|
こんにちは。堂上有馬です。 今日は俺の家族、というか俺の両親について話したいと思います。 俺の両親は夫婦揃って関東図書隊のエリート部署と言われる特殊部隊に所属している。母さんはその身体能力の高さから、錬成期間後すぐに特殊部隊配属となり、以後父さんの部下として働いている。錬成教官も父さんが担当していたらしく、それこそ入隊してからずっとの付き合いだ。なので、二人は職場恋愛なのかと思っていたら、それは微妙に違っていて。入隊して直後の話しを聞こうとすると「聞かないでぇ〜〜〜っ」と母さんは全力で拒否する。 「違うから!違うから!それは本当に違うから!ってか最初の頃とか全然そんな雰囲気じゃなかったし!っていうか『クソ教官』とか言っちゃったしーっ!いやぁ〜あたしの馬鹿ぁ〜っ!!」 聞かないで、と言ってる割にポロポロ自ら暴露してるあたり、そして言った本人は気づいてないあたり母さんのうっかり具合がバレると言うもんだ。 それはそれは険悪な仲で、二人が交際した折には「何がどうしてそうなった!」と言う人も特殊部隊外では多かったくらいには周知の犬猿の仲だっというほどだ。ちなみにこのあたりの情報は母さんの親友の麻子さんから既に入手済みだ。当然、両親には内緒だ。そつのなさは父さん譲りです! ちなみにその頃の様子を父さんに聞くと、「今思うと、反抗心いっぱいの郁も、あれはあれで可愛いもんだったな」と回顧してゆったり笑うとか。生意気な口聞いた上にドロップキックかます女に対してどんだけだ! そんな「何がどうしてそうなった!」の二人の馴れ初めを聞こうとすると、父さんは嬉々とした表情で、「そうだな、あれは俺が研修で」と語り始めるのだが、その瞬間母さんが飛び跳ねて、「ごめんなさいごめんなさいすみませんほんっとすみませんっ!!」と何故か謝りながら父さんの口を塞ぐ。その時の父さんの表情はとにかく愉しそうで、嬉しそうに脂下がっている。母さんのことが大好きな父さんは母さんに構われるのが本当に好きだ。 そうして、俺がこっそり父さんに馴れ初めを聞こうとすれば、「郁が恥ずかしがって嫌がるから内緒な」と笑ってけっして教えてはくれない。 あんたはどんだけ母さんのことが好きなんですか! そんな偶然にも運命的な再会をした二人。追いかける王子様の顔を一切覚えておらず、かつて全否定した人がまさにその人でした、とか俺の母さんマジミラクル!あ、ちなみににこのあたりの詳細は父さんの親友の小牧さんから既に入手済みだ。 両親友に過去から現在に至るまでその行動が筒抜けのそんな俺の両親は息子がいようとお構いなしに、結婚して十年以上経つ今も、新婚のような仲だ。いわゆるバカップルというやつですね、分かります。 母さんは「篤さん、大好き!」とその愛情表現はまっすぐで、「あたしの方が絶対篤さんのことが好きだと思う」と言うくらいだが、断言する。絶対、父さんの方が母さんのこと好きだ。 父さんは基本的に大人の男だ。一家の大黒柱でもあるし、職場でも信認厚く、特殊部隊の次代を担う存在だと言われているくらいだ。 けれど、殊母さんの事となると、大人げない、というかガキになる。大人げないわけではないのだ。母さんへの包容力はずば抜けていて、母さんのやることに対してはほぼ許容している状態だ。 お互い熱くなりやすい性格だから、小さないざこざは頻繁に起こしているが、折れるのは大抵父さんで、伝家の宝刀「何でも一つ言うことを聞く権」を抜いて丸く納めている、というか丸めこんでいる。実際のところ、父さんは母さんを甘やかしたくて仕方がない人なので、果たしてそれが母さんを思ってのことなのかと言われれば微妙なところではあるのだが。 