もぞり、と人が身じろぎするのを感じて目が覚めた。




ふと目を開けると、温もりに包まれていて。
本当に、本当に幸せな“一日の始まり”だと思った。



(久しぶり、だったしな・・・)



出張のために一週間ほどこの部屋を離れていた俺は、昨日の夕方戻ってきたばかりだった。
別に寂しかったとかじゃないけれど。
それでもやっぱり、同じベットで寝ることの出来るひとのぬくもりを感じると安心する。
この体温を感じるだけで間違いなく「帰ってきた」と思えるから不思議だ。


ふと隣で眠る彼女に目をやると、彼女は無防備で、そして疲れきった様子だった。

――こんな時、彼女はまるで死んだように眠る。
・・・そして俺は少しだけ、本当に少しだけその様子にドキっとする。

すぐに安心できるのは、彼女が死んでないってことが次の瞬間には解るから。


・・・もし、本当に・・・、・・・ああ、だめだ考えないようにしよう。



とにかく。
俺の腕に触れられた、その手の暖かさとか。
わずかに聞こえる、その呼吸の音だとか。

―――・・・それだけが今オレが知る事の出来る、彼女がイキテイル証。

それを感じるだけで、俺はこの上ないくらい、安心できる。

その体温を、その呼吸を。

少しも、一つも感じ逃さないように。

彼女の上に覆い被さるように、抱きしめる。
彼女が重みで起きないように、包みこむ。

例えば、この心臓の鼓動も、彼女がイキテイル証。



(ほんっと、焦った・・・。紛らわしい寝方すんなバカ)



起きているときはあんなにも、体中から「生きてる!」という生命感を溢れさせているのに。
ころころと変わる表情を見せる顔に今は色は無く。
白い顔に、じっと耳を傾けて捕らえることの出来る吐息。
僅かにしか「生」を感じさせないなんてズルイ。
おかげで俺は起きている時も、寝ている時も。
寝ても覚めても、
こいつの心配をしてなきゃならない。


(なあ、おい)


白い頬を突く。
(目ぇ開けろよ)
なんて思いながら。


嫌がるように身じろぐはずの彼女が、今日は何も反応しない。
違うと分かっているはずなのに、このまま彼女が目を覚まさないんじゃないか、なんて思って。
抱き込む腕に力を込める。



――彼女の鼓動を感じながら、ふと昨夜を思い出す。

・・・こんなにも疲れさせるくらい、確かに昨日は無理させた、かもしれない。
少しばかり反省する。



(いや、愛妻と一週間も離れてみろ。俺はまだそこまで枯れちゃいない)
だから仕方がないだろう、なんて、ちょっと言い訳じみたことも思ったり。


当然、機械越しではない肉声を聴く事ができたのも。
お互いの体温を感じあう事が出来たのだって、久しぶりだ。
いつもより気持ちが高まってしまうのも自然な事で。
たくさん、たくさん彼女を確かめたくて。
彼女も答えるようにオレを求めてくれて。


―――まあ、それに甘えすぎてしまったような感じが、しなくもないが。


現に彼女は俺の隣で、・・・まるで、死んでる よう に。



・・・これは、だいぶ、・・・かわいそうだ・・・・・・。



罪悪感を忘れるように、もしくは拭うために、朝食のメニューを考える。
多分、起きたら身体の痛みを「篤さんのせいだ」なんて眉尻を上げて怒るに決まってる。

解ってる、確実に俺が悪い・・・。



彼女のご機嫌を取るメニュー。
この休みに買い出しに行く予定で、あまり豊富とはいえない材料を思い出して考える。


缶入りのスープがあるから、スープはそれを温めて。
コンソメとオニオンどっちがいいだろうか。
・・・両方温めればいいか。
冷凍庫に食パンがあるはずだからそれをフレンチトーストにして。それに、アイス。昨日ハーゲンダッツのマルチパックを買って帰ったばかりだからそのバニラを乗せるか。
サラダはどうするか。
レタスときゅうりくらい買っておけば良かった。
仕方が無い。ツナ缶と玉子をマヨネーズで和えたものを用意しよう。


―――よし。



軽く身支度をして台所に立つ。
水を張った鍋を火にかけて、沸いたところで玉子を入れる。
十分ほどしたら、引き上げて水にさらして粗熱を取る。
刻んでツナとマヨネーズ、それに黒胡椒少々を混ぜ合わせる。
出窓の鉢からちぎったパセリを刻み、とりあえず一品完成。
冷蔵庫に冷やしておいて、ついでにフレンチトースト用の玉子と牛乳を取り出す。戸棚からは砂糖とシナモンスティック。
ボウルに玉子を割って解きほぐし、牛乳を加える。
アイスを乗せるなら、砂糖は控えめにして。削ったシナモンを加える。
解凍して切ったパンを漬け込んで。あとはバターを落としたフライパンで焼くだけだ。


さて、そろそろ愛しの彼女を起こしますか。





鳴くのに疲れた俺の小鳥は、未だ深い眠りについたまま。



どうかどうかずっと。


・・・できるかぎりでだっていいから。


頼むから、其処に居ろ。





「郁」
緩く揺すれば、ぅん、と小さく反応が返る。


「起きろ」
「ん、」
「飯、出来た」
「な、に」
「スープと、ツナと玉子のサラダ。それと、シナモン入りのフレンチトースト、アイス添え。
 お前好きだろ?」
「ん」
すき とふにゃりと笑う。

なんて可愛らしい顔だろうか。
笑いつつ、そっとその頬にキスをする。小さく触れた肌は温かい。



「――おはよう、郁」
「・・・よ、あつしさ」
「ほら、顔洗って、着替えてこいよ。
 その間用意しとくから」
「ん」
用意しておいた部屋着のゆったりとしたコットンのワンピースを手渡すと、もぞもぞと彼女がベットから這い出してくる。
それから、ゆっくりとだが、歩いて洗面台へ行く姿に少しホッとする。
正直、限界を超えて無理させたかもしれないと思っていたから。


洗面所に彼女の姿が消えるのを見送って、作業を再開する。
バターを落として熱したフライパンに、ボウルの中で十分に潤ったパンを並べていく。
ジュワっという音とともに甘い匂いが立ち込める。
フレンチトーストを焼いている間にスープを温める。
あと、自分用に普通のトーストをセット。
フレンチトーストをひっくり返して、温まったスープを鍋から移す。
焼きあがったフレンチトーストに大き目のスプーンで丸く取り出したアイスを乗せる。
トーストを皿に乗せ運ぼうとした所で、カチャリと彼女がリビングのドアを開けて入ってくる。


「おはようございます、篤さん」
さっきよりも、ずっとしっかりとした声だ。



「ごめんなさい、任せちゃって」
「気にするな。これぐらいさせろ」
それより大丈夫か、と聞けば、彼女は顔を真っ赤にして、俯き加減に小さく頷いた。
その様子にほっとする。




立ち込める甘い香りを吸い込んだ彼女の顔がほころぶ。
「おいしそ」
「これ、向こうに運んでくれるか。サラダ持ってくるから」
「うん」
分かった、とニッコリ笑ってテーブルに向かう。


「あつしさーん」
「なんだ?」
サラダを持ってきたところで声がかかる。


「これ、どっち?」
「どっちでもいいぞ」
「んーーー、じゃ、あたしコンソメ!」
あ、でもオニオンもちょっとちょうだい?
なんて笑う彼女に「好きなだけどうぞ」と返す。


――――笑ってくれるなら、なんだって。



キミが隣で笑ってくれるなら。
それだけでオレは充たされるから。






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