

「・・・どうかしたか?」
「別に?」
少々意地悪く笑って、郁はテーブルの上にあるティーカップへ手を伸ばした。目は、それでも堂上の手を見つめるまま。
視線には気付いているのだろうが、堂上は何も追求せずにトントン、とそれなりの厚みのある書類を整えて、机の端に置いた。それが仕事の終わりの合図だ。
郁がお茶を流し込むように飲む。
「在宅ワーク終了?」
「とりあえずはな」
頷いた堂上に、じゃあと郁は立ち上がった。堂上にこいこいと手招きする。堂上が首を傾げた。
職場では一分の隙もない完璧な上官は、家では意外と子供っぽい行動をすることを誰が知っているだろうか。
もっとも教えるつもりも見せるつもりもないのだけれど。



「どうした?」
そう言いながらも堂上は素直に郁の傍へ立った。
「手、出して」
堂上は言われるままに右手を伸ばす。手のひらを見せるように出すと、郁がその腕を掴んで、こう、と腕を垂直に立たせた。郁の胸辺りに手の平が触れそうな格好だ。
堂上の右手首を押さえて、郁は自分の左手を重ねる。
「・・・郁?」
「あぁ、やっぱり」
郁は納得して、堂上の手から手を離した。短い時間だったはずなのに離れる温かさを寂しく思って、堂上の苦笑を誘った。
「どうした?」
「やっぱり、篤さんの手は大きいままだなぁと思って」
不思議そうに首を傾げる堂上に、郁は口を尖らせながらもどこか満足げに笑いかける。



・・・いつまで経っても、変わらないもの。



「年の差とか、経験とか、手の大きさとかさ、・・・いつまで経っても追いつかないなって」
「年や経験もそうだが、手に関しても、仕方ないだろう」
言外に性差を示され、むぅっと郁がむくれる。
「そーなんだけどね。あたしじゃ篤さんの手を包みこめないなぁーて」
郁の言葉に、ようやく堂上は合点がいったように口元を緩めて頷いた。
「俺は嬉しいけどな」
「あたしは悔しいの。けど嬉しいとも思っちゃうから、それがまた悔しいの!」
ぷっくりと頬を膨らませる郁に堂上は嬉しそうに口元を緩めて笑った。
そして離れていた郁の手を今度は自分から重ね、包み込むように握った。

「これでいいんだ」

堂上の右手は郁の左手をしっかりと握って、ぐいとその長身を引っ張る。
大人しく付いてくる郁に、堂上は笑う。それに気分を良くしたようにぎゅ、と繋いだ手を郁が握り返す。


「お前の手から何も零れないように包み込めるからな」


「お前だけじゃ支えきれないものを俺が支えて。
 その代わり、俺に見えないものをお前が見て。
 そうやって、二人で補い合っていけばいいだろう」



ちらりと堂上を盗み見た郁は。口元を緩めて目を細めて自分を見る堂上に、頬へ熱が集まっていくのを自覚した。

―――あぁ、やっぱり敵わない。

こうやって、いつだって郁の敗北宣言は、小さく絶対聞こえないように心の中でのみ呟かれるのだ。








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