特殊部隊堂上夫婦は共働きである。で、あるからして、生活費は二人の折半によって賄われている。
結婚を機に新しく作った堂上名義の口座に給料からそれぞれ半分ほど振り込むようにし、そこから家賃や光熱費、食費や二人で出掛ける際の費用を捻出している。
このシステムは恋人時代にデートの費用を、それこそ交通費といった細かな出費から食事代、宿泊費、挙句には自分が呼び出して出かけたコンビニの会計を持たれたり、とほとんど全額堂上が持つことに心苦しさを覚えていた郁にしてみれば「待ってました!」と諸手を挙げて迎え入れたシステムである。
堂上が年上で、階級から言っても自分よりもずっと多くの手取りを貰っていることも、それが所謂男の甲斐性であることも理解はできるが、だからといって完全に納得できるかと言うと話は別だ。堂上に比べれば少ないと言っても、郁だって社会人としては一人前の給料を貰っている身分であり、そんな中で今までは自分で買うのが当たり前だったたかだか数百円のコンビニデザートすら買ってもらうのは慣れないし与えられるばかりはやっぱり申し訳なくも思っていたのだ。
それまでの分を返せるわけではないが、少なくとも生活の負担を分け合っていると実感できる今のシステムは郁にとって素直に嬉しいものだ。
ただ、郁を甘やかし構い倒したい年上の夫は、どうやらそれではいささか物足りなかったらしいということに気づいたのは、先日外出先で急遽、堂上の一方的な都合により、一泊することになった時のことだ。
恋人時代から、勤務時間に比べプライヴェートでは随分と甘い人だとは折に触れて思ってはいたのだが、正直甘かった。
年上の夫は、甘いものが好物な郁をしても思わず「甘い!」と感嘆符を付けたくなるほど、甘い男だった。




あの日―――一体ぜんたい何があって外泊することになったのか、実は未だに郁は理解していないが―――「散々可愛い顔して煽ったお前が悪い。異論は認めん」とむんずと郁の手首を引っ掴んでホテル街に向かって歩き出した堂上は「いや、良く分からないけど分かりました。分かりましたから、続きは家で!」と足を踏ん張りながらなんとか説得を試みようとした郁の話を全く聞きいれてくれなかった。
あの日は郊外のショッピングモールに買い物に行く予定だけで、泊りの準備など全くしていなかった。というか、いつもしてない。
斜めがけしているポシェットに入ってるのは、財布とハンカチ、ティッシュに携帯、それから化粧直し用の最低限のものしか入っていないコスメポーチくらいだ。こんな装備で、お泊りとかない!
だいたい寮住まいだった頃とは違うのだ。わざわざその為だけにホテルに泊まるとかナンセンス!
別にするのがイヤとか言ってないじゃん!それはいいって言ってるじゃん!
ねぇ、ちょっと旦那様?一時間もすれば自宅ですよ?ねぇちょっと?!
いーみーわーかーんなぁーいぃ〜!!
踏ん張ったところで、相手も体力に自信のある戦闘職種。背は高くとも標準よりも軽いウェイトの郁を引きずり歩くなんてわけない。
ズルズル引っ張られながらも、郁はなんとか説得を試みる。
「ねぇ!何の準備もしてないのに、泊るとか」
「あ?最低限必要なのは替えの下着ぐらいだろ。そんなんコンビニでいくらでも調達できるだろうが。服は買ったばかりだしな。何か問題あるか」
「いや、あるよ。大アリだよ」
「前科持ちがコンビニ下着がイヤとか言うなよ」
『初めて』のその日に、コンビニ下着を求めて逃走を企てた郁は、そこに反論する権利はない。
なので、それ以外の正当な理由で反駁する。
「化粧用品が全くありません」
「だったら、それもコンビニで買えばいいだろ」
「あたしが使ってるのは、コンビニじゃ多分揃いません!」
堂上の脚が止まる。
「―――そうだったな」
どうやら思い出してくれたらしい。



こう見えて肌が弱い郁は、洗顔料、化粧水といった基礎化粧品からある程度品質のいいもの選ばないと肌が荒れる原因になる。
女性宿泊者向けに化粧水が常設されているホテルも多くあるが、そう言った理由から郁は今までそれを使ったことはない。そういう時はいつだって自前のものを使っていた。
そしてまず、その前段階の化粧を落とすためのクレンジングオイルが置いてあるホテルはあまりない。
つまり化粧が落とせない。水と石鹸である程度落とせるだろうが、やはり心許ない。
そしてそれを言い出したら切りがない。
その後の洗顔料だって欲しいし、保湿の為の化粧水と乳液だって欲しい。
そして今日と言う日そんなものは当然用意していないし、コンビニで手に入るランクのものではない。意外に値が張るのだ、郁の化粧用品は。