そして母さんは母さんで単純、良く言えば素直な人なので、その後は後腐れなく元通りだ。 ただ、そんな母さんに対して寛大な父さんだが、そこに男が絡んでくると途端に狭量になる。母さんが高校や大学の同窓会に参加する時なんかは眉間の皺が確実に増え、目に見えて不機嫌になる。五つの年の差は年上の余裕が持てる一方で、その年の差が不安にもなるらしい。 大丈夫だよーと笑う母さんは無視して完全な送迎付きじゃないと首を立てに振らないというか、その日は外食にするつもりだったから、と同じ店で夕飯をとったりする。ちょっと余裕なさすぎ。 父さんは料理上手で、休みの度に手間隙かけた手料理を振る舞うけれど、あくまでもそれは母さんが美味しそうな顔で食べてくれることを前提にしたものなので、母さんのいない食卓は味気なくてあまり好きではないらしい。そこらの居酒屋飯より父さんの飯の方が美味いのだが、それよりも母さんの心配の方が勝っているのがなんともウチの父さんらしい。 夫どころか子供がいるとこまで見せて牽制したいとかどんだけだ。 母さんのことに関しては、大人の余裕などなく「宝物」を取られたくない子供のようにかなり必死だ。 ちなみに母さんが父さんの同窓会の案内を見た場合は普通に「せっかくだから行ってくれば?」なんて笑って言うところが父さんは少々ご不満らしい。信頼してくれているのは嬉しいが、少しは嫉妬を見せてもらいたいらしい。 だからと言って嫉妬を煽るために行ったりしないのも父さんらしいのだが。参加を勧める母さんに「最近忙しかったから、たまには家でのんびりしたい」と母さんとのイチャイチャを選ぶ、大変素直な人だ。 そんな母さんのことが好きすぎる父さんは、母さんに対しても時々子供のような理不尽なワガママを繰り出したりする。 例えば―――。 「あ、いいかもあれ」 父さんの膝の上に乗せられ、テレビを見ていた母さんが言った。 ちなみに、いつもそんな格好をしているわけではない。普段は隣同士に座って、母さんの腰に父さんが腕を回しているくらいだ。これくらいで驚いていたら堂上家とプライベートな付き合いは出来ないと思ってもらっていい。二人を長年のウォッチング対象にしている麻子さんや小牧さんと違って、手塚さんは時々空気化することを忘れて固まったりしているけど。 今回みたいになるのは、どちらかが出張で家を空けて、父さんが「郁不足」になっている時だ。これが重度の場合は、母さんはリビングに出て来れない。何でか、とか聞いてくれるな。察しろ、てか察して下さい。 そんなふうに母さんの温もりを堪能しながら読書に勤しんでいた父さんが、単行本から目を離し「なんだ」と母さんに顔を向けて柔らかい声音で尋ねる。物欲の少ない母さんは何かを物欲しげに言うことは滅多になく、母さんを甘やかすことに全力を尽くす父さんは珍しい母さんの声にウズウズしている。 「あれ、いいなぁって」 父さんにもたれかかるようにして、母さんがザッピングしてたまたま流れていた通販番組を指さす。 紹介されているのは多機能フードプロセッサだ。 「ほら、玉ねぎのみじん切りが簡単に出来ちゃうんだよ」 買っちゃおうかなぁ〜とぽつりと漏らされた言葉はねだるものではなく、無意識に漏らされた本音だ。そんな本音に母さんに甘い父さんが珍しく反対した。 「別にいらんだろ」 「うーん、でも」 「それより、お前家で焼きたてのパン食べれるのっていいよねって言ってたろ。あんなもんより、ホームベーカリー買う方がよくないか」 「えーいーよ。