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「あんたんとこってさー」 全然関係ないんだけど、とそう前置きした後幼馴染の魔女っ娘が切り出した。 幼馴染という関係は気負わなくてもいいぶん、遠慮の垣根も低くなるのでその関係性には善し悪しがあるなと思う。 中間考査期間のため部活もなく、両親も公休のため予測通り「たまには図書館で勉強でもしてこい」と父親に追い出された俺と、魔女っ娘こと手塚麻陽(あさひ)は現在来月実施されるTOEICと簿記試験対策中である。お互い学内考査前にジタバタするほど日々の学習を怠っている訳ではないので、試験勉強用にと学校から用意される考査期間中の空き時間はたいてい資格試験用の勉強時間に使われる。 そんな中での質問は、本人の申告通りまったく関係のないものだった。 「あんたのとこってさ、なんで一人っ子なわけ」 「は?」 「ウチでさえ下に弟いるってのに。あんたんとこなら、兄弟で野球チームだとかサッカーチームだとか出来そうなくらい兄弟いてもおかしくないのに」 「・・・どんだけだ」 「えーだって、郁ちゃんと篤さん今現在MakeLove中でしょ?」 「事実そうだとしても他人のお前が口に出すな!つか、人ん家の母さんをちゃん呼びするのいい加減やめろ!!」 「有馬うっるさい。ここ自宅じゃなく図書館の学習室だから」 俺自身にその記憶がない幼い頃のこと。母さんのことを呼び捨てにした俺に対して父さんがマジギレしたらしいが、その時の父さんの気持ちが分かる。確かにムカツクわ。 心が狭いと言いたきゃ言えばいい。母さんのことに対する狭量さは父さん譲りだ。血の繋がりナメんな! そこ幼馴染とか、母さんの親友の娘とか関係ねーから、マジで。 「それに関しては当人である郁ちゃんがいいよーって言ってくれてんだから、あんたに文句言われる筋合いないでーす」 だからちゃん付けで呼ぶなっつ―に!と父さん譲りの眼光の鋭さで睨んでも、怯むどころか動じもしないところがこいつが魔女の娘であることを物語っていると思う。 「でも、そういうトコも含めて、私あんたのこと好きよ」 「そりゃどーも」 くふりと笑う麻陽に軽く返す。この辺りは慣れたものだ。照れることもない。 こういうところがいらんやっかみを生む所作なのだろうが、知ったことか。 「で、どーよ」 「何がだよ」 「私とMakeLoveする気はない?」 「だが断る」 「なんでよー。私以上にあんたのこと理解してる女なんていないと思うんだけど?」 「だろうな。お前以上に長い付き合いの女なんていねーし」 それこそ生まれた時から家族ぐるみの付き合いだ。長さも深さも随一だ。だからこそ中身も知れてて容赦もないのだが。 テーブルに身を乗り出して、上目遣いで迫る麻陽を鬱陶しげにシッシと手で払えば「もうっ」と不満気に口を尖らせる。なんだその子供っぽい表情。 「ウチの母さんのマネか?お前がやっても別に可愛いとか思わねーし」 「なによ、もー。少しはトキメキなさいよー」 「はぁあ?お前相手にトキメクとか正気か。ないわー。計算してるって知ってて可愛いとか思わんわーマジ無駄」 「あんた、マジ一度私のファンにタコ殴りされろ」 「やれるもんならやってみろってんだ。そんなん余裕で返討ちだし。戦闘職種家系ナメんな」 「大体このあ・た・しが、真面目に迫ってるのにノってこないとかあんたマジ男?なにED?」 「死ねよ。可愛く思われたきゃ、お前はまずその口を閉じろ。話はそれからだ」 「おっと。あんたと居るとつい素がねー」 まあそもそも顔を使い分けてる時点で俺的アウトなんだけど。自分の容姿を自覚して計算できる女に興味はございません。 「やっぱ、あれ?あんた郁ちゃんみたいなスレンダーモデル系がタイプなわけ? 結構自信あるんだけど。興味ない?私の身体」 「いや?俺別にお前の容姿嫌いじゃないぜ。つーかフツーに勃つと思うし。遊びで抱ける女なら抱いてるね」 「あんたもあんたでサイテーだわよ」 「俺も男ですからねー」 麻陽は手塚さんと麻子さんの美形遺伝子を無駄なく受け継いだいわゆる美少女顔で、出るとこ出て、引き締まるとこは引き締まっているという抜群のプロポーションを持つ、いわゆる男受けするタイプだ。 