「―――分かった」
あ、良かった。通じた。
堂上の言葉に郁はホッと胸を撫で下ろした。
郁に対し少々過保護の気がある堂上は、勿論郁の肌状態だって気にかけてくれる。
そのまま一晩過ごせとは言わないし、どうなるか分からない使いなれない化粧品で我慢しろとも言わない。
ぃよーし!ミッションコンプリート!!
胸中で高らかに拳を上げながら、そう思った。
次に続く堂上の台詞を聞くまでは。



「じゃあ―――ドラッグストアだな」
「―――え?えぇ?!」
まさか、そんな方向転換があるとは思わなかった。
っていうか、諦めようよそこは。そこまでする必要あるか?!
混乱する郁を余所に、堂上は迷いない足取りでズンズン進む。
「マツキヨあたりの大型店なら大丈夫だろ」
ええ。おそらくあるでしょうよ。あるでしょうけど!
「いやいやいやいや。クレンジングから洗顔料、化粧水に乳液と買ったら結構結構な出費ですって!」
「だから買ってやる。つーか買わせろ!あくまでこれは俺の我儘だからな。それに付き合わされるお前は奢られる義務がある」
「義務っ!」
あまりの言い分に素っ頓狂な声が出た。



ナニ?奢られる義務ってナニ?!ナニイッテルのこの人?!
え?ちょっと意味分んないんですけど?!
助けて柴崎!あたしじゃこの人に口で勝てない!!



「だいたいな」
そう言って、振り向いた堂上はとんでもない言葉をかましてくれた。



「俺は毎年郁予算を計上してるっていうのに、お前が全く甘えてこないから毎年毎年余る一方だ。
 前年を勘案して低く見積もっても、毎年毎年バカみたいに繰り越しやがって!
 お前はどんだけ予算を使うのが下手なんだ。俺が買う予定のものまで自分で買いやがって。
 今日だって、俺が選んだ服をちょっと目を離したすきにさっさと自分でレジに持って行くし!
 おかげで俺は他に使い道のない金がムダに余っている!
 と言うわけで、今日と言う今日は四の五の言わず奢られろ!」



―――郁予算!



ナニソレ!キイテナイヨ!
いや、生活費以外のお金の使い道は篤さんの自由だから、どんな使い方しようと勝手だけど。
だからって、郁予算て!郁予算って!!
そんなものがこの世に存在していたとか驚きだ。



―――あ、ムリ。勝てない。



この瞬間、郁は白旗を上げた。無条件降伏だ。
付き合い始めの頃、柴崎に、
「何か、あたしのほうが絶対好きだなーって」
なんて言ってすみませんでしたぁーーーーっ!!
ナマ言いました、スミマセン!!
土下座して謝ります。誰に向かってか分かんないけど、とりあえず謝ります!
あたしに篤さん予算なんてナイ!!考えもしなかった!!




ふふ。そうだよね。
あたしが、何か一つでも篤さんに勝てるなんて、浅はかすぎたよね。
うん。



その発言に頭が真っ白になった郁は、ほぼ無抵抗な状態でお目当てのドラッグストアに連行され。
「お前が使ってるのってこのメーカーのだよな」
と、郁には到底真似できない記憶力の良さを発揮した夫が、郁愛用の化粧品を片っ端から籠に放り込み、レジに進むのを手をひかれながらぼんやりと見ていた。
そしてそのままホテルに連れ込まれ、ベットに放り投げられ、頭が真っ白になるほどサンザンに啼かされた。





ちなみに、後で気づいたのだが夫が買ってくれた化粧品は、郁が愛用しているシリーズの中で一番いいお値段がするものだった。







―――そんなわけで。



「わーん!しばさきぃー!!唯一勝てると思ってたとこまで完敗なんだけど、あたしどうすればいい?」
「あ?知らないわよ!二人で勝手にイチャイチャしてなさいよ」
「ちょっ!何ソレ!あんたが
 『ねー、最近なんかないの?あんたと堂上教官が居てなんもないわけないわよね?なにかあったでしょう?なんでもいい話しなさい!さあ!さあ!!』
 って脅してくるから、話したのにぃー!!」
「うるさいうるさいうるさぁい!面白い通り越して、結局惚気か!
 そこまで突き抜けた惚気だと、からかうこともできないじゃない!
 あー口の中がじゃりじゃりするー!!」
「なわけあるか!」
「あーもー飲まなきゃやってらんないわー」
「結局それか!結局それか!!」
「というわけで、今日はあんたの奢りで飲むわよー!!」
「どういうわけよ!!」





「あーもー、あたしも柴崎予算組み込むべきかなぁ」
毎年赤字になりそうだけど。
しょんぼり呟く郁に、「いや、それは間違ってるでしょ」と柴崎は呆れた。



そして当たり前のように、その発言を堂上にリークされ、郁はまたサンザンに啼かされた。









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