値段も全然違うしー」 「値段の問題じゃないだろ」 「そりゃ、最初見た時はいいかなぁーって思ってたけど、良く考えたらウチ別にパン食ってわけじゃないし。 だいたいその後、その分食べたい時に美味しいパン屋さんで買ったら十分だよねっていう話になったじゃん」 「いや、それはそうだが。手作りには手作りの良さがあるというか」 父さんの言葉に、篤さん凝り性だからね〜と母さんがコロコロと笑う。 「欲しかったの?もー言えばいいのに。いーよ。買っちゃえば?篤さんなら持て余すこともなさそうだし」 「あ、いや俺よりお前が欲しがってたろ」 「えーあたしはいーよ。結局最初の数回だけで、途中で飽きそうだし」 「一緒に作ればいいだろ」 「それはそうだけど」 なあ、と母さんの手に手を重ねて指を絡めた父さんが言えば、母さんが小さく笑う。 「じゃあ、今度の休みに電気屋さん行こうか」 その言葉に父さんがどこかホッとしたように笑う。 けれど流されて欲しいところで案外流されてくれない鈍感な母さんのスルースキルはなかなかに手強かった。 「ついでにあたしもフードプロセッサ見ちゃお」 「はあ?だからそれはいらんだろ」 「篤さんにいらなくても、あたしは欲しいの。それにちゃんとお家のお金じゃなくて自分のお小遣で買うし」 我が家の家計は共働きの両親の給料から折半で賄われ、その残りをそれぞれの小遣いとしている。もっともお互いあまり浪費する癖がなく、結局は出張先のお土産だとか家族のために使うことの方が多いが(ぶっ飛んだことに父さんは「郁予算」なる母さんのためのお金を取っているが)、使い方は自由で家族の許可は特に必要ない。だから本来であれば、母さんが自分が欲しいものを買うことに何の問題もないのだが、今回に限って母さんに甘いはずの父さんは渋い顔をする。 「たかがみじん切りのためだけとか勿体ないだろ」 「たかがって言うけど、玉ねぎのみじん切り大変じゃん。目に滲みて涙出ちゃうし」 「それぐらい我慢しろよ。家族でちょっとした外食できる値段だろ」 「そー言われたらそうなんだけど」 うーん、でもぉと母さんも渋る。 「今まで出来てたんだから、わざわざ金使うこともないだろ」 つまり、と続いた言葉に母さんがピクリと反応した。 「―――手抜きか」 それは良き妻、良き母であろうとする母さんの矜持に触れた。 母さんの母さん、つまり笠原のばあちゃんは三段重のお節料理を手作りするレベルの専業主婦で、それを見てきた母さんは刷り込み的にそれが妻、母として当たり前の姿だと思っている。父さんと付き合うまで、お節を購入して用意するということが実感としてなく、正月に初めて堂上のお家にお呼ばれされた際に並んだ料理を手作りと思い全力で褒めて一人恥ずかしい思いをしたそうだ。 ただ、ウチは共働き家庭なのだし、家事の全てを母さん一人が賄う必要はなく、無理することはない。母さんに甘い父さんは当然に無理させるつもりはなく積極的に家事に参加するし、それを習慣として(主に父さんに)叩き込まれた俺も両親が忙しい時は代わりに学校帰りに買い物をしたり、簡単な掃除をしたりする。 どちらかと言えば母さんは真面目すぎるきらいがあるので、抜ける手は抜いてもらって構わないと思っているし、父さんに至っては、そもそも母さんが居てくれるだけで十分だと思っている人なので、家事は全代わりしても構わないというレベルだ。 そんな父さんが「手抜き」を理由に反対するわけはまずないのだが、それに気づかないのが母さんだ。父さんの言葉に「うっ」と詰まり、「た、確かに」と完全に父さんのペースに乗せられている。 「や、やっぱり勿体ない、かな?」 「郁はちゃんと出来てるんだから、必要ないだろ?」 