ただ。 「中身がまったく俺のタイプじゃねーんだよな、お前」 「いやいや。一回試しにどうよ?本気にさせる自信あるわよ? どうよ、ここらで名実ともに校内一似合いのカップルになってみない?」 「いつも虫よけAZS! つかお前に手を出す必要ないほど女っ気足りてるし」 「―――そこで郁ちゃん居るから満足とか言ったら流石の私もヒくわよ」 「勝手にヒいとけ」 「―――マザコン」 「それがどうした」 母さんの可愛さは我が家の正義だ。 それを否定する人間は父さんと俺でセメントだ、マジ。もっとも肯定して言い寄る輩も同じくセメントだけどな! 母さんは我が家の『宝石』です!手ぇ出すならそれなりの覚悟は出来てんだろうな、マジ。 「それに遊びで手を出せるほど、俺にとってお前は軽い存在じゃねーし」 「―――・・・あんたはなんでそーいうこと言うかな」 「まーそういうこった。諦めろ」 「くっそぅ」 「大丈夫大丈夫。単に俺のタイプじゃないってだけで、お前マジいい女だし。男とかすぐ出来っし」 「―――それで私が変な男に引っかかったら本気で怒るくせに」 「当たり前だろ。俺の大事な幼馴染傷つけられて黙ってられるか。むしろ我が家一家総出で潰すから、そいつ」 「―――・・・だから、なんであんたはそーいうこと言うかな」 「ま、お前はそんな男に引っかかるほどバカじゃねーって知ってるし。 てか、そんな男に引っかかるような迂闊者なら、とっくに俺が貰ってるし。 だからって、それを知ってて自棄にならないで自分を安売りしないとこもお前のいいとこだよな」 あーあと両腕をだらりと机の上に伸ばして項垂れる麻陽の頭をポンポンと叩く。 だって、なぁ。仕方ねーじゃん。 俺のタイプって母さんみたいにちょっと抜けてる天然さんで、その上自分の良さを本人だけが自覚してないってタイプだ。 麻陽みたいに良くも悪くも計算できるタイプとは対極なのだ。計算抜きで無自覚に(時にムゴイくらい)煽ってくれる子がいい。 なんていうかホントはメチャクチャ可愛いのに、自分に自信がなくて「俺が可愛いって言ってるんだからいいだろ」とか言ってやれるような彼女が欲しい。 「あんたの理想は高過ぎよ」 「否定はしない」 「確かに郁ちゃんは可愛いけどー」 「だろー?」 あと、母さんの可愛さが分からん女は当然論外だ。 「私とあんたが付き合ったら、郁ちゃんだって絶対喜ぶのにぃー」 それには苦笑だけ返して、否定はしない。 確かに、親友の娘と息子が付き合えば、母さんのことだ本当に手を叩いて喜ぶだろうが。 「魔女と姻戚関係になるとかマジ勘弁。俺は父さんも大事です」 魔女を手の内に引き入れるとかないわー。我が家の平穏崩れるての。何そのバットエンド。 「―――ウチのママを真正面からそう呼べるのはあんただけよ。郁ちゃん真っ青になるわ」 「安心しろ。お前も十分魔女の娘だから」 「いや、意味分んないし。てか、しかも褒めてないし、それ」 「そして俺は計算高い魔女ではなく天然で可愛いお姫様と恋に落ちたいのです。 目指すは父さん!」 あんな可愛い嫁さんもらったら、そりゃ毎日幸せだろう。俺の両親マジ理想の夫婦! 「そして、そんな母さんと父さんの息子である俺は絶対もってるはずだ!俺の理想のお姫様は居る、絶対!」 「―――知ってる?幸せの青い鳥は近くに居るのよ」 「そうそう。隣のクラスの武井って笑った顔かわいーよな。あのはにかみ具合がちょっと母さんに似てる」 「もーぉ!なんでこんなのが王子様だなんて持て囃されてんのよー。ただのマザコンなのにぃー」 「そりゃあれだ。母さんと父さんの息子だからな。言われて当然てか」 「そこは臆面なく肯定するとこじゃない!あんたほんとそーいう感性だけ郁ちゃんの血受け継ぎ過ぎ!」 「いやいや、これも案外父さんの血濃いから。 つーかさ、お前の御自慢の情報網に俺と付き合いたい奴で母さん並みに俺のお姫様足り得ると思う女出て来いってバラまいとけよ」 「・・・そしてノコノコ出てきた女片っ端から切るんですね、分かります」 「自分に自信のある女とかてんで興味はございません!」 