「仮シフトが出来たので配布します。公休日の変更希望や動かされたくない公休がある方は今週中までに申し出てください」
各自配られたシフト表に目を通す中、郁が「はいっ!」と手を挙げた。
「何だ、なんかお前用事あったか?」
シフト作成者の堂上と郁は夫婦である。それもほぼワンセットと周りからも思われている二人であり、お互いの予定はほぼ把握している。というか、「お前ら年中四六時中一緒で飽きないか」と周りから揶揄されるほど基本一緒に過ごすので、予定はあってないようなものである。そんな片割れがいったい何を申し出るのか。
聞けば、郁は違いますと否定をした。



「あたしのとこ訓練日が入ってません!!てか、全部内勤ってなんですか!!」



言った瞬間堂上の鉄拳が下った。


「―――いったぁあああい!!なんでそこで拳骨?!てか妊婦に対してなんという仕打ち!!」
「このアホウ!!妊婦の自覚があって、なんでそんな言葉が出るかお前は!!」
「はぁ〜?産休入るまでは通常業務するって言ったじゃん!てか、篤さんだって納得したじゃん!!」
話題が話題なだけに、郁の口調は完全にプライヴェートモ―ドになっているが、堂上の方にもそれを咎める様子はない。
完全な夫婦喧嘩の様相に、事務所にいた他の特殊部隊の面々は、これが堂上のとこの夫婦喧嘩かぁ―と完全に面白がりニヤニヤと観戦モ―ドで止めるものも指摘するものも居ない。
「内勤も立派な通常業務だろうが。それに俺はちゃんとお前に選択肢を与えたぞ」
「は?いつよ!」
「俺の目の届くとこで事務処理するのと、柴崎に監視されながら図書館業務するのじゃどっちがいいか聞いたら、お前が事務処理の方がマシだって言ったんだろ」
「―――て、それ完全に騙し討ちだから!だいたい今からずっと訓練受けなかったら身体鈍るし!お医者様だって適度な運動は必要だって」
「うちの訓練はどう見ても過度な運動だろうが!!」
図書隊の訓練は過酷だ。軍隊並と言ってもいい。走り込みは10キロ単位で行われるし、土嚢を担いで走ったりもする。重い銃器を持って匍匐前進したり、武道訓練では思い切り投げつけられる。
そんなところに妊婦を放り出すわけにはいかない。それを許す夫とか鬼教官通り過ぎてただの鬼だ。
そしていくら無茶が過ぎる玄田でもこればかりはストップをかける。かけなきゃ特殊部隊員全員で待ったを掛ける。
入隊から現在に至るまで変わらず「特殊部隊員 笠原郁」は関東図書基地特殊部隊内の愛すべき娘っ子である。
そんな娘っ子の子供はつまりイコール特殊部隊の孫である。そうであるから郁の妊娠が発覚した際の特殊部隊員のハシャギっぷりは半端なかった。
「俺もついにおじいちゃんか」なんて子供どころか嫁や彼女がいない隊員すら思わずシミジミ呟いてしまうほどだった。
そして次の日には山のような安産祈願のお守りや岩田帯が用意されていた。どこのジジ馬鹿集団か。
それを見た堂上が「あんたらは笠原の親ですか!!」と吼えたのはある意味当然の流れと言えた。
そして玄田が唱えた「初孫命名権争奪戦」は全力で無視した。それに付き合ってやるほどお人よしではない。
そんな訳でまさか防衛訓練すら通常通りこなそうとしていた郁には思わず特殊部隊の面々も夫である堂上に負けず劣らず呆れ顔を見せる。
―――確かにこれは堂上の過保護が過ぎるのも分かる。
これは部隊全体で注意喚起するべき事項だと思い、堂上に加勢しようとしたところで。
 ふわり
と堂上が郁を抱き上げ、椅子に座らせた。
その動作があまりにも自然で、突っ込む間もない。
―――お姫様だっこ。どんだけしなれてんだ、堂上。
此処まで来るまで様々経験した堂上の開き直りっぷりは行くところまで行きついて堂に入っている。特殊部隊の事務所などもはや自分のテリトリーだと言わんばかりだ。いちいち過剰に反応していた頃が懐かしい。
そして郁を座らせた堂上はそのまま膝をつき、郁の膝の上で手を重ね合わせ、柔らかな表情で郁を見上げる。
そこから零れる声は何処までも優しく、甘い。
―――つーかアメェっ!!
筋肉隆々の大男たちがダダもたらされる甘い空気に耐えきれず揃ってカハっと口を開くが、そんな外野など堂上夫妻にとっては既にただの空気のように視界に入るものではない。
堂上は真っ直ぐ郁しか見ていないし、郁もそんな堂上をまっすぐ見つめ返している。






「郁。頼むから、此処は聞き分けてくれないか」
「でも、」
「お前はもう、立派な特殊部隊の隊員で、その戦闘能力が高いのも知っている。
 何かあった時自分の身を護る術があることも、きっとお前より俺の方が分かってる。
 俺が指導したんだ。当然だろう。そういう意味では俺はお前を信頼している」
けど、と慈しむように堂上の掌が郁の腹を撫でる。
「だけど、この子は違うだろう?
 お前にとって問題ないことでも、この子にとっては危ないことかもしれない」
だから、な。
お腹をさすっていたような優しい手つきで、堂上の掌が郁の頬を包む。
「お前にとっては、少々息が詰まる思いがするかもしれないが、この子の為に耐えてくれるな?
 何かあってからじゃ、遅いんだ。分かるな?
 この子に何かあるのは嫌だろ?」
コクン、と小さく頷く郁の頬を「良い子だ」とでも言うように堂上が微笑みながら一撫でする。
「それにな、もし何かあったら、お前は絶対自分を責めるだろ。
 俺はお前の哀しむ顔は見たくない」
「あつしさん」
「分かってくれるか」
「―――はい」
「もう少しして、安定期に入ったら簡単な巡回くらいは考えてやるから」
「ほんと?」
「ああ。無理のない範囲でならな。
 今後お前のような女性隊員が出てくることを考えたら、その辺りの制度もちゃんと整えなきゃならないから、一つ一つ探り探りにはなるだろうが、出来るだけお前の希望を取り入れてやる。
 それからちゃんと身体が鈍らないように、病院と相談して運動メニューを作ってもらおう。
 ウォーキングや軽いジョギングも大丈夫らしいし、マタニティスイミングとかマタニティビクスとか色々あるだろう。  今度の検診の時はその辺りも含めて相談しような」
「うん。ありがと。篤さん」
「これぐらい当然だろう」
「うん、でもありがとう」



最初の啖呵なんかなかったかのように、幸せそうに蕩けた表情で堂上の首に腕を巻き付ける郁に。
それを穏やかな笑みを浮かべて抱きしめる堂上。








職場など関係なく、完全に二人の世界だ。
ほのぼのしいを通り越したとんでもない糖害だ。
あまりの甘ったるさに、近くにいた隊員は完全に中てられ胸を押さえて机上や床に倒れ込んでいる。










―――誰か砂糖を吐くバケツをくれ!今すぐだ!!



















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