「そ、そうかな」 「だいたい毎日大量に玉ねぎのみじん切りをするわけでもないしな」 「そ、言われれば、そう、なんだけど」 ポン、と父さんの手が優しく母さんの頭を撫でる。 「それに、お前が一生懸命作ってくれた方が俺は嬉しい」 「本当に?」 「嘘言ってどうする」 「うん。えっと、頑張るね?」 話をすり替えられているのにも気付かずに、フニャンと笑う母さんのそういうところが父さんの言うところでバカ可愛くて堪らないところなんだろう。 さて、そんな日の夕食は父さんリクエストのチキントマトカレーだ。 材料は、玉ねぎ、鶏肉、トマト缶、ニンニク、生姜、コンソメ、カレー粉、バター、オリーブオイル、黒胡椒。以上。 鶏肉は手羽元を使うので、包丁を使うのは玉葱とニンニク、生姜をみじん切りする時だけという、大変安心安全で美味しいレシピだ。 みじん切りした玉葱、ニンニク、生姜をオリーブオイルで炒め、半日ほどカレー粉と黒胡椒を塗しておいた手羽元にトマト缶、コンソメ、カレー粉を入れて「圧力鍋」で三分ほど加圧してできるかなりの「時短」レシピでもある。 だいたいにして、時間短縮を目的に、「これを使った方が素材の旨味が逃げない」等の建前を立て並べて母さんに圧力鍋を買い与えたのは他でもない父さんだ。おかげで我が家の煮込み料理は付きっ切りで火の番をすることなくほんの数分で美味しく出来上がる。 そもそも自分が作る時は一から十までコンマ刻みで凝らないと気が済まないが、母さんが作るものなら、例えご飯と味噌汁、漬物なんてメニューでも至福の顔で食べるような男の、まったくどの口が「手抜き」を注意すると言うのか。そんなのただの言い訳でしかない。 ご飯の用意するね、とパタパタとキッチンに入っていった母さんがトントンと夕飯の準備を始める。そうなると後は御馴染みの光景が繰り広げられる。 「うぅ。やっぱり滲みる」 「あ、ほら、バカ。玉葱触った手で目触るな」 玉葱に泣く母さんの目元に濡れタオルを当て、目薬をさしてやりと甲斐甲斐しく嬉々として世話を焼く父さんの姿がオプションにつく。 そこまでするなら、いっそ代わってやれよと思うが、つまりコレなのだ。これが、父さんが「玉葱のみじん切り」のためのフードプロセッサの購入に反対した理由だ。 母さんの泣き顔を見たいが、母さんが傷付くのは許せないという父さんが、貴重な母さんの泣き顔を見れ、かつ世話を焼けるチャンスを潰したくなかっただけだ。 此処で俺が、「玉葱は冷やしておけば滲みにくくなるよ」とか「いっそゴーグル付ければ」なんて言えば母さんは万事解決とばかりの笑顔でお礼を言い、その隣で情けないくらいしょんぼりとした父さんが見られるだろう。見たいような見たくないような。 ただ、たまに見る母さんの涙目は確かに可愛いよな、と思う俺は確かに父さんの息子なのだと思う。 まあ、たいして実害があるわけでもないし、と両親のイチャつきをBGMに文庫に視線を落とした。 とりあえず、また一つ麻子さんと小牧さんに売れるネタが出来たなと思うことにする。 今回の報酬は母さんお気に入りのマカロンセットと父さんが最近ハマってる焼酎ってところか。 両親の聞きたい過去話はあらかた二人から聞き終えているので、最近は新しい情報を持つ俺の方が立場は上だ。 俺が黙ってても、どうせあの二人にはバレるのなら、何かしら回収できる方がいいだろ?タダで流すなんて、そんな勿体ない。 何より両親ばかりがあの二人に振り回されているのは、ちょっとばかりいただけない。 なんだかんだで人のいい両親に駆け引きができないなら、俺がやるまでの話だ。 両親のことが大好きですが、それが何か? |