そこで、あたしなんか、って怖気づく子がいいです。 「あーもー・・・サイテー」 「そんな俺を好きな自分が?」 「・・・どっちもよ」 ぐったりと、力なく呟く幼馴染の姿に多少なりの罪悪感は覚えつつ、やっぱり本気にはなれないから手は出せないのだ。 あー恥も外聞も関係なくなるような本気の恋がしたい。 てか、何でこんな話がズレてんだ。 「そうそう。質問の答えな」 「質問?」 「おいこら。てめぇで聞いて忘れんな。なんで俺が一人っ子かってことだよ」 自分で蒸し返すのもどうかと思うが、こいつのことだ、またいつ聞いてくるか分からん。だったら、さっさと片付けるに限るってもんだ。 「あーぁ。そうそう。そうだったわね。なんで私が項垂れる結果になってんのよ」 「知るか」 「なんでよ」 「そりゃ、あれだ。ウチとお前んとこの母親と父親の差だろ」 「母親の違いは分かるけど・・・父親も?」 「むしろ父親が、って感じだけどな」 俺の母さんは図書隊の特殊部隊であり、女性初の特殊部隊員ということもあり現在は女性隊員を統括する所謂エリートであり、現在進行形で前線で戦う女性だ。 危険を伴う立場で心配だが、そこに立つことに誇りを持っている母さんを自分たちのエゴで否定はできない。そういうところも含めて俺たちが好きな母さんなのだから。 そんな母さんにとって出産や育児は、一般女性以上の犠牲がつく。母さんはそれを犠牲だとは思わないだろうけど。 事実、「後悔?そんなもんするわけないじゃん。篤さんとの子供が欲しくて、あたしはあんたを産んだのよ。あたしが、あんたを産むことを選んだのよ」と母さんは俺を見て幸せそうに笑って言う。 けれど、母さん自身がどれだけ意識しているのかは不明だが前線に立つことを望んでいる以上、二人目、三人目を簡単に作れるような環境でないこともまた事実だ。 もっとも出来たら出来たらで、母さんは素直に喜ぶのだろうけど。母さん自身は別に子作りを嫌がっている訳ではないのだし。ただ―――。 「―――父さんが母さんを子育てに取られるの嫌がるからなぁー」 「―――そっちか」 「ようやく俺が母さんの手を離れて喜んでるところだから、しばらくはないわー」 子育て期間中、母さんが母親の顔ばかりで妻の顔をする時間が少なかったのが父さん的にかなり堪えたらしく、「弟や妹はしばらく諦めてくれ」と言われたのは記憶に新しい。どんだけだ、という感じだがそれがウチの両親なのだから仕方がない。しばらく、はうっかりがない限りきっと来ないことは暗黙の了解だ。 子供がいようがなんだろうが、父さんの一番はいつだって母さんだ。ただそれが寂しいと思うことはあまりない。 そういうブレないところも、俺の父さんの好きなところの一つだから。 そうして、いつか自分も、そう思える女性(ひと)に出会いたいと思うのだ。 ヴヴっと携帯のバイブレーションが鳴る。 携帯を開いて、届いたメールを確認する。 「あーあ。嬉しそうな顔しちゃって。何?郁ちゃん?」 「いや、父さん。夕飯ついでに外出るからキリいいとこで戻ってこいって」 「あー、夕飯準備出来なかったのね」 「うるさいっ」 麻陽の言葉を受け流しながら、いそいそと筆記具をまとめる。 思ってたよりも問題が進まなかったが、まあ仕方がない。開いていた問題集を閉じて立ち上がる。 「つーわけで、帰るわ」 「大切な幼馴染に対してつれなさすぎ」 「悪いな。それよりも、家族のが大事だから」 ヒラヒラと手を振る背中に、小さな溜息が聞こえたけれど、俺にはそれより優先するべきことがあるのだ。 確かに俺は母さんにとって、父さんにとって二番目なのだろうけれど。 幸せだと思うくらいには愛されていると知っている。 そして母さんと父さんに二番目に愛されてる俺は、我が家で一番の愛情を受け取っているのだ。 これで愛が足りないとか、不幸だとか、嘘だろ。 とりあえず、今の俺にとっての一番大切なことは幼馴染でもまだ見ぬお姫様を探すことでもなく、愛すべき家族と過ごす時間です! マザコン?ファザコン?いいえファミコンです!!
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